第三話
御伽学園戦闘病
第三話「素戔嗚の力」
『降霊術・面・鳥』
透明の鴉は流に向かって飛んでくる。一瞬の出来事のはずなのにゆっくりと、スローモーションになっているかのように感じた。
流は『インストキラー』で返り討ちにしてやろうと考え殺そう叫ぼうとした。だが視界全体に入り込んで来るその視線やオーラ、威圧感。その全てを体感し絶対に勝てないと無慈悲にも感じ取ってしまった。
こんな差がある相手に使った時の反動は計り知れない、逆にこちらが死んでしまうだろう。仕方なく流は逃げる事にした。
「紫苑君、ごめん!揺れるよ!」
ほぼ叫びに近い声を上げながら気絶している紫苑を抱え、全速力で走り出した。鴉はスピードを維持したまま追ってくる。なんとか一分ほど走り続けたは良いが体力の限界が近かった。体力だけは自身があるのだが自分より何段か体格の良い紫苑を抱えながらだと流石に厳しい。
流石にヤバいと思っていた時、救いの手が見えた。
前方に見覚えのある人物が二人いる事に気付く、素戔嗚と蒿里だ。何か話しているようだったが流が全速力で走ってきていた事をすぐに気付いてくれた。そしてすぐに状況を把握し蒿里は応援を呼ぶためかは不明だが全くの別方向へと走り出した。
「こっちだ!」
その声を頼りに息を切らし、無我夢中になって走る。走り込んで助けを乞うと後ろに隠される。
背が高く頼りになる素戔嗚の背中越しにでもすぐそこまで鴉が来ている事は理解出来た、素戔嗚は鴉に殺意を向けながら叫ぶ。
『降霊術・唱・犬神』
そう言いながら手を犬の形に変えた。すると素戔嗚の傍にゴールデンレトリーバーの約二倍程度はある柴犬が現れた。
「久々にやるぞ!ポチ」
「あぁ。やるぞ、素戔嗚」
その犬は完璧に人語を喋った、流は困惑し何故喋っているのかを聞いたが後にしてくれとはぐらかされてしまった。余裕そうな二人を見たからか追いかけて来ている女は鴉に向かって叫んだ。
『妖術・上風』
素戔嗚はそれに対抗するようにポチに向かって叫ぶ。
『妖術・神牙』
鴉は翼を扇ぎ、とんでもない強風を生み出した。一方ポチは鋭い牙を剥き、低空飛行をしていた鴉に襲いかかる。
だが飛びかかったは良いが強風で押し返されてしまう。ただ何も知らない流にも分かるほどポチは実力で勝っている。そう思える程の迫力があった、ポチはなんとか強力な向かい風を跳ね除け、鴉の翼を片方噛みちぎった。
次の瞬間鴉は断末魔に近しい鳴き声を轟かせながら大きな落下音と共に墜落した。
「飛べ!お前は方翼でも飛べるだろう!」
そう言われると鴉はゆっくりと立ち上がり今までで一番の最高高度へと飛び上がった。そして鴉は上空からクチバシを突き立て、ミサイルのように急降下してくる。ポチは久々と言っていたのにいきなり強風に当てられ疲れ始めているのか息を切らし動いていない。
「ポチ!」
声をかけるが返って来るのは途切れ途切れの吐息音のみだ。鴉がポチに衝突するまであと数メートルと言うところまで来た瞬間だった、横から赤く煌めく、鴉の二倍いや三倍もある鳥霊が鴉をクチバシで咥え込んだ。
あっという間に骨が砕け散っているであろう音と共に乱入して来た鳥神の中に消えて行った。
一瞬の出来事だった、女は何故ポチにクチバシが突き刺さらないか疑問に思ったのか少し上を見てその惨事に驚愕する。
素戔嗚も驚き固まっている。だが正気を取り戻しポチに命じる。
「戻れ!ポチ!」
ポチは従って素戔嗚の体に還っていった。そのまま流と紫苑の両者を抱え、走り出した。数分走るといつの間にか基地の前まで到着していた。恐らくいつもとは違うルートを使ってバレないようにここまで来たのだろう。
「会長は…来てないな」
「会長?」
「まず基地に入る。52536753」
いつもと同じように木が開きエレベーターが現れる。流と素戔嗚、気絶している紫苑でエレベーターに乗り込みエレベーターは普段通り動き地下へと運ばれた。ドアが開き基地内に入る、ただいつもは一人以上いる基地内には誰もいなかった。
紫苑は倒れていてからいないのは分かる。だがニアがいないのはおかしい。そしてなにより部屋が酷く散乱している。素戔嗚が焦りながら急いでニアの部屋を見にいく。
「行くぞ」
「う…うん」
紫苑をソファに寝かせ素戔嗚と一緒にニアの部屋まで向かう、警戒しながらドアノブに手をかける。部屋の鍵は開いていてそのままドアを開ける。
部屋の中を見た素戔嗚が驚きを隠しきれず声を上げる、流は急いで部屋の状況を確認した。部屋の中には血まみれの礁蔽が倒れていた、流はすぐに駆け寄り脈を確認する。
やられてから紫苑より時間が経っているのだろう、床に垂れている血が乾き始めている。脈はあるが呼吸は非常に薄く今にも死んでしまいそうだ。
「息はあるようだが…何があったんだ…ニアは…」
「聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「礁蔽君って鍵の能力なんだよね?」
「そうだが?」
「やっぱり…開けることが出来るのは知ってる。けど試験の時のテレポートはなんだったの?」
「あいつ一度開けたことのある鍵穴なら、そこまでテレポートできるんだ。しかも人数制限はなし、範囲も指定できるし誰が行くのかも指定できる」
「じゃあ自分囮にしてこの部屋の鍵でニアを逃したんじゃない?」
ピンと来たのか素戔嗚は何処に飛ばされたのか心当たりはないかと流に聞く、流は一つ心当たりがある。その場所を言いかけたところで蒿里の声が聞こえて来た。
ラックは無事で、すぐに来るらしい。それを聞いた素戔嗚はすぐに礁蔽を持ち上げリビングの方へと持ち運んだ。曰くラックは医療を少しかじっているらしく怪我の応急処置ぐらいなら出来るらしい、蒿里はその名の通りの回復能力、『回復術』という能力を少しぐらいなら出来るとの事だ。
「というかニアは?」
蒿里のその一言に心当たりがある事を思い出す、流はニアが飛ばされている場所に見当がついていると言うと蒿里は「二人は任せて行って来て」とエレベーターに押し込んだ。
外に出た二人は流を先にして走る。素戔嗚はペースを合わせつつ最大限のスピードを出して走ってくれている、流はいつも通っている道を走り続ける。
それは礁蔽のマンションへ向かう道だ。素戔嗚はどこに向かっているのか気付き流を掴んで一気に加速した。一瞬にしてマンションへと到着した二人はエレベーターすら使わず急いで五階まで駆け上がり105号室へと向かった。
扉の前まで行くと流はポケットから部屋の鍵を取り出し、開錠して扉を開いた。流の推測は当たっていた。玄関には軽く血を流しニアが倒れている。
「いた!すぐに基地に運ぶぞ!」
素戔嗚はニアを抱え部屋を飛び出す、鍵をかけ忘れる程急ぎながら基地へと走る。全速力で走ったおかげか約二分で基地に着いた。素戔嗚はパスワードを唱え現れたエレベーターに流と一緒に乗る、ソワソワしながら数秒して扉が開くと基地内にはラックが来ていた。
「いたのか」
ラックは妙に冷静だった。もしかしたらもう諦めているのかもしれない。ニアは軽傷だと伝え応急処置を施しソファに寝かせた。
するとラックは「邪魔になるから入ってくるな」と言って紫苑の部屋と書かれている部屋に入って行った、礁蔽と紫苑はおそらくその部屋にいるのだろう。
やることもなかったので片付けをしているとニアが目を覚ます、キョロキョロと周りを見渡した後に紫苑の心配をし始めた。素戔嗚が紫苑は部屋でラック達が診ていると現状を伝えるとホッと胸を撫で下ろす。
「何があったのだ」
「説明しますね。私と紫苑さんはいつも通り起床しました、私は流さんの加入祝いでご馳走を作ろうと思っていたんです。ですがいざ作ろうとなったところでエレベーターが開いた音がしたんです。いつも通り礁蔽さんだと思いキッチンから挨拶をしたんですが返事がなく少し気になったのでリビングを見てみたら会長さんが立っていました。
そして一瞬で私の懐まで潜り込んで不意打ちをしてきました。駆けつけてくれた紫苑さんは私を庇おうと霊を出そうとしたんですけど逆に反撃されてしまい紫苑さんは「外じゃないと勝てるものも勝てない」と言って会長さんをエレベーターまで押し込み地上に送り出しました。
私は戦うことができないので基地内で戦っている音を聞いているしか出来ませんでした…そしてそのまま十分が経過し地上での物音がなくなりました。勝ったのかと思っていたんですが、エレベーターから出て来たのは紫苑さんではなく会長さんでした。そして一瞬で抑え込まれ気を失いかけた時またエレベーターのドアが開いて礁蔽さんが助けようとしてくれました。
そのまま会長さんを抑え込んでくれました。そうして身を挺し、部屋に転送してくれたんです。そこからは気絶してしまったようで記憶はありません」
話しを終えると同時にラックと蒿里が部屋から出て来た、ニアの話しは聞こえていたらしい。そして礁蔽と紫苑の傷は現状の技術ではではどうしようもないらしい、だが一つだけ手段があると一つの方法を提案する
「こいつらをコールドスリープさせ回復させる方法を入手する」
「でも今の医学じゃ無理なのだろう…」
「いや、一つだけある。医学に頼らず人体の傷を回復する方法が」
「まさか…」
ラック「あぁ回復術だ。そしてあれは霊による損傷、あれほどの霊からの損傷を治せるのはただ一人[沙汰方 兵助]だ」
その名前が出た瞬間流以外のメンバーの空気が変わる。素戔嗚はラックの胸ぐらを掴みながら「ふざけているのか!」と叫ぶ、ラックは淡々と「あいつの死体は見つかっていない、だったらまだ生きている可能性だってある」と説明した。素戔嗚はどうにも納得できないようで他の方法を聞くがラックの「それ以外無い」の一点張りに折れその手段で回復させる事にした。
「だが兵助が死んでいたらどうするんだ」
「そうなったら諦めるしか無い」
しばしの沈黙が続き空気は重苦しいものとなっていた。その沈黙を破ったのは流だった。流は今まで気になっていた兵助の事を聞きニアがそれに答える。まとめるとこのチームの回復役で三年半程前に死亡してしまっているらしい、だが兵助の回復術のレベルは凄まじく微粒子レベルでも体のパーツが残っていれば復元できるらしい。そして死んだはずなのだが死体は未だどこにいったのか不明でもしかしたら生きているのかもしれないとの事だ
「ありがとう。だけど礁蔽君達を復活させるに当たって僕らはやらなくちゃいけない事がある」
「やらなくちゃいけない事?」
蒿里がキョトンとして流に何をするのかを聞く。流は短い間だが共に同じ時を過ごした礁蔽達を傷つけた会長達を潰すと宣言した。皆もそれに賛同し礁蔽と紫苑をあんな状態にした会長を潰す事になる。
そして素戔嗚は流に会長の事を軽く説明する
「会長の名は[姫乃 香奈美]、御伽学園の生徒会会長だ。生徒会は学園内で圧倒的な実力のあるやつしか所属できないエリート集団、その中のトップで実力はそれ相応のものだ」
説明が終わったところでニアが質問する、内容はここで宿泊するのは極めて危険なので何処かに逃げる事はしないのか、コールドスリープなんて出来るのかの二つだった。
ラックはまずコールドスリープの件の説明を始める、ラックは二年間かけてコールドスリープ装置、能力判別機、そして霊力測定機なるものを作成したと言う。そしてコールドスリープは確実に出来るとの事だ。
そして逃げないのかだ。基地から離れて少し時間を置き、ある程度ほとぼりが冷めたら本格的に動き出すと回答した。
だが蒿里が何処に逃げるのかを訊ねてもラックは少し言葉を濁し答えなかった。
そして他に質問がない事を確認するとラックの家に向かうと言い部屋から紫苑を持って来た。素戔嗚は礁蔽を担ぎ急いで基地を出た。幸いな事に外は暗くなっており隠密行動がしやすくなっていた。
ラックが先導し十五分ほど歩く、ラックがここだと立ち止まった先にはまさに豪邸といった外見の家があった、全員驚きながら家に入っていく。
紫苑と礁蔽はラックが担ぎ地下へと運ばれて行った、他のメンバーは入ってくるなと釘を刺された後にリビングに向かわされた。リラックスしてソファに座り会話を始める
「なんとかバレてないようだな…今のうちに流に我々の能力を紹介しておこう」
「いいですね。私は側近で発生した能力の効果をなんでも半径3mの物体、物質に与えることが出来る『広域化』です。例えば私が発動している中で流さんが『インストキラー』を発生させたら私と発動者の流さん、そして範囲内にいる全員にダメージが向かいます。
試験の時の暗闇はラックさんの能力を広域化で広げて皆さんに共有していたんです。ラックさんの能力は…本人に聞いてください」
「我は会長と同じように降霊術で霊を召喚し戦う『降霊術士』だ。ちなみに降霊術士全体の中で最強レベルだ」
最強格ということに流が目を輝かせ褒めると素戔嗚はまんざらでも無い様子で自慢し始めようとするが、蒿里が割り込んで能力の説明を始める
「私は複数使えるタイプで降霊術もちょっと出来るし軽い回復術、他にも沢山使える」
そのまま能力の会話は弾み一時間が過ぎた、地下から階段を上ってくる足音が聞こえたので音のする方を見つめる。その音はやはりラックが地下から上がってくる音だった。
皆報告をソワソワして待っている、ラックは力を抜きながら成功だと告げた。既に紫苑は基地、礁蔽はマンションへ移動させてあるとラックは言って床に寝転び睡眠を始めた。
素戔嗚は床で寝るラックを見ながら。
「マジか…でもやっぱり手際がいいな」
とほめつつ自分も寝ることにした。素戔嗚が寝ると知ると他の三人もさっさと寝る事にした。皆が就寝しようとすると勝手に電気が消える。
四個あるソファをそれぞれ一つずつ使って寝る事になる、疲労が溜まっていたのか全員目を閉じた瞬間に眠ってしまった。
翌朝流はラックの声で目を覚ます。そして起きて早々だが三十分で必要な物を持ってここに来いと命令された、流は急いでマンションに向かい日用品や必要な物を礁蔽から借りたカバンに詰め込みラックの家に戻った。流が到着する頃には全員戻って来ている
「準備はいいな」
全員集まった事を確認し覚悟は出来ているかと聞くラックに全員大丈夫だと答える。全員が決意を固め家を出た。そうして出会ってから一週間も経たない内に窮地に追い込まれた流と生徒会との追いかけっこが始まった。
杉田 素戔嗚
能力/降霊術
犬神を召喚し戦わせる
強さ/降霊術士の中で最強格
第三話「素戔嗚の力」
2023 4/2 改変
2023 5/22 台詞名前消去