第二百九十七話
御伽学園戦闘病
第二百九十七話「合格の象」
宗太郎が寝巻男と別れたのとほぼ同時刻、神が住んでいるエリアにてここ数年永続的に鳴り響いている戦闘音がその時も鳴っていた。だがそれは執事との訓練であり、神とは戦った事も無いし、何なら最初の説明以外声も聞いていない。
合格条件は提示されていない。ただ神が合否を出す事だけは分かっている。ならばひたすらに、やみくもに、続けるだけだ。神がかけてくれた年齢ストッパーのおかげで体にガタが来るわけでも無いし、限界が来てもすぐに回復する。
正直戦闘病がどうなってしまうのか不安ではあるが、そんな事を気にしていたら勝ちなんて到底不可能。なので目の前にいる化物を倒すのが先なのだ。
「…一旦やめましょうか」
執事からの合図があった。すぐに手を止める。刀も霊もしまって、へたり込むように休憩を始めた。実に七ヶ月、戦闘を継続していた。その間に休憩は無く、両者の精神状態が限界になったので一旦休憩を挟む事になった。
そこで執事も多少の休息を得るのだが、相手の評価も忘れない。
「前の休憩時よりは圧倒的に強くなっています。ただやはり手数を増やさなくては僕を倒すのは難しいですよ。佐須魔なんて尚更です。あいつの引き出しは僕なんかより圧倒的だ、恐らく初見殺しを連発するしか勝ち目は無いでしょう。
このままではどう足掻いても、勝てませんよ」
「んでだぁ…ぜんっぜん攻撃が通らねぇ…」
「当たり前です。現在この空間は貴方の世界と同様の性質になっています。なので僕は各世界でのストッパーがかかり、僕がそのストッパーを解除しなくては完全無敵のバリアが張られるのですから」
「馬柄に突破されかけてた奴が何言ってんだか」
「あれは特殊です。あの人の能力?とやらは相性が悪かったんですよ。そもそも卑怯でしょう、こっちはバリアと身体能力しか無いというのにも関わらず、あなた方は霊やら念能力やらもう訳の分からない物を行使してくるじゃないですか」
最早愚痴、執事もあまりに長い戦闘を立て続けに行っているので飽きて来ているのだ。だが普段の何も無い生活よりはマシであり、多少は楽しんでいるのだが。
「知るかよ、んなこと。そもそもお前俺の能力全部見切ってんじゃん。念能力、降霊術、バックラー、呪、術式、身体強化、なんなら武具も」
「当たり前です。僕は何万年もここで過ごしているんですよ、適応力なんて桁違いです。まぁそもそも、あなたは馬鹿ですからね」
「はぁ?なんだ、おめぇ」
「僕は知っていますよ。貴方は何個か意図的に使用していない能力がある。使った方が身のためですよ、何せ動き出しましたからね。学園の人も、TISも」
「なっ!!マジか!!」
「はい。今テレパシーで受け取りました。どうやら…結構大事になるみたいですよ。絵梨花は帰って来てないらしいです。干支組は既に引き入れに成功して、二年七ヶ月経っていますね。そして現在は突然変異体を引き入れようとしているらしいです。
その為に[英 嶺緒]という人物を回収するらしいですよ。場所はTIS本拠地だとか」
その瞬間、顔色が変わった。
「どう言う事だ。二年七ヶ月はまぁ許すが、本拠地なんか行かせられる訳ねぇだろ。生徒会の連中ももう…」
「現在生徒会は、あなたが知っている中等部のメンバーと[蝶理 優衣]という入れ違いで入って来た物凄く強力な能力者が所属しているそうですよ。ただ今回の作戦にはあまり関与しないようですがね」
「なら尚更駄目じゃねぇか!どうすんだよ、俺は行っちゃいけないんだろ?」
「いや、行けますよ。ただ、今までの戦闘経験等は全て抹消して、中途半端な浦島太郎状態で、ですがね」
「…無理って言えよ」
「いえ、それも一つの手だとは思いますから。信頼しないと言う、一つの手だと」
「ほんっと性格悪いよな、お前」
「貴方には惨敗です、性格に関してましては」
「…ならさっさと再開しようぜ。出来るだけ早く、終わらせる事にした」
「それはそうですね。貴方からしたらもう二ヶ月も残っていない、僕も人の心ぐらい持ち合わせているので、間に合わせますよ。強制的に」
立ち上がった瞬間、一気に距離を詰めて来た。だがこの速度にも慣れた、全力のファストよりやや遅い程の速さ。普通の人間なら絶対に無理だが、三年はこんな事をしていたのだ、対応できなくちゃおかしいだろう。
そして二人は猛烈な攻防を始めた。まずは両者道具を使わず体を慣らす、この定番で行くと考えていた。だがそれは何回も同じ事を繰り返した結果根付いた先入観、ただの予想なのだ。
「言いましたよね。強制的に終わらせるって」
執事がそう言った瞬間、その手には一本の剣が現れた。見た、大会で。
「剣、主の力そのもの。正に体現ですよ、では、どうぞ」
回避や防御をする間もなく、体が崩壊した。いつもなら死んでもすぐに復活するのだが、今回は違った。今までくらってこなかった力だったからなのかもしれないし、神が意図的にやったのかもしれない。
だがそのまま死ぬわけでも無く、起きたわけでも無い。その境目、精神を投影した空間。マモリビトは固有の能力として使う事が許された空間、普段フロッタや仮想のマモリビトが何か言葉を投げかけて無理矢理覚醒を起こさせていた場所だ。
「…んぁ?」
目を開くとそこは真っ白な空間だった。瞬時にマモリビトの空間だと気付いたが、違う事にも瞬時に気付いた。何故なら普段はどちらかのマモリビトがいるはずの場所に、懐かしい奴が立っていたからだ。
ベージュの髪に、赤に近いピンクの瞳、学生服のまま、そこに立っていた。普段のほがらかな笑みとは全く違う、怒りが伝わって来る顔だ。
そしてそいつは口を開いた。
「ようやく話せる!!」
声も出なかった。ずっと謝りたいと、ずっと、ずっと。
「あ…え…なんで……お前がここに…」
「分かるでしょ。ここはあんたの精神の具現化、喰われた魂はここに滞在するの。ほんっと暇なんだよ、ここ。普通の人間なら会話も出来るのに、あんたは天照が邪魔臭くて邪魔臭くて……謝ってほしいわ!ねぇ、薫!」
薫の前に立っているのは、前々大会で死亡した[紗里奈]だった。自身のミスによって殺してしまい、罪悪感から逃れることが出来ずに喰った魂だ。
もう二度と会えない、ずっとそう考えていた。だが違う、話している。これは自身の妄想なんかじゃない、本物の紗里奈だ。信じられない、まるで夢のようだ。
「ねぇなんか言ったらどうなの」
「あ…悪い……驚きすぎて、言葉が出なかった…」
「あっそ。じゃあ何か言う事あるんじゃないの」
「ごめん、あの時守ってやれなくて…」
だが紗里奈は黙ったまま、何も言わない。
「…」
薫も何も言えない。緊張や恐怖に包まれているのだ。
「違う。なんで分からないの?死んだ私なんて放っておけばいい、最悪力を貸して欲しい程度で良い。私だって色々見たから分かる、あんた教師向いてないよ。ずっと言ってたのに現実逃避の一環として教師なって、生徒の事何にも考えてない。絵梨花も大井ちゃんも、他の先輩達も頑張ってる。
菊ちゃんだって頑張ってた。なのにあんただけ、変にスカして生徒不幸にして。何ならTISも不幸にしてる」
「…は?どういう…」
「最後まで遮らずに聞きなさいよ!…まぁ端的にいえば原因あんたよ、TISの諸々の原因。というかほぼ全部。薫がもっと頑張ってればねーこんな事にはなってないんだけどねー」
「どう言う事だよ!俺は何も…」
「だから原因だって言ってるじゃん。今原因って言われて驚いてる時点で知らないんでしょ?だったらそこに口を出すのは時間の無駄、私教える気無いし。知りたいなら自分で聞き出すか、考察でもしてみなよ。思考もある程度分かるから言える、ゼッタイ当てられないよ」
懐かしくもある、この妙に高圧的な説教。何度もくらったがずっと覚えている。だがいつもそうだ、理由は教えてくれない。このやり方は本人も悪い癖とは言っていた、だが譲れない物であり、唯一母親に教えてもらった良い事だとも言っていた。
なので立場上薫は文句など言えるはずもなく、何とか探るため黙って俯くしか出来なかった。そんな様子を見た紗里奈は大きな溜息をついた後、思い切り薫をぶん殴った。
正常、いやむしろ華奢な女の子が出せるとは思えない力だ。これは紗里奈の能力である。
「急になにすんだよ!」
「だから無理だって言ってんじゃん。やる事が違うよ、やる事が」
「じゃあ何を…」
「今の課題はあの執事を倒す事でしょうが!もうほんっとに駄目だね!」
「…そうだけどよ…ここで何が出来るんだよ…」
「なんで執事がここに飛ばしたと思う。必ず意味がある、これはすぐ気付けるよ、薫なら。それまで私は何も言わない!」
不貞腐れる様に背中を向け、座り込んでしまった。薫は少し考える、今の年月、現世の皆の事、仮想世界の事、TISの事、様々な事をしっかり重ねるようにして見れば全く簡単な事であった。
考える間でも無い、そう思う程に。そしてすぐに声をかけた。単刀直入ではだめだ、少し遠回りでもどういう思考でそこに至ったかを聞かせなくては紗里奈は納得してくれない。
「分かった」
「ふーん。じゃあ組み立てるよ、最初から。0、なんでここに来た」
「力をつけるためだ」
「-1、なんで力が必要」
「弱いからだ。俺はTISに勝つ」
「-2、なんでTISに勝つ必要があるの」
「能力者も無能力者も平和のまま解決出来る道があると信じているから……そして何より、あいつを止めたい」
「-3、なんで止めたいの」
「弟だからだ。一応だけどな」
「-4、なんで弟なら止めたいの」
「いや、それは違う」
「うん、正解。もっかい。-4、なんで家族なら止めたいの」
「親族を皆殺しにした。その罪を償ってほしい」
「-5、なんで罪を償ってほしいの」
「私念だ。俺はあのままで良かった、そう考えていたからだ。あの生活を壊したからだ」
「うん。嘘はないね。起点に戻るよ。1、執事に勝つにはどうしたら良い?」
「新たな力をつける。初見殺しが決まる、強いやつを」
「2、どうすればその力は手に入る?」
「交渉する」
「3、誰と」
「お前だ」
「…最後。4、私が力を貸すなんて、いつ言った?」
そこが最後の質問だ。だが薫は分かっていた、これがブラフだと言う事に。紗里奈に問題は無かった、だが問題だったのは魂の方だ。
「いいや、貸してもらう。お前は俺に力を貸す"義務"がある。ただあくまで任意、やりたくないならやらなくても良い事だ。ただしお前には未練がある、血筋の者。なんせお前が今菊の事を確認するには、ここを出なくちゃ行けないだろ」
「おっけー。良いよ」
紗里奈は振り返り、薫の方を見てそう言った。そしてゆっくりと近付く、喉元に触れる。そしていつもの優しい顔で口を開く。
「使い勝手は最悪、まぁでも何とかなるよ。薫だし。信じてるからね。見せて、姪ちゃんの姿と、みんなのカッコいい所。それに、薫が本当は滅茶苦茶弱くて、めっちゃ強いって所!」
とても可愛らしい笑顔だった。菊がごく稀に見せる幸福感からの笑顔にとても似ていた。
直後、紗里奈が手を放すと共に意識を取り戻した。
「さぁ、どうぞ」
「黙ってろ三下!!言われなくても、やってやるさ!!」
急激な力の増加によって起こされる戦闘病、だがそれも、好都合でしかない。初めての召喚、破壊と再生を司る神。
『降霊術・神話霊・ガネーシャ』
一瞬にして深まる霊力濃度。その圧には執事も驚き、狼狽えた。だがそんな事をしていたら殴り込まれるに決まっている。一瞬にして詰められた間合い、そして放たれる重すぎる一撃。
重量なんかではない、単純な破壊力。剣に酷似した性質。触れたものを全て破壊する最強の矛、そして崩壊していく宿主自身を保たせるための再生の力。
その保険によって生み出された何者にも引けを取らない最強の力、執事のバリアは通用しなかった。破壊に世界は、通用しない。
「七年以上、お疲れさまでした」
その瞬間、執事は粉微塵になり十数年もの回復期間へと突入した。その場に残ったのは段々と正気を取り戻して来た薫とガネーシャのみ。
ガネーシャは微動だにせず、ただ新しい宿主である薫を見つめている。するとそこにやって来た、挑戦したくなってしまう野郎。
「あちゃ、先に倒しちゃっ…」
薫は我慢できず殴り掛かってしまった。だが手を掴まれ、そのまま抑え込まれた。すぐに正気を取り戻し、全速力でバックステップを取った。
神に触れるなど怖すぎる。別に変な感触がしたわけでも無いが、その場のノリで殺されてもおかしくはないはずだ。だが戦闘体勢を崩さない薫に少し不満気に、神は言った。
「合格だよ、合格。私は何もしないから~」
「…信じるぞ」
ゆっくりと戦闘体勢を解いた。そしてガネーシャにも感謝をしてから、一旦還ってもらう事にした。
「さぁ、今戻してあげたいけど…ちょっとつまらない展開になるからダメ~」
もうぶん殴ってやりたいが、抑える。
「でも安心して。多分死人は出ないよ。もう学園側なんて凄く強くなってるからね!でも君はそれよりも強くなった。ペットとの長い戦闘、他の住人との短い会話、そして多比良 紗里奈との短い対談。もう充分だよ、神にはなれないけど、今一番神に近い人間は間違いなく君だよ。薫」
「…ありがとよ。じゃあ俺は何をすればいいんだ、出来ればそろそろ休憩が欲しいんだが…」
「良いよ、おいで。良いものを見せてあげる。楽しくて、強くなれる事さ」
とても楽し気な事をしようとしているとは思えない顔で、薫の手を掴んだ。本当に瞬間移動、何なら座標を移動させたかの様な動きだった。やはりここで抵抗しても何も利は無い、そう判断した薫は乗り気じゃないが付いて行く事にした。
向かう場所は王座、現在蟲毒王の一人[怜雄]が訪問している場所だ。
第二百九十七話「合格の象」




