第三百二話
御伽学園戦闘病
第三百二話「初対面」
「さて、私と優衣さんで戦闘、シウさんと猪雄さんを挟む形でベロニカさんと四葉さんの列で行きましょうか」
咲の提案通り、そのスタイルで道を進む。どうやら一本道がそこそこ続いているようだ。そこら中に扉はあるが、軽く霊力感知をして誰かがいるわけでもなく何か特別な物があるわけでもない。恐らく大丈夫だろう。
「咲さん」
「何でしょう?」
歩いている最中、珍しく咲が話しかけた。
「僕らは何処に滞在すればいいの?」
「そうですね。猪雄さん一人で確実に安全を確保出来る場所、そしてあまり外側ではない所……王座の間などどうでしょうか」
サラッと訳の分からない事を言い出した。流石にシウが苦言を呈するが、どうやらしっかりとした考えがあるようだ。
「猪雄さんの干支鼠と干支猪はどちらも戦闘力自体はそこまで強いく無いです。何度か模擬戦を交えてそう感じました。ですが尖った性能をしています。
猪はオールラウンダー適正は酷いものですが、現在歩いているような一直線の場では物凄い速度と威力を発します。恐らく何も考えずに突っ込める場所が向いているのでしょう。なので一方通行の部屋などが最適です。
そして鼠は団体戦、というよりも物量攻撃ですね。現在猪の練度の方が高く、鼠への訓練にまで手が回っていないと聞いています。なので鼠は猪が突撃する際に少しでも相手の移動速度を下げる目的などで使用するのが最善でしょう。何か特殊な戦闘法が無い限り、ですが。
この二つを加味するだけでも王座の間は最適ですよ。王座の間は恐らく他者の侵入を絶対に許さない設計になっているはずです。あそこは佐須魔や來花などの三獄が話し合う場としては最適ですからね。
なので一方通行と予想します。それに誰も来ない場所とも言えるでしょうし、基本的にシウさんの位置が特定されない場所でしょう。普通に考えて敵の会議室でサポートをするなんて事はしませんからね」
その提案が非常に奇抜である事は自身でも理解しているそうだ。だがシウも大体理解出来た。TIS本拠地は神の状況によって構造が大分ぐらつく事は知っている、ただそんな災害に近しい事象が起こる中でも安全といえる場所は一つぐらい作っておくだろう。
恐らく咲はその安全地帯が王座の間だと予想し、そう言ったのだ。実際わざわざ王座の間に戻って来るとは考え辛い。誰もいないし、誰の霊力も感じないこの様子から見て、TISは今回攻め入る事を知っていて何か対策を取っている様に見える。
ならば基本一番狙われる王座の間などには滞在しないはずだ。裏の裏をかく方法なのだろう。
「まぁ異議自体は無いけど、万が一佐須魔とかがいたらどうするんだ?」
「四葉さんの命と引き換えに逃げ出します」
ニコリと笑って言った。シウは味方を盾にする考えなど基本思い浮かばないので、この女がとんでもない化物に見えてしまった。ただ四葉もそれ自体に文句は無いようで、最初から覚悟は決まっているそうだ。
正直そこまで突き動かす理由が分からないが、聞くのも少々はばかられる。モヤモヤしたものを胸に秘めながらひとまず廊下を進み続けた。
「あら、初めまして」
急に咲がそう言った。シウは何も考えずボーっと歩いていたので、その言葉の意味に気付けず少し硬直していた。だが視線を前に向けると一人の重要幹部が立っている事に気付き、すぐに正気を取り戻した。
やはり一本道、何の変化も無い場所に立っていたのは少年だった。数年前から見た目は変わっていない、面を頭に着けており、腰には短剣を携えている。紀太だ。
「ん?初対面だったか?」
「すみません。こんな小柄な重要幹部は黄泉の国以外で見た事は無いはず……いえ、いましたが二年七ヶ月も経っているのです。必ず私達なんかより背が伸びているはずですね。恐らくは人違いです、初めまして[櫻 咲]です」
「はぁ…兄妹に似て性格が悪いんだな。別に良いぜ、俺だって本気でやっても」
「あら、兄さんの事をご存じなのですね。黄泉の国から現世に戻った際に母校にでも顔を出したのでしょうか」
その意図を理解出来ているのは言い合っている二人だけだった。
「んじゃあやるか?普通に殺しても良いんだぞ、お前なら」
「お好きなように。出来るものなら、やってみてください」
「あぁ言われなくともそうする」
『降霊』
その瞬間紀太は咲の懐まで潜り込んでいた。そして腰から引き抜いた短剣で首を刺そうとしたが、咲は華麗にも傘牽でその攻撃を弾いた。
ただその速度は凄まじく、ベロニカ以外目で捉える事も出来なかった。いつのまにか傘を開き、姿を隠していたのだ。紀太は少しだけ距離を取る。
「どうやら大分強くなったみたいだな。なら俺も多少は本気でやってやるよ」
何処かから取り出した仮面を装着した。右耳につけている風鈴が涼し気な音を鳴らすと同時に、その仮面からはどす黒く気色の悪い霊力が放たれ始めた。
そして唱える。
『降霊』
今度は更に早くなった。短剣を使って今度こそ首を突き刺そうとしたが、やはり傘で防がれてしまった。傘牽も武具なので硬度が高いのは分かる、だが何かおかしい。
弾けるにしても挙動がおかしいのだ。紀太は短剣で首元を突き刺そうとしている、それに対して先は顔だけ見える様に体を隠しているのだ。
普通に考えて首を刺す過程で傘に短剣が当たっているはずがない、少なくとも戦闘がある程度得意な紀太ならば。
「…武具の効力、変わってるな?」
見抜いた、というよりもそれ以外には無いのだ。明らかに人の力では無く、能力や武具の特殊な力が絡んでいる。仮面のせいで多少視界が悪くなるのも分かるが、それでも見切れないのは異常である。
だがそんな能力の者はおらず、覚醒もしているようには思えない。覚醒で変化する場合『覚醒能力』でないとこの面子でそんな芸当は出来ない筈で、尚且つ炎が出ている奴は一人もいないのだ。
ただそこで一人、紀太の思考を鈍らせる存在がいた。シウである。TISはシウの結界術は既に知っている。当初の切り札として使用するには難しいかもしれないが、普通に戦闘する分にも厄介が過ぎる。
そして優衣と同じく何でもありの能力なので攻撃を全て弾く結界が展開されていても不自然では無いのだ。だからと言って結界だと断定し、脳死で突っ込む理由には決してならないが。
「秘密です。まぁどちらにせよ敵に教えるつもりは無いですが」
「それもそうだな。んなら自分の力で探り当てるまでだな」
紀太は仮面を外し、別の仮面を取り出した。それは女の仮面のようだ。
「私がやる」
その仮面を見た直後、ベロニカが独断で突っ込んだ。いきなりそんな行動をして来るとは読めなかったため、防御は出来たが抵抗は出来なかった。
紀太はそのまま押される。モップから引き起こされる攻撃は一打一打が重苦しく、攻撃に転じるのは厳しいと判断する。ただ幸いな事にベロニカは殺そうとはしていないように見える。
脊髄や心臓など即死させられる場所を狙わないからだ。ひとまず仕方無いので押されるがまま、二人は壁を突き破って何処かへ消えてしまった。
「さて、ベロニカさんに任せましょうか。多分大丈夫です」
「本当に大丈夫か?紀太結構強いって話じゃ…」
「それは勝つ場合です。私達がするべき事は偵察と通路の確保、戦闘での兵力の殲滅ではありません。それに紀太もそこまで本気で戦いはしないでしょう、少なくとも主力が突入していない事はTIS側としても既に周知の事実でしょうしね」
「そうか…そうだな。そんじゃ行くか、足止めって言っても結構キツいだろ」
「はい、急ぎ足で向うとしましょう」
咲は傘牽を畳み、少しだけペースを上げて歩き出した。その後誰かに会う事は無く、意外にすんなりと王座の間まで到着してしまった。ここまで順調だと不安でもある、もしやTISは全員が投入された所でまとめて叩こうとしているのかもしれない。
だが今更そんな事を気にしていたら何もできない。とりあえず今やるべき事は安全な結界構成部屋の確保なのだ。それだけを考えて、咲は扉を開けた。
それと同時に傘牽を手に持ち、全員を庇う事が出来る位置に少し移動する。
「駄目ですね…外れです」
全員部屋の中を見て苦笑するしかなかった。中には紀太以外の重要幹部と、佐須魔來花の二人も王座に座っていた。全員が皆の方を向き、動き出そうとしている。
だがそこで咲はある事に気付いた。矢萩の異変に。矢萩の刀は霊力貯蔵庫でもある、なのに全く霊力が籠っていないのだ。そしてもう一つ、神がいる。
「皆さん、下がってください。私これはダミーです」
誰かが追及する前に、突っ込んで来る。だが咲は傘牽の力を使用した。その瞬間前方が火で埋め尽くされた。
「傘牽には火を発生させる力もあります。燃えますよ、鉄如き」
すると中の火は一瞬にして払われ、鎮火された。そして中にいた重要幹部の顔が露わになる。
「へー結構ちゃんと見抜けるんだな」
「勿論です。矢萩の刀の違和感。そして何より、神がいますからね」
「…なんで知ってんだ?」
「下見をしたんですよ。元櫻家の周辺、私が現在一番行きたい場所を一人で」
「あー…別にTISに肩入れしてるわけでもないけど、結構困るんだよな。まぁ死んでもらえば問題は無いな、やるか」
「えぇ。1:1交換でよろしいですね?」
「あぁ。勿論だ」
「では互いに言葉が発せなくなる前に自己紹介でもしておきましょうか」
嵐の前の静けさ、一人部屋に足を踏み入れた咲は闘志を燃やす事も無く、静かに名乗る。
「御伽学園生徒会の会長を務めさせていただいている[櫻 咲]と申します」
「一応、TIS重要幹部。[松雷 傀聖]だ。一応な。あとアドくれてやるよ、俺の能力は『創躁術』、武器を造り出す能力。そんで複数持ちだ。もう一個も念能力、『硬貨を爆発させる』能力。
そんじゃ、行くぜ」
傀聖の右手に槍が握られ、咲の右手には傘が握られた。両者の淡白な殺意が混じり合い、見つめ合う。そして傀聖は左手で一円玉を取り出し、空中に弾いた。
そしてボンッという小さな爆発と共に、動き出した。一気に突っ込んで来る傀聖に対し、咲は馬鹿を見る様な目を向けながら言った。
「覚醒」
やはり素質ではなく血筋なのだろうか。兄と同じ紫の炎を燃やしながら、いつもと変わらぬ無表情で唱えた。
『人術・瑞献包華清』
頭部のみが白骨化している山羊の"霊"の召喚。傀聖は知っている、それが正義の能力だと言う事を。
第三百二話「初対面」




