第二百九十一話
御伽学園戦闘病
第二百九十一話「仮・再加入」
そこは仮想世界の内の一つ、TIS本拠地である。構造は無茶苦茶、マモリビトの気分によって道は変わる。使い勝手は悪いが基本的に安地なので安心していられる。
ただ数年前から宗太郎、英二郎、薫と離れた所ではあるがいつ襲撃して来てもおかしくない面子が揃っている。これではここを住処にする意味があまりないが、それでも佐須魔はここに拘っていた。
「メープルのパンケーキ作る~パンケーキにメープル乗せる~メープルのパンケーキになるメープルパンケ…」
「おい佐須魔」
「何?健吾。良い所なんだけど。俺は今好物のパンケーキをメープルシロップで食べようと…」
「動き出したぜ、兵助が」
「…ふぅん。別にどうでも良いんじゃない?数ヶ月前から僕の相手じゃなくなったし」
「まぁな。でもよ、良いのか?透」
「別に良いさ。強化版霊力測定器は完全に作り終わったしね。にしてもあの時の伽耶の喜びようは凄かったね~」
「そういやそうだな。まぁ俺は声しか聞いてないけどな」
「それで健吾は測ったの?」
「まだだ。まぁその内測る。そもそもな、出られないだろ?ここから」
部屋の壁の方を見る。その部屋は薄暗く、四方八方の壁に麻布が張り付けられ、その上にある人物の血で書かれた札のようなものが張り付けられていた。
現在佐須魔は調整中だ。そのため健吾が仕方無く付き合っている状況である、ご飯係の原がゲートで受け渡す形だ。何故こんな事をしているのか、それは少し前に得た力が強大すぎるのだ。
「まぁ惨敗だったね、一回目」
「見てないからあんまり分かんねぇけど…そりゃ來花とお前の二人で行ったらボコボコにされて終わるだろ」
「え~だって來花も伽藍経典覚え切ったしさ~そろそろ良いかなって思ったんだけどね~」
「でも貰えたんだろ?力。なら良いじゃねぇか、多少の不完全燃焼感はあっても…半年後には決着つける気なんだろ?」
「あぁ。まだ予測しか出来ないが恐らくラックは霊のようになって何処かに漂っている。誘き寄せて、捕まえる。継承するのさ、二つのマモリビトの力を合わせるんだ」
「神の力か、俺も気になるんだよな、それ。興味しか無いけどよ」
「これ結構きついよ。今にも健吾をぶん殴りたくなって来る。本当に常にうずうずしてる。多分これが試練的なやつなんだろうね。受けて立つ!って感じだよ」
「そうか。今のお前に殴られたらワンパンされるだろうし…一旦外の空気吸って来るわ。食い終わった頃に戻って来る」
「おけ~」
健吾は一瞬にして姿を消した、佐須魔のゲートによって。佐須魔は今にも強い奴と戦いたいと思っている、だがそれでも抑え込み約三ヶ月の月日が経った。当初は精神崩壊を恐れていたが元々頭がトチ狂っていたので全くと言っていい程問題は無かった。
このままのペースで行けば大会には必ず間に合うはずだ。それよか訓練で他の者を強化する余分さえ出てくるかもしれない。そう思うとワクワクして来た。
「よーし…今から色々考えておこ」
佐須魔は、神の力を半分手に入れた。
「うーっす。元気してるかー」
健吾が向かった食堂には一人の男がいた。
「そこまで長い期間離れていたわけでも無いだろう。そんな確認を取る必要は無い」
「そんな堅い事言うなよ、砕胡。俺は皆と仲良くしたいんだぜ」
「そうか。なら僕の施術の際に何故止めなかったんだろうな」
「…優先しちまったんだよ。戦闘を」
「はぁ……」
砕胡はあのあと神の回復と自身の生命維持を保つ事が出来ず、仕方無く來花がある呪をかけた。それは美琴が佐須魔に対してかけたのと同じ呪、そう成長を完全に止める事だ。
佐須魔は特殊な成長以外十数年前から何も変わっていない。ただ肌勘で掴んだ真髄を形にして、振り下ろしているだけなのだ。一方砕胡は体の成長が止まると死活問題である、最低の生命維持は出来るが神の回復に使う時間が長くなる。
今砕胡に出来るトレーニングなどは無く、ただ知識を頭に入れるしかないという非常につまらない生活に一変してしまったのだ。ただ本人はそこまで重く捉えていないようで、回復した時から全く変わらずツンツンしている。
「にしても人が少ねぇな。十九時は…素戔嗚とかいないな、素戔嗚」
「あいつが来る訳無いだろう。今あいつは現世に行っているんだぞ?一応手紙で伝えたはずなんだがな…」
「あー完全に忘れてたわ。そういや言おうと思ってたんだよ、手紙なんて粋な事してくれてな。感謝するぜ、砕胡」
「…勝手にしてろ」
「そんじゃ俺も行くわ。現世」
「素戔嗚や蒿里などは分かるが…お前は誰かと会いたいのか?」
「あぁ、ずっと何も話してなかったからな。急襲作戦の時に話せればよかったんだが…生憎出来なかったもんで。んじゃちょっくら行って来るわ、透のとこ」
「…あぁ、そうだったな」
健吾はそれだけ伝えると食堂を出て行った。伽耶が暇つぶしで開発した煙も出ない、臭いも出ないただのニコチン放出機を咥えながら。
今日は調子が悪いようで、所々扉が歪んだりしている。どうやらマモリビトが戦闘をしているらしい、非常に珍しい事で結構面白い。來花と佐須魔が挑みに行った日はこの世の終わりと思ってしまう程に歪みまくっていたが、今日はそれほどだ。多分薫がボコボコにされているのだろう。
「差、ついちまったからな」
独り言を呟きながら廊下を進んでいると、右手にある部屋から何か結構の重量のものが倒れる音がした。そこそこ上の方から落ちた気がするのでとりあえず確認だけしようとドアノブに手をかけたその時だった。
開かない。少し本気で捻ろうとしても途中までしか開かない。明らかに何かいる、霊力反応はしないが何かいる。ただ健吾の力を受け止めきれる者など能力者以外の何者でもない。
とりあえず小さな声で、耳打ちするように訊ねる。
「誰かいるのか?」
返事は無い。
「言葉が出せないなら何か音を立ててくれ」
何も音はしない。
ほんの少し考えて、これには引っかからないだろうと思いながらも聞く。
「分かった。誰かいるなら音を立てないでくれ」
その瞬間、中から木箱を叩くような音と
「あ」
という女の声が聞こえた。すぐさま健吾は扉を吹き飛ばす。すると部屋の中には一人の女がいた、健吾はそこまで古株ではないので知らない顔だ。
だが本拠地内にいたにも関わらず霊力感知を一切封じて来た奴だ。油断は出来ない。
「お前は誰だ」
白髪、白い肌、ほんの少しだけデカめのセーラー服、ダルそうな顔付き、本当に知らない女だ。見た感じ高校生っぽく見える、両者硬直し、同じ言葉を投げかけた。
「「誰?」」
数秒後、健吾が先に返答した。
「俺は[西条 健吾]…重要幹部なんだが…お前誰だよ」
「んーん……でもまぁしょうがないかぁ…」
大きな溜息のあとに女は健吾にしか聞こえない程の小さな声で自己紹介をした。
「あたしの名前は[紗凪架 譽]、元TIS重要幹部」
その名前を聞いた健吾は思い出した。当時健吾は所属してから一年程だった。ようやく馴染み切った感じで、他の重要幹部とも仲を深めたいと思っている所だった。
佐須魔から貰った重要幹部名簿には全く知らない者の名前があった。[紗凪架 譽]、今目の間にいる女だ。だが少しおかしい、相当前にこの世界では老けないようにマモリビトが設定してくれたが、それでも譽は若い。
まさかずっと本拠地に忍んでいたのか、そんなぶっ飛んだ疑問さえ浮かんで来る。
「…やべ、來花来た…あたしの事はくれぐれも秘密で、よろしく」
そう言った譽は天井裏まで跳び、そのまま逃げて行った。駆け付けた來花が何があったか訊ねたが、健吾は「何かいた気配がしたけどただの勘違いだった、佐須魔と一緒にいすぎて感覚がおかしくなった」と説明した。
來花も納得し、早く現世に向かえと送り出してくれた。果たしてこのままで良いのかと思いながらも健吾は言われた通り、玄関へ向かい、現世へ赴く事にした。
その際、ある者とすれ違った。少なくとも敵ではないので軽い挨拶程度で済ましたが、よく考えたら超ラッキーだ。そいつは一瞬にして、王座の間へと駆け抜けた。
だがそこは空席、誰もいない。
「あら…誰もいらっしゃらないようですね、紀太さん」
「あぁ……そう…だね…」
あまりの早さにバテる紀太。そんな紀太を完全に無視して霊力感知を行うアリス、そして感じ取った。少し戻って右の部屋だ。飛び出したアリスに絶望しながら追いかける紀太。
決断の時なのだ、TISに入るか、このまま無所属として見送るか。二人は第一回の神への挑戦を三獄のもう二人が行っている際、珍しくやる気があった來花の自身像に直接そう言われたのだ。
そして今が、決断の時。半年を切ったのだ、これ以上の不定期な戦力増加は佐須魔の均衡を崩す事になりかねない。だが二人ぐらいなら許容範囲、逆に言うとこの二人の力ぐらいは引き入れておきたい。
TISは佐須魔が神になる事を取り決めてから完全に次の大会で決着をつけるつもりだ。素戔嗚、矢萩、砕胡、リイカ、神、健吾、果ては上のシャンプラーや伽耶、三獄の佐須魔、來花、智鷹全員も力をつけている。
「では、入ります」
そこは既に部屋では無かった。扉は消え失せ、無理に塗装で誤魔化された禍々しい部屋。だがアリスは一瞬の躊躇いも見せず、蹴破ろうとする。
紀太も止めようとはしなかったが、戦闘体勢は崩さなかった。だがその警戒は虚しく終わる。何故なら壊せなかった、この数年間ひたすらにトレーニングをしていたアリスが壊せなかったのだ。
「…あら、お強い壁ですね」
「いや…強いとか言うレベルじゃないでしょ…そもそも音も出てなかったし…なんか薄いバリアみたいのが張られているんじゃないかな」
「そうですか…困りますね……あ!なら術式で破壊しましょう!」
まるで名案を思いついたと言わんばかりに唱えだす。紀太は顔面蒼白で逃げ出した。
『肆式-弐条.両盡耿』
その瞬間、お目当ての部屋だけではなく、何なら王座の間を巻き込む両盡耿が放たれた。紀太はギリギリで回避に成功したが、一人巻き込まれた者がいた。
天井から汚い悲鳴が聞こえた。アリスは一瞬頭に疑問符を浮かべたがそれと同時に納得する、そして先に天井を突き飛ばし無理矢理引きずり出した。
「やめっ、やめろ!」
「なんでですか、良いじゃないですか。お久ぶりですね、譽さん」
「違う。あたし今勝手に住み着いてるんだって。バレたらマズイ…」
「何がマズいんだ」
背後から聞こえた。譽が正式にTISに加入していた際、一番嫌いだった人物。
「すさのぉ…」
一発ぶん殴られるのは覚悟して振り向いた。だがその時、譽は驚愕すると共に恐怖した。素戔嗚の顔つきは変わっていた、成長期などではない、強くなっている。
譽は最強レベルに強い、何度も素戔嗚をボコボコにしては鼻で笑って遊んでいた様な関係性だったので知っている。こんな冷酷で、何より辛そうな目をする奴ではなかった。
本拠地にいる時は常に楽しそうに微笑んでいたはずだ、自覚していなかったとしても。
「何があったの」
「お前に話すことは無い。出ていけ、もうここは、お前の住む場所ではない」
「ちゃんと話しなよ。別にあたしが敵って訳じゃ…」
そう言いかけた時だった。右の部屋、佐須魔がいた部屋から物凄い勢いで怪物が飛び出して来る。すぐにアリスが殴りかかるが、その笑う怪物も拳をぶつけた。
とんでもない風が起こり、殺意が乱れる。
「下がっていろ、アリス」
「嫌です。そもそもあなたでは…」
「下がれ、そう言ったはずだ。安心でもして眺めていろ。受け流しは、既に十八番だ」
素戔嗚は刀を抜き、前に出る。[妖刀・村正]、現在素戔嗚が所持している武具で唯一戦闘で使える性能をしているものだ。そしてその刀と"魂の融解"によって得た呪の力、素戔嗚はこの数年間、刀を手に取ることは無かった。
來花や神と共にひたすらに呪に向き合い、力をつけた。だが素戔嗚は時間に余裕があったため、最初から目標を高く掲げた。自分だけの呪を作る、これは非常に練度がいる行為で、美琴も本能でやっていた事だった。
だが素戔嗚は基礎の『呪・封』や『呪・蚕』などを飛ばして、いきなり練り出す事によって少しの余裕を持ちながら複数の独自呪を得る事に成功した。
『呪術・逆一』
その瞬間、明らかに戦闘病にかかっていた佐須魔の顔から笑いが消え。真顔でぶん殴って来た。だが素戔嗚の鈍った剣術だけでも受け流せる程度の力に成り下がっている。
そしてもう一つ、放つ。
『呪術・氣鎖酒』
その瞬間、佐須魔はフラフラとして、そのままぶっ倒れた。何が起こったのか理解出来ないアリスと譽。普通に考えて倒れるはずがない。すると佐須魔を担ぎ、医務室へ運びながら説明する事にした。
譽は正直隠れたかったがもう引ける段階ではないだろう、一日で四人にバレてしまったのだから。しかも妙に真面目な素戔嗚と、実質的なボスの佐須魔に。
「逆一は相手の力や心情を反転させる呪術だ。といってもまだ反転が精確ではないから、もう少し練度は必要だ。そして氣鎖酒、これは相手を強制的に酔わせる呪術だ。佐須魔様は基本酒を飲まない、だから耐性が無いんだ。ただこれを使うのは少ないだろうな、学園の教師は全員半ばアル中並みに飲むせいで耐性がついているからな」
「成果出てんじゃん。矢萩とか砕胡に無駄って言われてた長期遠征」
「…見ていたのか」
「そりゃ暇だし。声ぐらいは聞かせてもらってたよ」
「まぁいい。ひとまずベッドに寝かせて来る。お前らは待っていろ、そしてアリスは紀太を連れて来い。王座の間に、一人来た」
その言葉を聞いたアリスは踵を返し、歩き始めた。譽は特にする事も無いので医務室で、駆けこんで来る元仲間を驚かせて遊んでやることにした。
ほぼ全員が様子を見にやってきたが、もれなく全員攻撃態勢に入り、ぶん殴るか斬りつけようとしてきた。あまりに野蛮になっていたので少々驚きながらも医務室で仮眠を取ろうとしている素戔嗚にちょっかいをかける。
「暇」
「…」
「暇」
「…」
「暇」
「…子供じゃないんだから分かるだろう。お前は來花様の所へ…」
「様ねぇ。こんな時もそうなんだね、対等な位置につこうとしない。いっつもそう、下か上か。私結構見てた…暗殺とか出来るんじゃないかって」
「おい」
「冗談冗談。でも疲れないの?ずっと仕事の気分じゃないの」
「疲れはしない。俺の居場所は…」
「そんな話してないっつーの。あたしが言いたいのはあんたがどう思ってるか、居場所、責任、義務、そういうの嫌いだから。本心が聞きたいんだけど、いい加減。少なくともあたしが見たあんたの本心は流に詰められて頭真っ白になってる時だったけど」
「はぁ…だから言っているだろう。俺は…」
言いかけた時だった。平手打ちを一瞬で三回くらった。
「殺すよ。言えって」
常にヒシヒシと、譽の背中に張り付くようにしていた殺意が遂に押し出され、素戔嗚に押し寄せる。だが怖気づかない、こんな事訓練に比べれば何てことない。
「だから俺は…」
「じゃあ死ね」
譽が全力で殺しにかかったその時だった、二人の間にリイカが挟まる。
「二人共なにしてんの!病人の前で喧嘩とか、馬鹿みたい!」
「…病人の前で叫ぶ奴も馬鹿みたいだよ…」
目を覚ました佐須魔がちゃちゃをいれた。だが佐須魔は二日酔い的なあれなのか滅茶苦茶顔色が悪い。トイレに直行した佐須魔は放置して、リイカが譽に言い聞かせる。
「あんたのせいで三十回以上巻き戻されたじゃない」
「ふーん。別に良いんじゃない、それが仕事なんだし」
こんな時も生意気な譽。リイカは一発殴ってやろうかとも思ったが抑え込み、素戔嗚に一言告げてから出ていった。
「集合」
すると素戔嗚も仮眠を諦め、王座の間へと向かった。譽はその場に残って再び天井裏にでも潜もうかと考えていたが、無理矢理連れて行かれてしまった。
到着した王座の間には來花と蒿里、神以外の重要幹部全員がいた。そして來花は譽を前に呼ぶ。凄く嫌な顔をしながらも前に出た。それとほぼ同時にアリスと紀太も入室し、前に出る。
「この三人はTISに再加入する事になった。だがこの判断はあくまでも仮決定であり、最終的には佐須魔が決める事になっている。戻ってきたら、話し合うつもりだ。
そしてもう一人、やってくる。あの子は皆名前は聞いているはずだが、顔を見るのは初めてだろう。名前は[松雷 傀聖]、前大会でリイカが暗殺されそうになった時助けてくれた能力者だ。
この四名が新しく加入する事になる。恐らく決定事項だろう、そして前から話していた事がある。現在TISは決着をつける動きをしている、そのため裏切り者など言語道断、何なら危険思想を持つ者も追放する流れで良いとも結論が出た。
なので試験をする事になった。今、佐須魔から『阿吽』で伝言があった」
來花は全て聞き終わってから口に出した。
「数刻前、兵助達が動き出した。学園側も実力をつけているのは事実、今回はどうやら突然変異体を引き入れようとしている。そして干支組と同じ様に、何らかの取り引きをしたようだ」
一息おいて、再加入組三人を見つめながら強調して言い放つ。
「試験内容は『兵助達を倒す』事だ」
第二百九十一話「仮・再加入」




