第二百七十六話
御伽学園戦闘病
第二百七十六話「出撃」
月明かりが眩しい日だ。大きなガラス窓から刺し込んで来る月の光を書きよす様にLEDライトが点いた。先程の異様な霊力を感じ取った残りの干支組も全員起きている。
帰って来た四人の方へ駆け寄り、何があったのかと説明を求める。だが四人共何が何だか分かっていない状況だ。ただ言える事は一つ、一刻も早く干支蛇を手に入れなくてはいけない事だ。
「少しでも戦力を増やす事によって抑止力になってもらわなくちゃいけない。本当に悪いんだけど、もう出発する」
吉と出るか凶と出るか、まだ分からないがたじろいでいる暇は無いのだ。ただ進むのみである。
「僕は優衣を連れて来る。みんなは準備しておいて。荷物は万が一の事があった時の為に最低限でよろしく!」
兵助は飛び出した。すぐに急いで持って行く荷物をまとめる。正直居住する為の物ばかりなので持って行くものが無い。強いて言うとすれば携帯や金だろう。
逆にそれ以外の無駄な物を持って行くとTISが動いていると悟った時荷物を頼りに探し出される可能性が少しだが上がる、危険な可能性は少しでも下げておいた方が良いだろう。
「できたか?」
シウが全員の持って行く物を確認する。全員共通、金のみだ。まだ結界で精確に電波を通すのが困難だったために携帯は持っていなかったのだ。それにこんな事になるとは数日前まで予想だにしていないのだ、仕方無い。
だがそれは問題である。連絡手段が無い事に気付いたファストが焦りながらも訊ねる。
「連絡手段どうするの?」
「俺らにそう言う手段は無い。妥協するしかない」
「…まぁ良いや。最悪霊量放出最大限まで高めてくれれば行くから、何かあったらとりあえずSOSサインっぽいの出してね」
それだけ告げてハンドと一緒に取締課の方へ連絡を始めた。非常に急いでおり、声をかけることさえままならない。数分後、兵助が優衣を連れて戻って来た。
だが優衣は爆睡しており、兵助が抱きかかえている。どうやらどれだけ呼んでも起きない様なので一度そのまま連れて行くらしい。流石に夜の内に緊急事態は起こらないだろう。
「さぁ行くよ!」
「おう!」
全員で外に出る。すぐにハンドが手を呼び出し、乗せる。そこで兵助がある提案をした。
「ファストの能力って速度アップでしょ?それって対象決められないの?」
「無理、私とその衣服や身に着けている物だけ。だから掴んで移動するのも本来やらない方が良い、振り落とされる可能性があるから」
「そっか。じゃあさ、手を無理矢理押す事って出来ないかな」
「手を?」
「多分その背中にある六枚の翅は佐須魔にもある謎のリングに近しいものだから飾りなんだろうけど……速度出せるなら無理矢理押す事って出来ないのかな、手だけで後押しする感じで」
「…多分あんまり効果は無いけど、ほんの少しなら上がるかもよ、速度」
「ならやってみよう。時短だよ時短」
「了解」
海に出た所でファストが乗っている手の手首辺りをグッと押した、すると微妙にだが速度が上がる。ハンドはそれが分かるので「上がりました」と報告し、その状態を維持するよう命じた。
ハンドも出す手を一つに絞り、霊力操作がブレないよう精一杯で走らせる。それでも数十分はかかるだろう、まずは一番近い日本本土に行かなくてはならない。
「ねぇシウ。その干支蛇って何処にいるの?」
「分からん。ただまぁ日本にはいると思う、俺もここ最近まで必要になるとは思ってもみなかったからあんまり情報が無いな…」
「了解。悪いけどハックの力も全力で借りて捜索しよう。あとでで良いから連絡してもらえる?」
「もうした。最悪の場合ライトニングの救援要請も出るようにしてある。パラライズは別の大きな仕事があるから来れなさそうだけど」
「仕事が早いね」
「そりゃ五人で回してるからね、ブラック労働よホント」
そんな話をしていると少しずつ月が雲によって欠けていく。兵助はすぐに携帯懐中電灯の電源を点けて、少しでも周囲が見えるようにした。
ハンドは感謝も出来ない程集中している。完全に周囲の言葉や行動が頭に入っていない、ゾーンにでも入っているのだろう。だが段々と速度が上がっているのは実感できる、やはり有能だ、能力取締課の人間は。
「これから僕達はどうするんですか?」
「生良はまぁ…戦ってほしいけど嫌だよな。とりあえず俺らは干支蛇を探す、そんで俺が取り込む。そうすれば俺の力は強くなるからな、あんまり言いたくないけど結界術が強化されるはずなんだ」
「ホント!?」
「あんまり大きい声を出すな、唯唯禍。こいつが起きちまうし、ハンドの集中力が下がるだろ。お前の声はキンキンするんだ…桃季よりかはマシだがな」
「別に私うるさくないし!」
「その声がうるさいよ…でもさシウ、実際場所が分からないんじゃどうするの?もたもたしてたらTISが来ちゃうよ…僕らなんてろくに戦闘できないんだから……瞬殺されちゃうよ…」
「だから即行で探すんだ。TISに悟られない内にな。正直悟られる前に場所を突き止めなければゲームオーバー、ファスト以外全員死ぬだろうな。
まぁそれでもやるしかない。薫がいなくなった以上俺らも最低限の力を付けて自己防衛できるようにしておかなくちゃ…」
すると兵助の携帯に着信がある。皆黙り、通話が終わるのを待つ。
「え!?」
声を荒らげ、驚愕している。通話の最中だが緊急事態らしいので聞いてみる。兵助は頭を抱えながら苦しそうに答えた。
「絵梨花も…いなくなった…でも薫と違って行く場所は分かってるらしいし安全ではあるらしい……でも島にはいないって…」
正直生死よりも問題なのは防衛力だ。最強がいなくなってしまった島は既に攻め入られてもおかしくない戦力、正直今すぐにでも引き返すか仕事が停滞する事を重々承知の上でライトニングを配属したいぐらいだ。
だがどちらも一時凌ぎにしかならない。ここは半分賭け、半分は残っている者への信頼でそのまま進む事にした。だが更に追い詰められていく事になる、本当に余裕がない。何としてでも干支蛇を手に入れなくては割に合わない遠征になってしまう。
「シウ、本当に干支蛇の場所を知らないのか?」
「次は言わない、知らない。本当に俺も今後必要になる情報だとは思ってなかったんだよ」
「まぁ仕方無いか…ただ何らかの足取りが無いとあまりに無謀だ。誰か少しでも情報があれば教えてくれ」
そう言った直後、干支犬が飛び出し口を開いた。
「あいつは結構狡猾な奴だ。霊力反応は不明だがどうせ日本にいるはずだ」
「え?神話霊って喋れるの…?」
「あぁそれなら俺は少し特殊だからな。俺以外の干支神は最初から干支神だったから喋れないが俺は元々ただの[上]の犬霊だった。前の主とは色々あってな、俺に力を与えて死んでいった。主は干支犬持ってたんだよ。死の間際だったからミスってその干支犬ごと流し込んじゃって、俺が生まれたってわけ」
「へぇーそんな事も出来るんだね。やっぱ霊ってあんまりにも解明されてない点が多いね、僕はそういう系一切使わないから分からないけど凄いね」
「ですが皆さん感覚だと思いますよ。僕も工場地帯で外に出てる時に違和感があったから適当に霊力操作したら出てきましたし」
「そんな感覚的なものなのか……ってそんな話は良いんだ。それよりもそれ以外の情報無いのかい?」
「無いな。俺はさっきも言ったが新入りだ。俺ら干支神はぶっちゃけると基本仲が悪い、今は基本誰もが干渉し合わないって協定決めたから何とかやっていけてるだけだ。あとこいつらが保守的だから危険なくてラッキーって感じだしな」
「そっかぁ……本当に何も情報が無いのか…このまま行っても無茶だ。どう考えてもTISが先に尻尾を掴んで来るはずだ、あいつは何だかんだ言いつつ警戒心強いからね。
でも干支蛇を手に入れなくちゃ未来が危ういのも事実だ。うーん…どっかで盛大な賭けをしないと詰な気がするなぁ…」
「そうね。私ら取締課も一応覚悟は出来てるけど…出来るだけ出動したくないのよね、評判落ちるから」
「分かってるんだ。当時結成はされてなかったけど外で暮らしてたから、能力者に対しての印象付け方ぐらいね」
「なら頼むよ。私らは本当に命かかってるんだから。あんたらと違ってクビが飛ぶの意味が物理的なの」
「それは怖い……僕も出来る限りの事はしたいが…それぞれやるべき事が多すぎて何処かで妥協しなくちゃいけなさそうだ。それがいつになるかは分からないけど」
全員黙ったが共感している。このまま皆を尊重していたら何処かでガタが来る、協力体制になると必然的に発生する事なので受け入れるしかないのだがやはり嫌な事だ。
ただまだ先だろう、後回しでは無いが今は優先順位が引く事であるのも確かなので置いておく。
「これからどうなるんだろうね、僕らは。TISを倒すべきなのはそうなんだけど…その後どうするんだろう。能力者が受け入れらる世界でも作るのかな…」
「無理。断言する、無理。そんな甘い思考は捨てて、じゃないとやってけないよ。ライトニングが言ってた、力がある限り平和は来ないって。だから能力を無くすしかない、けどそれは現実的じゃない。諦めるしか無いんだよ、最大限成し得るのは"改善"であって"平和"じゃない」
この中で一番様々な人物を見て来たであろうファストが言うと何とも重みが違う。兵助は当然何も言い返せない、というか自身の思考の甘さに少々驚いていたのだ。昔ならもう少しマシな思考をして、言葉を発していたと思う。長い睡眠と平和に最も近しい島生活でボケているのかもしれない。
これからはもうそんな甘さは通用しない筈だ。気合を入れて、先導するのだ。薫がいない以上兵助や兆波などがリーダーになるしかない。繋ぎでも良い、それでも遂行する事に意味がある。
「…ふぅ」
ハンドが一息ついた。
「とりあえずもう着きます。到着する前に五分だけ仮眠を取らせてもらいます。ただ安心してください、この手は消える事はありませんから」
そう言って眠ってしまった。恐らくもう五分で到着するのだろう。ここからの作戦は未だ立てることが出来ていない、不安で一杯ではあるが何故か安心もしていた。
能力取締課、そして干支組の支援があるのだ。怖い事など、何一つ無いはずだ。その時はそう思っていた。
第二百七十六話「出撃」




