第三百話
御伽学園戦闘病
第三百話「革命の火種」
蒿里が別れを告げ、数時間が経った。日が沈んだ頃、ようやくファルが目を覚まし何があったかを伝えられた。桃季は未だに目を覚まさないので仕方無く一時放置という判断が下された。
そしてその桃季を除いた全員への伝達が完了し、後は余裕のある休日を過ごすだけとなった。大体の者は何もしていなかったが、そんな中でも訓練を欠かさない者もいた。
「そろそろ休憩をしたらどうかね、君は砕胡を少しでも削って欲しいのだがね…」
「別に良いだろ!俺の勝手にさせてもらうぜ!そもそも俺はその班分けに参加するなんて言ってねぇからな!」
拳と理事長が禁則地で会話をしている。本来ここは生徒会であろうが、教師であろうが許可が無いと立ち入っていけない場所である。それなのに拳は数年前からずっと籠っている。
正直咎めたい所だが、それで変に拗れても面倒くさい。良くも悪くも素直なのでいつどういうタイミングでいなくなってしまうかも分からない、恐らく放置しておけば敵になる事は無いので仕方無く黙認しているのだ。
だが今日は少し注意をする。何故なら砕胡や神との戦闘を想定しているからだ。理事長は戦闘役ではないので拳一人で戦ってもらわなくてはいけない、強くなっているとはいえども疲労が溜まっていたらどうなるかは分からない。
確実な勝利を目指している今作戦では自由時間の休憩日であろうと体力を消耗してほしくないのだ。
「身体強化は体力の回復も早い。だがそれは少し早いだけであって使い切った場合一日では完全に回復しない。君だって今回の作戦の重要性ぐらい分かっているだろう」
「別に良いだろ。俺は作戦なんてどうでも良い、ただ姉ちゃんを殺した砕胡をぶっ殺す、それだけだ」
過酷なトレーニングにいって培われた巨体と筋肉。非常にたくましく、眼光も鋭くなっている。多分ここで喧嘩になっても理事長は殺されるだろう、そう思えるほどには力強い風格を醸し出している。
ならばここで厄介事を引き起こすのは違う。それに禁則地で拳が暴れ出したら地獄の門が開いたのかと誤解し、大パニックになるだろう。ここ最近は住民も安心して来ている、これ以上島での戦闘は起こしたくないのだ。
「まぁ仕方が無い。では私は帰る事にするよ。ただ君にとっても利があるだろう、明後日の昼頃、必ず学園に来るんだぞ」
理事長はそれだけ言って颯爽と姿を消した。拳は消えた事にも気付かず、トレーニングを続けていた。そして十五分後、一旦休憩を入れる際にいなくなっている事に気付き、驚いた。
霊力反応はあったはずだ。そう思い理事長が立っていたであろう場所を少し観察してみると霊力残滓があった、理事長の形を保ったまま。
始めて見る現象だった。今までそんな事は無かったはずだ。その現象に拳は興味を惹かれた、だがすぐに気合を入れ直す。聞く事自体は明後日にでも出来るのだ。それより今日出来る事をするのが優先である。
「何してんるんです~?」
聞いた事も無い女の子の声。ただ瞬時に現れたにしては霊力が強く、警戒心剥き出しで振り返った。するとそいつはただのセーラー服を着た女の子だ。
ただ数時間前見た気がする。
「あーえっと…誰だ」
「生徒会所属中等部一年生の[蝶理 優衣]です~なんか見た事無い人がいたから探してみました~」
確かに優衣が来た頃には既に閉じこもってひたすら訓練に励んでいたので顔を合わせたの初めてだっただろう。しかもろくな会話も無く、蒿里の事もろくに説明されていない優衣からしたら話に付いて行けず、拳の事が気になったのだろう。
「ここは危ねぇ、さっさと帰ってろ。お前も出るんだろ、今回」
「はい~でも別に私の能力ってそこまで休憩が必要な訳でも無いですし~心配しなくても大丈夫です~」
この島にしては珍しいほわほわした喋り方だ。ただ灼の様にただのクソ馬鹿というわけでもなさそうだ。ただここが、安心していられる場所なのだろう。
それを勘で理解した拳は価値観が合わないそうだと思い、尚更早く会話を切り上げようとする。
「良いから帰れよ。ここは本来お前みたいなのが来る場所じゃねぇんだよ」
「え~別に良いじゃないですか~そもそも私強いですし~」
そう言ってはいるが、全く強く見えない。前の生徒会メンバーの様に何か強い雰囲気も無いし、体術も全く出来なさそうだ。降霊術やバックラーなどの霊使いにしては霊力が平坦すぎる。
これは拳の感覚の話なのだが、拳は霊を持っている人の霊力が立体的に感じる事が多々ある。特に強い霊を持っている者から発せられる霊力はまるで棘で刺されているかのように感じるのだ。
だが優衣の霊力はまるでその気配が無い。念能力の単なる霊力、それ以上でもそれ以下でもない。ただの霊力のように感じられる。
「能力は何だよ」
「特殊な蝶を操る能力です~」
その能力を聞いた瞬間、頭に浮かんだのはラッセルの顔だった。ラッセルは降霊術での蝶だったが、優衣は違うようだ。少し気になったので休憩がてら見せてもらう事にした。
優衣が呼び出した第一蝶隊 貝兵は非常にけたたましく、正に軍隊のようだった。感心と共に違和感も覚える。何故こうも連携が取れるのだろうか、自身像のように優衣の何かを投影したものなのだろうか。
その疑問を解消したくて仕方が無い。
「それって念能力か?」
「そうですよ~ただ降霊術にも結構近いですね~でも私の蝶って私が捕獲して仲間にするまで大半の人に見えないっぽいんですよね~」
「ん?」
「ほら、今あなたの頭の上を飛んでますよ」
そう言って拳の頭上を指差した。だがそこには何もいないように見える。だが優衣が近付き、掴んだ動作を見せた瞬間拳の目にも映るように変化した。
現在崎田や他の教師などと共に研究を重ねているのだが、どうにも進展はない。ここ最近崎田はその研究に熱中しているが、何にも成果はないようだ。
「すげぇ特殊だな。念能力で何か作り出す奴はいるが…自分の付属品じゃ無かったり、そもそも発動者の意思を何処かに受け継いでないとか結構珍しいんじゃねぇか?」
「そうなんですよね~それに加えて統率は取れるので、中等部でも生徒会に所属してるんですよ~!」
とても誇らしそうにそう言った。そこで思い出す、現在の生徒会はどんな状況なのか。一切把握していなかったし、気にしてもいなかった。
優衣は拳が元々生徒会に所属していた事を初めて知り、とても楽しそうに現状を語り出した。新旧、生徒会最年少同士の会話。特に目だった事があるわけでも無かった。この島では珍しいゆるい雰囲気の優衣に、何処か親近感を覚え打ち解けるのに時間はかからなかった。
元々フランクな優衣だが、素直で馬鹿な拳とは何だかんだ息が合う。こんな相性の良い人物と今まで話して良かったとは、そう小さな後悔を抱えながら兵助に発見される夜中の一時まで二人は様々な話に華を咲かせたのだった。
次の日、教師陣は鳴りやまない二日酔いの痛みに悶え、各自の家で苦しんでいた。ただほぼ全員、既に緊張やピリ付きが目に見える様になって来た。
そんな中、ようやく目を覚ました桃季はいつものようにラックの家を走り回っていた。
「ちょっと静かにしてくれないか、桃季。俺だって結構緊張してるんだ、リラックスぐらいさせてくれ」
「なんで!?別に良いじゃん!」
「良いじゃん、良いじゃん!」
「唯唯禍もよぉ…流石にそろそろ落ち着けよ。お前何歳だよ…」
「ギリ十七!」
「マジでもうちょっと落ち着いたらどうだよ…にしても今回は長かったな。何かあったのか?」
「なんか龍がもごもご言ってた!眠かったから何にも聞かなかったけど!!」
シウはポカーンとしている。桃季は干支辰の宿主にしては不釣り合い、あまりにも貧弱だ。元々弱くはあるが、干支辰は非常に宿主への負担がデカい。
大体の降霊術士は生まれた時や、思考を出来る年齢になる頃には憑かれているので何も思わないが、神話霊や神格などの上級の霊は普通の人間からしたら相当な負担なのだ。
桃季も後発、というよりも勝手に憑かれたので元気にしてはいるが実際は感じていないところで物凄い負担がかかっている。そのせいで稀に唐突にぶっ倒れ、一日ぐらい寝込む事があるのだ。
「喋ってたのか?干支神が…?」
「うん!なんか言おうとしてたけど眠かったからひっぱたいて黙らせた!!」
「…なぁ生良……俺もうあいつをどうしたら良いのか分かんねぇわ…」
「まぁ、そうですね。僕も分かりません」
桃季は暴走列車などではない、すぐに脱線する新幹線だ。突然変異体のエリなどと違って誰かに注意されても基本やめないので手がかかる。
シウは無理矢理止める事が出来るが、本人にとって非常にストレスがかかる。そのせいで頻繁にぶっ倒れたら元も子もない、なので仕方無く放流しているのだ。
「まぁ好きにして良いけども…怪我はするなよ。こんな大事な時に」
「大丈夫!!私強いから!!」
ちょっと回答になっていない気もしたが、放っておくことにした。すると三秒後には姿を消していた、霊力反応も家の中に無い。遊びに言ったのだろう。シウは昨日徹夜でゲームに付き合わされたので、嵐がいなくなった間に眠る事にした。
桃季は一人である場所へ向かう。突然変異体が一時的に暮らしているマンションだ。会議に出れなかったので顔ぐらいは見ておきたいのだ。
場所は少しずつ霊力探知をしていき、全く感じた事のない変な霊力だったのですぐに分かった。階段を駆け上がり、その部屋のインターホンを鳴らした。
すると出て来たのはフレデリックだった。
「どうしたのですか、確か…」
「[神龍宮 桃季]!!干支組!!」
「あーそうですそうです。桃季さん。何か御用でしょうか?」
「顔知らないから来た!!」
「そう言えば会議にはご出席なさらなかったですね。別の班とはいえども顔合わせぐらいはした方が良いですね。では、どうぞ」
フレデリックは桃季を招いた。すると中ではエリがガミガミガミガミ透に文句を言っている構図が目に入る。そしてその次に海斗、要石、優樹の三人がぐでーっと寝転がっているのが目に入る。佐伯は声などを全く気にせずに本を呼んでいるし、雷はベランダでシャボン玉をして遊んでいる。
普通の人間が見たらドン引きだが、桃季も同類だ。
「あんたら誰!!」
「んぁ?あぁ、桃季か。俺ら突然変異体、突然変異した集まり。まぁ血筋が無能力者なのに能力者だとか、何の前触れもなく能力が変化した奴らだ。研究の為に俺が集めてる」
「研究者なの!?」
「一々声がでけぇな。エリで充分なんだけどよ……まぁそうだ、一応な。ほれ、測ってみろよ」
そう言って透は強化版霊力測定器を取り出した。桃季はそれが強化版だと伝えられると、ワクワクしながら測ってみた。するとどうやら一単位で分かるらしい。桃季の霊力は329だと判定された。
数値の基準は無印と同じなので、特に変化はない。元々330だと診断されていたので、多少の誤差なども明確に測る事が出来ると知った。だが桃季にとってそんな事どうでも良い。
「しょぼ!!」
「いや、これもっとヤバイ奴らのための強化だからな。前のって500が限界なんだよ、これな5000までは測れるぜ?」
「すご!!見直した!!」
「さんきゅー。んじゃ適当に自己紹介でもして帰ってくれ。多分お前とエリは仲が…」
「何よあんた!!」
「ほーらやっぱり」
エリが突っかかった。初対面なのに慣れ慣れしいどころか高圧的な態度、桃季は反抗する。
「そっちこそ何!!」
「私は[葉金 エリ]!!突然変異体のリーダー!!」
「リーダーは俺だ」
そんな透の突っ込みも無視して、縄張り争いのような小競り合いが始まる。
「私だって干支組で一番強いし!!」
「はぁ!?そんな低俗な集団で一番強いからって何!?私の能力の方が凄いし!!」
「低俗って何!!初対面なのに言い過ぎ!!!」
「話にもならないわ!!さっさと帰って!!」
突然変異体メンバーからすればいつも雷と喧嘩をしているので全然何も思わず、無関心だ。桃季はほっぽりだし、他の全員と軽く挨拶を交わし、名前を覚えた。最後に静かな佐伯の元へ向かう。
「私桃季!!よろしく!!」
「あ…はい…」
手を伸ばし、握手をしようとした時だった。今までうるさいだけで別に悪い事をしている訳でも無かった桃季が思い切り佐伯の顔面をぶん殴った。
流石に優樹が止めに入り、何故急にぶん殴ったのか訊ねる。すると桃季は何も答えず、むすっとして佐伯の方を睨みつけているだけだった。
「さて、顔合わせも済んだことですし、本日は自身のお家で静かに休憩を取った方が良いですよ。桃季さんは病み上がりなのでしょう?」
「…」
「さぁ、行きましょう」
フレデリックは半強制的に空間転移でラックの家まで飛んで、桃季を戻した。軽く事情を説明するとシウも混乱しており、一応謝罪はしたが桃季はやはり何も言葉を発さない。
困惑しながら何か聞き出そうとしていると、フレデリックが謎の行動に出た。
「妖術」
それだけだ。本当に術を唱える気は無いのだろう。だがその瞬間、桃季の意識が戻ったようにうるさくなった。そして何があったのか訊ねると何も覚えていないと言う。
するとフレデリックはシウを連れ出し、二人だけの秘密の会話を始めた。
「あれは恐らく降霊ですね。降霊というのは基本的に術者、宿主が主導権を握るのですが…彼女の場合霊が強力すぎて主導権をうばわれていますね。聞いた事のある例ですとここに来たばかりの流さんと同じような状況ですね」
「流…俺も聞いた事はありますね。でもあんな事今までで一度も…」
「恐らく何か変化があったでしょう。本人から何か聞きませんでしたか?」
「…そう言えば夢の中で干支辰が何かもごもご喋ろうとしているって…」
「すぐに佐助の元へ向かいます。シウさんも来てください、万が一の可能性がありますから」
急に雰囲気が変わった。口調は変わらないが言葉の節々から強さが伝わって来る。流されるまま理事長室まで転移する。理事長は相変わらず仕事をしているのだが、急に現れた良く分からない組み合わせに顔をしかめていた。
「何だい、急に」
「佐助。落ち着いて聞いてくれると助かる」
「あぁ。なんだ」
「干支組の[神龍宮 桃季]さんに、『胎動』の反応が見られました」
「なっ!?」
初めて見せた。理事長が驚く顔など。
「いや、すまない。少し取り乱した。だがそれは本当か?」
「何故私が嘘をつく必要がある。それも桃季さんを大事にしているシウさんの前で」
「…ふむ。どの類だ。恐らくは…」
「その恐らくだ。"昇華"だな」
「ちょ、ちょっと待ってください!何の話をしてるんですか!?桃季に何か…」
「シウ君、戦闘病はご存じかね」
「まぁ、はい」
「私達の世代が数十年前に地獄を見た事は知っているかね」
「…はい。詳しくはありませんが、概要ぐらいは…」
「ならば話は早い。基本的にこの話はしないのだが、もう隠すのは不可能のようだ。実は戦闘病には発現の前兆がある。ただし、一部の者のみだ。
そしてその前兆を当時"胎動"と呼んでいた。何らかの特殊な事が起こるのがトリガーとされているが、その中でも降霊術士の中で非常に多かったのが"口言"と呼ばれる胎動だ。
それは夢やふとしたタイミングで、霊が喋る事を言う」
「いや!!それじゃ、奉霊とか仲を深めた場合に喋れるっていうのは…」
「奉霊"は"また特別で、胎動には関係ない」
「"は"て言いました…?」
「あぁ。皆が信じている仲を深めた場合に霊が喋るというのは嘘だ。私がついた、正真正銘の嘘なんだよ。それは口言であり、胎動だ。そして桃季君もその口言を発症した、そうで良いのだろう?フレデリック」
「その通りだ。だが良いのか、そこまで言っても」
「あぁ、良い。何故なら…」
「理事長…じゃあ俺の、俺の干支犬が喋っているのは…」
「あぁ。そうだ。神話霊が喋らないなどと言うのはただの思い込み、本当に喋らないのはバックラーのみだ。神話霊が基本的に喋らないのは様々な主を行き渡り、人の醜い部分などを見て来た故に真の信頼を置いていないからに過ぎない」
「…じゃあ俺は……」
「あぁ。君は既に戦闘病患者だ」
「…マジ…かよ……」
呆然とするシウに追い打ちをかけるようにして、佐助はこう言った。
「私が全住民の名前や動向を知っている理由はただ一つ、パンデミックの阻止だ。胎動から発症した戦闘病は伝染する、だから病よ呼ばれているのだよ。
そして私は当時気付けなかった。三年近く前、ここ十数年で初めての本格的な発症者[目雲 蓮]が"胎動"からの発症だったと」
「って事は……」
理事長は辛そうな顔で断言した。
「あぁ。前生徒会、現生徒会、エスケープチーム、干支組、それだけには留まらず島全体。いや、TISにさえもその浸蝕は進んでいるのだよ。
断言しよう。少なくとも今作戦にて起用される突然変異体を除いた能力者は全員、戦闘病患者以外の何者でもないと」
第三百話「革命の火種」




