第二百九十二話
御伽学園戦闘病
第二百九十二話「出戻り」
兵助は歩く。ひたすらに、禁則地は少し遠いが他に誰かを連れて行く必要もないし危険が伴う。あそこには地獄の門があり、いつ佐須魔や蒿里が開けるか分からない。
リスクがあるのなら、わざわざ巻き込む必要は無い。だが正直怖くはあった。口黄大蛇と戦った際の傷はタルベの回復術によって何とかなったが、傷が多少残っている。
それは物理ではなく、霊力での攻撃だったので仕方無い所はあるのだが、これからは霊力を使った攻撃が基本になってきて、逆に言うと高度な霊力操作を身に着けずとも戦えるのは拳や健吾、アリスにニアなどのぶっ飛んだ上澄みだけになっていくだろう。
「こういう時の為に僕も鍛えよう、もうちょっと」
これからは表に出る事も少しは増えるはずだ。半年は切ったが、それでも課題は山積みである。なので今から手を付けるのだ、一つ目の問題。ギアルの盗人の件を。
「…よし」
禁則地には金網が張ってあり、扉も無いのでよじ登るしかない。だが電気柵が付いており、そう簡単には入れない。教師が一定の期間でローテーションする形で厳重に管理しているので抜け道なども当然無い。
本当に入る手段は一つしかない、破壊だ。
「よいしょ」
持って来たペンチでねじ開け、侵入した。中の管理はやはり厳かになっているようで、荒れに荒れている。そのせいで影になっている場所が多く、非常に気持ち悪い。
少し先から感じる禍々しい地獄の扉から発せられたであろう霊力も感じ取ってしまい、寒気がする。だが行こう、奴らはその門の付近だ。
「…」
近付いている事が悟られないよう、正確な居場所を探ろうとしたその時だった。
「よし!これでオッケー!!」
青年の声だった。だが透ではないし、聞いた事も無い声だった。そしてその後、透の声が聞こえた。
「よし、充分だ。最近はギアルの消費もヤバいからな、結構な頻度で回収しに来てるせいで疲れる」
すると最後に老人の声が聞こえた。
「まぁ良いじゃないですか。普段研究室に引きこもってばかりいるのですから、運動の一環ですよ」
「そうだな。とりあえず帰ろうぜ、爺さん」
「はい。では雷さんも…」
何らかの手段で移動しようとしている、悟った兵助はすぐに走り出す。音を聞いた透がそちらを向き、能力を使おうとした。だが兵助だと分かると警戒を解いた。
そして対話を試みようとしたが兵助は聞かず、ひとまず拘束を優先する事にした。透に飛び掛かり、馬乗りになって胸ぐらを掴む。ここ最近ろくに余裕が無かったからか、少し強い口調で訊ねた。
「最近やたらと出入りしてるけど、何をしてるんだ」
「退けよ」
その返答は、まるで答える気が無いように見えた。
「言わなくちゃ…」
軽く一発殴ろうとした時だった、背後から強い衝撃が加えられる。見知らぬ青年が頭を殴って来たのだ、非常に衝撃が強く、脳震盪一歩手前レベルだった。
半強制的に退かされてしまう。その後透は帰る準備をして、一言伝える。
「俺らはもうTISとの契約は終わった。ほらよ、これやるから許してくれ」
そう言って強化版霊力測定器を渡し、老人の能力で帰ろうとした時だった。地獄の門に動きがあった、開き始めたのだ。全員そちらを警戒する、今学園がパニックになると突然変異体としても厄介だ。
ヤバイ奴が出て来るのなら仕方無く応戦するしかない、そう思っていた。だが実際は肩透かしも良い所であった。誰かいるとはつゆ知らず、欠伸をしながら扉から出て来たのは、菊だった。
兵助はすぐに立ち上がり、幻覚では無いのかと目を凝らす。
「……え?」
だが一番驚いているのは菊だった。
「……えー…え?どういう状況だよ」
「菊…久しぶり…」
「なんでそんなフラフラしてんの?こいつら敵になったのか?」
「いや…まだそうと決まった訳じゃ…」
兵助は敵か味方か区別がついていないので、手を出すなと言いたかった。だが菊はそう捉えることが出来なくなっていた、黄泉の国での地獄のような七年数ヶ月、その期間で少しだけ性格が変化したのだ。
何か危ない者が至近距離にいる場合、すぐにでも戦闘体勢に入る。そう教えられた。
『降霊術・唱・狐』
クロはいない。だがその場には、以前より格段に霊力が増え、強すぎる圧を放っている黑焦狐が姿を現した。透は撤退の判断を下し、雷の首根っこを掴み、無理矢理老人の元へ駆け寄ろうとした。
その時だった。
『玖什玖式-壱条.閃閃』
本来、それは小さな電気を指先から発する術式のはずだ。だが菊の指先から出て来た電気、いや稲妻と言った方が良いのかもしれれない。あまりにも強大だった。
誰にも当てず、あくまでも老人と二人を遮断するために使用したが、まる明確な殺意を籠めて攻撃してきている様にさえ感じ取れてしまう。だが本人にそんな気持ちは無さそうだ。
「行くなよ、次は殺すぞ」
そう言われてしまうと仕方無い。それに少し気になる、閃閃如きがあそこまで強力な術になる手段というものが。それは透が研究者だからであり、別に戦闘病などは一切関係ないの。ただ連れの二人は表情だけでそれを察し、諦めて大人しくする事にした。
「んでどうすんだ、こいつら」
性懲りもなく煙草を吸い出した菊を見て、透も吸い出した。兵助は煙草の臭いが苦手なので、二人の煙草を取り上げてから説明する。
「僕らはもう動き出す。その一歩が君達だ、透。突然変異体には是非、学園の仲間になり、残り半年もない大会で共闘してもらいたい」
「おお!どうするの、透」
「…」
「透?」
青年が顔を覗き込むと、透は滅茶苦茶悩んでいた。それもそのはず、突然変異体はある理由によって極力戦闘を避けると決めていたからだ。
急襲作戦の時も地獄の門で少し面倒をかけたせいであり、本意では無かった。そもそも透が本気になったら勝てる可能性だってあったのだ。ただ兵助も菊もそれを知っての上で、何も言及しないのだ。
その要素も加味すると、正直断り辛い。透も分かっている、間もなく決着がつく事を。そして命運がどちらかに傾くであろう事も。だがいつも、第三者でありたいのだ。場合によって陣営をコロコロと変える、そんな都合の良い立ち位置でありたい、それが透の中で現在最も強い願いなのだ。
「まぁ一旦回答は保留でも良いんじゃね?別にここにいるやつだけの話じゃねぇ、学園側も、透側にだって、ここにいないやつも当事者になるんだ。私らが今ここで決めていい話でもないだろうよ」
「確かにそうだね。夜も遅い、とりあえず僕らの基地へでも来なよ」
「あ、そういや誰か帰って来たか?流と礁蔽は初代の地獄行ったって聞いたけどよ…智鷹と一緒に」
場が凍り付く。
「は?」
「あ?何驚いてんだよ」
「いや…どういう事?」
「知らねぇのか?あの二人は確かに佐須魔を門に通したが、術式によって智鷹と位置を入れ替えて逃れたって…」
「はぁ!?」
珍しく兵助が大きな声を出した。だが無理もない、菊も瞬時に状況を把握し、げんなりしている。まさか佐須魔が何の手も打っていないとは考えていないだろうが、実質無傷でこの二年半を過ごしていたのだ。兵助からしたら最悪の失態だ。
だが菊は軽く慰め、とりあえず基地へ向かう事とした。兵助はその間に電話をしまくり、必要最低限の人物を基地にかき集めた。現在島に残っている理事長を含めた教師陣、咲、蒼、拳、タルベ、シウ。
実際集めてみると狭い事に気付き、能力館でも使う事にしてひとまず学園へ向かう事にした。その間シウは菊とのファーストコンタクトを取ってみる事にした。
「始めまして、シウ・ルフテッドだ」
「ん。よろ」
「あんた確か松葉 菊だよな。あのロッドの血の」
「知ってんのか。というかお前干支の奴だよな?なんでここいんの?」
「色々あった、そこら辺は後々説明する。にしてもあんたの霊強いな。さっき禁則地で出してただろ?こっちにも滅茶苦茶響いて来てたぜ、霊力」
すると兆波が口を挟んだ。
「ほんとほんと!黄泉の国らしいし、七年以上行ってたんだしな!成果はあったぽくて一安心だ!」
「おうよ。でもそっちは大丈夫だったのか?忙しすぎてフロッタの野郎から全く状況聞き出せなかったんだが」
「まぁ…そこそこだったぞ。ただ薫と絵梨花が島を離れた。薫は仮想世界、絵梨花は現世だが霊力反応が消えたせいで不明だ。菊が行ったあの日に二人共消えたから、色々不安だったんだぞ」
「マジ!?よくTISが襲撃とかしに……なぁおい」
菊が急に何か考えだし、全員に向かって訊ねた。
「本当に一回も、TISからのコンタクトは無かったのか?」
語弊が生まれぬよう、理事長が断言した。
「無かった。何なら本土での事件もからっきしだ」
「…なぁ透」
「なんだよ」
「お前、学園に引き抜かれるとして何か条件を提示する気は…」
「あるに決まってんだろ。どうせ強制なんだろ、加入自体は」
「ここで言え、学園も近いし、外で悪いが。今ここで」
透はそう言われて躊躇ったりする程頭が回らないわけじゃない。すぐに意図を察し、端的に言い放った。
「[英 嶺緒]、天仁 凱の下部の一人、蟲毒王の[怜雄]の弟の子孫。遠いがまぁ血は繋がってる。そんでそいつは突然変異体だ。回収する、それだけだ」
「分かった。なら私は今から動く。悪いが説明は後だ、お前らは先にやっててくれ」
翔子の制止を振り切って、愛馬グロロフルムを呼びながら走って去ってしまった。兵助が追いかけようとしたが、理事長が止めた。思考程度読めるのだ、今菊がやろうとしている事は前々から菊に頼もうとしていた事である。なので止める必要は無いし、何なら面倒くさがりな菊が進んで実行に移したと言う事は大変喜ばしい事なのだ。
そして何より、やるべきことは他にある。ギブアンドテイク、出来るだけ時間を節約してその嶺緒という能力者を探し出すのが最優先だ。
今回は教師陣も無駄なく使い、何なら数人の干支組も出す。最大一週間だ、いや、四日だ。本当に最大の力を使って最低限の日数で達成する。
その旨を会議室に集めた全員に伝えてから。
「ただし、その嶺緒とやらがどんな状態だろうと文句は言わない事だ。良いかい」
「うす。別にそこは問題ない、生きている事は確認しているからだ。じゃあ話すか、なんで俺らが手を出していないか」
そして放たれる、最強級の爆弾発言。
「嶺緒は今、TIS本拠地で監禁されてんだ」
第二百九十二話「出戻り」




