第二百八十八話
御伽学園戦闘病
第二百八十八話「伽藍の堂」
「いきなりか!」
蘭の花が兵助を包み、蕾へと退化する。それと同時に地面からユラユラと普段より少し揺れが強く感じた青い炎が燃え上がり、蒸し焼き状態にする。その術は絵梨花などの人の領域を越えた力を持たざる者に対策をする事は不可能に近い。その回避に難がある所が最高傑作と呼んでいる所以なのだ。
だがそれだけが成功傑作と呼ばれる要因では無い。残り二点、強い点があるのだ。一つ目が霊、人関係なく同量の威力を放つ事。そしてもう一つが、組み合わせられる事。
螺懿蘭縊は奥義などの必殺技の立ち位置にいるにしては非常に単純な術である。ただ霊力で花を作って垂らし、閉じ込めて蒸す。本当にそれだけなのだ。ただ來花の練度が凄まじい事によってほぼ必中で脱出が困難、最強といっても良い呪へと化けている。
そして単純と言う事は仕組みを解明しやすい、來花は地獄にいる時点で解明と組み合わせを研究しきっていた。呪の中で一番協力なのは。
『呪・蚕』
そう、蚕だ。ただの雑魚妨害技、だがその性質を知る事により何とでも使えるようになる。蚕は体内の様々なものを糸に変えて吐き出させる呪、それは胃の内容物だったり酸素だったり二酸化炭素だったり、勿論霊力体力だったり、本当に複数の物質を糸に変えて吐き出させるのだ。
そのため全てのものが一定の割合で消える。そこで注目するべきなのは霊力体力、そして酸素である。蚕は非常に霊力消費が少なく、連発も容易な呪の一種だ。
相手が抵抗できない時に間髪入れずに撃つ事によって霊力体力酸素全てを無くしていく事が可能なのだ。限界を母とした割合で減って行くので全ては無くならないが、酸素に関しては結構すぐに限界が来る。
基本的にこの戦法は取らないが、これを受けて生存した者は誰一人として生存しない。佐須魔も何も出来ずに完封され、危うく黄泉の国送りになる程の力を持つ、これが螺懿蘭縊だ。
『呪・蚕』
『呪・蚕』
『呪・蚕』
『呪・蚕』
『呪・蚕』
『呪・蚕』
六回の蚕、だが蕾の中からは何も聞こえてこない。嗚咽や悲鳴に近しい唸り声が漏れて来てもおかしくはないはずだ、それなのに何も聞こえない。
ただ霊力反応はするし、螺懿蘭縊から伝わって来る手応えもある。なのに何故、まるで何も起こっていないかのような状態なのだろうか。
螺懿蘭縊と蚕のコンボに不備は無いと言っても過言では無い。少なくとも今まで見て、戦って来た相手の力を超える異常な能力でない限りは。
「…どう言う事だ」
ファストとハンドはまだ様子見と言った感じで眺めている。だがそれも不自然だ。どうも兵助が主体となって動いている様なので、そのリーダーがやられたら諸々マズイ事ぐらい分かるだろう。
それに來花ならば兵助を殺す可能性だって十二分にあるはずだ。それなのに動かない。
何か策がある。要素から導き出された結論はそれだった。來花はすぐに螺懿蘭縊と解き、兵助の状態を確認する。驚愕した宙に放り投げられたのは兵助なんかでは無かった、黄色の髪をした女と猿。
「何!?」
來花は今回の戦闘を見ていなかった。それ故に干支猿の能力を知らなかったのだ。馬も虎も猿とは犬猿の仲だったので知らず、伝える事が出来なかったのだ。
干支猿の変化能力に。ただ変化を解いた際に強制移動させられる効果は今回はあまり良い方向へと行かなかった、だが唯唯禍の仕事はもう終わった。
下でハンドが受け止め、猪雄と同じ場所に寝かせた。
「…」
來花は黙って兵助の居場所を探る。確かに蕾に入る前は本物だった、何処で入れ替わったのかが不明なのだ。もしやニアがいて術式での場所移動を行ったのかもしれない、そう思ったが霊力反応はしていない。
しているのは優衣、シャンプラー、砕胡、拳、干支組、取締課二人、"だけ"なのだ。その時ハッとした、兵助の霊力反応が無い。ほんの少ししか回復できていない猪雄でさえ感知出来ているのだから來花に落ち度は無いはずだ、となると何か変な力を使っている。
ゆっくり、息を整え、再度霊力感知を始めたその時だった。真後ろから声がする。
「ほんっと!!なんで私がこいつとやらなくちゃいけないの!!!」
甲高い少女の声と共に凄い霊力反応が突撃して来た。あまりの速度に回避出来ず、腰に突っ込まれた。完全無防備の状態で腰に突っ込まれた、歳も相まって滅茶苦茶背筋が冷えたがどうやら問題はない。多少の痛みはあるものの、腰痛に繋がる程では無さそうだ。
ひとまず安心してから視線をそちらに向ける。そこにはやはり立派な干支辰と、それに仁王立ちで乗っている桃季の姿があった。やはりこんな子供を相手にするのは少々心が痛むが、干支辰となると仕方無いと割り切るしかない。
干支神の中で一番強いのは文句なしに干支辰だ。速度もそれなり、力は強い、空も飛べるし、何より妖術への適性が高い。無いに等しい事前情報では桃季が扱える妖術は少ないとの事なので今の内に摘み取っておくのが吉だろう。
「痛むが我慢しろよ」
『呪術・羅針盤』
桃季から明確な攻撃心が垣間見えるからしょうがない、やるしかないのだ。下手をしたら体が真っ二つになるだろうが、兵助が出て来て治せば良い事だ。
どうせ治すに出て来るのだから一石二鳥、ほんのり道徳心から足を踏み外した様な戦いだが、そもそも戦闘などと言う事をしている時点で最初から道徳など無視している。そう自身に言い聞かせ使用した。
巨大な針が回転を始め、辰と共に桃季を引き裂こうとした。だが干支辰が最強である理由はただスペックが高いからではなく、尋常じゃない程の実戦経験なのだ。
その程度の攻撃、かわせなくて何と呼ぼうか。
「ぜんっぜん怖くないわ!!!」
何もせず引っ付いているだけの桃季が威張り散らかしながら、勢いづいて行く針をかわしていく。針は角度を変えたりするが全く当たらない、髭の一本でも切り落とす事は許されない。当たりそうになったものなら、口で掴み針が噛み砕かれた。
やはり頭四つ程飛び抜けているその力、來花は前々から狙っていたがこう敵対してしまった以上もう不可能だろう。だがどうしても欲しい、その力は。
ならば手段は一つ、力尽くだ。
「済まないが私はそこまで大人ではないのだよ」
『呪・重力』
『呪・剣進』
やはりこのコンボは強い、剣進を攻撃では無く退路を塞ぐ行動として使用するのだ。それによって相手は誘導または硬直するしかなくなる、剣進を無理矢理突破していい体力が残っているのならそれはそれで問題なので別で見直す必要がある。このように敵の状態を確認する事に長けている。
「普通に避けないけど?」
桃季は全く怯まず、自身の体に剣が刺さる事も恐れず剣へ突っ込んで回避を優先した。來花は驚愕した、順当と言えば順当な動きではある。剣進と羅針盤の攻撃を天秤にかけたさい傾くのは羅針盤だ、なので剣進を受ける事自体は分かる。
だがそれがこの瞬時の判断、そして何より小さな桃季がやった事に驚いているのだ。來花は何度も何度も何度も同じ事をやられているので怯まないが刀迦でも強行突破を封じられたら一瞬の揺らぎを見せる選択のはずだ、他の干支組とは一線を画していると感じ取った。
「そうか。少しはやれるそうじゃないか、ならば…」
次の手を打とうとした時だった。
『降霊術・神話霊・干支牛』
生良の声だ。すぐに振り向き、対策をする。生良には空を飛ぶ手段は無いはずなのでそこまで焦る必要は無いと思っていた。だがその時視界に入ったのは目線の少し上にいる生良の姿だった。
困惑する間もなく、牛が腰に突っ込んで来た。執拗に腰を狙って来る様に少しだけ苛立ちを覚えたがそれよりも優先すべきなのは何故生良が浮遊しているのかだ。
当たり前の様に浮遊している。手もいないし、辰も届く距離ではない。何をどうやって浮いているのか、全く理解出来ない。
「どう言う事だ?」
そんな事を疑問に思っていると、もう一つ異常が起きる。剣進でつけられた桃季の傷が完治した。もう訳が分からない。もしかしたら広域化に回復術でもかけられたかと思ったがそんなことは無い、霊力で出来たドーム状の膜は無い。
本当にただの降霊術士と呪使いの戦闘風景、そこに突然として発生した異常事態としかとる事が出来ない。だが桃季や生良達は何の疑問も持たず堂々と攻撃を再開した。
一旦回避に集中し何が起きているのか仮説でも良いので考えてみる事にした。
「私の知らない能力か?それとも覚醒による底上げで応用しているのかもしれないな。となるとやはり広域化だろうか…だが学園にも非所属にも取締課にもニア以外の広域化使いでろくに戦闘が出来るものなど……いや、いはするが…無いな、その説は。
ただ広域化で無いとするならば兵助だろうか?あの異常なまでの回復速度、佐須魔、兵助、タルベ辺りしか出来ない芸当だ。タルベの反応はしないし、兵助と見るのが妥当だな。
となるとやはり覚醒か?いやならば霊力反応がしない理由が無い、何なら一番強くなっていてもおかしくないはずだ。
……いややはり、どう考えても私の知らない能力としか片付ける事が出来ないな。ならば考えても無駄、一撃で意識を持って行くしかあるまい」
ブツブツと独り言で出した結論は半ば諦めに近かった。だが結局は力で押せば勝てるのだ、この一撃で決めてしまえば問題ない。攻撃をかわていたが一転し、動きを止めた。
二人はその間も攻撃は止めないが來花は全く動かない。目を閉じ、息を吸って、ゆっくりと唱える。螺懿蘭縊よりは弱いが、一掃するには非常に強力な呪を。
『呪詛 伽藍経典 八懐骨列』
一瞬にして周囲全員への強制瀕死ダメージ、その場に立つのは來花とその仲間のみ。木も、人も、霊も全てが一瞬にして薙ぎ倒される。
それだけではなく、気絶寸前の体に追い打ちをかけるように、胸に一筋の斬撃を叩き込む。この呪を使って意識を失わない者は非常に少ない、威力や持続力だけで言えば螺懿蘭縊には劣る。だがそれで良い、螺懿蘭縊と伽藍経典は別のベクトルでの強さを意識しているのだから。
「伽藍経典には数種類ある。八懐骨列、最強の呪物であるコトリバコの中でも一際異彩を放つ『八懐』の筋をなぞり、遺骨の列を成す。
ただ私は骨にするほど練度が高く無いのだ。謝ろう、殺めてやれなくて、すまぬ」
目を開く。まるでそこは伽藍堂、全てが倒れ、まるで何もなくなってしまったかのような空間。桃季も生良も、下で待機していた者も初めて見た術によって意識を奪われた。
空を制し、場を制した。
呪は文字通り無限の可能性を秘めている。だがそれと同時に、視野が狭まる。
「残念」
背後から鶴の一声。砕胡も拳も一時中断、シャンプラーと優衣も気絶しているのだ。何故浮き、何故立っているのか、考える事など無駄だと、本能がそう呼びかけた。
「…」
甘んじて受け入れよう、この一撃は。
直後、反体力によって放たれる拳。人外である來花には大きすぎる衝撃と痛みだった、意識が朦朧としながら頭を下にして落下していく。
「さぁ出しな、大蛇を」
言われなくとも、そうするさ。
誰にも届かぬ小さき声で、唱えられた譲渡の祝詞。
『覚醒 内喰』
最終段階、ここで全ての決着が付く。
「終わらせる、今度こそは僕らの勝利で」
第二百八十八話「伽藍の堂」




