第二百九十話
御伽学園戦闘病
第二百九十話「二年七ヶ月」
何とか干支蛇の力を手に入れ霊力が変化したシウ、一年にも及んだ長く苦しい鍛練の末ある術を手に入れた。ただこれは誰にも秘密で、今は本土から帰ってきた際に張った結界の安定化に日々努めている。
実に二年、二年七ヶ月が経った。何も無い日々だった、ただ皆が力を付け残り一年を切った大会に向けて血反吐を吐いていた。そんな中、兵助はたった半年で教員免許をもぎ取り、全学年の社会科を担当するという地獄を経験していた。
薫や絵梨花は未だに姿を現さず、音沙汰もない。もしかしたら死んでいるかもしれない、皆が心の奥底でそう考えていたが口には出していなかった。
中等部は生徒会へ、拳はずっと禁則地に住み着いている。菊もあれっきり姿を消しているし、蒼は現生徒会メンバーへ仕事を教えるので精一杯だ。
「さて、今日の仕事終わり!」
時刻は十九時を回った所だ。いつもより少し早い帰宅に喜ぶ。元々使っていた寮は退去し、一人寂しくエスケープチームへの基地に暮らしている。
懐かしい道中だ。あまりに何も無い二年を過ごしたせいなのか今にもあの時の戦禍に巻かれそうで体がビクビクしてしまう。
あの一件以来TISの動きは完全に停止した。取締課からも随時情報を受け取っているものの、驚く程動きが無い様だ。だからといって急襲などしても意味は無いだろう、何故なら兵助にはとある確信があったからだ。
「まぁ慣れて来たけど…翔子はこれの二倍だもんなー、怖い怖い」
とりあえず帰る前に生徒会室に顔を出す事にした。現在の会長は咲である、二年生ではあるが、皆の総意によって会長へと就任した。といっても咲以外のメンバーがあまりにも仕事が出来ず、実質的に蒼が会長のようになってしまっているが。
そんな生徒会室、日も落ちているにも関わらず廊下時点で元気な声が聞こえてくる。また注意をした方が良いのだろうか、そう考えながらノックする。
「どうぞ」
咲の声が返って来ると同時に扉を開けた。やはり酷いもので、過労で目が死んでる蒼と元気に走り回るファルの姿があった。多少は背が伸びたり成長はしているが、肝心の根が何も変わっていない。
ただ全員の戦闘力がとんでもない程に伸びたのは事実だ。ただそれは蒿里に殺された真波が残したある手記によって引き付けられた力だった。
「もうちょっと蒼を労わってあげなよ…学園時代にもっと酷い事にはなってたからどうせ死なないけどさ…可哀そうじゃない?」
「いえ、私の仕事は卒業生の介護をする事では無いので」
会長の席に着いた咲は変わった。というよりも本性が露わになった。流ほどでは無いが自身より強い者に対して酷く冷酷だ。恐らくは「力があるのだから自分で何とかしてください」とでも言いたいのだろうが、流石に可哀そうだ。
ひとまず蒼の生死を確認し、今日は帰らせた。そして残ったメンバーに軽く注意をしてから寮に帰らせる、会長である咲を残して。二人になった兵助は今まで聞けなかった事を聞き出す事にした。
「何かある場合、そろそろ動き出さなくちゃ手遅れになる。だから聞かせてくれ、流の事。過去だ、学園に来ていない頃の話だ」
「…急ですね」
少し驚き、その後普段の笑みを取り戻す。
「てっきり告白でもしてくるのかと思っていました」
「今の僕らにそんな余裕は無いよ…それに僕らの年齢じゃギリどころか堂々犯罪さ」
「まぁ良いです。それで兄さんの事ですか…」
「あぁ、頼む。安息の二年半は良かったが、もうそろそろ動くだろう?」
「はい。と言っても私が知っている事など些細な事です」
咲は流の話をする時だけ少し笑う。会長になってから繕った笑みは増えたが、本心で微笑んでいるのは大体この時か友達と遊んでいる時ぐらいだ。
そんな流が大好きな咲だが、今回だけはとても笑っているとは思えない声色で語り出した。
「強いて言うのなら二つ、ですかね。"前の能力"と"両親"の事です」
「…へ?ちょちょ待ってくれ!前の能力って何!?」
「知らなくても驚く事はありませんよ。何せ今まで理事長以外には黙っていただくよう交渉していましたから。なので理事長以外に話すのは貴方が初めてです」
「えぇ……まぁ…いっか。ごめん、続けてくれ」
「では能力から行きましょうか。まず前提として北海道に今も空き家として存在している一軒家がある事はご存じのはずです。そしてそこに四人家族、來花、母さん、兄さん、私で住んでいた事も。更には佐須魔の襲撃があった事も…
その際ですが、兄さんは能力を吸い取られました。そこからは私もよく覚えていないので詳しくは話せませんが……その時吸い取られた能力は知っています。
今なら分かります、『式神術』です。当時は名前の無い能力として來花が言っていたので少々曖昧なのですが…ラック、いえマモリビトさんが使用していたものと同じ能力ですね。一目見て理解しましたよ」
「本当に…式神術なのか…」
一年前、島の有力な能力者全員に理事長が「ラック・ツルユはマモリビトであった」との旨を伝えてあった。一時はその話題で皆混乱していたが、今となっては曲げようのない事実としか認識していない。
「あら、知っていたのですか?」
「一応、理論的には使えるって話だったんだ…でもその通りだとしたら佐須魔に二人分の式神が憑く事になるなぁ…」
そして咲だけには密かに説明していた。櫻家が華方の血を薄くだが継いでいる事を、その際には式神術の事を完全に黙っていたが、それが裏目に出ていたようだ。
「まぁ良い。仕方無い事だ、そもそも当時僕は無所属だったしね。それじゃあ次、両親の事、良いかな?」
「はい。來花に関しては恐らく兵助さんの方が詳しく存じていると思うので省きますが…母の事です。母さん、[櫻 京香]は降霊術士の女王なんて二つ名があるぐらいには強かったです、私が覚えている限り当時の神格を最低三匹は保有していました」
「三!?」
「はい。三匹です。ただ能力の事は好ましく思ってはいなかったようで、最低限の情報しか教えてくれませんでした。ただ佐須魔の襲撃によって命を落としたんです、事故だった、記憶を見た理事長はそう言いましたが多分気遣って何も言わなかったんでしょうね。
ただ母さんは私にこれを残してくれましたから。兄さんには憑いていますし、そこまで不満がある訳では無いですよ」
そう言いながら傘の武具[傘牽]の方へ目を向けた。
「ですがそんな私にも秘密はあります。小さな頃、母さんと來花が付近の山で儀式?のような事をしているのを見かけました。私はずっと追跡され、その後島に来たので詳しくは知りませんが…行ってみたいです。その山へ」
「良いよ、僕が許可を出すから。今の君なら随伴に二人ぐらい連れて行けば充分だろう。だから遠征と称して行って来ると良い、仕事は滞るだろうが…まぁ蒼が何とかしてくれるさ」
「そうですか…ありがとうございます」
一瞬、憂いを帯びた顔になった気がしたが見間違いだと思い、席を立った。
「少ない情報だったけど、重要な事を知れた。ありがとう。そして言っておくね、これから僕らは動き出す。まだ引き入れなくちゃいけない組織があるからだ。君達は巻き込まない、だけど充分注意してくれ。
シウの能力のおかげで襲撃があったらすぐに気付けるようになっているが、万が一の事があるかもしれないからね」
それだけ言い残し、兵助は帰路につく。これからは激務だ、それと同時にあの嫌な連戦が再開してしまうかもしれない。二人の最強がいないこの島に、安全は無い。
「あ!兵助さん!」
「兵助!!」
どうやら買い物帰りの鶏太と桃季が寄って来た。二人ともあまり変わっていないが、桃季は身長が伸びている。このスピードだと背の低い鶏太など一瞬で超してしまうかもしれない。
そんな事を思いながら他愛も無い会話をする。この二年半で干支組は相当馴染んだ、桃季と生良と猪雄は一度学園にぶち込んだが全員性格が合わなかったので引き続き鶏太とシウが勉強を教えている。
その生活にケチをつける気は一切無いが、一つだけ心配な点がある。
「ラックの家…大丈夫?」
何故かシウが二階への道を封鎖し、絶対に行かせようとしない。最終的には結界を使ってまで封鎖したので仕方無く出入り禁止区域となってしまった。
それと同じ様にシウは地下の研究室も封鎖した。なので実質的に使えるのは一階のみ、部屋などに問題は無いが何だか気になって仕方ない。それでも結界は年中無休で働き続けるので侵入など許されない。
「さぁ帰って、そろそろ本格的に暗くなって来るからね」
十分の短い雑談を切り上げ、帰らせた。年々熱くなっている夏、兵助は妙に蒸し暑いその道を歩み続けていた。前までなら誰か一人は一緒に帰っていたのに、そんな妄想に思いを寄せながら。
「52536753」
昔の四人チーム、兆波、薫、翔子、兵助。悩んだ末にこの数字をつける事にしたのだ。懐かしく思いながら、エレベーターに乗り込んだ。
内装は全く変えていない。現世に戻って来たニアがいつここに帰って来ても戸惑わないよう、そう気遣ったフリをして。本当は怖いだけだろう、自身の青春を変えていくのが。
「今日はカップラーメンでいいやぁ」
基本自炊であるが、たまには良いだろう。ただこう言ったジャンクなご飯を食べたくない理由もある、それは突撃して来るものがいるのだ。
「せんせ~い」
前に下部を使って番号を盗み聞きし、毎夜の様にやってくる女。
「あ、カップラーメンだー。もっと栄養あるもの食べなよ~」
「…優衣がジャンクフード苦手なだけだろ?毎晩ご飯ねだって来るじゃないか」
二年半でとても成長した優衣だ。最初の頃は寮にも慣れないだろうと言う事で兵助が飯を作ってやっていたが、それが日課になってしまったのか一切自分で料理をしようとしない。
背もそれなりに伸びたし、女の子らしい顔立ちにもなった、真澄の死以降メイクにばかり没頭している杏によってメイクも仕込まれた。
あの時はほぼ別人のようなものだが、それでも一生徒、日々の生活が気になって仕方ないのだ。
「私も食べる~」
島という安息の地に長い事滞在しているおかげか大分フランクな話し方と思考になっていた。そこに関しては何も思わないのだが、本当にやめてほしい事がある。
「隣~座るね~」
妙に距離感が近い。だがそれは兵助だけではなく、女子男子構わず全員との距離が物理的にも精神的にも滅茶苦茶近い。前までは極端に離れていたので、どうしても良い塩梅が分からないのだろう。
なので多少注意はするがそこまで深く踏み込まないようにはしている。ここでは過去の事などを無理矢理引き出すのは最大級の禁忌だからである。
「去年も言ったけど夏になったらもう少し離れてくれ。冷房つけてても熱い」
「え~?いいじゃん!!汗かこ!!」
「…そういうのあんまり生徒の男子にはやらないであげてね?」
「なんで?独占したいの?」
「いや…色々と可哀そうだから…」
憐みの目を何処か遠い男子生徒達に向けながら食い終わり、リラックスする。優衣はやはり距離が近いが、もう構わない。どうせ直らない悪癖だと考えるとどうでも良くなって来る。
するとそんな時、エレベーターが開いた。
「うぃっす」
「あ、お疲れ」
ハックだ。取締課とは非常に仲が良くなり、頻繁に島にやってくるようになった。
「どうしたの?急に」
「…そのガキを退けてくれ、邪魔だ」
「え~やだ~」
「ごめん。少しで良いから紫苑の部屋にでも入っててくれ」
「ん~しょうがないな~」
嫌々紫苑の部屋に入って行った。するとハックは対面のソファに座り、持ち運び用ノートパソコンを開いた。そしてある情報を見せる。言葉を出さず、画面だけ。
「…」
兵助も言葉は出さない。前のシウの件同様盗聴されている可能性があるからだ。
「了解した」
そう伝えるとハックはパソコンを閉じ、言葉でのコミュニケーションに切り替えた。
「行けるか?」
「ごめん、無理だ。そっちを優先したいぐらいなんだけど…ちょっと他にやる事があってね」
「まぁ分かった。こっちでやっとくわ…んであともう一つ、俺ら大会出るわ」
「え?ほんと?」
「おう。そんで今のルールだと人数的に出られないから、変更を要求する。お前も一回やったらしいけど、まだ検討だけなんだろ?ライトニングぶっこんだらどうにかなるだろ」
「そうだね。助かるよ」
「そんじゃ俺は帰る。また半年後有給…いやその前に大会だな。まぁ良いわ、んじゃ」
「うん。ありがとう、また会おう」
ハックは出て行った。すると優衣が部屋から出て来る。
「さぁ優衣、今日は帰って。ちょっと早いけど、どうしても優衣がいると出来ない仕事があるんだ」
「ん~」
ちょっとだけ頬を膨らませている。
「駄目なものは駄目だ。別に明日もあるだろう?下手したら危険な事になる可能があるんだ、今日はね、帰って」
「ん~」
唸り声を上げながら渋々エレベーターに乗った。兵助は扉の前まで見送り、再度ソファに座った。そして一息ついてから立ち上がった。
「いい加減にしろよ、透」
珍しく少しだけ怒りを露わにしながら、そう呟き基地を後にした。向かう先はそう、禁則地。現在危険な地下を避けて地上にてギアルが採取出来る、唯一の場所だ。
ここ数ヶ月、そんな場所にある人物達の反応がしている。一人は間近で感じた事があるので分かる、そして知らぬ二人の霊力。その知っている者が透だとしても危険だ、何度も何度も来ている以上いい加減話をつけなくてはいけない。
だがこれで良いのだ、兵助は泳がしていた。今日の為に。
「そろそろ来てもらうよ、突然変異体」
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第十章「突然変異体」
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第二百九十話「二年七ヶ月」




