第二百七十七話
御伽学園戦闘病
二百七十七話「ご対面」
見えて来る島、戻って来た、本土へ。そろそろ起こさなくてはと思い優衣の方に視線を向けると既に起きていた。何も音を立てていなかったので寝ているものだと思い込んでいた。
眠そうだが状況を伝えると仕方無い事だと察し、少し不満気ではあるがしっかり手伝ってくれると言ってくれた。とその時、兵助はある事に気付く。
「そう言えば君の能力ってどういうの?詳しくは聞いてなかったよね」
「私の能力は『蝶番』って言う能力なの。お父さんの家系が全員この能力らしくて…しっかり継いでるけど…使い方教えてもらう前に死んじゃったから……とりあえず今わかってるのは蝶を操れるの。あんまり長い時間は無理だけど、でもその蝶は急に現れるし、正直よくわかんない」
「そんな能力聞いた事も無いな。家系で継いで行くのは蓮の目躁術とかもそうだからそこまで疑問は無いけど…」
するとシウが口を挟んだ。
「急に現れるって事は霊力から出来てるのかもしれない……いやでも最初見た時はそんな感じしなかったな」
「あれじゃない?造る能力」
桃季がポロっと言った。だが確かにそれが一番納得がいく、戦闘も見ていないし、そこまで詳しく動作を見せてもらったわけでも無いので断定は出来ないが特徴を聞く限りでは創造する能力なのだろうと言える。
漆の様に命令出来る訳ではなく、思ったままに動くらしい。
「まぁいいや。結局は戦闘でも見なくっちゃ分からないからね。さぁ着くよ、本土だ」
もうすぐそこである、人もいない港に飛び乗った。ハンドは手にお礼を行ってから消滅させた。とりあえずここからどうするか話し合う、港にいてもどうにもならないので泊まれる場所を探したい。
ただ何処に干支蛇がいるか分からない以上すぐに出ていける場所が良い。それとファストの翅のせいで能力者だとバレるかもしれない、鶏太が恐る恐るそう指摘した。
「大丈夫。これ霊力量が一般人並みじゃ絶対見えないから。まぁ能力者にしか見えないし、潜伏能力者もそんな指摘なんてして目立ちたくは無いだろうから、大丈夫」
「それなら安心ですね!なら何処でも良いんじゃないですか?…まぁこの時間ですし受け入れてくれるかは別としてですが…」
現在は深夜二時を回った所だ。こんな時間から受け入れてくれるホテルはそこまで無いだろう。最悪の場合野宿をする事になるだろう。小学生程の者が複数いるためネカフェは少々厳しいはずだ。
ひとまず街に出る。少しだけ歩く事になったがそこまで静かな街でも無い。ただ少し異様な空気は流れていた。それはファスト本人にしか気付けない事だったが、視線が集まる。
東京よりは人が少ないので皆が目立ち、少しジロジロ見られる可能性がある事は分かる。だがファストの、いやファストの翅に目線を向けている者が明らかに多いのだ。
「…一旦こっち」
そう言って勝手に人気の無い住宅街の方へと向かった。するとそこで皆に掴むよう命令し、皆が掴んだ瞬間速度を最大限出して移動した。完全に人の気配など無い林だ。
何故急に移動したのか訊ねるといぶかし気に答えた。
「明らかに能力者が多い。翅を見てる奴が多すぎる。多分全員能力者って事も悟られてる…まぁそこは大した問題じゃないんだけど……気付かなかった?おかしい所」
「え…そんなのありました?」
「あんたは気付かなきゃ駄目でしょ、仮にも取締課なんだから」
「はぁ…すみません。それでどこがおかしかったのですか?」
「おかしいでしょ。なんで霊力濃度が一割なの」
シウと兵助、ハンドはすぐに気付く。だが他の者はピンと来ていない様子だ。唯唯禍が結局何なのか聞くとシウは苦い表情を浮かべながら答えた。
「霊力濃度ってのはな…本土、というか能力者が密集していない所だったら基本"1%"もいかねぇんだよ。流石にお前でも分かるだろ、一割ってのは…」
「10%!!」
「そうだ。多すぎる。まぁ代表として挙げると学園のある平山島の霊力はざっと見積もって"一割"、ここと同じなんだよ」
そう言われて全員ようやく気付いた。確かに学園にいた時とさほど変わらないように感じる。そしてここは日本本土、そんな事はあり合えないはずだ。
その時点で推測できることが数点ある。まずは強力な者の存在、これほどの霊力ならば必ず重要幹部並みの誰かがいるはずだ。そして長居する事は出来ない。万が一TISでもそうでない別の者だとしても、大量に能力者並みの霊力を持つ者がいるならば長居は禁物である。
「正直私はここじゃないところに行きたい。別にここからなら取締課のオフィスにも行けるから。最悪の場合…」
「あっ」
優衣がふと声を上げた。全員視線を優衣の方へ向ける。すると優衣は何の脈絡も無くこう言った。
「なんかいるよ、街に」
「どう言う事?蝶か何かで探したのかい?」
「そう。蝶を操作して霊力反応を取って来た。結構強いのいるっぽい、大体…シウと同じぐらい」
場が凍りつく。シウの霊力量は正確には分からないが少なくとも一般能力者よりは多い、恐らく重要幹部並みの霊力を保持しているのだろう。だがまだ決まった訳では無い、もしかしたら干支蛇の可能性があるので最大限注意をしながら再度街へ向かう事となった。
今度も危ないのでファストにくっつき、いざとなった時瞬時に逃げれられるようにしてから、俊足で移動した。ただ大っぴらに公開するわけにも行かないので少しだけ離れた所だ。
「絶対離さないで。私やハンドなんて何処の層にも顔割れてる可能性あるから、いつ何が来るか分からない」
取締課の唯一の弱点である。全国を翔けているのでTISどころか無能力者にさえ顔を覚えられていてもおかしくない、ハンドは影が薄いので問題無いがファストはそうでもないので少々マズイかもしれない。
そんな事を思いながら皆で引っ付き、街を歩く。意識すると言っていた通り視線を感じる。兵助もシウも分かる、多すぎる。見て来る全員が能力者だと仮定するとこの街の半分以上が能力者だ。
「早くその霊力反応を確かめてここを離れよう」
兵助が判断を下した。ここは駄目だ。強い霊力反応を確かめてからすぐにここを離れる事にした。だが優衣曰く霊力反応は移動しているらしい。
「だっこして」
急にそう言って兵助の手を伸ばす。大体事情を察した兵助は何も言わずに優衣を抱きかかえた。すると優衣は目をつぶり、動きを止めた。恐らく蝶での霊力感知を鋭くしているのだ、その際に集中しなくてはいけないので自分の足で動けなくなるのだろう。
降霊術でも人によってはこう言う事が出来る、確か蒿里と素戔嗚はどちらも出来たのでそこまで驚く事でも無い。干支組の中にも出来る者がいるのか誰も何も言わない。
いや違う、うかつに言葉を発している余裕がない。どんくさい唯唯禍や鶏太でも気付いてきた、明らかに見られている。猪雄は人見知りで視線を嫌うのでシウの後ろにピタリとくっついて移動しているのであまり分かっていない。
「…そんなに?」
なので横にいる生良に訊ねた。生良は何も言わず、ただコクリと頷いた。その顔は真っ青で、何かに怯えているようだった。だが少し前まで工場地帯で暮らしていたのだ、酷い扱いもされていたと聞いたので少しだけトラウマが蘇っているのだろうと考えた猪雄は空いている方の手を握り、少しでも落ち着かせてあげようとする。
だが異常だと言いきれてしまう程顔色が変わらない。
「どうしたの」
ポツリと訊ねると生良は答えた。
「…てる……つけて来てる…」
すぐに猪雄が振り向き、降霊術をしようとしたがシウが止めた。そして小さな声で言い聞かせる。
「誘き出してんだ。本気でやれるところまで待て」
どうやら全員分かっているらしい、優衣も既に起きているが悟られない為抱きかかえられたままだし、ファストはいつでも逃げられるように準備している。他の者も言わずとしながら既にそれぞれの霊の手印を違和感が無い程度に作っている。
何かにつけられている事ぐらい全員気付いているようだ。だが襲いかかっても来ないのでそこまで焦っている様子も無い。ただその時、ファストが能力を発動して有無を言わさず移動した。
「ちょっ…」
すぐに人気の無い林へ移動した。何故急に移動したのか問い詰めるとファストは息を切らしながら答えた。
「これ…」
腕を見せる。その細い右腕は盛大に切れており、大量の血が流れ出している。すぐに兵助が治療し、完治した。そして聞く、何があったのか。ファストは端的に、自身に起こった事を説明し出した。
「急に腕が切れた。凄い激痛と一緒に…本当にそれだけ。その瞬間移動したから良かったけど…みんなは無傷なの」
誰も攻撃されていない。おおよそ足と言っても過言では無いファストを先に潰そうとしたのだろう。だがその能力は知っている、何故なら兵助は戦闘した張本人から聞いたからだ。
数ヶ月前、TIS本拠地急襲作戦がほぼ敗北で終わり、治療を施している時だった。非常に悔しそうに姉の死を悼みながら語っていた、[駕砕 拳]が。
「心当たりがある」
「奇遇ね私も」
「私もですね…」
「干支組と優衣は知らないだろうけど僕達は数ヶ月前TISの本拠地に急襲を仕掛けた。その際に一人の身体強化使いの子が戦った相手がいるんだ。能力は『急所を作る』能力だ。戦闘を始めるまでは触れなくちゃいけなかったらしいけど…戦闘の最中で遠距離から急所を作る事に成功したらしい。
その急所ってのが凄くて、風に触れるだけでも凄いぱっくり切れちゃうらしくて…普通の人なら即死だろうって言っていた」
「誰なの!?」
桃季が大きな声で聞く。兵助は悩みながらも言い放った。
「名前は[鹿島 砕胡]、TIS重要幹部。そして天仁 凱の魂を抑え込んでる[空傘 神]との運命共同体……謂わば栄養の供給源だ」
「マジで言ってんのか…兵助」
以外にも一番衝撃を受けているのはシウだ。何がそこまで恐怖させうるのか訊ねてみても返答はない。ただ様々な事を頭の中で巡らせ、一人悩んでいる。
シウは結界術など他の能力者とは一線を画す何かがある。なので恐怖もその範疇の事象なのだろうと判断し、ひとまず話を進める事にした。
「奇遇に砕胡がいるとしたら…あの見て来た奴らは全員…」
「TISの下の奴らでしょうね、十中八九。私達が何かを目的にして動いている事はもう気付かれたわ。それに…絵梨花と薫の霊力反応なんて現世にいるなら分かるでしょうね。
残念だけどもう作戦は破綻した。私が全力で走るから、今からでも島に…」
「ダメだ。砕胡が回復したと言う事は神なんて全快してるはずだ。そんな状態で何かコソコソ動いている、それがバレただけで撤退?笑えないよ、多分ファストは島への進行を危惧しているんだろう。だが今は信じよう、乾枝、元、崎田、翔子、兆波。全員大会を生き残っているんだ、最悪の場合は戦うさ。
少なくとも乾枝先輩と兆波はね」
「でもそれだけじゃ戦力が!」
「蒼と拳がいる。蒼は自分で言っていたよ、抑止力になるため島に残ったとね。今は安心してくれ、少なくとも二人がいなくなったからって全滅するほど馬鹿な奴らじゃないよ。それは君だって理解しているはずだ、ファスト」
「…分かった。でも本気で時間が無い。砕胡は遠距離から急所を作ってくる。多分魂も対象できるはず…となると急所を作って瞬殺して、出て来た魂にも急所を作って完全死。こんな事も出来る…」
そう言いかけた時だった。皆の背後から声がする。
「やって見せようか。僕なら無論、出来るからな」
『降霊術・神話霊・干支犬』
『降霊術・神話霊・干支辰』
『降霊術・神話霊・干支兎』
『降霊術・神話霊・干支猪』
『降霊術・神話霊・干支鼠』
『降霊術・神話霊・干支鳥』
猪雄だけは二回、全員が同時にそう唱えた。一瞬にして霊力濃度が七割程度まで増す。ハンドも手を何体も出し、自身の腕二本をねじらせる風にして指示を出した。
だがその瞬間、攻撃を仕掛けた全員の首が張り裂け、血を吹き出した。すぐに保っている事が出来なくなり、霊達は消滅する。辛うじて生きているが風で切れて行くらしく痛みに悶えている。だが声も出ないようだ。
残ったのはファストと兵助。すぐにでも逃げ出したいが恐らく無理だ。何故なら砕胡は既に寸前まで詰めて来ている。あまりに一瞬の事で体が動かなかった。
「さぁ、死んでくれ」
そう言って能力を発動しようしたその時、砕胡は鈍い音を立てながら吹っ飛んだ。あまり人間離れの馬鹿力。だが兵助は驚きながらも安否を確認出来て喜んだ。
「ニア!」
「…早く治しておいてください」
[ニア・フェリエンツ・ロッド]、ある目的の為にここに来て、砕胡を殺しにかかる少女の名だ。
第二百七十七話「ご対面」




