第三百三話
御伽学園戦闘病
第三百三話「手加減の削り」
「うおぉ!」
傀聖は見事な身体能力で後ろに反り、山羊の攻撃をかわした。だがそれだけで留まるはずもなく、咲は傘牽を使用して更に攻撃を仕掛ける。山羊もそれに通ずる動きを行い、傀聖を何とか追い詰めようとする。
だが身体能力が思っている以上に高く、身体強化などのない状態の咲では少々捉える事が難しい。天井に気合で張り付いたり、壁を走ったりなど無茶苦茶だ。
「身体強化と見るのが妥当ですかね」
「違うぜ?俺の能力はさっき言った二つだけだ、神にも誓える。あんなゴミに誓っても何も無いけどな」
そう言いながら傀聖は手に持っている槍を投げた。だが咲は傘牽で弾いた。傀聖はその動作に違和感を覚える。それは紀太と同じようなものなのだが、少しだけ確信を突いている違和感だ。
「なんかお前の霊力、おかしいな」
「…!」
やはりそうらしい。
「崎田辺りか。どんな方法か知らないが、霊力に変な力付けてるな。まぁでも佐須魔とかでも出来てないし、恐らくはたまたま使えるってだけだろ。警戒する必要も無いな、どうせお前はここで死ぬからな」
そして両手に槍を生成した。まずは一本を普通に投げる、それは山羊に向って。綺麗に頭部を貫かれた山羊はまるでゲームの敵キャラのように謎の粉になって消滅した。
それを見た傀聖は更に疑問を覚えるが、ひとまずもう一本も投げる。普通に投げるだけではない、後方、一番細くなっている場所に五十円玉を装着し、爆破させた。
その反動で勢いを付け、物凄い速度で咲へ向けて放ったのだ。
「まぁ…そうだよな」
着弾する前から分かっていた。その槍は謎の力によって弾かれた。
「うーん、なんだろな、それ。恐らく『覚醒能力』ではないんだよな…でも霊力自体に力が付くなんてこと聞いた事もないしな…あったとしてもここでその仮定をしてもどうしようもないしな。ならやっぱ…」
モーニングスターを創造し、傘牽に当たらないよう曲がる挙動にして攻撃を試みた。するとその鉄球はスレスレで傘牽を避け、綺麗に咲の右脇腹を直撃した。
肉が抉られた激痛と共に少し血を吐いてしまう。優衣が助けに入ろうとしたがシウが止めた。
「あいつはタイマンと言った。俺らが入るのはあいつが削った後だ。あの男は相当強い、お前が入っても出来る事は自爆ぐらいだ」
大真面目にそう言っている。それは咲を見殺しにする可能性すらあるのだ。正直納得しづらい事だ。だが四葉も大賛成している。
「ここで出て何になるの?私はタンク、シウと猪雄は温存、あんただって主力に入るぐらいには強い。咲ちゃんだって強いけど、それは一人で戦う時に発揮される力の場合。今介入しても何の意味も無いし、邪魔。わざわざタイマン宣言したのはそう言う事でしょ。だから黙って見てな、新人なんだから」
「…はい…」
不服そうに見守る事にした。
咲は肉が抉られた事など構わず、思い切り突撃する。一気に方針を変えた事で傀聖の予想は確定付けられた。
「その傘の力か」
「はい。傘牽の力の"一つ"です」
「"一つ"…?」
傀聖は剣で対抗しようとしていたが、すぐに回避に移る事になる。咲は思い切り傘の先端部分を押し付け、力を使用した。その瞬間傘の表面全体から高熱の炎が発射された。
部屋全体に満ちたその炎は、傀聖を包み込む。
「まだまだ、俺より弱いじゃん」
だがその次の瞬間、咲の腹部が貫かれた。おかしい、確かに傘牽で攻撃を弾いたはずだ。何故傘牽をすり抜けて刺しているのか、理解出来ない。
ただ気付く事になる、傀聖は真横から刺して来ている。回避に移ったかと思ったが、全体攻撃だと察したのか炎の勢いに紛れて瞬時に咲の真横へ移動し、刺して来たのだ。
この間は一秒どころかコンマ数秒の話、判断力が狂っている。だがそれと同時に、咲にも対抗策が生まれる。
「残念ですね。貴方の刃は、貫通までは行きませんでした」
咲は剣の刀身を掴み、一気に距離を詰める。狂気的な思考、面白い。傀聖に戦闘病の予兆などはないし、発症もしていない。だがここまで頭のおかしい人物を見ていると単純な好奇心でワクワクして来る。
あくまでも楽しんだり、交渉の為の能力だと考える傀聖にとって、こういう時が一番の使い所なのだ。逆に言うと、楽しみたい時の為に取っているのだ、普段から霊力を。
矢萩に着想を得た武器。創躁術は作り出す際にのみ霊力消費が起こる、なので一度出した物は壊れるか傀聖が意識的に破壊しなくては永遠に留まり続ける。
なのでそこにギアルと同じような性質を持たせ、常に懐に所持しておく。
「見ろよ、疑似的な霊力貯蔵庫だぜ」
取り出した小さな箱からは、霊力が今にも飛び出しそうな霊力達がひしめき合っていた。普通の能力者ならここで怖気づき、少しでも距離を取るはずだ。
だが今の咲はこう考えている、命を使ってでもこの部屋を確保する、と。引くわけが無いだろう、そんな馬鹿が。
「それが、何ですか」
冷たい声と共に放たれる炎、傀聖は笑いながら霊力を解放する。
「何ですか、じゃねんだよな。関係大アリなんだよ、これが」
何の事か分からなかったが、すぐに分からされた。炎が消えた、あまりにも不自然に、火種諸共。
「なっ!」
驚く咲を尻目に、傀聖は攻撃を再開する。一気にスパンを短くし、大量の霊力消費をも厭わない戦闘方法だ。一回の攻撃で剣を変え、たった一回の地面への衝突で起こる刃こぼれさえも許さない。
全身全霊の一撃をぶち込みたい、顔で分かる。笑ってはいないのだが、楽しそうだ。何処か楽し気な雰囲気が伝わって来る。一方咲は脇腹が痛み、防御に徹底している。
このままでは負ける、そう思った優衣が再度介入しようとした時、咲が珍しく大きな声で牽制した。
「ダメ!!」
「だけど!」
「良いから見てて!私がやるから!!」
使命感に駆られている訳でも無い。ただただ、こいつを殺さなくてはいけないという能動的な動き。一つ一つの動きに意思を持ち、不意の攻撃を確実にかわす動き。
四葉は独りでにこう思っていた、兄に似ていると。大会での映像しか見ていない、だが似ている。妙に不意打ちや奇抜な手を警戒し、それでも目線は常に相手の顔。
顔だけで相手の動きを読めるのか、それとも少し見えているだけで反射神経などで対応できるのか。いや、どちらもなのだろう。だからこそ弾き炎を出す傘だけで何の武器を出す事も出来る傀聖に対抗出来ているのだ。
少し押されてはいるが、全く問題はない。何故なら咲は『覚醒能力』を一度しか使用していない。そろそろやるだろう、本気の攻撃を。
『伽藍経典 八懐骨列』
「ちょっ!!馬鹿!!」
それは周囲の人間全員へと攻撃が向かう呪。ただ一つ、この数年間で桃季が本能で解き明かした事があった。猪雄とシウはすぐにほふく前進のような体勢に変わった。
良く分からない優衣は攻撃をくらいそうになったが、何とか庇ってくれた四葉のおかげで攻撃を無効化する事が出来た。といっても二回を二人分で四葉は既に四回死亡した。ただ真波の遺品でもある壊れない心臓のおかげで問題無いのだが。
「はぁ!?」
一方傀聖はもろに二連撃をくらったにも関わらずタフネスさを見せつけながら立っている。だが胴体には十字になった傷が出来ており、非常に痛々しい。
「…まぁ分かった。お前の『覚醒能力』」
「あら、察しがよろしいのですね」
「まぁな。おおよそ『コピー』とか『真似』とかそこら辺だろう」
「正解です。私の『覚醒能力』は『最善』と言います。効果はその時、その瞬時に一番良いとされた能力が使えるようになる能力です。私の知らない能力は適応されず、次に良いものとどんどんグレートは下がって行きますがほぼ確実な対処が可能となります。
なので人術や伽藍経典などは別に使えもしませんし、本来使うのも寒気がする術です」
「おいおい酷い言い方だな。確か來花はお前の父親だろ?もっと親の事大事にしたら…」
「分からないで良いですよ。どうやら貴方は、ご両親に恵まれたようですから」
静かな怒りと共に撃った一撃。何の装飾もない、シンプルな投擲。槍、同じだ、性質が。
「『創躁術』です。お見事ですね、貴方の能力は」
貫かれた喉元、一気に霊力感知などがやりづらくなる。外で見ている四人の事も目視で注意しなくてはいけなくなった、こうなると非常に面倒くさく、何より意識が分散される。
咲は非常に早い。身体強化が無くとも早い。なので出来れば咲だけに視線を向けたいのだが、それも無理らしい。
「しゃあねぇな。別にお前殺さなくても俺には何ら問題は無い。一時撤退だ」
誇りもクソもない戦法である。だが非常に有効とも思えたその戦法は、封じられた。
「駄目です」
二人だけの視界が一変する。傀聖の体は一瞬だけ動きが止まり、その後すぐに戻った。真っ暗な世界、目を凝らすと段々見えてくる。何かおかしい、真っ暗な世界。
そこには咲と傀聖だけ。正真正銘、二人だけの戦いなのだ。
「影さんの能力ですね。やはりこの『覚醒能力』は扱い易いですね」
咲は急に速度を落とし、ゆるやかに近付いて来る。当然槍を投げるのだが、その全てが傘牽に弾かれ、吸い込まれるようにして影に埋もれて行った。
このままでは負けると思った傀聖は先程のモーニングスターのように変わり種で対応し、この影の世界から抜け出す事を決意した。恐らくは畳みかけて防御の能力に返させたりするのが良いだろう。
「なら行くぜ、こっちも」
傀聖は速度を上げ、一気に距離を詰めようとする。だが影に足を取られた。当たり前だ、普通に考えて想定しないだろう。発動者が地面の影なども自由自在に浮き沈みさせられるなど。
動きを封じられた傀聖はその場に留まりながらも攻撃できる手段である投擲で対応する。だが一瞬下に向けた顔を上げた時、咲は視界にはいなかった。
すると急に背後から聞こえる声。霊力などは関係のない単純な気配なども全くしなかった。急に現れたのだ。
「速い!!」
なす術も無く、炎に巻かれる。流石に声が出るが、何とか武器を生成しようとした。だがドンドンと体が沈んで行き、手が埋まってしまった。
それでも顔は埋もれる事なく、炎で焼かれる。火傷が酷くなって来たその時だった。影の浮き沈みを操作し、このまま一方的に勝負を付ける気だった咲の体が大きく揺れた。
衝撃、信じられない衝撃。四肢が飛ばなかった事が信じられない程の、強い衝撃。
「まぁこんなもんだろ!」
傀聖は五百円玉を手に持っていた。どうやら何個も投げて連鎖爆発を起こさせていたのだ。五百円そもそもの爆発威力が非常に高く、四肢など簡単に持って行ける力がある。
だは咲は傘牽のおかげか何とか力が分散し、耐える事が出来た。だが急な強い揺れに脳も揺れてしまった。脳震盪寸前、体の言う事が聞かない。
ただ倒れ、這いつくばった。それと同時に紫の炎は消滅し、影の世界は閉じる。
「は?」
当然の反応である。覚醒は基本自分の意思でやめる事は出来ない、少なくとも感情の昂りが関係して来ず制御が難しい自己覚醒では。だがやっている、これは明らかに第三者の介入、現実世界に戻ると同時に傀聖は血を吹いた。
何が起こったのかなど到底理解できるはずもなく、体が蝕まれていく感覚に陥る。
「咲は負けだ。俺がそう判断した」
いつの間にかシウ達が部屋に入って来ている。
「今出てくなら許してやる。そして伝えておけ、ここは今作戦中俺達が占拠する。怖しはしないので干渉するなと」
その時シウは干支犬を出していた。瀕死の状態に加えて強い圧をかける事によって命を優先させようと思ったのだ。だが傀聖はニヤリと笑うだけで何も言わない。
普通に話せないだけかと思っていたら、何とか立ち上がり。強気に宣言した。
「良かったな、実質俺の勝ちだ」
扉の先にある廊下を見ている。すぐにそちらに視線を移すと紀太が走って来ている。そこにベロニカの姿は無い。察したシウは仕方無く結界で遮断しようとした。
だが四葉が無理矢理止め、シウを部屋の隅にぶん投げる。そして猪雄の頭を掴み、言い聞かせた。
「私は絶対死なない。むしろ死ぬ方が強くなる。遠慮せずやりな」
その言葉の意味、一瞬理解したくなかった。
「…はい」
だがこう返答するしかない。咲は霊力体力共に不足しており戦えず、シウも温存。となれば戦えるのは三人のみ、優衣には何かいう必要は無い。どうせ巻き込んで来るだろう。
ボロボロの傀聖と万全の紀太を撃退するだけで良い。本当にそう考えていた。だがそんな簡単な筈も無い、二人は単体だとそこまで輝く能力ではない。ただし、互いの戦闘スタイルは非常に似通っており、どう言った行動をしたら邪魔になるかなどほぼ理解している。
「やるぞ、傀聖。ここで潰す」
「あぁ、分かってる」
紀太が短剣を抜くと共にベロニカが突っ込んだ時と同じ女の仮面を身に着けた。四葉は後方だったので何故ベロニカが突っ込んだのか正直分かっていなかった。
だが自身の目で見る事によって理解すると同時に、頭を抱える事になる。
『降霊』
「借りるぞ、ロッド」
そう、初代ロッドの面影がある仮面なのだ。察すると共に、今自身へと降りかかっている責任があまりにも重い事をようやく理解した。だが逃げ腰にはならない、咲がそこそこ頑張ったのだ。
久しぶりの実戦、緊張一杯。だが少し楽しみだ。四葉は最強のタンクであり、最強のアタッカーでもある。『死ぬと強くなる』能力、真波のおかげでここまでやって来れたのだ。
死んではしまった。だがそれでも、やれる事を証明したい。今、ここで。
「殺す。お前らぐらい、俺の手で。アリスの力は借りずに!」
部屋に突っ込んだ。場は実質三体二。
文字通り命を賭けて、この場を死守するのが、両者の目的である。ここからだ、命のやり取りは。
第三百三話「手加減の削り」




