第三百八話
御伽学園戦闘病
第三百八話「想い」
梓は分身の元と共に進んでいた。分身の方は霊力を完全に消し、あくまでも梓一人と誤認させる様な行動だ。ただそれでも梓の恐怖は収まらず、顔色は悪いし体が少し震えている。
元の分身はそれぞれしっかりと意思を持っている。オリジナルに逆らう事は無いし、意思や記憶も共有できるがしっかり指示しないと暴走に近しい行動をする場合もある。
今回はしっかりと梓の警護だと言われているので、大人しくしている。
「…」
「大丈夫ですか?震えていますが」
「…はい…」
生返事を返すだけ。少し心配になってくる。
そこそこ進んだが何も無い。部屋はそこそこあるが入る気にもならないし、危険しかない。武具庫なら別だが、武具庫は特殊な扉だと情報が伝わっている。
変な部屋に入るのは得策ではない。扉を開ける際に片手が塞がれるので不意を突かれやすいのだ。
「…にしても人がいませんね…重要幹部の気配もしない、霊力残滓も見当たりませんし……相当前から撤退しているのでしょうか…?」
「それは無いと思います……ここは武具庫がある…全ての武具や伽耶の研究装置などが回収出来れば別ですが、そう簡単に動かせない曰く付きの物もあるはずです…数個。
ですが運んだ気配などもない…多分ですが、何処かに固まってます。私の予測では再加入した三人と、新たな一人の試験を兼ねていると考えますが…」
「素晴らしい考察ですね。確かに武具は非常に強い曰く付きの物もありますね、確かに私達の作戦を聞いてからそれを運び、全員が別世界か別エリアに移動したとは考えづらい。
黄泉の国はエンマが許さないでしょうし、仮想世界ならばマモリビトが治安のためにこのエリアに無理にでも留めるはずです。
現世ならば私達が気付かない筈がありません。
基地内には滞在しているが何故か出てこない、という予想で良さそうですね」
「でもそうなった場合、なんで出てこないんでしょうか……私が弱く脅威にもならないと言うのは分かりますが…ファルは既に戦闘をしているはずです、連絡通りならば。
ですが虎子が戦ってないんですよ、おかしいですよ。第三班で一番強いのは当然虎子です、受け継ぐ形となりましたが現在狐神を所持していますから……それに干支神化も使える、生徒会ではトップレベルに強いはずなのに全く連絡が入って来ないです。
TISが狐神をそう易々とこちら側に受け渡すとは思えないんですが…」
「そうですね…それには同感です。あちらとしては神格は一匹でも徴収しておきたいはずです、なのに全く動きが無いのは非常に不自然、違和感を覚えますね」
「まぁ来ないのならありがたいですし、このまま進んで次の号令で集合したい…」
そう言いかけた時だった。背後から女が欠伸をする声が聞こえた。すぐに分身が前に立ち、庇おうとする。だがそいつは一瞬にして距離を詰め、元に触れる。
そのまま能力を発動した。直後、分身は弾け飛び消滅した。一人になってしまった梓はどうして良いか分からず、半分パニックになってへたり込んだ。
「なんだよ、お前じゃないわ」
「…ふぇ?」
気の抜けた声で訊ねてしまった。
「いや私虎子探せって言われたんだよ、紀太に。まぁ違うなら良いわ、本物の人殺す趣味は無いしな。やるなら半年後だ」
「…」
様々な思考が駆け抜ける。半分賭け、虎子の所に向わせてしまったらどうなるかなど分かり切っている。死ぬ。
絶対に引き留める、幸いな事に殺意は無さそうなので何とか引き留める事が出来そうだ。
「…まって!」
少し裏返りながらも、必死にそう声をかけた。
「ん?なんだよ」
足を止めた。
「行っちゃだめ…えっと…」
「譽。紗凪架 譽」
「やりたくないんでしょ、人殺し。譽…さんだって」
「さんはいらない。んでお前勘違いしてるわ、私は趣味じゃないだけで殺人を嫌っているわけじゃないぞ。中立だ、中立」
圧をかけながらそう言った。既にガクブルの梓にとってその圧は決定打になるレベルの恐怖だった。だがそれでも虎子の場所には行かせる事が出来ない。
「ダメ!!」
能力を発動した。梓は視界の奪取、一時的に相手の視力を無くす事が出来るのだ。当然譽の視界は真っ暗になったはずだ。
「邪魔はすんなよ、場をわきまえろ場を」
譽はまるで梓の場所が見えているかのように突撃し、顔を掴んで来た。このまま握りつぶされるかもしれないといった恐怖が渦巻く中、譽は先程までのゆるい声で訊ねた。
「お前…梓か?」
「…え?」
「聞いてんのはこっちだ、白石 梓か?」
「…そう」
「なぁお前、今死ぬか、一旦着拒して私と話すか。どっち選ぶ?」
着拒とは恐らく『阿吽』での連絡遮断の事を言っているのだろう。迷う事は無い、明らかに強い譽の動きを止めて、自信の命と虎子の命が保たれるなんて良い事尽くしである。
「話す」
「まぁそうだよな。んじゃちょっと場所変えようぜ、立ってるの疲れたわ~」
ヘロヘロとした空気、何処か菊に近しいものを覚えながら、黙って付いて行く事にした。少しだけ歩き、着いた場所は譽の自室だった。何度も何度もパスワード打ちこみ、二十回後半ぐらいでようやく扉が開いた。
見る感じフェイスでも行けそうだが、そう言ったことにすらルーズなのだろう。指摘しようかとも思ったが、時間を稼げたから別に良いだろうと思い黙っておくことにした。
部屋の中は意外にも普通で、シンプルなデザインだった。ベッドと机、一応来客用の椅子と自分用のロッキングチェアが置かれている。それ以外は特に何の変哲も無い小物ばかりだ。
「案外普通なんだ…」
「は?私は普通のjkだ、何だと思ってんだ」
「え、jkなの」
「肉体的にはな、こっちの世界にいる間は止めてもらってんだよ。マモリビトに頼んだ。年齢はこっち換算だと…分かんねぇわ。現世換算なら大学生とかなんじゃね?まぁずっと屋根裏で過ごしてたから、全然実感無いけどな」
梓を椅子へ案内し、対面になるように座った。ロッキングチェアに揺られながら、少し眠たそうな声で話を始めた。
「んじゃ聞きたい事がある。宗太郎、どう思ってる」
「えっ!?知ってるの!?」
「知ってる。だけど連れ戻す事は出来ない、でも気になるから聞く。どうなんだよ、宗太郎と」
「ただの友達だけど…」
「あ、マジ?あんな風に言ってたからてっきり彼女かなんかだと思ってたわ」
「え、普通に無いけど」
「んじゃどうなんだよ、帰って来てない現状」
「良くは無いよ…そりゃ。皆大変だし、ずっと会ってないから帰って来て欲しい……けど宗太郎もちゃんと頑張ってるって事は予想が付くし…あいつ何だかんだいって頑張り屋だから、抱え込むけどさ…」
「そうだな、よく見てんじゃん。ならなんで止めなかったんだよ、仮想世界で訓練って相当時間かかる事分かるだろ。しかも流を超えるのが目標だったんだろ?滅茶苦茶に長…」
「だった?目標変わったの?」
「あーいや…うーん…知らんな、推測だ推測」
「あっそう。でも私は結果的に置いて来て良かったと思ってるよ。流先輩があれだけの強さだから、現世にいて成長ぶりを目の当たりにしたら壊れちゃうよ、あいつ」
「そんな心弱いか?私が見た限り良くも悪くもメンタル強そうだったけど」
「それも多分演技、あいつは実際弱いよ。ずっと気にかけてやってたのに態度悪いしさ、困った奴ではあったよ。本当に。でもいい加減帰ってきて欲しいよね、寂しいよこっちとしては。
陽は自爆特攻で素戔嗚の刀壊して、真波は結局分からずじまいだけど蒿里にやられて、美琴は流先輩にやられちゃって。三人もいなくなって、それでも帰って来てくれないんだよ」
「まぁその内帰るだろ、仮想世界は生身の人間がずっといていい場所じゃないからな。まぁ私もそうなんだけどよ」
「…出来れば私も行ってやりたいよ…現世にいてもやれることは無いし……多分誰かお供は付けてるだろうけど、心配だよ…」
それが本心なのだろう。譽はこういう時なんと言葉をかけて良いか分からない、いつも無視していたからだ。だが頼まれている。宗太郎本人に。
あまり気乗りはしないが、伝えるしかないだろう。
「伝言だ。僕に関わるな、だってよ」
「えっ…?」
「そのままの意味だろう。前に会った時聞かされた、同年代の奴ら全員に言っとけて言われたよ。だからお前から他の奴に…」
言葉が出ない。梓の顔を見てしまったからだ。悲しいなんて顔じゃない、絶望、その一言に尽きる。
「おい…ちょっと落ち着いたら…」
「もう行く」
譽の言う事も聞かず、部屋を飛び出して行った。仕方が無いので追いかけようとも思ったが、一瞬で見失ってしまった。正直言わない方が良かったかもしれないと考えてしまった。
TISではあるが、別に学園の奴らが嫌いと言う訳では無い。むしろ好きだ。TISも学園も、出来れば争いたくないというのが譽の本心である。
だがそれは不可能、力がある者は争う義務があるのだ。これは定められた事、仕方が無い事なのだ。
「でも…やっぱ言わない方が良かったな。まぁ良いわ…寝よ」
嫌な気持ちのまま本戦に突入したらへまをする可能性がある。今の内に仮眠を取って、気持ちを入れ替える事にした。そもそも最初から虎子以外とは戦う気などない。
何故なら譽はある人物への特攻として保持されているからだ。最強の一角、絵梨花のメタとして。
梓は全速力で走っていた。自信の気持ちを誤魔化す為に息を荒げ、思考を鈍らせようとする。だがそれも普段の訓練のおかげで出来ない。
嫌な事ばかりが反響し、頭の中を駆け巡る。気絶でもして忘れたい、そう思う程だった。すると無我夢中で走っていたせいか、誰かにぶつかり、しりもちをついた。
顔を上げ、誰か確認しようとした時だった。首元に何か冷たいものを感じる。すぐに理解した、血だ。首に突き立てられた短剣が肌を破り、血を流しているのだ。
「前方不注意とは良くないな。まぁ良い、アリスの邪魔になると面倒だ」
紀太だ。面は外しているが、殺意が凄い。
そして剣を更に奥へと突き刺して行く、ゆっくりゆっくり、突き刺して行く。痛がる梓の反応を見たがっているのだろう、だがその手には乗らない。
すぐに能力を発動し、紀太の視界を奪った。すぐに逃げ出そうとしたが、腕を掴まれる。
「霊力感知で分かる、舐めるな」
もう容赦は無いようだ、物凄い勢いで短剣を突き刺そうとした時だった。ある人物が肩代わりをした。梓が目を開けるとそこには、首に短剣が刺さった四葉の姿があった。
「心配は無用、さっきの戦いは不完全燃焼だったから。許可下りたの、だからやろうよ。二人で」
「良いぜ。死にたいって思う程、殺してやる」
すぐに理解した、逃げろと言う事なのだろう。今の紀太は明らかに判断力が鈍っている、何とか四葉がヘイトを買ってくれている内に逃げるのだ。
反対方向へ走り出す。だがその時だった、背中に触れられた気がした。共に腹部から血が吹き出し、痛みが走る。体の操作が効かなくなり、倒れ込んだ。
「逃がさねぇよ。全員殺すんだ、俺の手で」
梓の視界はまるで自信に能力をしたかのように、暗転した。
第三百八話「想い」




