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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第十章「突然変異体」
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第二百九十九話

御伽学園戦闘病

第二百九十九話「長い休息、戦禍の渦巻」


実質的に二日分の休みが与えられた。教師陣は当然大歓喜、何故ならいつもの超ブラック労働をしなくても良いからだ。たまには酒を昼から酒を飲むのも良いだろうと言う事で兵助、兆波、翔子、乾枝、大井、元、そして菊と蒼も混ぜて飲む事にした。

蒼は既に二十歳を超えているのでギリギリセーフだ。狭い島内にある少ない居酒屋は全て夜営業なので飲む場所がない、ならばコンビニだ。

どうせ後で追加で飲むので適当にストロング缶を二本ずつ買い、エスケープの基地へ向かう。


「たまには良いかもね~こいうのも」


「まぁ翔子は酒を飲む機会さえも与えられてないからね…」


「絵梨花も薫も損害無いけど、今になってラッセルの仕事が響いて来るとはね…」


そう、今更になってラッセルの手続きをしていない事が影響して来た。元々社会担当だったので現在は兵助が代わりになっているのだが、資料などがあまりにも滅茶苦茶なのだ。

恐らく後の事など全く考えていなかったのだろう。だが敵なので当然と言えば当然である。ただそのせいで兵助は毎日残業が確定していて、疲労が凄い。


「僕は絶対に教師とかならないって、兵助さんの変わり様を見てたら決めましたよ…」


蒼が半分引きながらそう言った。


「えぇ!?僕そんなに変わってる?」


「はい。何と言うか…全体的に疲れが見て取れると言いますか…単純にエスケープチームのメンバーがいなくなっちゃったので話す相手が少なくて寂しいのかもしれませんが…」


「そうだねー結構寂しいよ。でもまぁみんな黄泉の国で何かしてるでしょ!どうせ大会の時には戻ってきて、とんでもない力見せてくれるさ。

それにそんなヤバイ程寂しくは無いよ。優衣が毎日の様に乗り込んで来るから、基地に」


元、翔子、崎田の動きが止まる。そして目を見ながら訊ねた。


「ど、どう言う事…?」


現在元が中等部一年、崎田が二年、翔子が三年を担当している。それ故に優衣は知っているし、要注意人物として良く話題に上がるのだ。そして兵助の所に突撃しているなんて聞いた事が無かった。あの距離感の詰め方、何かヤバイ事があっても何らおかしいとは思わない。


「え、いや普通にご飯ねだって来るだけだよ。同部屋が躑躅君じゃん?あの子最近減量だか何だかで味のしないような物ばっか食べてっるじゃん?でも優衣は適度に味が無いと食べれないから…僕基本自炊だからさ、ねだって来るんだよね。だから分け与えてるんだけど…」


「なんだ…ただの餌付けか…なら良かった。何か良からぬ行為でもしてるんじゃないかって…」


「いや僕生徒に手を出すほど終わってる人間じゃないから!」


そこで既に飲んでいる菊がウザ絡みをしてくる。


「そー言えば兵助ってどんな女が好みなんだー?」


肩を組み、放さまいと力尽くで寄せて来る。


「うーん、そう言われると特に無いんだよねー。そもそも僕がやるべき事は恋愛とかじゃなく、鍛える事だから」


超大真面目に、そう言った。一部の者はつまらなさそうにしていたが、乾枝は感心していた。やはり兵助は頭がおかしいのだと。


「そう言われると兵助は昔っから女っ気とか無いもんな」


「そうだね。別に興味が無いってのが近いかな。ただ何かに没頭してる訳じゃないけど」


「結構不思議な成体してますよね、兵助先輩って」


「崎田…そんな実験体みたいに見ないでよ…」


「いえ!実際実験体だと思っているので!タルベもそうですが、それほどの回復術ってのは結構異常なんですよ!だから色々調べたいんです!」


そんな話をしていたら、菊がとんでもない地雷を突く。


「兆波は彼女取られたもんなー!生徒に!!」


場が凍り付く。こんな所に当人(スノマサ)がいたらぶん殴られていただろう。だが生憎いないので、その矛先は菊へと向かう。頭をグリグリしながら、少しだけ真剣な話に移る。


「何してるだろうな、あいつら」


兆波が言っているのは十中八九香奈美率いる元生徒会メンバーだろう。大会以来音沙汰がなく、正直不安だ。信じているのでその内出て来るだろうとは信じているが、困っているのも事実である。


「どうせ変な事して普通に生きながらえてますよ、きっと」


乾枝はそう言ったが、崎田は妙に心配している。


「本当に大丈夫かなぁ……灼君とかどっかでファイヤーしてないかなぁ…」


「してたら取締課に連絡が入りますよ。それに大丈夫でしょう。加入していたので分かりますがあの人達なんだかんだしっかりしてますからね」


やはりあのメンバーの時代に昔から加入していた蒼の言葉の重みは違う。香奈美を会長に推薦もしていたはずだ。だがそんな蒼も既に大人、見た目はほぼ変わっていないが、莉子を喰った時から確実に成長している。

あの弱弱しい姿は面影も無く、普通の好青年と言った感じだ。身長も高く、平均並みの兵助なんか超されている。普通に年下に見えてしまう程だ。


「でも蒼も大分成長したわよねーあの時とは比べ物にならないわ、本当に」


「ははは……莉子ちゃんに感謝ですね。まぁ今もたまに話す機会はあるんですけど…どうも拒否してくるんですよ…僕はもっと色々話したいのに。昔の事とか」


「あら、なんか関係があったんだっけ?」


「はい。外にいた頃同じ学校だったんですよ、そこまで長い期間じゃないですけどね。島の存在を教えたのも僕ですよ。まぁ僕は来る時にその記憶すらも消してしまったんですけどね……でももう思い出しましたし、地獄の扉も使えるんですよ。感謝とか伝えたいのに、全部拒否してくる。声も聞かせてくれないんですよ、いい加減忘れちゃいますよ」


「まぁ莉子にもそれなりの考えがあるんだろうねー。それにしても蒼、今日は余裕がありそうだねー。チョコの実験…」


「嫌ですよ!?あれ工場地帯で経験しましたけど、霊力オーバーの崩壊ってめっちゃ気分悪いんですからね!」


「えーノリ悪ー」


「まぁまぁその辺にしておきましょう。着きますよ、基地に」


元が一旦場を収め、ひとまず基地に入った。何度か来ているので分かるがやはり何も変わっていない。別に何の疑問を持つ事も無く、それぞれが好きな場所に座って最悪のパーティーを始めた。

基本全員酒癖が悪いので、終わった後は大体酷い有様なのだがそれも楽しいものだ。ただ兵助だけは少し乗り気ではなかった。何故なら絶対に来るからだ、優衣が。


「せんせ~い……って凄いな~」


テキパキと片づけをし、十四時から寝ている馬鹿共に毛布をかけようとする。すると兵助だけ目を覚ました。酔いを覚ます為の水を買いに行くついでに二人で散歩をする事にした。

適当に自販機で水を買い、多少はマシになった所でようやく会話が始まった。


「ごめんね。片付けさせちゃって…」


「良いんですよ~でも貸しですからね~いつかは返してもらいます~」


「う、うん…無理難題じゃ無ければ、善処するよ…」


「それにしても怖いですね~私生徒会入ってまだ数日ですよ。前々先輩と交流ない~」


「まぁまぁ。確か咲ちゃんと、ベロニカと…四葉…かぁ……うーん……全員癖強いなぁ…でも全員大人にはなったし!大丈夫だよ、大丈夫!」


「会長は何も思わないんです…ベロニカさんは無関心、何かするとしてもお世話だけだし。でも四葉先輩だけがちょっと…怖いんですよ、あの人。なんでずっと地雷系ファッションしてるんですか?」


「いや、昔からそうだよ。ずっと。身長伸びたし、顔も多少は大人びて来たけど、ずっとそう。別に似合ってるから疑問には思わないけど…そんな高圧的だったりするっけ?」


「何て言うんでしょうね~…そう、嫉妬!嫉妬感が強くて…」


「あー…四葉って特性上凄く強いからさ、大型新人の優衣にちょっとライバル心?みたいなのが芽生えちゃったんじゃないかな…」


「え~私中等部ですよ~?唯一の中等部メンバーなんですけど、酷くないですか~」


「まぁまぁ悪い子じゃないし。でもね、友達が一人完全死してから、明らかに変わったよ。なんか、無理してる感じは見て取れる」


「真波さんでしたっけ?映像見た来とありますけど、凄い強い人ですよね~私には劣りますが」


冗談交じりだが、実際強い可能性も十二分にあるので何とも言えない。


「まぁでも、大丈夫だよ。多分。咲ちゃんはメンバーの心身を管理するのは前の会長より凄いから。仕事も普通に出来るし、戦闘はまぁ劣っちゃってるけど。前の会長が強すぎるだけなんだよね…」


「私会ってみたいんですよね~前の生徒会の人達、映像でしか見た事無いんですよ~」


「僕も会いたいなぁ。今なら光輝とかにも勝てる気がしちゃうんだけどなー」


「戻ってきたら一戦交えちゃいましょう~!私加勢するので!」


「それじゃあフェアじゃないだろう?卑怯な事して勝っても、何の証明にもならないし、両者不快になるだけだよ」


そんな話をしながら海辺を歩いていた時だった。懐かしささえも覚える浜辺、薫と絵梨花がいなくなった場所だ。ふと海の方へ視線を向けると、立っていた。一人の女が。

兵助はまだ酔いが醒めていないにも関わらず無我夢中になって走り出し、名前を呼ぶ。


「蒿里!!」


すると蒿里は振り向き、待つ。どうやら逃げる気は無いようだ。すぐに駆け寄り、肩を掴んで逃がさないようにする。そして息切れを何とか抑え込みながら言葉をかける。


「久しぶり!」


「うん」


「何でここに?」


「もう現世に戻ることは無いから、別れの言葉だって」


背筋が凍る。一瞬、その言葉の意味が分からなかった。すぐに顔を上げ、訊ねる。


「今、なんて?」


「だから別れの言葉。もう、私現世には来れないから。大会が始まるまで」


「…どうにも、ならなかったの?」


「…うん。ごめんね。私、無理みたい」


蒿里の目は全てを諦めている様に感じ取れた。兵助は一瞬絶望したが、すぐに問いかける。


「佐須魔は!佐須魔は生きているのか!」


「……言えない。言ったら、殺されるから」


そう言いながら後ろにいる紀太の事を指差した。水面に浮いて、仮面を少しだけずらして様子を窺っている。


「紀太!やっぱり…紀太とアリスも…となると譽もか…」


「なんで知ってるの」


「ニアからの伝言だ」


「ニアはまだ、戻ってないの」


「あぁ、まだだ。でも来るさ、僕らは再度集まるんだ。皆で、八人と、一匹で」


「…無理だよ。もう、遅い」


「素戔嗚も…」


その瞬間、紀太が蒿里の右腕を掴んで忠告する。


「それから先は一節につき四肢一本だ」


実質的に封じた。蒿里は嫌そうな顔をしながら腕を振り払い、少し話を変えた。そして紀太の事も掴んで放り投げた。


「蒿里!駄目だろ、一応まだ味方なんだ。穏便にしてなくちゃ…」


問題を起こして監禁でもされたらたまったものではない、落ち着かせようとしたがその時気付いてしまった。蒿里の顔を覗き込んだ時、ゾッとしてしまった。

蒿里の目に生気はない。まるで蝋人形ように、少なくとも生きている者の眼とは思えなかった。だがそれと同時に、何故今まで気付けなかったのかと強い後悔の念にも苛まれる。


「なんで…気付けなかったんだ……」


今にも泣き出しそうな声で、蒿里に優しく包むようにそう言った。


「なんで泣きそうなの?兵助が今更何か気負う必要なんて…」


「君だけじゃない。僕は気付かなかった……流も、ニアも、ラックも、みんな同じ眼をしていたんだ」


蒿里はハッとした。ようやく感情らしい感情を見せた。その時、一瞬だけ眼があの時の蒿里に戻った気がした。その瞬間、兵助は悪い思考にほだされる。

ここで紀太を倒し、蒿里を奪還する事も可能なのではないか、と。蒿里は恐らくこちら側でいたいはずだ。そして護衛は紀太一人、ある程度の実力は知っているので何とかなるかもしれない。そうも考えた時だった。


「ダメだよ、せんせ」


優衣が止めに入った。いつものほだほだした声だが、眼が笑っていない。完全に戦闘体勢に入っているし、何なら第一蝶隊を出そうとすら考えているだろう。

だがそう言われて正気になった兵助に止められる。そしてこの短くも許された時間で、少しでも蒿里の再起に繋げる事が出来たら、そう考えた。


「蒿里は戻りたくないのかい」


「…ねぇ紀太、これぐらいは良いよね」


「まぁ良いぜ」


「帰りたいよ。今も、そう思ってる」


涙目で言った。確かに、帰りたいと。やはり本位ではない。兵助は再度紀太を殺そうと考えてしまった。だがすぐに優衣に止められる。


「でも、兵助も頑張ってるみたいだね。教師なったんでしょ、それにそんな強い子も作り上げた。私がただ、八つ当たりをしてる間に…」


「いや、違うな。お前のは八つ当たりなんかじゃ無かった。充分立派な、感情表現ってだけだ」


そう言いながら煙草を吸った透が間に入って来た。伽耶と共に研究をしていたので霊力感知などで多少は分かっているのだろう、蒿里が常に危ない状態にいた事を。すると蒿里は全く表情を変える事無く、聞く。


「透達もこっちに入るの?」


「あぁ。俺は別にTIS好きじゃないし、むしろ大っ嫌いだからな。研究が無けりゃ入りたくもない、あんなカビくせぇクソみたいな研究所」


「じゃあ頑張ってね。私は、こっちには…」


「だったら力で行けば良いだろうが!!お前は強いじゃねぇか!!!」


久しぶりに聞いた声、拳だ。ずっと顔を出さなかったが、筋肉がよりたくましくなっている。それを見た蒿里は、少し微笑みながら褒めてあげる。


「頑張ってるじゃん、拳も…」


「そんな事聞いてねぇんだよ!!俺は姉ちゃんを殺した砕胡がいる以上TISは敵だ!!!そんでそこに入ってるてめぇも敵だ!!!」


「…あのね。拳、今TISがどんな状況なのか知ってから…」


「うるっせぇっつてんだよ!!!」


完全に怒りに支配されている拳が殴りかかろうとした。その時優衣が強力な麻痺効果を持つ消耗蝶を投げて、炸裂させた。すると拳はその場に倒れ込み、何とか立ち上がろうと藻掻いている。


「流石に限界だ。帰るぞ、蒿里」


紀太が帰りの合図を出そうとした時だった。背後からある人物に声をかけられる。


『蒿里、お前はそんな奴じゃないだろう』


全員が振り向いた。TISの二人は特に。

その場にいたのは機械を持っている菊と、その機械からホログラムのように投影されているラック・ツルユの姿だった。


「すげぇよなぁ、人口知能だってよ。ラックの思考を完全コピーしてるんだと」


菊はその機械の動作を止めてから、蒿里の方へ歩みを進める。今の菊に近付かれると厄介だと判断した紀太はすぐにでも帰ろうとしたが、蒿里が頑なに従わない。無理矢理やってしまおうかと思ったその時、更に一人乱入してくる。

伽耶に渡された電子煙草を吸いながら、堂々とやって来た男だ。


「別にそれぐらい良いじゃねぇか。どう考えてもお前に対して敵意を向けてるわけでも無いしよ」


健吾だ。その瞬間、透が衝動的に殴り掛かった。健吾は片手で受け止め、笑いながら馬鹿にする。


「よわっちぃな、透」


「…殺すぞ、本気で」


「まぁ良いじゃねぇか。俺らの別れはとっくに終わってる、邪魔すんのも野暮ってもんだろ」


ほぼ保護者だ。透も覚悟は決まっていた、なのでここでブツブツ話す意味もない。確かに蒿里の別れを優先させるべきだろう。


「良いのか、本当に」


「紀太よぉ、俺はもう良いって言ったはずだぜ?」


「そうか」


二人は黙って、蒿里の方を見る。するとタイミング良く、蒿里が平手打ちをかまされた所だった。


「お前の境遇も分かるけどよ、いい加減自分で動けよ。もうラックはいない、礁蔽も相当な時間戻ってこない。流も、ニアも、紫苑もだ。素戔嗚が無理な事ぐらい私だって分かる。

だったらお前だけで戻って来いよ。私な、黄泉の国行ってたんだよ。歴代ロッドに色々修行つけてもらうために。その過程で色んな奴が言ってたぜ?お前は天才だって。

そんな天才がただうずくまってメソメソしてるだけってのは勿体ないだろ。だったら今、ここで佐須魔でも呼んで私に黒龍くれよ。(クロ)が喜ぶだろ、青龍と同じ龍だしよ」


「…分からないでしょ。私の気持ち…」


「んな事どうでも良いね!!私はお前の気持ちを尊重する気なんて微塵も無い!!だってお前歩み寄らず、逃げてくんだもん。そんなん私達もお手上げなんだよ。

さっきも言ったけどよいい加減自分で動けよ。もういないんだよ、お前を導いてくれる理想の王子様や王女様なんて。お前がいれば相当こっちの戦力も上がるだろ?なぁ、良いだろ?紀太、健吾」


「駄目だ」


「いや、それは普通にこっちとしても困るから却下だな。帰してやりたい気持ちは山々だが」


「あいつらはそう言ってるけどここにいる全員でぶん殴れば勝てる。私なんて喪失されてた術式も大概使えるようになったんだぜ?零式も使える。でもお前は更に強い、念が使える、念能力が使える、降霊術が使える、身体強化が使える、武具も使える、他にも色々出来るだろ?なんでやらないんだよ、あの時みたいに、反旗翻せよ。なぁ?」


「無理だよ。何度言わせるの…」


「だからよ…」


「何回無理だって言ったら、分かってくれるの!!!」


声を荒らげる。


「無理は嘘だ、そう言う者も沢山いる。だがそれは違う、私達ニンゲンには出来る事が限られているのさ。それぞれね。

そして蒿里君はTISから抜け出す事が出来ない、そういう状況だ。ならば訊ねよう、君はどうしたいんだね」


理事長がやって来た。多分第八班のために拳の元へ出向いていたら急にいなくなったので追いかけて来たのだろう。


「何も…したくない…」


蒿里はそう言って背中を向け、現れたゲートへと足を進める。紀太は先に入り、いなくなってしまった。健吾の先に蒿里が入ろうとしたところで、理事長は最後の言葉をかけた。


「この戦乱の中、君がいつ戻って来ても私と兵助君は必ず歓迎するだろう。私達は本拠地へと侵攻する、その時までに決めたまえ。私はどうか、良い方向へと進む事を祈っているよ」


返事も無く、ゲートに消えた。そして残った健吾は忘れていた事をやっておく。


「ほらよ、てめぇの仲間、全員吸ってんだろ?お姉ちゃんから贈り物だってよ、体、気を付けろよ」


そう言ってエリ以外の全員分の電子タバコを透の方へ放り投げ、煙を吐いてからゲートを潜った。ゲートは瞬時に消滅し、誰の侵入も許すことは無かった。

そしてそれぞれのするべき事があるので理事長は拳を連れて禁則地に。菊は優衣を連れて基地に。残った透と兵助は、互いに何と声をかけて良いのか分からなかった。

だが先に発したのは兵助だった。


「健吾とは、仲が良かったの?」


「あぁ。旧友だ…でもいらねぇよ。クソ姉貴が作った電子タバコなんざ。そもそも俺は紙じゃねぇと吸えねぇんだよ」


そう言いながらも律儀に吸い始めている。


「お前こそ、蒿里とは結構仲良いんだな。長い期間メンバーだったとは聞いてたけどよ」


「そうだね…僕に薫みたいな力があればきっと…今蒿里はここに…」


「そう言う思考はやめとけ。どうにもならない事を考えたってどうしようもねぇんだ。それよりも俺らは休息の時間なんだ。ゆっくり休もうぜ、こんな調子じゃ幸先が普段どころの騒ぎじゃねぇ」


「そうだね…蒿里はまだ、チャンスがある。絶対にこっちに戻す、蒿里は僕らの仲間だから」


「おう、そんときゃ協力してやるよ。研究一ヶ月付き合ってくれるならな」


「ちょっとは考えておくよ。そうだ、ちょっとだけ島を回らない?短い期間だけど、知っておいた方が良いでしょ?」


「そうだな。んじゃ行こうぜ、俺も暇してた所なんでな」


二人はそう言って歩き出した。

揺らぐ蒿里の心、どちらに傾くのか、それは誰にも分からない。

そして頭角を現し始める、地獄の戦火。目に見える死。だがそれは、皆を奮い立たせるには最適な一品だった。



第二百九十九話「長い休息、戦禍の渦巻」

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