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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第九章「干支組」
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第二百八十四話

御伽学園戦闘病

第二百八十四話「まっさら」


優衣の前にゲートが現れる。正直登場なんて待つ必要性も無い、さっさとゲートに向かって攻撃を仕掛けるまでだ。蝶達に命令を出し、突撃させた。

ただ特殊な力を持ち合わせているわけでも無いので、あくまでも視界を奪う目的だが。すると一つの突き出した拳が目に入る。腕の細さから見て分かる、砕胡だ。


「よし、とりあえず大丈夫…」


何だかんだいいつつ計画通りに行った事に安堵している様だ、自覚は無くとも。そして蝶を振り払うようにして怪訝な顔をした砕胡がご登場した。

対面した二人の間で会話が発生しない。だが何も言わずに攻撃を仕掛けるのも何と言うか趣が無い、この戦闘は二人共直接的な利益は無い、なので大会や急襲作戦ほどやる気が湧いて来ないのだ。


「…」


「…」


砕胡は鱗粉で汚れた眼鏡を拭き、かけ直した。その後仕方無いので会話を切り出す。


「…どうした、喋らないのか」


「…そっちこそ」


「…別にこちらも話したい事がある訳では無いんだが…遺言は残さなくともいいのか」


「…死ぬ気ないし…」


「…別にやる気は無いが…殺さないと口にした覚えは無いが?」


「…あっそ。じゃあ私も殺さないなんて言ってない」


「…何とも不愛想な奴だな。まぁ、ここで終わるのだから興味は無いが……どうやら神もやっているな、無駄話はここら辺にして始めよう」


「……そっちが始めたんでしょうが」


「…………遺言は、それで良いな」


砕胡は構えすらとらず、優衣の方を向く。攻撃が飛んで来ると判断した優衣は対策の手を打った。消耗蝶を飲み込んだ、効果は無敵化。ほんの数秒間だけ全ての事象から身を守る事が可能となる蝶だ。強力な効果を持つ蝶にしては結構な頻度で見かけるので、使用を渋る必要性は全くない。

なので小手調べ、そして時間稼ぎの意も込めての行動だ。だが砕胡はそれを見抜いたのか、何も動作を起こさない。


「…」


ただ沈黙、ザワザワという野次馬のような木の音だけが耳に流し込まれる。だが両者共、その音を能動的に拒絶していた。そんなもの頭に入れている場合ではない、やる気は無いといえども二人共強者である事は事実。到底油断できる相手ではないのだ。

そして十秒が経ったその時、砕胡が指を鳴らした。その瞬間優衣も防御のために蝶を集めた。ただそんな事をしてどうにかなる攻撃では無い事ぐらい、理解している。


「いった…」


一瞬にして痛みを伴う出血が起こった。空気で切れてしまう程弱体化されたその右腕には、蝶が止まっている。そして空気で切れるのなら、生物が乗っかっているとどうなるだろうか。


「馬鹿だな」


砕胡のその言葉が耳に届く頃、優衣の腕は血だらけになっていた。ほぼ取れかけてしまっているその腕を見た優衣は少しだけ不機嫌そうに訊ねる。


「それじゃ私には勝てないけど、逃げる?」


「はぁ…何故このような戦況で僕が逃げに移ると思えるんだ?やはり下劣な本土育ち、知能すらも…」


そう言いかけた時だった。砕胡は優衣によってフルスイングで丸太をぶつけられ、吹っ飛んだ。何故気付かなかったのか、ここは朝に干支辰が破壊しまくった場所だ。丸太もゴロゴロ転がっている。

まだ人目には付いていない様なので何の処置もされていない。ただそれにしても速かった。どうも視界に捉える所か、一瞬殴られた事さえ脳が理解を拒むほどだった。

恐らく身体強化か何かの蝶を食っている。でなければ説明がつかないだろう。


「どうやら相当便利な能力らしいな。是非取り込んで、佐須魔にでも渡そう」


「ふぅん、そういうの私を殺してから言ってよ。たった一撃、全体でみれば全く痛くないんだけど」


「やはりな。お前は何処か強がっている」


「は?」


「だがその奥に弱点がある訳でも無いし、何か壮絶な過去があるわけでもないのだろう。あくまで性格、ただ強がってしまう、可哀そうな奴って事だ」


半分馬鹿にするような口ぶりで言い放った、その次の瞬間優衣は懐に潜り込んだ。そして一瞬にして丸太でアッパーをかまそうとする。ただ、それが誘導だと気付く程の頭脳は持ち合わせていなかったようだ。


「やはり、挑発に弱い」


砕胡は左手を掴み、動きを封じた。そしてハッとしたように焦り出す優衣に容赦なく能力を発動した。一瞬にして生成される四つの急所、頭、首、右足、左足。完璧に殺しに来ている。

だが防御する手段がないわけでは無いし、何なら既に終わっている。


「…なに?」


疑問に思うのも当然である、何故なら効力が全くと言っていい程無いからだ。いいや違う、堅い。優衣の体が異常なまでに堅くなっている。拳でも触れていれば切れた程の力を持っているはずだ、なのに無傷である。

無敵の蝶かと思い数秒待つことにした。だがそれでも何も起こらない、すると不敵な笑みを浮かべながら優衣は言った。


「私の消耗する蝶で一番見かけるのは身体強化。そして効果は重複する、まぁ何が言いたいか分かるよね。通用しないよ、その能力」


「…そうか、僕はただの足止めに切られたと言う事か……こういう役回りをするのは久しぶりだが、やはり気分が乗らない。だからやってやろう、本気で」


砕胡は軽々と優衣を投げ飛ばした。片手が潰れているので受け身など取れるはずもなく、ゴロゴロと転がって至る箇所に擦り傷を作ってしまった。

普段こういった事にならないので全身からジンジンとして痛みが伝わってくるのは少々不愉快だ。だがそれ以上に、本気で来ると言った砕胡の方に集中しなくてはいけない。

能力自体はぶっ壊れ、チートも良い所だ。ただ対策方法は多様である、そして砕胡の字頭の悪いさが幸いし優衣の能力をもってすればそこまで脅威に成り得ることは無い、はずだ。


「…何それ」


悪いのは兵助や理事長だ、この事を教えなかった事が悪いのだ。


「知らないのか、覚醒を。ならば黄泉の国に行ってからエンマにでも教えてもらえ……そして本気でやるからないは数えたい、次へつなげる為にな。一手」


急襲作戦時に拳との戦いでも行っていた数字を数える行動。大きな攻撃や決定的な場面で数え、頭に保管しておく。砕胡は記憶力が低い、そのため自身で「ここは覚えよう」と思った箇所を確実に叩き込めるように半ば被験体として伽耶に特訓を受けさせられたのだ。その結果がこの戦術なのだ。


「天才にとって自身の非を認める事は簡単だ。だが才能があるからと言ってその非を認めるだけで良いわけでは無い。天才とは与えられた才能に凡人並みの努力を重ね、力を編み出したものを指す。そして僕は、その天才の家の一人だ」


眼鏡を押し上げ、万全の状態に入る。だがそれと同時に、べらべらと何か言っている内に優衣も準備を整えていた。何かヤバイと本能で察知し、一気に呼び出したのだ。

優衣が所有している蝶は本当に数えきれない量である。恐らく霊力で構成されているからなのか一般人には基本的に捕獲されないし、野生の雑魚霊に喰われる程存在感も無いので減る事が滅多になく、何処からともなく沸いて来るので増える一方なのだ。

そうなると次第に力で階級が区別されていく事になる。優衣は四つの隊を作っていた、ただしその四つの隊はそれぞれ二つに分裂し、実質的には八つの隊へと変化している。

そいつらは、常に優衣の周囲数キロメートルで待機しているのだ。そして指示が出た瞬間に一斉に集める事が出来るよう、常に気を張り巡らせている。

そして、これがその呼びかけ。


第一(だいいち)蝶隊(てふたい) 貝兵(ばいひょう)


その瞬間、まるで風に流される桜のはの様に、一斉に飛び立った。小さき蝶、大きい蝶、形サイズ種、全てがばらけている。だが皆蝶にしては強い霊力を保持しているよう思えた。

そしてその時、砕胡はぞっとした。別にこう言った経験が少ないわけでは無い。だがそれは大量の蝶を見て、集合体を見た恐怖ではない、単純に慄いたのだ。その殺気に。


「第一はね、一番強いの。まぁ圧倒的に攻撃に振ったメンバーだから、バランスは悪いし分裂の原因でもあったけどね。まぁ良いよ、問題ない」


背後に無数の蝶を掲げている優衣の眼は先程とは全く違う者と化していた。ただの殺意、正面にいる砕胡を目標物としてしか見ていないのだろうと肌で伝わってくる程淡白な殺気。

これほどまっさらな殺気は今時珍しい、TISの手によって捻じ曲げられた能力者が多い中この少女は違うらしい。ならば何を目的にして戦っているのだろうか、砕胡には分からない。だが長年そういった経験をしてきた來花は何処か虚ろな眼でこう言っていた。


「色付くのは、常に化物。まっさらなのは、人の証拠」


「なに急に」


「僕が來花から教えてもらった言葉だ。さて、一つ押しておこうか。覚醒には必ず何か強い効果がある、基本当たりは『覚醒能力』といい覚醒中だけ使える能力に上書きされるというものだ。

だが僕の場合は違う。能力の底上げ、これなのさ。だがその足りない頭を使っても思っただろう、これ以上強くなるのか?と。それは当然の疑問だ、僕の能力は急所を作るだけであり、それ以上でもそれ以下でも無いからな。

まぁ聞け。この能力の真髄はただ急所を作る事ではない、"覚醒中は"そう思う。何故ならこの能力は相手の退路を塞ぎに塞ぐ。一撃でもくらったらほぼ瀕死、どれだけの肉盾がいようとも僕が突破すればいい話、そうして詰めていくと選択肢は一つしかなくなる。降参だ。

そしてそれを行わなかった者が死ぬ。今まではそれだけだった。でもね、変わったのさ。僕は強くなった。残念だったな、蝶理 優衣、ここまで呑気に待っていたお前の負けだ」


その直後、蝶だけではなく優衣の体もグッと重くなる。まるで内側から蝕まれていくような恐怖と心配、冷や汗はとまらず背筋も凍る。呼吸も荒くなり、次第に苦しくなって来る。

子供には耐える事など出来るはずもない重圧感。当然と言えば当然、何故ならそれは一人の女が一生をかけて磨くと誓った妨害能力なのだから。


「体は重いか?僕はそれをくらっても何とも思わなかったが…多分重力に似ていたからだろうな、感覚として。まぁそんな与太話はおいておく。今からお前は何も出来ない絶望感と共に、(ほふ)られる。僕の、この手によって…な…」


カッコつけながら視線を腕へと落としたその時だった。腕が無い。無いのだ。


「…は?」


すぐに優衣の方を見るとやはり平坦な殺意を向けるだけだ。


「どう言う事だ。僕には何も感じなかったぞ。流石にそこまで近寄られたら霊力感知で蝶も…」


すると恐怖に抗いながら勝利宣言にも近しい言葉を地面にダラダラと垂らすようにして吐き出す。


「第一は…戦闘特化……なら第二、第三、第四は…なんだと思ってるの……地獄への片道切符に代わって教えてあげる…第二は『対妨害特化』、第三は『対霊特化』、第四は…『対人外特化』……あんたはあの怪物の媒介…ニンゲンじゃない……そこら辺は詳しくないけど、分かる…だから出したの、第四蝶隊を…」


その時砕胡は背後にいる何かに気付く事が出来た。感知できないのも仕方が無いと言える、何故ならそこに"落ちて"いたのは死骸、消耗蝶だったからだ。

だがその蝶の翅には砕胡の血、そしてその近くには腕が落ちていた。笑う事もままならない、ただこう感じた。


「強いな」


拳のような相手も悪くはない。だが退屈しないかと言われると首を横に振るだろう、何故なら一辺倒だからだ。ただ殴る、蹴る、それの繰り返し。一度でも対策を考えてしまったらもう何とも思えない、シミュレーションでもしている気分になるからだ。

だが今対峙している優衣は違う。相手の力量を計り、初心者ながらも賢明に策を考えている。恐らくそこまで上手くいってはいないのだろう、覚醒の事など知らされておらず、先程の猛弁も嘘か誠か判断できない筈だ。

そんな中、自身の中で確定していた「砕胡は人外」という推測を基にして下した第四蝶隊での不意打ちにも近しい攻撃。まっさらな殺意だと侮っていた、優衣はまっさらなんかではないし、平坦なだけでもない。

ただ何も考えず本能で動くだけの、強者(てんさい)なのだ。


「はは……訂正しよう。お前は天才だよ、優衣」


「私は戦闘をするために生まれて来たわけじゃない、平和に暮らしたい。だけど何の対価も払わず叶うなんて思ってない、だから今戦ってる。

一緒くたにしないで、あんたらみたいな、クソバカ共と」


砕胡は感じた、今の自身の発言により奮い立たせてしまったと。だがそれと同時に、驚愕もした。そうだ、優衣の殺意は純白のままだ。

だがまっさらなわけではない、白いキャンパスに白い絵具を塗っている。

自身には出来なかったし、思いつきもしなかった事。この時砕胡は数年来の感情を受け取る事になる。


「嫉妬しちゃうな」


砕胡の、全ての原動力。



第二百八十四話「まっさら」

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