第二百八十九話
御伽学園戦闘病
第二百八十九話「ひとまずの」
一瞬にして感じる霊力の増幅。大会で感じた事はあるため、そこまで驚きはしないがやはり物凄い。たった一匹の蛇が出て来るだけでこう変わるものか、來花の意識などを全て受け渡しているようではあるが、やはり不可思議な所だ。
当たり前の様に浮遊する兵助は一度地上に戻る事にした。すると遠方、拳と砕胡の方から再度轟音が響いて来る。伽藍経典をくらってもピンピンとしているのは流石にドン引きだ。
ただ他人を心配している暇などない。口黄大蛇は現れた。あとは手に入れるだけ、だがあいつもそこまで馬鹿では無いだろう。必ず抵抗してくるはずだ。
「さぁ、一人でどうしようかな」
本来ではここで数人は残っている想定だった。全員魂が出ていないので死んではいない、だが気を失っている。優衣も霊力反応が消えたので気絶しているはずだ。
となるとその場で戦う事が出来るのは兵助のみ。ライトニングやパラライズの手助けは物理的に不可能だ。何とか自身の身体能力と、この浮遊で何とかするしかない。
すると口黄大蛇は來花の体を使い、語り掛けて来る。
「何故浮いている?」
「秘密だ」
「ならば何故私を狙う?」
「質問で返す事になってしまい申し訳ない、だが聞かせてくれ。君は干支蛇の力を所有しているか?」
「…持っていると、言ったら?」
兵助は思わずガッツポーズをしてしまった。だがすぐに姿勢を戻し、再度訊ねる。
「なら話は早い。どうだい、僕らの仲間になってくれないか。僕らは今干支組と言って君と來花が所有している者以外の干支霊を持っている集団を引き入れたい、そこで君の力が必要不可欠なんだ。
それにTISはその内崩壊する、僕らの手によって。少なくとも、來花を殺す事に関しては出来るだろう。絵梨花や薫の力があれば」
「…ふむ。悪い話ではない」
「本当か!それなら…」
「だがダメだ」
「え?なんで…」
「私がこの体に入っている理由、それは今この世で私を受け入れる事が出来るのはこやつだけだからだ。人を越え、呪を使い、そして何より降霊術の才能も持ち合わせている。打ってつけなんだ…というよりも他に私を丸々受け入れる事が出来る者は、いない」
何も言わなかった。何故なら事実だから、手に入れることにばかり目を向けていたせいで全く気付かなかった。人には限界がある、口黄大蛇は最低千数百年は生きているのだ、並大抵の体で受け止めきれない事ぐらい言われれば分かる。
だがそれでは困るのだ。どんな手を使ってでも、どんな卑怯な手法でも、引き入れなくては意味がない。申し訳ない、拳を利用するような形でここまでやって、何の成果も無いなど許されるはずもないのだ。
信用は力だ。
「…どうやらまだ敵意は無いようだから聞かせてくれ。今僕が君と話している事は來花の脳内に残るのか」
「いいや?内喰いを唱えた瞬間から私の物となり、記憶も霊力も体力などの総量も一時的に私のものに置き換わる」
「それならいいや。訊ねよう、君は僕らに協力する気はあるか?体が受け止められないなどのゴタゴタを抜きにして、だ」
「…………」
暫しの沈黙の後、口黄大蛇自身の口で答えた。あまりにもガラガラとした声色、メスと思われるが非常に汚らしく、耳に入れるのが痛い声で。
『ない。そもそも私の目的は生存、こいつに憑りついているだけで基本的に動く必要が無いのだからこっちを取る決まっているだろう。貴様らの場合はどうせ体を酷使させられるだろう』
半分呆れている様な返答だった。その時、兵助は何か違和感を覚えた。ならば何故來花に憑いているのだろうか、安泰という点で言えば佐須魔が安泰だろう。危険自体はあるが、本人がどうとでもしてくれるからだ。それなのにわざわざくっつく理由が分からない、なので直接聞いてみる事にした。
「なら佐須魔にでも憑いた方が良くないか?來花っていつ死んでもおかしくない状況だろ?術式で蘇ってさ」
「そうだな、強いて言うのなら天仁 凱のためだ。私はあいつが嫌いだ、半殺しにされたからな。そしてこいつは皮肉なことに自身の主な攻撃手法である呪を生み出した張本人、天仁 凱を嫌っている。私もあいつを殺す事だけは常に賛同している、そういう仲なのだよ、私達は」
「器を用意出来るのなら協力する、だがそれは現実的に不可能。そして器などを抜きにしても僕達に協力する気は無い……って結論で良いかな」
「あぁ。良いぞ」
「そっか…じゃあ残念だ、最悪の手段だよ。力尽くだ」
兵助が構える。その瞬間口黄大蛇は少し嬉しそうな表情を浮かべながら、來花の体に唱えさせた。
『呪詛 伽藍経典 些悦・燕帝 篠・絃』
伽藍経典の一種、人外のみが使用できる荒業中の荒業。自身が所持する霊力を半分以上放出し、一気に吸収することから始まる。些悦・燕帝は数段階に及ぶ詠唱と行動を終わらせることによってあまりにも強大な一撃を誇る呪だ。
だが兵助は勝ちを確信した。知っていたのだ、外の情報にかいてあった。ほぼ伝説のような書き出しではあったが、謎の力を操る大蛇がいるとの情報が。
これは外で暮らしていた際に見つけたものだが明確に覚えている。
妖が力を充満させ、一気に吸い込んだ。するとそこには謎の気体が充満し、傷ついた狩人の体を再生させた。そして次に妖はその気体に触れ、力を発現した。その瞬間、狩人の首が飛んだ。
というものだ。謎の気体とは恐らく霊力の決定的な欠如によって凝縮、又は可視化されてしまった体力。そしてその体力に触れる事によって首を跳ね飛ばした、これはくらってみないと分からないが、少なくとも分かる事がある。白い気体に触れたら死ぬ。
『呪詛 伽藍経典 些悦・燕帝 雲蛛・糧手』
その瞬間、霊力を全て吸収していった。どうやら精確に霊力だけを持って行く術を持ち合わせ得ている様だ、何かに応用できそうで少し興味が沸くが、それ以上に嬉しかった事がある。
的中だ。白い気体が周囲に充満した。もう下の者達はどうにもならないので後回しで、自身の身を守る事に決めた。そして白い気体は触れずとも分かる、体力だ。
反体力などという紛い物ではない、正真正銘純度100%の体力だ。そして分かった事があった、凝縮だ。雲蛛・糧手は霊力を吸収しきると同時に、体力を一つの物体として認識できるほどに凝縮する術だ。
「さぁどうくる…」
息を飲み、次の行動を待つ。その文献に書いてあった通りならば次で攻撃だ。ただ一つ気になる点がある、気体が少ない。周囲に浮いてはいるのだが容易に避ける事が出来るし、何なら振り払う事も出来てしまう。
こんな事が出来てしまうのに奥義のような位置づけなはずがない。必ず何か策があるのだ、絶対に見落とさず、ほんの一瞬の動作も見逃さないよう集中力を極限まで高める。
周囲の音が聞こえなくなって来た。どうやらゾーンにでも入ったようだ、ただこの際そんな事をされても面倒なだけだ。すぐに集中力を少しだけ分散させ、周囲の音も全て感知出来るようにした。
様子を見ていた口黄大蛇はそれを見て少し感心していた。
『少しはやるようだな。ならば、これでどうだ』
『呪詛 伽藍経典 些悦・燕帝 逆刃・星線』
背後からだった、ほんのりと感じ取った視界の異常。すぐに身をよじり、かわした。だがそれだけではない、まるでその筋百年の達人鍛治師に造らせたかのように鋭い、まるで刀のようなエネルギーが乱反射している。
今にもはち切れそうなほどの集中力を発揮する事により、頬に少し切り傷をくらっているだけで回避を続けている。だがその攻撃にはどうも終わりが無いようだ。
三十秒、回避をする時間が続いている。
『気付いたか。そうだ、逆刃・星線は止まらない。お前が死ぬか、私が死ぬか、又は互いが死ぬかまで。いや済まない、正確には発動者である私が降伏するまで、だ』
勝ち誇った様なドヤ顔の笑み。口黄大蛇はもう醜い声色を隠す事も無く、堂々と自身の口で喋っている。だがどれだけの時間が経っても次の攻撃が決まらない。
極限の集中力と言っても限度がある。精々一分続くかどうかだ、現在一分十三秒、あまりに長い。逆刃・星線の攻撃が一秒で基本四回は反射する。
そしてどれも速度は同じ、減衰するなどあり得ない。到底人間が避けられる術ではないのだ。ゆっくりと垂れた冷や汗が、來花の顔にかかる布へと染み渡った。
『そうか。そこまでして死にたいか。ならば良いだろう、私もあいつの呪は好きではない。だが苛立ったから仕方無いな!』
些悦・燕帝の最後の段。四段構成で出来たこの術を、正に締めくくる詠唱。現在、これを使用させたのは天仁 凱、神、口黄大蛇が現役だった頃の現世マモリビトのみだった。
だが全員回避は出来ず、現世マモリビトに至っては死亡。あの神でさえも一撃をもらい、実力を認めたほどだった。そんな術を、今兵助一人に向けて放つのだ。
『これ以上無い名誉と共に、死ね!』
『呪詛 伽藍経典 些悦・燕帝 就瀧・双宮』
この時、霊力濃度は驚異の零割と化した。それもそのはず、全て兵助が吸った、いや違う。吸わされたのだ。これほどまでの霊力を一気に押し込まれて崩壊も起こさず、体力の急襲を避ける事は出来ない。
そしてこの体力、現在は攻撃のための鏡、反射し、エネルギーを動かす為の原動力。目にも止まらぬ勢いで、ほぼ全ての体力は兵助の傍へとピッタリ、くっついた。
その塊の内一つは持ってきていた、逆刃・星線の力を。
「回避不可能とか…ずるいじゃん!」
兵助は笑いながら、腹部を貫かれた。そこまで大きくはない、精々トイレットペーパーの芯程度。だが問題はそこではない反射するのだ、あまりにも至近距離の高速移動のため最早何も分からぬうちに体が壊されていく。
ここで何かを創造出来る神ならば何とかなったかもしれない。だが兵助はそうはいかない、ただの回復術士。覚醒はまだ、戦闘病もただの身体能力の向上、詰み
「…まぁ、上手く運べたよ」
なわけがない。
最後の力を振り絞り、呼びかける。
「今だ!!シウ!!!」
その瞬間、世界は崩壊した。まるで劇場の世界だったかと思わされる程綺麗に、砕け散った。まるでドーム、まるで仮想空間。伽藍堂、そう思う心こそ空っぽだ。
何も破壊されてなどいなかった。植物はそのまま、下の者達は一人を除いて気絶している。そしてその一人に抱えられ、顔面蒼白、鼻血を流し、目が血走った一人の青年が割れたドームの外から飛び込んで来た。
口黄大蛇の背後、攻撃手段は無い。何故なら全て兵助に割いてしまっている。
「今回ばかしは、僕らの勝ちさ」
結界の付属能力が解かれることによって浮遊能力を失い、落下していく兵助を見つめながら口黄大蛇は喜んでいた。こんな迫害が当たり前の時代に、ここまで面白い者がいるとは思ってもみなかったからだ。
こんなの、協力しない手はない。
「うおおおお!!!」
ほぼ死にかけ、そんな状態で突っ込んで来たシウは、口を開け口黄大蛇に噛みついた。少しでも良い、干支蛇の霊力を得るのだ。すると口黄大蛇は少しも動かず痛がらず、ほんのりと優し気のある声で言葉を伝えた。
『そちらに少し意識を映す。だが安心しろ、情報を漏らしたりはしない。私に見させてくれ、その面白い勇姿を』
「あぁ……ばっちこい!」
その瞬間、口黄大蛇は姿を消した。來花が正気を取り戻す前に、ファストは光の速度で移動し、霊力変化によって発生してしまうはずの残滓霊力さえも残さず、離脱した。
來花はすぐに布を引き剥がし、周囲を確認する。そこには信じられない光景があった、伽藍経典で壊したはずの自然は全て元通り、地面には自身を回復させる事が出来ないはずの兵助が穴だらけで倒れている、拳と砕胡の戦いにも一区切りついたのか落ち着いた様子だ。シャンプラーと優衣の反応は無い。
「いや~伽藍堂にしたつもりが、こっちの戦果が伽藍堂、なんちって~」
すぐ横に出て来た佐須魔がそう言った。だが來花は何の言葉も発さなかった。小刻みに震え、怒りを押し殺しながら見つめていた、兵助の方を。
だが佐須魔が止め、無様にも敗北したシャンプラー、無茶苦茶をやらかした砕胡、その二人の回収へと向かった。
「シャンプラーは罰が必要だね~砕胡はまぁ…神の回復で動けないか」
そんな声が消えた。佐須魔がいた右横ではなく、左横に現れた帰還用のゲート。いつもならすぐに帰っていたが今回は違う、何処か満足気に血を流し、気絶していく兵助の姿と、自身の欠けた霊力に怒りという感情が止まらないのだ。
次第に右眼が熱くなっていく。まるで暗闇にさえ感じてしまう夕暮れの中、紫色の炎が燃え上がろうとしたその時だった。再度右隣に佐須魔が現れ、言い聞かせる。
「今回ばかしは僕らが甘かった。それでいいじゃないか、負けず嫌いでプライドが高いのも分かるけどさ、青筋立ててもどうにもならないだろ?歳なんだし血管切れちゃうよ」
「…なら私は、この最大級の失態をどう拭うのだ」
「…あっれ~?おかしいな~?ほんの数日前、私の今世最大の失態は父親になった事だ、なんて言ってたじゃん」
「それとこれとは話が別だ。答えろ、佐須魔が指導者になるんだろう。答えろ、私はどうこの失態を拭うのだ」
「そこまでして逃げたいのなら、道を作ってやるよ。覚えろ、伽藍経典。勿論些悦・燕帝だけじゃなく、残りの二つも。自分の力だけで使えるようになれ、僕も智鷹も皆もそれで満足するはずさ。出来るだろう?菫眼の先を教えてくれたお前なら」
「…あぁ。やってみせよう」
先程までの異常な怒りは何処へ行ってしまったのだろうか。普段の來花に戻ると同時にゲートの中へと消えて行った。回収を済ませていた佐須魔も消えた。
拳も佐須魔の手によって強制送還されていた。結果その場に残ったのは兵助、優衣、桃季、生良、猪雄、唯唯禍。全員仲良く気絶して。
十数分後、生良に離脱しその探知能力で能力者の救援を連れて来るよう言われ一足先に離脱していた鶏太と、一人の老執事、クソガキ、助手、そして老け顔の青年が助けに来た。
気絶している連中を担ぎながら、嫌味ったらしくブツブツ呟く。
「ほんっと…こっちでドンパチするのやめてくねぇかなぁ…しわ寄せが来るの俺らと取締課だぜ?しかも俺らに給料は来ないんだ……俺だって忙しい、次からは気を付けろよ」
「は、はい!すみません!」
「いえいえ、謝る事はありませんよ。私達は能力者、これから良い関係を築きたいものですね」
「なーに言ってんだ爺さん。俺らは無所属、隠密に徹する。そう決めただろ」
「そんなにピリピリしなくても良いでは無いですか。ストレスばかりだと私みたいになってしまいますよ」
「ジジイになるって事!?良いじゃん!!お似合いだよ!!」
爆笑しながら、クソガキが煽る。
「ぶっ飛ばすぞ。まぁいい、全員持ったな?んじゃ頼むぜ、爺さん」
「承知いたしまた。それでは」
何も残らなかった。ほんの少しの被害と、土に浸み込んだ血液以外。
その様まるで伽藍堂、正に伽藍堂。
もう厭わない、最強の呪の使用を。幸か不幸か、今は分からない。だがこの戦いによって、両者の余裕は無くなり、本気で殺し合う事が確定してしまった。
ただ後ろを向いてもどうにもならない、進むのだ。
第二百八十九話「ひとまずの」
被害
[軽傷,重傷者]完治
[死者]
[行方不明者]
第九章「干支組」 終




