第三百十一話
御伽学園戦闘病
第三百十一話「焼却力」
「ねぇねぇ二人は普段何してるのー?」
「妙にフランクな奴だな……まぁ良いや。俺は彼女と適当に過ごしてるぜ」
「彼女いるんだ。どんな人なの?」
「良い女。世話焼きだけどな、まぁ俺らより強いんだけど」
「そうそう。多分ペットレベルだよね!」
「ペット…?ラックの過去にもいたあの青年の事?」
「……懐かしいな、あいつも」
「懐かしい…ラックの記憶には……あ!そう言えばいたね!防衛戦のちょっと前ぐらいに話してた!」
「そうだ。そんでペットってのはそいつで良い、馬柄のおっさんに斬りかかられた奴だ。あいつ無茶苦茶に強いからな、でも勝ったぜ?薫と"英二郎"は」
崎田の動きが止まる。それもそのはず、英二郎はただ死んでいるだけだと思っていたからだ。唯一現世に戻って来た学園側のニアもそんな事話してくれていない。なので崎田からすると初耳なのだ。
「英二郎、いるの」
「いる。まぁその内顔見せるんじゃねぇかな。お前らに利がある動きをするとは到底思えないがな」
「…何してるの」
「多分待機中。俺もそれ以上の事は分かんないな、俺達住民が住むエリアと神のエリアは違うからな」
「ふーん…使えな」
「はぁ?アリスニアの乱闘止めるだけでもありがたいと思えよ、お前らじゃ止めようが無いんだぞ」
「はいはーい。ありがとありがとー」
「ムカつく女だな……まぁ良い、おい何処にいるか分かるか?」
堕天使は少年へ訊ねた。少年は目を瞑って歩いている、恐らく本質的なものは全く違うが、霊力探知のような事をしているのだろう。三十秒程返答は無かったが、ようやく帰って来た。
「いる。付いて来て」
とても機械的な発音だった。大体察する、素戔嗚の『独術・委託』のように何等かに意識を移して偵察しているのだろう。だから返答にもラグがあったのだ。
そして少年は先導して進んでいく。次第に音が聞こえて来た。まるで爆発物を投げ合っているかのような轟音、まさかこれが生身の戦闘音だとは思ってもみなかった。
「爆発?耐爆の何か作らなきゃ…」
「いや、いらない。それよりも攻撃防げるやつでも作っとけ、これはただの殴り合いの音だ」
「え?凄い音してるけど」
「そりゃ俺達二人が鍛えたんだからな、当然だ。とりあえず早く作って救出する二人を見つけろ、俺らはさっさとぶん殴るからよ」
堕天使は肩を回し始めた。明らかに雰囲気が変わる、戦闘病とは違うが何か楽しんでいるようにも見えた。いや、違う。堕天使は戦闘を楽しんでいる訳では無いのだろう、ただ弟子であるニアと久しぶりに会える事が楽しみで仕方無いのだ。
爆発音にも近しい音がすぐそこまで迫って来た時だった。真横の壁が破壊された。そこからはとんでもない勢いでアリスとニアが突っ込んで来る。
「うおぅ!!」
崎田は何とか避けたが、少年は意識を移していたせいで回避に失敗した。当然吹っ飛ぶが、すぐに意識を取り戻し受け身を取った。流やニアなどの最強格の軽い体術使いでも出来ないスゴ技、素人目でも分かる程に反応が早い。
やはり仮想世界の住人、ただ者では無いようだ。
「早く行って!邪魔だよ!」
言われた通り崎田はすぐに走り出した。二人が壊してきた方向にいるはずだ、『阿吽』で何回も連絡を取ろうとするが全く反応は無い。仕方無いのでごく僅かな霊力でも探知するレーダーを造りながら、捜索を始めた。
一方仮想の二人はアリスとニアを追いかけていた。二人は師匠の事など完全にスルーして攻防戦を展開している。だが目の前にいる敵に集中し過ぎたせいで、堕天使が力を使う所を確認していなかった。
堕天使と少年以外の時が止まる。
「よし、一旦これで落ち着いたな」
「ちょっと派手過ぎるね。強くなってるのは良い事だけど…今なら双子鬼とも戦えるんじゃない?」
「勝てるかどうかは別として…ようやく戦える程度だな。にしても何してんだ?こいつら、なんで顔への攻撃しないんだよ。互いに服も全然破れてないし」
「互いに好きじゃん?配慮でしょ配慮、どっちもここで本気で戦おうなんて考えて無いよ。紀太とかいう雑魚の邪魔が入るからね」
「あいつ妨害だけは一丁前だもんな、雑魚のくせして」
「さて、どうする?あとどれぐらい止めれそう?」
「一時間……あ、いやこっちだと三時間だな」
「じゃあ余裕だね!じゃあ僕やりたいな、アリスと」
「しゃあねぇな。俺はやりたくないから一旦神の所連行するわ、双子鬼にボッコボコにしてもらう。俺が到着した時点で動かすからな?」
「了解。待ってるよ」
「んじゃお先」
堕天使はニアを抱えて、出て行ってしまった。どうせ寄り道をするだろうから二時間は待たなくてはいけないだろう、どうせ動き出したら音で分かる。
仮想世界の住人は基本的に眠気が無いが、眠れない訳では無い。暇なときに時間を潰す方法としては最適解に近しい、それに少年は睡眠事態が結構好きなので全くと言っていい程問題はない。
「あ、あの女の子も動けかせるようにしとけば良かった…まぁいいや、あんまり変わらないでしょ」
呑気にも床に座り、仮眠を取り始めた。
そこから二時間十五分、時が動き出した。その瞬間に少年は目を覚まし、起き上がる。アリスは何が起こったのか理解し、一気に不機嫌になる。
「何故邪魔をするのですか。私はニアちゃんと楽しく戦っていただけなのですが」
「それがダメなんだよね。やるなら僕とやろうよ、楽しいでしょ?僕との戦いも」
「全く面白くありません、悔しいですが歯が立ちませんので」
「へー珍しい、敗北宣言?」
「私は面白く無く、歯が立たないと言いましたが、絶対に負けるなんて一言も言っていませんが」
「んじゃやろう。どうする?僕の"光"は」
「お好きにどうぞ」
「なら"弦"でいこっか」
仮想の少年の力は光と呼ばれる力の源をどう活性化させるかという力である。そしてその力は五種類に分けられる。弦、苑、尖、片、そして王。
それぞれの使い所は全く違い、少しでも判断を間違えると即おしゃかになる。だが少年は当然そこも克服しているのだ。
まず前提として少年の力は戦う相手の世界に存在する特殊なエネルギーへと変化する。アリスの場合は霊力だ。なので少年はただの能力者と同じ扱うとなる。
"弦"は力の完全重複を主体としている。まず起点となる一本の線が生成される。ただの力の線だが、これは少年本人以外にはどうやっても視認不可能だ。
そして次に、同じような力で出来た線を生成する。その線は全員に視認する事が出来て、極めて高い焼却力を持っている。二本目以降の線は特殊な軌道を描き移動する。
それは最初の起点となる線へと重なりに行くのだ。完全に重なったその時、起点の線を含めて放出していた線が全部消滅する。なので受け手は微かな動きで起点の位置を割り出し、回避に専念し、起点と重なり消滅したその瞬間に短いチャンスが与えられる。その時のために力を蓄える事になるのだ。
「さぁ、行くよ」
少年が起点の線を作った。それは少年の体の中で変化した霊力によってすぐに分かる。だが位置までは特定出来ないので、二本目以降に集中するしかない。
普通に戦ってもアリスに勝ち目は無い。恐らく少年は殺す気はない、なので精々出して来ても七本程度だろう。それぐらいならかわし、起点と一本でも重なるのを待てばいい。
「何を思ってるか知らないけど、言いつけを守らない馬鹿に手加減をするつもりはないよ」
アリスの体が一瞬にして切り刻まれる。本気だ。本来の攻撃は焼却、焼き付くのだ。だが焼き跡など体についていない、ただ斬撃を受けたような状態だ。
それ即ち物凄い速度でアリスの体を通過したのだ。まだ住人エリアで鍛えていた頃、一度だけこの本気を見せられた。最後の試験のような時だった、結局完全敗北で終わったが一応合格だったらしい。
その時はまだ優しかったが、今回は違う。怒っている。それもそのはず、ずっと言い聞かせていた事をあまりにも早く無視したからだ。
本気で殺される。
本当に久しぶりだった、この感覚。十数年ぶり、まだただの人間で、末期癌の患者だった時の感覚。二度と味わう事の無いと思っていた、敗北の恐怖。死という本能に負ける、屈辱からの恐怖。
「それが怖いなら、最初から死んでおくべきだったんだよ、お前は」
「それが嫌だから、ここに行きついているんですがね」
軽く体の調子を確認し、問題無い事を確認した。高速で斬られたが、元々アリスの体は生身ではない。機械に近しいのだ、頑丈さで言えば軽く人を越えている。
「じゃあ聞こう、さっき僕は何本出した。高速で動かし過ぎたせいでもう無いよ、今は起点も作ってない」
「七十三本」
「正解。ちゃんと見えてるじゃん」
「いえ、霊力残滓です。目で捉える事は出来ませんでした、全く。ですが霊力の知識や活用に関しては私に軍配が上がる、それだけの話です」
「良いね」
その瞬間、起点が生成された。すぐに構え、二本目が生成されるのを待つ。だが待っても待っても線が現れない。もしや既に生成しており、置き爆弾のようにして使用されるのではないかと考えた。
すぐに周囲の霊力感知をしようとした時だった。少年が一瞬にして距離を詰め、アリスを蹴り飛ばした。起点は意識を誘うためだったらしい、すぐに反撃に切り替えようとしたその時、アリスの首が高熱で焼かれる。
「ただのブラフじゃないさ、そう見せかけた布石」
完全に思う壺、読まれている。アリスは戦闘中基本何も考えていない。ただ相手の力量を測り、楽しい相手かどうか以外。なのでこう言った絶妙に頭を使って来る相手とはやり合わない。
万が一の場合負けるからだ。ただし負ける気は無いし、逃げる気も無い。何故なら本気の少年に勝てた事は一度も無い、こいつはアリスより少しだけ小さい程小柄なのだが、実力だけで言えば化物揃い仮想世界の住人の中でもトップレベルだ。
そんな相手に勝つ方法が、アリスの頭の中には見当たらない。どんなシミュレーションをしようとも勝てる算段が無いのだ。
「…無理、ですね…」
ふと零した一言、それは降参と取っても良い発言だった。だが少年は構わず攻撃を続けた。今して欲しいのは敗北からの成長ではなく、反省からの成長だ。
一般人を巻き込んで仮想世界レベルの戦いをするな、という教えを破った事への反省と精神の成長。
「なら死にな、それが最大限の反省だよ」
真意。
七十三本なんかでは物足りない、二百にも及ぶ起点へと向かう従順なる線。反省の色が見えないバカへの、最大の譲歩、介錯。苦しみの無い弔い。
「ちょっとだけ、怒ってるから」
高速で起点へと動かした、そう思ったその時だった。
『弐式-弐条.封包翠嵌』
起点を含め二百以上の線は全て飲み込まれてしまった。
「悪いけど、俺が君に負ける道理は無いよ。さっさと帰えった方が良い、そうじゃないと首が飛ぶよ」
最強格の重要幹部を守るため、致し方なく出動した正真正銘の最強。
「へー、何?僕とやるの?」
「そっちがやりたいのなら、良いけどね」
軽く牽制の為に霊力放出を高める。
「アリスは下がりな、もう今回お前は使い物にならない」
「はぁ……」
溜息をついたが言っている事は正しい、アリスの体は動かなくなっている。機械の体にはアリスの傍若無人を体現したような戦い方に対応出来る様、弱点を一つの部位にまとめてある。
心臓、そこにコアがあるのだがそこが破壊されかけている。今はゲートで逃げ、伽耶に修復をしてもらわなくば生命活動の維持が不可能だ。
すぐにゲートを生成し帰らせた。
「さて、やるのかい?」
「別に僕もどっちでも良い。ただ佐須魔、お前らからも言っておけ、アリスを守りたいなら。言いつけは守れ、って」
「そうかい。で、やるのかい?」
「いや、いい。神に近しいお前とやっても良い思いはしない、勝っても負けてもね。もうアリスは仕方無いから今回は退散する事にする。とりあえずあの女の子だけは回収するかな~」
相変わらず呑気な少年は佐須魔に背を向けた。だが既に我慢の限界を越えていた佐須魔は少年へと飛び掛かろうとする。だが少年はどれを気配で感じ取っていても対処しようとはしなかった。
何故なら既に、別の奴らが来ているからだ。
「やはり強いですね、翔子の能力は」
「そんな事は良いから!早く!」
乾枝が佐須魔に触れ、能力を発動する。筋肉の停止、動きが止まる。対策は絶対にされるだろうが、一瞬でも緩みが出れば良いのだ。そして現に出たのだ、一瞬の緩みが。
『女神に仕えし霊が一匹黒九尾 我が名は黑焦狐 姫君の名は松葉菊 其方の記を辿り蠱無しとあれば力を頂戴致したい 欲するは光 与えるは霊魂 力戴く女神の名こそ黄粉姫 我の力を信じよ 女神の血を引く姫名の下に 黄に輝く光線を卸したまえ』
黑焦狐、そしてきなこの光線。完全物理特化だが、それでいい。今やりたいのは佐須魔への有効打を見つける事では無く、周囲の壁の破壊だ。
二人の男にとって邪魔でしかないから。颯爽と突っ込んでいく兆波と蒼、最初から全力で殴りかかる。すぐに対策を施した佐須魔は身体強化をかけて応戦しようとした。
だがそれが間違いであることに数秒後気付く。
『降霊術・神話霊・干支辰』
支援部隊も来ている。
「…そんなにやりたいって言うなら、やってやるよ!僕も暇してたんだ!!」
理事長の策、それはアリスと少年の厚い霊力のぶつかり合いの狭間に起きる小さな油断と隠れ蓑。一か八かでそこに賭けたのだ、堕天使もそれは気付いていたが何も言わなかった。
理由は一つ、二人はTISが嫌いだからだ。
だがそれと同じ様にして、仮想の王はTISへ寵愛を向けている事をそこにいる誰もが、まだ知らなかった。
そして思い知らされる、実力の差と言うものを。
第三百十一話「焼却力」




