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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第九章「干支組」
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第二百七十五話

御伽学園戦闘病

第二百七十五話「動き出す歯車達」


「兵助!!何があった!!」


ファストに連れられたシウ、ハンドが即行でやって来た。だが兵助も唖然とするばかりで何と言えば良いか分からない。するとどんどん人が集まって来る。


「おい、やばい霊力反応だったぞ!」


絵梨花。


「兵助!!どうしたの!!」


翔子。


「皆さん、何があったんですか」


蒼も来た。


「いや…僕にも分からないんだ……ついさっき菊と薫が飲み屋で喧嘩してて…仲裁に入って少し話したら菊が怒って、透明な黑焦狐と一緒に何処かに消えたんだ。

それで二人で話す為にここに来て…結構酔ってるようだったから水を買って来るって言って離れて……そしたら凄い霊力がして、今に至るんだ」


それだけでは到底状況把握が出来ない。全員焦っているがいなくなったのが薫だと知ると多少は落ち着いた。大体何とかなるはずだからだ。

だがその中で一人、シウだけはこの世の終わりと言わんばかりの顔をしていた。兵助は少しおかしいと感じ、少し離れた場所で何があったかを聞き出す事にした。


「悪い…何も知らない……薫がいなくなたってヤバいなと思っただけだ…」


本当は感じた霊力がラックの家の二階にあったゲートと類似していたから焦っているのだ。だが口止めされているので言いたくても言えない。

最悪な気分だ。焦りと罪悪感、それと今後の不安などが混じり到着早々暗雲が立ち込めて始めた。だがそれでも付いて行くと宣言した以上逃げ出す事は許されない。


「何で…」


翔子は何とか霊力残滓を辿ろうとしているがやはり途中で途絶えている。何の情報も無い、ただ薫が消えた、その事実しか残っていないのだ。

深夜も深夜、なのにこんな事になってしまった。全員眠たいはずだが眠気など吹き飛んだ、薫がいないとTISがいつ急襲を仕掛けて来るか分からないのだ。

絵梨花はいるが雑にリイカ辺りをぶつけるだけで足止めはされてしまう。とにかく薫がいないと様々なリスクが跳ね上がるのだ。


「とりあえず私は教師全員に伝えて来る」


ファストが一瞬にして姿を消した。それと同時に皆で話し合う。


「薫は一体何処に消えたんだよ、兵助!」


絵梨花が問い詰めるが分からないとしか言いようがない。何故なら見ていないのだから。恐らくゲートだろうと言う事は分かるがそれ以上の事は完全に不明だ。

捜索も出来ない、能力取締課に任せても良いが正直見つかる気はしない。普通のゲートならあんな霊力反応はしないはずだ。背筋が凍る、吐き気さえも催しそうな強すぎる霊力は。


「不安だね、兵助。私も。これから何が起こるのか、不安でしかない」


舞い降りる最強の一角。


「蒿…里…?」


「凄いね、佐須魔でも出来ないよ。"あそこ"に繋げるのは」


そう言ってゲートが出た場所の霊力を眺めている。気配も感じさせず現れた蒿里は何処か怯えている様子だった。絵梨花が指を鳴らそうとしたが兵助が制止し、ゆっくりと近寄る。

そして真横に行ってから訊ねた。


「薫は、何処に行ったんだ」


「言えない。ラックの魂はまだ残ってる、干渉された面倒だから。ただ分かると思うよ、自然に。それじゃあ私は帰るね、おやすみ。さよなら」


現れたゲートによって帰ってしまった。何とか手を掴もうとしたが振り払われ、止められなかった。あまりに短い出来事で、誰も何も言えなかった。

ただ蒿里は薫が向かった先の情報を持っている。接触する事は出来ないし、『阿吽』も蒿里の身を案ずると良い手とは言えないだろう、今のTISに節操があるかどうかなど分からないからだ。


「……分かったよ。薫」


小さな声で呟いてから、兵助は全員に向かって指示を出した。


「薫の事は薫に任せよう。僕らは戦力を拡大する。帰って来た時に顔向け出来る程度には強くなっとかないといけないだろう」


「でも!!」


翔子が反射的に言い返そうとしたが、到着した乾枝が言葉を被せた。


「いえ、それで良いです。君の判断は何も間違っていない。今は薫に構っている時じゃないんですよ、私達にはもう時間が無い。どれほどの難題を残しているか、分かっていますか?

中等部の育成。アリスと紀太の動向。突然変異体(アーツ・ガイル)。覚醒や戦闘病の詳細。新生するTISに付いて行ける戦術や練度。

未だ不明な事もあるでしょう。そんな事、というのはなんですが時間が無いんですよ。三年、その間に何も無いとは考えにくいでしょう?

それに、大丈夫ですよ。薫ならひょろっと帰って来ますよ、どうせ」


全く持ってその通り、ド正論である。現在学園側にはやるべきことが積み重なっている。正直薫一人にそこまで時間をかけていられないのだ。

それよりも今は水面下で動くシウの結界術の進化が先だ。ただし干支蛇が必要、少しの情報も無いのだ。もう時間が無い、少し押して進めるしかなさそうだ。


「シウ、来てくれ。みんなと話さなくちゃいけない事がある。みんな、ハンドとファストが戻ってきたら僕らの元へ来て、って伝えておいてくれ。

それと、あまり気負わない方が良いよ。僕らだって任せっきりで良いはずがないからね」


教師に向けての言葉だろう。ここに兆波、崎田、元はいないが後々受け止めなくてはいけなかった事だ。それでも怖いものは怖い、表には出さなかったが全員嫌な気持ちで一杯だった。

兵助とシウは走って行ってしまった。その直後ファストとハンドが戻って来た。兵助の事を伝えるとすぐに消えてしまった。そこで察した、水面下で何か動いているのだろうと。

ただ戦闘は必至、あまり関わりたくない。翔子と絵梨花はそう思ってしまった。


「私も一足先に」


乾枝も行ってしまった。その作戦に乗るつもりは無いのだろう、だが乾枝も別で動いている、そんな雰囲気を感じ取った。誰の言葉で、態度でそんな風になってしまったのかなんて事は分かりっこない。だがこうやってうじうじしている間にも時は進む、刻一刻と近付く最終決戦の日に向けて。


「…僕は帰りますね。ちょっと僕じゃ手に負えない件でしょうから。判断や今後の動きは任せます。それでは」


蒼は何か場違いな事を感じ取りそそくさと帰って行った。その場にいるのは絵梨花と翔子だけだ。


「ねぇ絵梨花」


「…なんだよ」


「二人共…」


「言わなくても分かる。学生の時みたいだ」


「そうだよね……私達もやらなきゃいけないのかな…また……殺し合い」


「…何て言って欲しいか分からないが、少なくとも私はごめんだ。この力は揮うものじゃなく、忌むべきものだからな……だが実際問題薫がいなくなったのはヤバイ。干支組はいるがどう考えても戦闘不足な集団だ、成長性はピカ一だが到底戦力と数えられやしない。

今襲撃があったら動くなくちゃいけないのは私ら教師。ほんの少しの生徒会メンバー。中等部。どう考えても力不足だ。前の襲撃ではライトニングがいたし、流達がいたから何とかなったが…もうそうはいかないだろ」


「でも…」


「分かってる。怖いんだろ?」


半笑い、何故笑っているのだろうか。理解できない。こんな状況で笑ってられるのはどう考えても


「狂い病、じゃのぅ」


「誰だ!!」


聞いた事の無い声だったので指を鳴らす寸前で音のする方へと振り返った。するとそこにいたのは大きな蜘蛛だった。だが明らかに人語を喋っていたし、霊力も相当量貯め込んでいる。

襲い掛かって来ないが戦闘体勢は外さない。対話を試みる為翔子のスローはかけない。


「誰だ、お前」


「私か、私の名は[絡新婦]じゃ。知らんのか、アイトの奴相当塞ぎこんでおったのじゃな」


何だか感心に浸っている。その様子を見て少なくとも敵では無いと判断した絵梨花は腕を降ろした。代わりに翔子がスローをかけようとしたが止める。


「多分…敵じゃない。最悪爆破するから良い」


「なんじゃ、攻撃して来ないのか?私は跳ね返せるぞ」


「は?私の攻撃はそんな甘っちょろいものじゃ…」


「『累乗』じゃな、お主の能力は。発動には指を鳴らす必要があるが、無制限に物体を増やすことが出来る、累乗的にな。増やす速度なども調節出来る。一箇所の空気を一気に増やす事によって押し合い、爆破する。恐らく解明できない程の超常的現象、それを普段使いして良く体が持つのぅ。感心感心」


「マジか…どうやって見抜いたんだよ」


「私は全世界に子蜘蛛を散らして居る。そやつらは私の目となる、それで見ていたのじゃよ。それで解った、それだけじゃ」


「マジで何もんだよ…見た所、霊か?奉霊……いや初代はオスばかりだし、蜘蛛なんか持たないか…」


「そうじゃ。奉霊なんではない、あんな奴らと同じにするでない。私はもっと昔から生きているのじゃぞ、能力者戦争時も生きておった。英雄アイト・テレスタシアも私の弟子の様なものじゃ」


「マジ!?」


「あぁ。まぁこんな話は置いておこう。どうやら最低限の信頼は置いたようじゃからな」


「…まぁな」


「華方 薫、あやつは私の愛した男の一人、式神使いのレジェストの血筋の者でのぅ。見過ごしてはおけんのじゃ、それに託されたしのぅ、アイトには。

じゃか少し遅かった様じゃ。あやつはあちらに行ってしもうた。じゃから私は他の奴を鍛え上げて実質的に貢献した事にする」


「って事は…」


「じゃが私もそこまでお人よしではない。女、どちらかじゃな。好きに選べ、どちらかは付いて来い。根本的に見直し、底上げしてやろう」


どうやら拒否という選択肢は無いらしい。絵梨花か翔子のどちらかが付いて行かなくてはいけないらしい。二人はアイコンタクトでどうするか考える。

三回程波が到達したその時、口を開いた。


「行こう、私が」


一歩踏み出したのは絵梨花だった。


「良いじゃろう。加減は無いと思えよ、女よ」


「まぁな、行ってやろう!!」


絵梨花の足は震えている、苦笑そのもの、どう考えても無理をしている。その様子を見た絡新婦はまず打ち明ける事からだと判断した。そしてまずやるべき事を伝えた。


「まずはお主に休息を与えよう。少々根を詰めすぎているな。結局は長く薄くを続けなくては壊れるだけじゃ。ただすまんがここでは私が無理じゃ、巣に来てもらおう」


「…島が心配だけど……まぁ行く。頼むぜ、ロウちゃん」


完全に馬鹿にしている呼び方だった。少し本領発揮をしだしたようだ。普通なら咎める場面だが絡新婦は懐かしさを覚え、何も言わなかった。

逆に真顔で何も言わなかったので怖くなった絵梨花は「絡新婦…」と言い直した。それでも何も表情を出さなかった絡新婦との今後に一抹の不安を覚えながらとりあえず背中に乗る。


「では行くぞ」


「おう」


出発するその間際、絵梨花は振り向いて翔子の方を見ながらこう言った。


「そんじゃあな、また…どっかで!」


笑っていた。だが先程の嫌気が差す笑みではない。翔子だって大人だ、どういう意図でそんな顔をしたかぐらい分かる。一人になってしまった寂しさを噛みしめながら後悔してしまった。


「何で……行かなかったんだろう……」


絵梨花は役目を与えられたのだ。訓練をし、強くなるという役目を。人には役目が必要なのだ。だが二の足を踏んだ時点で翔子は駄目なのだ。

悪循環に陥っている。もしかしたらこのまま最底辺のままなのかもしれない。沈むような、浮いて行くような感覚。もう抜け出せないのだろう、地獄、何も出来ない状況によって崩れていく心は誰も支える事など出来ない。

だが神は慈悲を与えた。そんな弱き者のために、救済を。


「ごめん…みんな…」


涙目になり、立ち尽くしか出来なかった翔子の右眼には碧い炎が宿ろうとしていた。まだ宿らない、半疑似覚醒状態。成長には最適な状態、翔子はこう思い込んでいた。

自分は弱い、と。



第二百七十五話「動き出す歯車達」

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