第二百八十六話
御伽学園戦闘病
第二百八十六話「二つの兵隊」
「そんな限界超えてどうするの。私に負けに来たの」
「そんなわけ。僕はお前を殺しに来たんだ」
「私は今まであんたらみたいな変な集団と関わったことは無い。どういう理由があって殺しに来るの」
第四は臨戦態勢に入っている。それを見かねたシャンプラーは答えると同時に一気に攻撃を始めた。
「分からないのなら、可哀そうだな」
二本は立体起動に回し、六本は今の所攻撃用だ。シャンプラーの能力は決定打に欠ける、追い込む事に関しては非常に便利で有用なのだが決め手に走る段階になると急激に難しくなる。
何故なら一回のミスで死ぬ可能性があるからだ。他の念能力などに比べ触手はリスキーな点が多い。例えば霊など違い当たり前のように存在するので急に引っ込めたり出来ず、利用される事がある。他にも体が追いつかないので立体起動にそこまでスピードが出せず、そこを捕らえられたりもする。
そう言った観点から見ると単独で戦うにはあまりに不向きな能力なのだ。だがシャンプラーは自らの手で有利を捨てた、ここで砕胡と共闘してもただのハイエナ、復讐なんて大層なものには決して成り得ないだろう。
結果はどうでも良く、過程を大事にしたいだけだ。
「さぁ死んでください」
まずは二本を飛ばす。触手の先端には丸い球体が付いており、そこに大きな口や目などがついている。そしてその口で喰う事で攻撃するのだ。
ただし一つ注意しなくてはいけない点があり、口内や粘膜への攻撃は問答無用で本体へ送られる、霊のオーバーキルのような形で。
そして飛ばした二本には目だけしか付いていない。優衣はただ体当たりして来るだけでそれ以外の攻撃をしない所を見て何か違和感を覚えた。
「なんで明らかに攻撃用じゃない二つを…」
すぐに気付く、視線と思考の誘導だと。となると来るのは背後、だが優衣にとっては大して怖くない事だ。
「第一、やって」
すると周囲に飛んでいた第一蝶隊が一斉に背後から襲い掛かる触手に飛び掛かった。普通の蝶なら何の力も持たない、だがこいつらは違う。
霊力を放ち、殺意を放っているのだ。全員にそれ相応の力がある。そう、全員能力持ちだ。それも念能力に限定して蒐集したのだ、全員攻撃型、触手の一本や二本なんて目に入れる間でも無く対処できてしまうのだ。
「相当強いのか、その蝶は」
四本全てを縮め、自身の元へ還らせる。立体起動で宙に舞う。優衣は当たり前のように目で追おうとしたがそれが出来ない、何故ならシャンプラーの姿が無いのだ。
月明りに照らされたせいか分からないが、ほんの一瞬の遅れで見失ってしまった。シャンプラーといえども戦闘の心得ぐらいは持ち合わせているはず、素人である優衣なので流石に厳しい事になるだろう。
それにシャンプラーは触手を伸ばす事が出来るので、影から攻撃されてもそちら側にいるとは限らない。再度視界に本体を収めなくては安心出来ないという訳である。
「…なんで蝶隊には攻撃性しか持ち合わせていないか、まぁ分かるでしょ。みんなね、私が止めなくちゃ危ないの。無茶苦茶に」
それは遠回しの解放宣言だった。確かに蝶隊は"対~特化"などとあくまで対抗し、自身から妨害などをしに行く気はさらさら無いように思える名を持たされていた。
だがシャンプラーはその事に何の疑問も持っていなかったし、何なら妨害は隊に入っていないただの消耗蝶で解決しているのだろうとばかり考えていた。
そんな事あるはずがない。隊、それは戦闘の為の集団といっても過言では無いのだ。そんな奴らが本性を隠し、仕方無く手加減するなどと言う事は上司の命令以外しないのだ。少なくとも、この蝶隊では。
「思い知りな、これが第一の本気だよ」
『第一蝶隊 白兵』
蝶隊はそれぞれ二つに分裂している。あくまで抗争があり、不仲なだけなのだがしっかりと分別している。それは面白い事にそれぞれ特性が顕著に現れたからだ。
第一貝兵は気性は荒いが、優衣の指示はしっかりと聞くし、何なら自立した思考を持つ偉くない中の偉い奴ら。そして第一白兵は偉くない奴らの中の偉くない奴ら。
馬鹿で、出撃以外の言う事を聞かず、優衣以外の敵味方関係なく突撃する。ただし攻撃性や本能などは貝兵より長けており、正に攻撃部隊といった性能をしているのだ。
「さぁやって。どうせ近くには、あいつ一人だし」
一斉に飛び立つ蝶隊。あまりの物量に陰に隠れているシャンプラーも踊ろいてしまう。全員が能力を持っていると考えると正直勝ち目がないようにも感じる。
だがしかし、ここで引く訳にもいかないのだ。どうにかして蝶達にバレない方法を考えなくてはいけない、ただあいつらは反応で動いている様なもの、正直策が思いつかない。
ただ何もしなかったら見つかって、一方的に殴られるだけだ。それだけは避けなくてはいけない、最悪の場合相打ちでも良いのだ。何より優先すべきなのは死なない事では無く殺せない事なのだ。
「…!…そうだ。ああすれば…」
相手が本能で動いてるのならば、こちらは頭脳を使えばよい。常に勝つのは知性を持っている方だ、衝動的にしか動けない奴にはいつも間近に、破滅が待っている。
「…頼むぞ」
一本の触手にある仕込みをして、飛ばせた。遠回りなんてさせず、優衣目がけて一直線に。その触手は口を持つ、攻撃が出来る。なので優衣に向かって突撃するが、当然貝兵によって防がれ、球体部分を千切られてしまった。
そして飛んで来た方にいるだろうという頭の悪い思考の基、白兵達が群がって行く。小さな木の下、優衣は見守っていた、いざとなった時に他の隊を呼び出せるように。
だがその心配はいらなかった。何故なら優衣の首元が貫かれたからだ。するとシャンプラーが木陰からゆっくりと姿を現しながら言った。
「僕がいつ千切れたら動かなくなると言いましたか?まぁ実際は、戻って来るんですけどね。僕の意思を汲んだ軌道で」
優衣は穴が空いたせいでコヒューという風音を立てながらも、何とか聞く。
「なん…で……白兵…は…」
「覚醒に頼るのは好きではない。ですがあなたを殺す為ならば厭わない、そう思ったんです」
だがシャンプラーからは炎が出ていない。
「正式な覚醒を必ず必要とするのは『覚醒能力』のみ。身体強化や能力の底上げは疑似覚醒や半疑似覚醒でも問題なく発揮される、多少は効力が落ちますがね。
そして今の僕は疑似覚醒状態。充分過ぎる程には発揮されるのですよ。あんな蝶ぐらいならば、二本もあれば充分です」
背後では二本の口付き触手が蝶を貪っている。底上げされることによって力をも強くなっているのだろう。それを見た優衣は覚醒の事が全く分かっていないがヤバイと言う事は察し、すぐに撤退命令を出す。
だが白兵は言う事聞かず、意地でも殺された仲間の分を取り返そうと奮闘し着実に数を減らして行っている。ここがダメなのだ、白兵は力自体は強いがこうなったらもう全滅を覚悟しなくてはいけない。なので出したくはなかった、が、もう仕方ない。
シャンプラーの特性上対妨害の第二、対霊の第三、対人外の第四は全く使えない。ほぼ壊滅状態の言う事を聞かない白兵と、貝兵だけなのだ。
だが触手を扱う者を相手にできる総量ではない。消耗蝶を使用しても、誰かが助けに来ない限りどう考えても勝てないだろう。
「…ならこっちも、命かけてやる」
優衣は消耗蝶を四匹取り出し、三匹飲み込んだ。そして四匹目も飲み込もうとしたその時、口付きによって弾かれる。口付きが喰った力はシャンプラーのものとなる、なので消耗蝶を噛み砕き、飲み込んだ。
だがその瞬間、シャンプラーは目、口、鼻全てから血を吐き出した。どうやら命をかけるとはこういう意味だったらしい、滅茶苦茶強い毒性を持つ蝶を喰わせることによって弱体化を図ったのだ。
実際成功し、地面に膝をつけることになった。あまりに強い毒性のため意識を保つ事で精一杯なのだ。もう触手に一々命令している余裕も無い、なので自由に動かせることにした。
「勝手に動くのね…」
既に消耗蝶によって回復は済ませてある。砕胡ほど攻撃のスパンが短くないので回復も余裕で出来てしまう。正直毒蝶を喰らわせた時点で勝利は決まった様なもの。
後は白兵の被害を最低限にするため少しでも早く殺す。
「手裏剣的な使い方…やってみよ」
一匹の消耗蝶を取り出す。そいつは手を鉄に変える事が出来る蝶だ。こいつらにも寿命があり、死ぬと消耗蝶として扱われる事となる。
そして消耗蝶になった場合、優衣が発動タイミングを操れるのだ。なので投げて、シャンプラーに当たる寸前で能力を発動させることも可能。
「ほいっ」
手裏剣のようにして投げ、シャンプラーにぶつかるほんの寸前に能力を発動させた。すると見事に予想は当たり、シャンプラーの右肩を抉って何処かに飛んで行った。
やはり自身の発想は凡人よりも何処か飛び抜けている事を実感し、悦に浸る。ただそんな事をしている場合ではない、白兵がもう十数匹しか残っていないのだ。
全滅は後々が面倒なので回避したい。急いで決着を付ける事にした。消耗蝶を五匹取り出す。身体強化が三、回復が二だ。そして身体強化三匹を同時に投げた、先程の手裏剣蝶と同じ様にして。
だがそんな事してもシャンプラーに有利に働くだろう。そう考えたシャンプラーは自ら犬のように、口で三匹全部を捕まえた。そして有無を言わさず飲み込んだ。
「やっぱ思考も弱体化されるんだね。さっきまでならそんな事しなさそうだったのに」
それは少し無様にキャッチした事に対してだとばかり考えていた。だが実際には全く違った、身体強化によって血の流れが早くなっていく。それ即ち、毒が回る。
気付かなかった。だが明らかに具合が悪くなっている、触手たちも青ざめ、ボトボトと墜ちていく。正に勝者ありと言った所だろう。もう何も出来ないシャンプラー、そして万全の状態の優衣。
ひとまず残った七匹の白兵を無理矢理撤退させ、貝兵でトドメを刺す。
「終わり、さよなら」
遠くでは拳がやっているのだろう、とんでもない轟音が鳴り響いている。それと共に拙い霊力感知でも感じ取れる程に神の霊力が弱っている、正真正銘勝ちだ。
そう思い、貝兵に指示を出そうとした時だった。青天の霹靂、本当に稲妻のようにして姿を現した。それはシャンプラーの為ではない、ある怪物の為に降り立ったのだ。
ニンゲンではなく、宙を浮く呪の王、本命のおでましだ。
「…来た」
作戦計画段階で聞いていた。名を[翔馬 來花]、今回の最終目標である。
第二百八十六話「二つの兵隊」




