第三百四話
御伽学園戦闘病
第三百四話「達成」
突っ込んで来る紀太の方を向く。一旦傀聖は放置だ、二人に構って答える程人的余裕がない。少なくともベロニカが戻って来ない限り、そもそも生きているのかさえ怪しいが。
『肆式-弐条.両盡耿』
傀聖の事など気にしない特攻。自身さえも巻き込むであろうその攻撃は、厄介なシウや倒れている咲も同時に攻撃できるのだ。多少の自爆ダメージがあろうとも使用するべきなのだ。
当然、傀聖もそう来ると読んでいたので絶対に壊れない盾を十枚程生成し、自身の周りに引っ付けることで最低限のダメージに抑える。
「だから言ったのに!」
優衣が文句を言いながら消耗蝶を四匹取り出し、三匹はシウ、猪雄、咲へと投げた。どうせ四葉は何ともでなる、生き返るはずだから。そしてもう一匹は自身へと力を発揮させた。
この二年半の鍛練によって優衣はある技法を習得していた。『遅延』である。完全に才能の域、運に味方された優衣はこの最高難易度である技法を取得したのだ。
だがそれが本命ではない、遅延とは霊力の流す量を超繊細な位まで調整し時間を遅らせる。それに必要なのは直感、才能、そして霊力の塊である霊でさえも捉える事が出来ない様な霊力残滓の知覚。
「私がやります!」
霊力同士が擦れ合い、目が痛くなって来る。敏感な優衣の目からすると相当負担がかかるのだ。だがそれでも、無理をしてでも突っ込んで来た紀太の方へ向かう。
四葉が止めようとしたが両盡耿のせいで悶え、止める事が出来ない。他の三人も一瞬の無敵蝶のおかげで痛くは無いが、動ける状態では無い。それと言うのも無敵蝶の無敵は根本から頑丈にしたりするわけでは無く、非常に強い霊力を纏わせる事が出来る蝶なのだ。
なので下手に動くとその防御が剥がれ、くらいかねない。なので今は優衣が独断で動くしかないのだ。
たった十秒の光、幸いな事に蝶のおかげでダメージは無かったが、優衣と紀太の距離が近すぎる。
「やめろ!あんたじゃまだ至近戦は!」
四葉がそう言った瞬間、優衣は身体強化蝶を喰い、思い切り殴り掛かった。だが紀太は言葉も発さず短剣を抜き、物凄い手付きで優衣の首元を突き刺した。
「遅い。未熟も良い所だ」
引き抜くと血が溢れ出す。するとその時、背後から猪が突っ込んで来た。軽くかわしたが、それは誘導だった。右は四葉、左は鼠と猪雄が同時に殴りかかって来ている。
避けたのは右、四葉の方だ。両盡耿のせいで既に何回は死んでいるはずだ。となると現状身体強化が無い紀太は普通にパワー負けするだろう、紀太は大して身体能力が高いわけでは無いのだ。
『弐式-弐条.封包翠嵌』
封包翠嵌で攻撃を完全に無効化した後、放つ。
『参什壱式-壱条.剣千』
佐須魔が大会で使っていた術式だ。呪・剣進の上位互換のような術で、千本の剣が飛んで行くという術である。だが普通に考えておかしいだろう、何故死なせてはいけない四葉に対してこんな殺意マシマシの攻撃を行うのだろうか。
永遠に封包翠嵌でも撃っていれば良い話のはずだ。そんな状況で攻撃をして来たと言う事は、確実に何かある。そう考えた四葉は全力で回避に徹する事に決めた。
「はい、かかった」
その一言、直後鳴ったのはシウの唸りだった。すぐに振り返るとそこには最低でも十本程の剣が刺さっているシウの姿があった。そう、四葉の後方ではシウが様子を見ていたのだ。
流れ玉、というよりもそれを計算して使ったので厳密には違う。紀太の算段にまんまとハマり、負傷させてしまった。この時点で責任が変に深読みしてしまった四葉に飛んで行く事になる。
普通の人間なら罪悪感や焦りで無駄な動きや集中力散漫が見て取れる状況。猪雄の攻撃をいなし、傀聖にアイコンタクトを送りながら様子を見る。
「あーもういい!!」
すると四葉は唐突にそう叫んだ。
「もういいや!!」
そう言いながら何も考えず突っ込んで来る。一番来てほしくなかったパターンだ。責任の重さから逃れ、全てを放棄して戦う。無敵の人だ。
だが紀太はそう言う相手をするのが苦手だ。必ず相手は何か大事なものを懸けていて、その真意を読み取り攻撃する事に特化していると言っても過言では無い。
「クソ、一番嫌な奴だな」
仕方が無い。こうなったら霊力不足を狙うしかない。四葉の唯一の弱点は霊力切れである。復活して強化が入る際に霊力を消費する。だが見ただけでも分かる程には極小の消費量、何百回殺せば良いのか見当もつかない。
ただここで日和っても仕方ない。何としてでもここで蹴散らし、アリスのために佐須魔達からの信用を勝ち取るのだ。
『降霊』
面が変わった。どうやら面は複数個あるが、超大量に持ち歩いている訳では無くストックらしい。同じ面で何でも出来るのなら、非常に便利な能力だ。
詳細は分からないが、正直今の四葉にとってはそんな事どうでも良い。とりあえず力で押す。猪雄はその気迫と馬鹿さに呆れて、シウの剣を抜いて止血をしていた。
「来いよ。身体強化だ、拳のな」
その言葉によって大体は分かった。紀太は恐らく誰かの能力が使えるのだろう。ロッドの面だったのも術式のため、そして現在面は拳のようになっている。
となるとマズイ、駆け引きが始まってしまうのだ。力で言えば当然四葉が負けている、なので殴って殺してもらう必要があるが紀太はそんな事をしなくても良い。だが霊力欠けを狙っているようにも感じ取れた。
一度後ろに下がって、他の者への攻撃を受けて強化を積んでも良いが楽しそうに見守っている傀聖がいつ動き出すか分からない。正直リスキーすぎる。
「戻ったな。そう言う所が好きだぜ俺は、楽に倒せる」
仮面の下から滲み出ている笑気。四葉は更に意識してしまう、駄目だと分かっていたはずだ。何も考えずに突っ込めばいいと。だが一度その思考に入ったら抜け出せない、考えてはいけないとばかり考えて意識してしまうのだ。
一気に距離を詰めて来た紀太。だがまだ拳が動く気配は無い。この間実に一秒、四葉が取った行動は後退だった。シウと猪雄を全力で守るのが今やるべき事だと判断したのだ。
「単調だな。まぁそもそも、俺はどっちにも対応できるがな」
紀太は思い切り床を踏み、跳んだ。華麗な空中回転を見せながら、シウの頭上へと移動する。そしてそのまま短剣を突き立てながら落下し始めた。
四葉がすぐにフォローに入ろうとしたが、間に合わない。拳レベルの身体強化を使われていると流石に無理だ。現在優衣は消耗蝶で回復を終え、動き出す頃だ。
だがそれでも間に合わない。シウの能力がTISにバレているのだとしても、ここで使いたくはない。なので実質的にこの攻撃を弾き返すのは一人に絞られる、猪雄だ。
「…」
集中し、降って来る紀太を見る。そしてシウに触れそうになった所ギリギリで背伸びをし、何とか短剣を掴んだ。だが刀身も構わず握ったせいで手からは血が溢れ出して来ている。
それでも放す意思は見えず、紀太は一度着地した。そして短剣を手放してから、両手を使って思い切りぶん殴り、短剣の回収と邪魔の排除を試みる。
『降霊術・神話霊・干支犬』
咄嗟にシウが呼び出してしまった。最悪のパターンだ。干支犬は出すだけでも相当霊力を消費する上に、霊は出しているだけでも段々霊力が削られていくのだ。この後の連続結界のためにここまで温存させたのに、全く意味がない。
「悪いが無理だ、猪雄が優先だ」
シウはそう言いながら紀太に殴り掛かった。好都合、短剣だけを瞬時に奪い取ってから殴りかかろうとした時だった。
「仕方が無いですね」
怒っている。咲の声がした共に、大きな爆発音とその場にいた全員に同じ量のダメージが与えられた。ただ咲一人の即死ダメージを分散させただけなので、軽いパンチ一回分程度ではある。
だがそれでも有効だ。
「私の能力、『妥協』です。くらった攻撃を分散させる事が出来ます、謂わば痛み分けです。当然私も痛手を追うので場合によっては使い物になりませんが、サポートとして使うのなら活躍出来る場面は少なくないですよ」
咲は自身の心臓を傘牽で貫いた。その瞬間、全員に先程とほぼ同様のダメージが入る。
「やめろ!お前も死ぬぞ!!」
このやり方は無茶が過ぎるのだ。何故ならこの方法で倒すとなると周囲にいる全員、当然自身も含めて集団で同時に死ぬ。だが咲の眼からは一点の曇りも見えない。
ただ冷淡に作業のように自身の命を壊して行く。怖いはずだ、自分で自分を殺すなど。だが連続で行っている。覚醒の炎は既に見えないのでおかしくなっているわけでも無いだろう、そして戦闘病の気配も無い。
完全に素面だ、素面で自分を殺している。紀太は感じた、本物の狂気と言うものを。そして傀聖は感じ取った、咲は面白い奴だと。
「私が死ぬ、ですか。問題などありませんよ。私が死んだ場合、ここにいる一人を除いて全員が死ぬのですから黄泉送りです。それで満足ですよ、兄さんがいますから。黄泉の国には」
段々とダメージが蓄積していく。だがここで咲に手を出しても解決策を考える時間が減るだけだ、だからと言って放置しても唯一生き残れるであろう四葉に魂ごと粉砕されてしまう。
「…クソ!!」
紀太は悪態をつきながら傀聖の首元を掴み、そのまま部屋を飛び出して行った。
「正解です。私の能力の範囲はそこまで広くない、大人しくこの部屋を受け渡すのが最善策ですよ。さようなら」
静寂。
「さて、皆さん大丈夫ですか」
回復蝶で首の傷を治しながらそう訊ねた。全員大丈夫だ、といっても一つダメな点はある。シウが干支犬を出した事だ。結界は高度な集中力と大量の霊力が必要なのだ、少しでも温存しろと言ったはずである。
「ちゃんと反省してくださいね?」
「はい…」
「では報告を行います。シウさんは遮断結界を何層か、間を開けて展開してください。恐らくゲートでは入って来れてしまいますので最大限注意を」
「了解だ」
シウは早速結界術を使用して小さな遮断結界を生成し始めた。そして咲も報告に入る。『阿吽』で理事長に向けてだ。
『作戦完了。通路を進み紀太と遭遇、軽い交戦の後ベロニカが時間稼ぎにて分断。その後は最適であると判断した王座の間へと向かい、扉を開けた所[松雷 傀聖]を名乗る青年と交戦。
紀太が助太刀に来ましたが、何とか撃退しました。シウさんは干支犬を出してしまい、結界の数が少しだけ少なくなります。が問題視する程でも無いでしょう。
現在遮断結界を展開中、何層かに分けるよう伝えたので、これにて第一班の任は完了とみなします』
『了解した。及第点といった所だ。だが良くやった、その様子だとベロニカ君とは合流していないそうなので第一班は王座の間を離れベロニカ君と合流を優先。勝てそうな相手だとこちらが判断した場合は交戦も許可を出そう』
『分かりました。それでは指示通りベロニカとの合流を始めます。それでは』
「さて、報告は終わりました。問題はないそうです。今から私達第一班はベロニカさんと合流を優先。敵がいた場合は勝てそうな相手だと許可が出た場合にのみ戦闘が許可されるそうです」
「了解。それじゃ行こう、ベロニカ多分やられてるし」
「早く行きましょ~疲れました~」
「お二人共問題は無さそうなので行きましょうか。それでは私達は出ます。何かあればすぐに『阿吽』や何らかの手段で連絡をお願いしますね、警護もよろしくお願いします。任せますよ、猪雄さん」
「はい。そっちも気を付けて」
「えぇ。それでは」
三人は王座の間を出て行った。ベロニカとの合流を優先し、出来れば戦闘は避けたい所だ。そして少し進んだ時、全体への連絡が入った。理事長からだ。
『これより第二陣、第二班と第八班の[駕砕 拳]のみを投入する。第一班は引き続きベロニカ君との合流を、第五班は結界の展開をよろしく頼む』
『分かりました。何かあり次第、私からも報告します』
『了解です。確実な展開に努めます』
妨害部隊である第二班、そして第八班から拳のみ。正直何をしたいのか見えてこない。そんな中、第二班が与えられた命はこうだった。
「第二班は全員が一人で動いてもらう。当然、梓君もだ。目的は一つ、重要幹部を誘き寄せる事だ。妨害はまだしなくて良い、今はひとまず誘き出すのだ、重要幹部を。[鹿島 砕胡]を」
組み上げるのだ、拳の独壇場を。
第三百四話「達成」




