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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第十章「突然変異体」
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第三百九話

御伽学園戦闘病

第三百九話「理想概念」


「…マジ?無理だけど」


虎子は内心焦りながらそう言った。すぐにでも狐神を呼び出せるよう準備しておく、だが恐らく攻撃速度で負けて奪われるのがオチだろう。

ならば何か抵抗して負けたい。何もせずに敗北するのは恥でしかない、経験ではなく恥なのだ。咲に言われている、それだけはするなと。


「済まないが私の理想のため、死んでくれないか」


「おっさんが女子高生に死んでくれって…事案でしかないっしょ」


「私の質問に答えてくれるとありがたい、死んでくれないか」


懐に忍ばせているコトリバコに手をかけ、そう訊ねた。拒否権は無い、それぐらい分かっている。だがおずおずと引き渡すわけには行かない、TISに先を越されぬよう狐神をひたすらに強くして来たのだ。無理を言って虎を放置してまで。

ようやく安定した頃、残り半年で虎を強化しようと考えていた。何としてでも死守する、必ず助けが来てくれるはずだ。ファストでも咲でも、必ず誰かが。


「残り五秒だ。選べ、死ぬか、殺されるか」


遂に手に取った。禍々しい霊力を放っているコトリバコ、やはり勝機は無いだろう。來花だって相当強くなっているはずだ、虎子が勝てる相手では無い事ぐらいとうに理解している。

ただ逃げる事も出来ない、ここはTISの基地内であって虎子の家ではない。道も分からないので無意識に速度を落としてしまい、追いつかれる。

絶体絶命と言うのが正しいが、一応手はある。無茶苦茶で怒らる可能性がある手だが。


「じゃあ待って。『阿吽』で連絡だけするように言われてるから」


「駄目だ」


「遺言だよ、死んでやるからそれぐらい許して」


そこで來花の中にも少しだけ残っていた人の心が働いた、許しを出してしまったのだ。虎子は急いで『阿吽』を使用し、シウへ連絡するために、まずは猪雄へ連絡した。理事長の許可など取っている場合ではない、それよりも戦闘で有利になるよう細工をするまで。


『私橋部 虎子、四分後ギリギリ私にかかる範囲で霊力遮断の結界作って。四分後ね、早くてもダメだし遅くてもダメ。ギリギリ私にかかるようにして、じゃなきゃ私死ぬから』


『えっ…!』


『それじゃ頼むよ、バイバイ!』


すぐに連絡を切り、集中する。深呼吸をして少しリラックスだ。來花は終わった事を確認すると、早速コトリバコを唱えようとする。だがその時だった、來花の口は切り裂かれた。


「とりま、一発ね」


虎霊だ。まだ狐神を出すのは早い、もう少し様子を見てから出さなくては吸い取られるかもしれないのだ。來花も干支馬と干支虎を持っているはずだ、正直狐神を出した時点で敗北と言っても差支えの無い戦術を取った。

ここに来て戦術変更だけはあり得ないだろう。


「危ないじゃないか、唱え始める所だった。何故反逆した」


「…は?」


確実に虎霊で切り裂いたはずだ。喋る事はおろか、目にも傷を付けすぐには目を開ける事すらままならない状態だ。だが目の前に立っている來花は全くと言っていい程傷ついておらず、普通の状態だ。

何らかの回復を行ったのだろと感じ、とりあえず攻撃が通るのかどうかだけでも確認しようとする。だが虎霊の攻撃はかわされ、逆に尻尾を掴まれた。


「術式によって呼び戻された者には攻撃の受け手になった際、二つの選択肢が迫られる。体力で受けるか、霊力で受けるのか。私は当然体力で受けたのさ、霊の攻撃は能力での攻撃と同様に正のエネルギーとして衝突する。ならば体力でくらう、するとどうなるか、正と正をかけるのだ。

それは正の数にしか成り得ず、結果回復へと繋がる。恐らく君達はこの域まで到達していないだろう、能力者同士の争いの中でも最高峰の技術である『転』へと。

あのアイト達でも辿り着けなかった、最後の秘術へと」


「…普通の攻撃が通用しないって事…?」


「その通りだ。だから諦めろ、悪いようにはしない」


「具体的には?」


「君の魂は黄泉の国へ送る。ただし霊二匹は私の干支霊達にくわせる、干支霊は神話霊故に神格には成れないが、その分の力は受け取る事が出来る。単純に言ってしまえば私の霊の強化だ」


「…やだね。私の二匹がまるで強化素材扱いじゃん、馬鹿にするのも大概に…」


「君の拒否など聞いていない」


來花は一瞬にして合間を詰めて、虎子の腹部を殴った。動作としてはジャブ程度だが、重みが違う。何をどう鍛えたらそうなるのか、理解し難い痛みが虎子を襲った。

フラフラと狼狽えながら距離を取る。不幸中の幸いと言うべきか來花に人をいたぶる趣味は無い、大人しくしていれば楽に殺してくれるだろう。だがそれはあり得ない、一矢報いて死ぬべきだ。

何もしないのは、弱者の思考。


『降霊術・唱・狐』


早い詠唱、まるで時が止まったかのようだった。來花は認識出来なかったのだ、何故だかは分からないがまるでそれがただの環境音かのように感じ取ってしまった。

このタイミングで出して来るとは到底思っていなかったが、それにしても全く聞き取れない事には違和感があった。だがそんな事より対処が先だ。

いきなりは攻撃してこないようなので、ひとまず様子を見たい。


「…」


「…」


悪辣な視線が向けられる、だが動きは無い。互いに黙って見つめ合い、どちらが先に動くのかで静かな押し問答を続けている。両者視点未知数との対決であり、今日は情報収集だけでも良いと心の奥底では考えている。

死ぬ事だけを回避する、強気な來花でさえもそう考えているのだ。そうなると当然、動きは止まる。一度の静寂は引きずられ、長い沈黙へと変貌する。


「…」


「…」


心臓の鼓動が伝わって来る。虎子は胸に手をあて、心拍数を確認した。焦って緊張している、慌てている。落ち着け、そう頭の中で言い聞かせても下半身から這いずって来るような寒気が止まらない。

今すぐにでもコトリバコをしまってほしいが、そうも行かないのだろう。來花だって一応殺す覚悟は出来ているはずだ、場合によっては迷わず強硬手段に出る可能性だってある。

そう考えると更に冷や汗が滝のように流れる。息を飲む事すらもはばかられる戦況、沈黙から一分が経過した。感覚では十秒程だが、実際にはそれほどの時間が経過した。

互いの息も整った、イメージも出来る。やるなら、今だ。


「行け!」


虎子が指示を出した瞬間、來花も動く。狐神の脇を抜け、本体へと近付いた。もう触れる、勝ちを確信したその時だった。弾かれた、何者かによって。

すぐに周囲を確認したが何も無い。虎子の顔も見たが、本人も少し驚いている。だがすぐに何が起こったか把握し、狐神と虎霊を戻した。


「結界か!」


必然的に気付く。何とか破壊出来ないか試すが、どんどん虎子との距離が離れていく。恐らく『阿吽』で伝えたのだろうと推測すると同時に、慈悲などかけぬ方が良かったとも思った。

だが逃がす訳には行かない。仕方が無いのだ、まだそこまで遠くない、姿も見える。やる。

目を閉じ、集中して唱えた。


『伽藍経典 八懐骨列』


遠距離攻撃、十字の二連撃、確実な呪。

だがそれは、あまりに怠慢であった。二年七ヶ月、虎子という能力者が対策をしないわけが無い。恐らくそれぞれが各自の対策を持ち、動いているのだろう。

虎児は強い、基本全ての事に対して準備をするようになった。あの仮想世界の日以来、蒿里に一方的にやられたあの日から。


『人術・砂塵王壁(さじんのおうへき)


そこには砂なんてなかった筈だ、だが唐突に現れた砂の壁によって必中であるはずの斬撃はターゲットを変え、空虚にも砂を切り裂いた。

壁となっていた砂が崩れ落ちた頃には既に虎子の姿は見えなくなっていた、結界も外れないので潮時だろう。久しぶりの戦闘で油断し過ぎていたのだ、次の獲物は確実に仕留めなくては。


「あ~あ、負けてんじゃん。勝手に動いた癖に」


「…面目ない。だが分かった事がある、私の伽藍経典は対策されている、少なくとも八懐骨列はな」


「まぁそうだろうね。ぶっ飛んでるクソみたいな奴ばっかだもん、伽藍経典。まぁでも見せてないのもあるんだし、大会では通用するでしょ。とりま今日は温存だよ、省エネ省エネ~」


「…少しだけ、気になる所があった」


「ん?何~?」


「シウの結界だ。佐須魔が来る寸前に消えてしまったが、あそこに霊力遮断と思われる結界が張られていた」


そう言って先程まで確かに結界があった場所を指差した。佐須魔も霊力残滓でそれは分かったようだ。そして何が言いたいかすぐに気付いた。


「あれ?來花って体力一割だよね?」


「そうなんだ。霊力遮断でも私は体力の入っている確かな人間もどき、少なくとも生物なんだ。なのに何故か弾かれた、静電気でもくらったかのような感覚だった。

精度が悪かったといえばそれまでだが…何か気になる。シウが張ったのはただの霊力遮断ではないかもしれない…」


「いや、違うよ。來花が変わった、多分」


大真面目に呟いた。どういう意味かと訊ねると、佐須魔は霊力残滓を回収しながら説明していった。


「数年前、僕が來花を戻して霊に近しい何かとして降臨したでしょ。そこから…大体三年?ぐらい経った。正直おかしいとも感じてたんだ、干支神も取り入れて何の変化も無い事に。

霊ってのは喰った場合霊力が変化したり、力がついたり、稀に見た目も分かったりするでしょ。でも來花にはそれに近しい症状が一つも見れなかった。

覚醒も戦闘病も無いのは体質として、霊力変化さえ起こらないのは少しおかしいとずっと思ってんだよ。それが今になって響いた来たんじゃないかな、多分」


「それだと私の『転』は使えなくなると言うのか?しかも霊力だけになると不便すぎるのだが、佐嘉のように同化出来るわけでも無いのだろう。この様子だと」


「まだ分からないよ、何も。ただ沢山の選択肢を作っておく必要はあるね、万が一呪や降霊術が使えなくなった場合の撤退手段とか。他にも課題は山積みだよ、來花は僕に次ぐエースだ。

薫やライトニングにも及ぶ程の力を持っていると僕は理解している。だから失いたくない、全てを投げ出してまで作り上げたこの組織を、最後まで三人で支えて行きたいんだ」


「そうか…私もそう思っている。だが厳しいとも感じている、流はどうするのか、刀迦が戦ってくれるのか。そこら辺も不明なんだ、相当な賭けだとも感じているよ、私は」


「良いじゃないか。理想でも、叶わなくっても。どうせ死ぬときは、みんな同じ気持ちさ」


佐須魔はそれだけ言い残し、ゲートでいなくなってしまった。來花は本戦に備え、霊力放出を完全に無くして隠密に徹する事を決めた。そして待機所へ向かう最中、懐かしい言葉を思い出し呟いた。

今は亡き想い人の言葉だった。


「理想は常に語るためにある……だったな、京香。私は遂行する、私の使命を」



第三百九話「理想概念」

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