第二百九十四話
御伽学園戦闘病
第二百九十四話「合流、突然変異体」
ここ最近使っていない会議室で透から様々な話を聞いた。要約すると嶺緒は元々無能力者だったが、数ヶ月前突如として能力が発動した無所属の者。
親は何とか理解しようとしていたが、結局本能に負け、嶺緒を追い出した。一人になった嶺緒は路頭にくれ、街を彷徨っていた。するとサンプルが欲しかった伽耶に目をつけられ、連れ去られた。
「だけど、どうやって詳細を突き止めたの?透の能力って確か…」
「寄生虫の生成だ。といってもこいつら何でもできるし、シウの蟲版とでも考えてくれた方が分かりやすいかもな」
「…おいちょっと待て。なんで俺の能力知ってるんだよ」
「丁度繋がるぜ。こいつだ」
透はそう言いながらカスのようなサイズをした蟲を一匹取り出した。
「[隠密蟲]だ。こいつを忍ばせた。本拠地に忍ばせておくのはちょっとリスキーだったが、まぁ何とかなった。ただ方法は教えられない、俺の切り札だからな。
そんで二年前の会話も全部聞いてたぞ」
そこで繋がる、何故TISにバレたのか、もしや透のせいなのではと考える。
「まさか透が!」
「んなわけねぇだろ。そもそも俺は研究をするために基地に滞在してたわけで、研究室からろくに出させてもらってないんだよ。まぁでも誰がどうやってお前らの情報を盗んでたのかは知ってるぜ、隠密蟲で聞いたからな。
砕胡だ。あいつの魂の移動だ。俺も今多少は進めているが、正直良く分からない。何らかの方法を使って幽体離脱のようにして意識だけを移動させていた。それしか分からん」
「どう言う事?そんな事が出来る術なんて聞いてことも無いんだけど」
翔子が詰める。確かにそうだ。新手の念能力と言われればそれまでだが、少なくともTISにそんな能力者がいた記憶は無い。そんな強い能力なら上のトップ帯にいても何らおかしくないので、全く目が付かない位置にいるとも考えにくい。となると砕胡自身の術か何かだ、ただそんな芸当が出来る者はこの世の何処にも存在していないのだ。
ラックは過去の事は話さなかったが、術の事などは理事長や薫に伝えていた。そんなラックでもそんな術を教えてはくれなかったはずだ。完全に謎の術、また警戒しなくてはいけない事が増えたようだ。
「ただシウが結界を張った頃から侵入はめっきり無くなった。やっぱ完全遮断は強いな。それに船が来て一時的に解除しても中は中で霊力探知出来るしな」
「あ!そうだよ!!なんでお前結界通り抜けて、しかも大規模霊力探知結界にも引っかからなかったんだ?」
「爺さんの能力だ」
そう言いながら老人の方を指差した。その人物は執事のような成りをしており、そこそこ歳は行っているが結構元気そうな老人だ。
「皆さん始めまして。まず軽く自己紹介をしておきましょう。私の名は[フレデリック・ワーナー]と申します。能力は『空間転移』です」
皆、反応する。当然だ。そしてフレデリック自身も分かっている。
「皆さんお分かりの通り、能力者戦争時に移動役として非常に活躍した[ベア・ツルユ]の血筋の者です。ただ血は遠いので、血縁者と言って良いかのかは微妙なラインですがね」
透に比べてとてもしっかりしている様に伺える。ただそれ以上に、血筋がエリートすぎる。しかもベアの能力をそのまま受け継いでいるらしい、一応能力は遺伝しがちだが、ここ最近の強い能力者は例外が多くなっているので結構珍しい。
「初めてこの島に出向いた際、結界で侵入が出来ない状態でした。ですが我々は隠密に徹したいのです、なので私の能力を使用して密かに禁則地に侵入していたのです。その無礼、お詫びします」
もう一人の青年と透はボケ―っとしているのにも関わらず、フレデリックは驚く程謙虚だ。元々突然変異体が悪い奴らではない事ぐらいは分かっている、だがここまで不躾な連中だとは思ってもみなかった。
「そしてシウさんが仰った大規模霊力探知結界ですが…いえ、これに関しては雷さんに頼みましょうか」
そう言ってもう一人の青年の方へアイコンタクトを送った。すると先程まで眠そうにだらけていた男が立ち上がり、自己紹介と名前、バレなかった方法を説明した。
「僕の名前は雷!!能力は『霊力放出の切替』、念能力です!もう言った通りだけど、僕の能力は霊力放出をするかしないか、個人個人で決める事が出来ます!!しかも霊力を消費するのは切り替える時だけ!!だから永遠にバレなかったってわけ!」
シウの霊力感知は未だに未熟であり、放出をしていないと探知する事は不可能だ。それ故に今まで探り当てる事が出来たのだろう。大体の説明が終わった。能力も把握し、状況も把握した。あとは作戦を練り、一日か二日置いて出動させるのみだ。
すると珍しく、理事長が口を開いた。この会議室で理事長が口を開いた瞬間、皆一斉に口を閉じる。ここで決定権を持つ者は他の誰でも無く、理事長[平山 佐助]だからだ。
「お久しぶりだね。フレデリック」
「どうも」
どうやら知り合いのようだ。
「君が生き残っている事は知っていたが…まさか透君達と共に過ごしているとは、思いもしなかったよ。とても嬉しい、生存を確認できて」
「その口ぶりですと…」
「死んださ。皆、戦闘病に侵されてな。そして君も知っているだろう、あの絶望の波が数年前から押し寄せている事を」
「あぁ、勿論だとも。だから私はエリお嬢様の元で執事として穏便に暮らしているのですよ。再発を恐れている、それが紛れも無い
本心ですから」
「うむ、それが聞けて満足だ。だがもうそんな甘い事を言っていられる状況でも無い事は…」
「把握しているさ。私をあまり舐めないでくれ」
「ならよろしい。では今から、作戦を立てる。今回、TIS本拠地への侵攻は"行わない"」
誰も声を上げないが、表情の変わり方で分かる。何を言っているんだ、馬鹿なのか。そんな感情ばかりだ。だが理事長は続ける。
「干支組、突然変異体以外は皆覚えているだろう。あの敗北を喫したあの急襲作戦を。私は学ぶ、今回フレデリック含め透君など少々特殊な能力を持つ者達と協力できる。被害は出さない、いや、私が出させない。
何班かに別れてもらう。それも今から伝達する事にする。ただ全員集まっていないと話にならない、干支組、生徒会、突然変異体、全員をこの場に連れて来てもらう。
時間はかかっても良い。ひとまず早朝、六時から七時の間に再開出来る目星が立つのなら、そのまま開始したいと思う。シウ君。それでは一時、解散とする」
その号令が出た瞬間、咲とシウは全速力で飛び出した。絶対起きないし、絶対一人ぐらい訳の分からない所にいるはずだからだ。教師は全員揃っているし、突然変異体はフレデリックの能力を使用して連れて来るだけだ。そこまで焦る必要もない。
「さて、まだ一時だ。君達も連れて来るか、睡眠でも取った方が良いだろう。私は少し、理事長室で作戦を立てさせてもらう」
理事長も足早に退出した。残ったのは教師と突然変異体だけだ。
「また戦闘をしなくてはいけないのですか…」
元が少し悲しそうに呟いた。教師は誰も声をかけられなかったが、フレデリックが声をかけた。
「安心してください。恐らく皆さんは囮になるぐらいですよ。本命は私の転移と、透さんの蟲でしょうからね」
ニコニコと、何だか安心してしまう。年季というものなのだろうか、妙に安心感があるのだ。元はすぐに気持ちを入れ直し、今回の作戦に従事する事にした。
乾枝は数年前から進めているある事をするため、一足先に部屋を出た。翔子もブラック労働の疲れが残っているので、椅子に座ったまま仮眠を取る事にした。
兵助はとりあえず話を聞けていないタルベや蒼などの卒業出来ていない卒業組と、保健室である人物の治療をしている時子先生へ何があったかを伝えに行く事にした。
「そう言えば、崎田は何処だ?」
兵助が出て行く寸前、兆波がそう言った。確かにいない。普段うるさすぎてフィルターをかけているせいで、逆に気付けなかった。どうせ寝ているだけだろうと思った兆波が起こしに行く事にした。
二人が部屋を出ると突然変異体の三人も一旦住処へと戻る事にした。
「にしてもブランク結構あるんだけどなぁ…」
「まぁ兆波普段から蒼と訓練してるし、大丈夫でしょ」
「そうかな…俺はマジで体術しか出来ないからな…しかも拳より弱いし」
「ねぇ兆波、急で悪いんだけどさ、強くなりたくない?」
「…?どうしたんだ、兵助」
「どう?強くなりたくない?」
「…そりゃなりたいっちゃなりたいけど…俺の能力柄厳しくないか?薫とか絵梨花と違って底は見えてるし、翔子とか元先輩に乾枝先生とかよりも応用とか錯乱が出来たりするわけでも無いしな…」
「僕、一つだけさ試したい事があるんだ。本当に今思いついたんだけどさ…どう?」
「どうって……まぁそりゃ……やる」
「ありがとう。多分死ぬことは無いだろうから、ぶっつけ本番が良いと思う。多分十回ぐらい試さないとコントロール出来ないと予想してるから」
「そんなに!?……でもなんか懐かしいな。流の守護霊、今は完全に操ってるけど最初は勝手に降ろされてたしな」
「まぁ母親だしね。多少は良いんじゃない?それに今守護霊持ってるのなんて流ぐらいでしょ、こっち側で」
「そういやそうだな。薫も無いし、特にいないな。そもそも現代で守護霊を持ってる奴とか佐須魔と流以外に誰かいるのか?」
「…僕は知ってるよ。一人だけね」
「何!?教えてくれよ!」
「秘密。そもそも佐須魔も気付いてないだろうしね、切り札になるから。良いんだよ、放置で。無くてもあの子は充分強いから安心しておきなよ」
「そうか。まぁ兵助がいうならそうなんだろうな!!ずっと前からそうだったしな」
「それいつの話?ずっと昔の話ばっかりしてると生徒に嫌われるよ。しかも最近新しく島に来た子とか薫と絵梨花知らない子もいるんだよ」
「えぇ!!ヤバいな…色々と…」
「まぁいずれ帰って来るよ。二人共強いから」
「そうだな」
「それじゃあ僕は保健室行って来る。それじゃ、また後で」
「あぁ!また後でな!」
二人は別れ、それぞれの行動を始めた。兆波は理科室で実験をしながら寝ていた崎田を起こし、兵助は時子に事情を説明してから保健室で眠っている桃季の容体を確認してから、卒業出来ていない卒業組を探しに行った。
時刻は早朝六時半、会議室には教師全員、生徒会寝坊のファル除く全員、干支組夜中に倒れた桃季除いた全員、そして肝心の突然変異体はまだだった。
早朝は少し無茶だったか、そう思い一旦解散の命を出そうとした時だった。丁度扉が開く。そこには数人の能力者を引きつれる透の姿があった。そしてそれとほぼ同時に菊や蒼などの卒業組もなだれ込んで来た。
「さて、始めよう。敗北は許されない、私達はそれを思い知らされた。目標はTIS本拠地に監禁されている[英 嶺緒]の救出。そしてここに宣言しよう。死者は、出さない」
フレデリック以外は初めて見る本気の目、だがその目を見たフレデリックの心は少しだけ、息を吹き返していた。
第二百九十四話「合流、突然変異体」




