第二百八十七話
御伽学園戦闘病
第二百八十七話「お出まし」
「さぁ、あとは僕がやる」
兵助は前に出る。ハンドは猪雄とファストを抱えてすぐに下がった。そしてほぼ離脱とも言って良い距離を保ち、眺める。兵助は神と対峙する形で立ち尽くしている。
力を解放している神はどうせ一撃で気絶まで持ち込めるから先手は撃たない。何故なら佐須魔から殺害不可命令が出ているからだ、数人の能力者は佐須魔が殺さないよう命じている。兵助はその内の一人なのだ、だから四年前の大会でも殺されずコールドスリープで済まされたのだ。
「うーん…じゃあもうやるね!!」
ただ全力の神にとってそんな事はどうでも良い、赤子時代の砕胡の頭脳を半分抜き取っただけなのだ、知性など無いに等しい。こう言った場面でも自身の快楽を優先するのは当然と言えば当然なのかもしれない。
だが兵助にとってそれは最善の行動であり、嬉しい誤算でしかない。神といえども來花や佐須魔に言われた事は大人しく守るものだとばかり考えていた。それは違うようで、結局は自身を優先するらしい。
「来なよ」
兵助が半笑いで手を招く。すると神は一気に三個の呪を使用してから突撃した。
『呪・重力』
『呪・剣進』
『呪・瀬餡』
重力と瀬餡で完全に動きを止め、剣進で退路を塞ぐ。その後真正面から突撃する自身の攻撃で一撃K.O.という算段だったのだろう。兵助は動かなかった、堂々と神の一つ目を見つめ薄ら笑いを継続している。
その様子がある人物と重なる。人には本能が備わっている、それは先祖が培ってきた条件反射のようなものであり、体験したことでないと刻み込まれることは無い。神の場合、それは天仁 凱の経験。
直接の死因である怪物との戦闘、そう神だ。
「キモッ!!!」
普通の人で現わすと黒板を引っ掻いた時のような不快感に見舞われ、攻撃を中断する。だがそれは本能であり、何故自身でも後退という手を取ったのか理解出来ていない。
その様子を見た兵助は尚更喜んだ。勝てる、確実に。
「さぁ来なよ」
重力下でも当たり前のように言葉を発し、汗一つかかずに微笑んでいる。それは物陰から見る取締課二人から見ても異様だった。だが兵助の作戦は成功する、その確証は掴めたと共にこれからが本番なのだと言う事も再認識させられる。
「命令するな!!」
『呪・魚針雷』
無数のカジキが雨の代わりに降り注いでくる。だが兵助には一匹も当たらない、動きを止めているのだから当たらない何てことないはずだ。何かおかしいと感じ上空を見上げるとハンドの手がカジキを受け止めていた。
それに憤慨した神は唱える。
『呪・蚕』
対象はハンド、それは体内から大量の糸を吐き出す事が出来る呪だ。数秒間のアドバンテージと、果てしない不快感を与える事が出来て尚且つ霊力消費が非常に少ないのでとりあえず使っても良いと言われている呪だ。
ハンドは口や鼻から糸を吐き出した。だがすぐに全てを吐き、兵助に伝えようとする。
「私は…」
だがそんな心配などいらなかった。兵助はハンドの方を見てなどいない、心配などしていない。何処か白状だとも思ってしまったが信頼の証なのだろう。
ここで変に疑っても仕方無い。それでも一つ疑問に思う事はあった。明らかに兵助自身への攻撃じゃないのに何故詠唱を中断させにいかなかったのか、呪は詠唱を中断されるとその分が発動者に返って来る。今のは非常に良いチャンスだったはずだ。
「さぁ来なよ」
再度挑発、兵助がやりたい事自体は分かるのだが遠回りすぎる。さっさと決めてしまえば良い事だろう、そう思った時遠くで知らぬ霊力反応と轟音が鳴り響いた。
取締課二人は接点があったので分かる、拳だ。どうやら砕胡とバチバチにやっているらしい。正直後処理の事を考えて半分絶望モードに入ってしまっているが、それよりも兵助に動きがあった。
今まで受け身というよりもかわす事に重点を置いていた兵助だったが、殴り掛かっている。神は軽々と避けるのでヒットはしていないものの、明らかに変わった。
作戦会議時点で島に連絡はしていたので何かやろうとは思っていたのだろうが、まさかそれが拳だとは思うまい。ただこの時、ハンドはある事に気付く。
「ファスト、気付きましたか」
「…?何の事」
「砕胡は拳、シャンプラーは恐らく優衣さん。となると、猪雄さん以外の干支組が余ります。今からの戦闘で万全の状態を維持している且つ、何より強いのが砕胡を封じておけます。
拳は恐らく離さないでしょう。私も急襲には参加しましたから分かります、それなりの因縁がある。私達が密かに恐れていたのは砕胡の不意打ちです、彼の能力は対面性能も不意打ちでの性能も飛び抜けている。
なのであの能力を実質的に封じた。兵助さんはこれを待っていたんでしょう、砕胡が必ずやって来ない確実な安心。現に攻撃に転じています。始まりますよ、身構えて」
「…了解」
猪雄を更に物陰に隠し、二人はいつでも飛び出せる位置に付く。そして兵助と神のかわしかわされを眺め、息を飲む。兵助は次第にテンションが上がって来たのか少しずつ口元が緩んで行っている。
正直ここで戦闘病を発症してほくはない、だが発症しないと厳しい事も事実。そして廻った、最高のタイミング。
神は一本の木にぶつかり、体勢を崩した。一方兵助は殴りかかっている。神は足りない知性でこう考えていた、一撃ぐらいなら大丈夫だろう、と。
だがその怠慢が敗北を産んだ。
「僕の勝ちさ。反体力、使いこなすのは難しいが…雑に出す事ぐらいなら、もう出来る」
放たれた一撃、何の音も立てることは無くただ綺麗に吸い込まれるようにして神の腹部へと突撃した。その直後神は言葉にならない悲鳴を上げ、のたうち回る。
兵助はやはり正解だったとガッツポーズをして、勝利をかみしめた。これは薫から聞いた事だった、反体力、まだ完全には解析できていないが神への特攻を持つ『体力の派生』エネルギーである。
本来体力は能力発動帯を通過する事によってある一定の割合を保ちながら霊力に変換されていく。だが薫の仮説では何らかの要因によって発動帯にバグが起こり、体力が通過しても霊力に変化しない、だが体力ではなくなる。これを薫は『反体力』と呼んでいた。
未だに発動帯の位置は明確にはなっていない。
兵助は霊力が少ないのだ。今まで誰にも言ってこなかった事だ、回復術士なので何らおかしいとは思われなかったが最大霊力量は驚異の100、このレベルの能力者にしては特異体と言っていい程少ないのだ。
「僕は霊力が少ない。だから体力も少ない、そのせいでね実験も全然出来なかったよ。だけどね、分かった事はあった。僕の発動帯は壊されている、婆ちゃんによって。
思い出したんだ、大会での映像を見返していてね。ラックが反体力の一撃を放った時、何か懐かしい雰囲気を覚えた。ほんっとうに苦労したよ、理事長と記憶を漁りまくったからね。
そして見つけ出した。大昔だった、物心もついていない、記憶と言っても良いのか怪しいレベルの歳月の事。婆ちゃんは見知らぬ内に僕の発動帯を半壊させた、今がどんな状態なのかは全く分からないけど……そのおかげで僕は反体力を"少し"だけ扱える。
婆ちゃんは予想してたのかもしれない、こうなる事を」
既に意識が無くなっている神に向けてそう言い放つと、ファスト達の方へと歩む。既に笑みは消えており、いつもの兵助だった。距離を取ってから質問し、正常だと判断してから警戒を解いた。
完全に勝った。未だにドンパチやってはいるが、その内やってくるはずだ。自身の身には何も起こらないだろうと信じてやまない、馬鹿正直な保護者が。
三十秒後、霊量濃度が増した。五割へと。
「神の救助に来てみれば…シャンプラーも敗北、砕胡もやりたい放題…少し説教が必要だな」
[翔馬 來花]、目当ての人物である。
「さて、君が反体力を使える事には少々驚かされた。だが正直に言って脅威に成り得ることは無いだろう。何故なら君は弱いからだ、回復術という弱い能力に反体力を乗せても我々に勝つことは出来ない」
「そうか…ならやってみるか?あんただって人外だ、多少は効くだろう?」
「ふむ。前より威勢が良くなっているな、薫や絵梨花がいなくなって不安か?」
ゆっくりと地面へと降りながらそう訊ねた。
「どうだろうな。まぁ少なくとも僕は強くならなくちゃいけない。ニアは現世だ、礁蔽も流も紫苑も黄泉の国だが零式で起こす事だって出来る。それに蒿里や素戔嗚だって…」
「蒿里はまだしも、素戔嗚は諦めた方が良いと提言しておこう。彼は最初から我々の味方であり、君達の味方では無かった。最も蒿里は違うようだったがね」
「…やるって事で、良いのか」
張り詰めた空気の中、來花は神を回収する。
「好きにするがいい、ただし神は本拠地に返す。稽古をつけるのはその後…」
「稽古?あんまり僕を馬鹿にしないでくれるか、殺し合いだよ。あんたらの大好物さ」
その時の兵助の雰囲気はハッキリいって異常だった。まるで戦闘狂の様に"戦闘"そのものに執着している様な印象を受けたのだ。來花は大きな溜息をつきながらゲートに神を放り込み、向き直す。
そして眼鏡を拭き万全な状態になった所で問いかけた。
「私は佐須魔の規定など破るぞ?」
「脅しのつもりだろうけど、ちっとも怖くも無いね。こっちは一回死んでんだ」
ニヤリと笑った。その瞬間、來花は霊力放出を高める。そして開戦の狼煙と言わんばかりに唱えた。
『呪詛 螺懿蘭縊』
第二百八十七話「お出まし」




