第三百十二話
御伽学園戦闘病
第三百十二話「順序通り」
まずは二人が殴る。最初の攻撃が通用するとは思っていない、精々防御手段を割り出せれば良いと考えていた。その反対からは桃季を乗せた干支辰が突っ込んできている。
挟まれるような形だ。だが佐須魔は焦る事も無く、わざわざ新たな手も出さず防御する。
『妖術・上反射』
バリアが出て来た。すぐに距離を取り、様子を見る。佐須魔から攻撃してくる気配は無さそうだ。
「やはりおかしい、大会の時からそうでしたが何故佐須魔は"妖術"が使えるのですか!」
元が声を上げる。その瞬間、皆が気付く。あまりに普通の事だったので完全に忘れていた。妖術は降霊術の霊がいなければ成立しない術だ。
だが今回も変わり無く、霊はいない。霊力感知でも反応は無いのでやはり佐須魔一人だ。それなのに反射が使えているのはおかしい。來花や神などの人外が使うのであれば納得できるが、佐須魔は一応人間のはずだ。
「今更?結構前から使ってたけどね」
「黙ってろ、お前は」
兆波が牽制し、攻撃に転ずる。殴り掛かろうとするがやはり上反射は本物で、拳を振り下ろした瞬間に自分へとダメージが飛んで来た。
ハッタリではない事が確定すると共に、異常性が増す。妖術の主軸は霊の中にある霊力、術者の詠唱は単なる呼びかけのはずだ。だが佐須魔はその呼びかけをする事によって、自身で術を扱えている。
考えうる可能性とはしては三つ。
気配などを完全に消す事が出来る小さな霊が引っ付いている。
妖術に見せかけた新しい術、または再現出来る能力。
佐須魔自身が人外となっている。
『万が一、佐須魔が人外となっていた場合は優衣の第四蝶隊が効くはずだ。ひとまず俺がやってみる、バレないように心がけるからサポートを頼んだ』
兆波が三つの可能性と動きについて、その場にいる全員に伝えた。蒼も一度後ろに下がり、何処かで手助けに入れないかじっと見つめる。反対方向で干支例を出し待機している桃季、生良、唯唯禍の三人も同じくして見つめている。
「行くぞ、佐須魔」
ポケットに忍ばせてある蝶に勘付かれぬよういつもの体勢で殴り掛かった。普通の構え、佐須魔も何の警戒も無しに受け入れる。一対一ならわざわざ妖術を使って跳ね除ける必要も無いからだ。
だが兆波からすれば好都合、どうせ大抵の傷は兵助とタルベが治してくれる。なので無茶をする事に何の躊躇いも無い。
「違う動きをしたからと言って、一々下がると思ってるのか」
思い切り殴りかかった。だが赤子の拳を掴むかのように容易く受け止められる。この時点で格差を感じ取った。だからと言って怯えたり撤退する理由にはならないが。
薫や絵梨花がいないこの現状、誰かが恐怖を乗り越え戦わなくては道は切り開く事が出来ないのだ。するとそこで、サポートが入る。
『パラライズ』
一瞬にして拳と掌が離れた。瞬時に翔子が兆波以外の時を遅くし、チャンスを作る。すぐに力を入れ直し、殴りかかった。
「馬鹿だろ、お前」
予想外の行動、佐須魔は何ら問題なく動いていた。
「何!?」
当然普通にいなされ、逆に腹部を殴れらた。物凄い重みを含んだその拳によって兆波は吹っ飛ばされた。すぐに分身の元に抑えられる。おかげで何かにぶつかる事は無かった。
ただ力が凄まじい、ここ最近拳とは戦っていないか無かったが、数年前の拳と同等の力は持っているだろう。内臓がグチャグチャだ、衝撃だけで肋骨も何箇所も折れているし、受け止めた時の衝撃で両肩の骨にヒビも入ったように感じる。
少なくとも戦闘は無理だろう。
「相当重いな、とりあえずファストに連れてってもらえ。もうお前は駄目だ、とりあえず普通の奴がくらったら即死ってのが分かっただけでも充分だ」
「菊……まだだ…俺がここで退散したら…」
「良いから下がれよ。私がやる」
「駄目だ…お前の術は隙が…」
「私一人でやる意味無いだろ。良いから黙って見ててファストが来たら連れ戻して回復してまた来い。とりあえず次は私とポメでやる……そうだ、お前らも一緒にやろうぜ」
反対側、支援部隊の三人に声をかけた。すぐに戦闘体勢に入り、計四人と一匹が同時に戦闘をする事になった。佐須魔は少し期待している、強くなった菊の実力を。
黄泉の国に行っていた事は知っている、だが何をしてどう強くなったのかまでは知らないのだ。ロッドの女ともあれば、相当の実力を身に付けて戻ってきたはずだ。
「んじゃ行くぜ、佐須魔」
『壱式-壱条.筅』
「は!?」
佐須魔も驚いた。現代で使える者はいないと思っていた、何故なら使えたのが初代ロッドただ一人だったからだ。だが覚えて来たのだろう、代償があまりに大きい零式を除いた中で最強の壱式を。
そして壱条、筅。これは茶をたてたりする際使われる竹の道具の名前である。この術に筅の名が冠した理由は一つ、非常に似ているからだ。これから起こる事象と。
「さぁ、一旦見てなガキ共」
菊も距離を詰めず、ただ遠くから見る。佐須魔も生身で見るのは初めてなので期待しながらどんなものか楽しみにしていた。すると唐突に鈴の音が鳴った。
次の瞬間佐須魔の周囲を細い紙のような物が織のような形で生成された。合間は非常に細く、虫程度でなければ通る事は出来ない大きさである。
佐須魔がその紙に触れても動き気配は一切無く、何なら押し返される様な感覚も覚えた。そして数秒後、再度鈴の音が鳴った。次の瞬間その紙達は勢いを付けながら回転しだした。
まるで佐須魔を取り囲むようにして。当人はすぐに理解した、触れたらヤバイ。恐らく上反射や反射でも返せないスピードだ、風も凄い。
「へーこれだけなのかな、ショボいけど」
「んなわけねぇだろ。ちょっと待てよ」
再度鈴の音が鳴り響く。次の瞬間、佐須魔の体が切り刻まれた。胴体だけでなく、様々な部位が切断された。そして紙は動きを止め、消えて行った。
「あれみたいなんだよな、かき混ぜるやつ……そうそうミキサー!どうだ、気分は」
バラバラ殺人の被害者のような状態だ。普通なら死んでいるはずだ。だが佐須魔がその程度で殺せたら何も苦労していないのが現状、誰も期待はしていなかった。
「んー、そこそこかな」
やはりと言うべきか、まばたきをした直後には体が治って仰向けになっていた。
「お前…零式に躊躇とか無いのかよ」
「無いね、だって僕に代償は無いもん」
「は?何馬鹿な事…」
「あれは本来越えてはいけない領域へと足を踏み込んだ"ニンゲン"に対する罰、僕は既に人間というつまらない域を越えたのさ。それだけの事、まぁ生涯での使用回数制限があるのは流石に従うしかないんだけどね」
「…おいお前らー、最悪な事が判明したぞー」
菊は半ば諦めながら皆に報告を始めた。
「あいつ最大七百回近くは復活するぞー」
「どう言う事!?!?私じゃ倒せない!?」
「まぁ干支辰じゃ無理だろうなー、反撃されなくても先に本体が霊力不足で倒れる」
「そう言う事。無駄だよ、本気で僕と戦おうとしても」
「……まぁ、卑怯に行けば何ら問題無いけどな」
一瞬にして菊が距離を詰めた、そして異様に爪が伸びた手を佐須魔の喉元に貼り付けながら唱える。
『玖什玖式-壱条.閃閃』
パラライズとはまた違い、ライトニングの雷ともまた違う、純粋な電気が喉元から体に入り込んでいく。閃閃は佐須魔も使えるのでこの異常性が理解できる。
ここまで練度が高いとは思ってもみなかった。すぐに突き放し、距離を取る。少し焦ったせいか呼吸が乱れてしまった。
「やっぱ凄いよな、私の術式。筅はまぁ難しいからしゃあないとして、簡単なやつは相当な力だぜ。ロッド本人から言われた、適合者だって」
「そりゃ凄い、年の癖して無茶なロッド術使ってたからね。安心だよ、労わってあげられそうじゃん」
「何か地味に煽ってるように感じるから言い返すけどよ、普通に使うぜ?ロッド術。あと黄泉の国でバカしてたあの女に教えてもらった、ヤバイ人体改造もな」
佐須魔はそれが何かをすぐに理解した。叉儺の事を指していると見て間違いないだろう。そして人体改造、恐らくは叉儺の血の問題だろう。
フラッグを止める際に一度菊に使ったと言っていたはずだ。叉儺の血にはカフェインが混ざっている。元々戦闘が得意では無く、良く血を流しすぎて倒れる事があった。
それを防止するために本人の希望通りに伽耶と佐須魔で改造してあげたのだ。だがここでカフェインを取ってもどうにもならない、叉儺の場合は気絶を無茶苦茶な方法で止めるためだったが、何の攻撃も受けてない菊が何を接種するのか検討もつかないのだ。
心を読んでやろうかとも思ったがそれより先に行動された。歯で傷を作り、そこから流れ出て来た血を思い切り佐須魔目がけて吹っ飛ばした。
「まぁ見てな、痛いからよ」
『漆什弐式-伍条.衝刃』
普通なら菊の傍から発射されるであろう衝撃は佐須魔の胸元に付着した血から発射された。当然避ける術などなく、体が分断された。だがすぐに回復し、元の姿に戻る。
「凄いね、霊力流したんだ」
「そうだ。結構きつかったぜ、一応血液と同じような流れ方はするけど中々混ざってくれなかったんだよ」
「そりゃあそうさ。普段から血流に霊力を流し込んでおくなんて刀迦でも出来なかったよ」
「まぁな。わざわざ時間かけて二番煎じの技術なんて取得するかよ。まぁでも分かっただろ、お前は私に攻撃するほど私にチャンスを与えているって事だ。
当然回避不可能だ、付着してるんだからな。実質ノーモーションみたいなもんだろ?だから私に対する攻撃は身を滅ぼす諸刃の剣って考えとけ」
「……そうか。ならこっちをやろうかな」
そう言って護衛部隊の方へと対象を変えた。いきなり素早い移動を行い、すぐに攻撃をしようとした時だった。佐須魔の体が一気に重くなった。
「ナイス!シウ!!」
干支辰に乗っている桃季がポケットをまさぐり、ある物を取り出すと同時に突撃しだした。
すぐに移動が出来ない事を察した佐須魔は防御に転ずる。上反射でも良いが、ここまで無鉄砲に突っ込んで来ると言う事は何か策があるはずだ。そこを最強の防御で防ぎ、絶望させようと思った。
だがそれは間違いだった。ここで多少の霊力消費を気にせずに封包翠嵌を使っておくべきだったのだ。
「効くでしょ!!これ!!」
手に掴んでいる物が見えた瞬間、唱えようとしたがもう遅い。
「人外特化!!蝶!!」
干支辰はぶつからない、横を通り抜ける。そして桃季が蝶を使って佐須魔に攻撃するのだ。勢いもあるし、人外への特攻もある。これは確実に効くはずだ。
「防御が間に合わな…」
最後までいうより先に、蝶を顔面にぶつけられた。すると蝶は物凄い霊力を放ち、動き出す。そして佐須魔の周りをひらひら舞ったかと思うと一瞬にして牙を剥き、体全体を切り裂いた。
莉子の瞬間移動にも通ずる移動方法、それは人智を越えた正に神への対抗策と言った所だ。危険を感じ取った佐須魔はすぐに判断を下した。今度こそは正しい判断だ。
『肆式-弐条.両盡耿』
皆が瞬時に防御の姿勢に入る。そこを突くのだ、一気にケリをつけようとしたその時だった。理事長の声が場に満ちる。それと同時に視界が一変した、教室だ。
「行っただろう、TIS本拠地への侵攻はしないと。我々の目的は英 嶺緒の救出ただ一つ。ここで皆が被害を受ける事は好ましくない。主力部隊とは名ばかりの囮さ、だから私はここで時間を稼ぐ。
仮想世界の二人が動いた時点で我々の勝利と言っても差し支えないのさ。あまり舐めないでくれ、私を」
「…まさかあの時点で既に動いたのか?突然変異体が」
「そうだ。既に動かした、君達TISならもっと安全を確保してから動くだろうが私達にそんな事をしている余裕は無い、君が強すぎるからな。
兆波君は既に回収した。悪いがここで時間を稼がせてもらおう、乾枝君」
「はい」
理事長を殴った。
【一】 暴力を振るう事は可能である。ただし攻撃を受けた者は無条件で一つ『命を奪う』や『殺す』などの生死にかかわること以外ならば命令が出来る。
「規則の追加だ。【十一】私が能力を解除するまでこの空間にいる全員が攻撃を行えない。」
これで完全に拘束出来た。佐須魔は今となっては何も出来ないただの置物、こうなるとここでは理事長がルール。議題さえ決めなければ幽閉する事だって可能だ。ただ今回は学園側の能力者が多すぎてやる気は無いが。
「まぁしょうがない。だけどお前らは一つ勘違いしている、嶺緒はTIS側の人間だ」
佐須魔の一言、今作戦が全て水の泡とでも言いたいのだろうが理事長にとっては何の脅しや屈辱にも値しない。
「そうか。だが私にとっては関係無いな、透君が望んでいる事なのだから」
「嶺緒が敵で回収出来なかったら…」
「透君がそこまで馬鹿な男では無い事ぐらい、眼を見れば分かるさ」
理事長はいつもの席に座ってそう言った。その気迫は今の佐須魔でも少し目を見張るものがあった。
「やっぱこっちに来て欲しいんだけどな…記憶操作って能力は便利だろ?僕も軽く同じようなのは使えるが、そこまで完璧じゃない。何かキーとなる言動や景色を見てしまえばフラッシュアウトしてしまう、流君みたいにね」
「そうか。それが何だ」
「いや、なんでも……まぁ強いて言うなら、この『円座教室』には大きな欠点がある」
「なっ!!」
理事長が咄嗟に立ち上がると同時に、佐須魔はニヤリと笑った。
「この世界はあんたとその中にいる九人の魂が教室のある程度近くになくちゃ成立しない。だから現実世界から強制テレポートをくらったら、全員放り出される。
今ここで教えておこう、英 嶺緒の能力は『範囲内の強制ランダムテレポート』さ。当然、対象は別世界でも指定出来る」
何をしたいかすぐに理解した。だが抵抗のしようもない。
二秒後、全員が現実世界に強制送還されると共に、それぞれがTIS本拠地内部のランダムな場所へと転移していた。そしてそれと同時にTIS本拠地内部全域へと広域化が施された、その後合図を受け取った來花が唱える。
『呪・封』
数分間全員の能力が使用不可となった。こうなると物を言わせるのは己のフィジカル、身体能力だけだ。健吾や砕胡、拳や兆波などの普段から物凄いトレーニングを熟している者の独壇場。
佐須魔は最初からこうする気だったのだ。半年など待っていられない、折角獲物が飛び込んで来たのだ、狩らない手はない。
『さぁ始まりだ。皆、楽しんで行こう』
学園側TIS側両者全員へとスピーカーで送られたその一言と共に、待機していた重要幹部が全員動き出した。
本戦、開始。
第三百十二話「順序通り」




