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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第九章「干支組」
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第二百七十四話

御伽学園戦闘病

第二百七十四話「兵どもが夢の後」


その夜は妙に静かだった。鳥の一匹も鳴かず、ただただ静寂だけが島の中を包んでいた。だが誰もそれを異様だとは感じていなかった。それは仕方無い事である、あの青年(ペット)が原因なのだから。

あれは(マモリビト)が作り出した別世界の住人、謂わば完全なる別の生命体。人間と同じ見た目をしていても根本の造りは全く違う、だがこの世界に干渉する力を授けられている。当然、デメリットを以てして。


「さ、今日は寝ようぜ。どうせ明日も適当に過ごすんだ、焦らずゆっくりしてよう」


シウは二つしかないソファに寝っ転がった。他の奴らはどうするか迷った結果ファストが学園の寮から布団を貸してもらい、一つ余っているソファに桃季を寝かせて他の皆は床に布団を敷いて眠る事にした。

電気も消え、息遣いと寝返りの音以外何も聞こえない。シウ以外は全員寝てしまったようだ。ふと差し込んで来た月光で時計の針が写し出された。


「一時か…」


本当に、本当に小さな声でそう呟いた。誰も反応はしない、寝ているのだから。だがその時のシウは妙な感覚に陥っていた、まるで何かに見られている様な、気色の悪い視線を感じ取るのだ。

だがそちらを向いても何もいない。だが敵と言うほどの霊力は感じ取れない、真夜中なので変な気を起こしているのだろうと分析しさっさと目を閉じる事にした。

その直後、音がした。床が軋む音だ、シウの真横で。


「来い!!」


「あぁ!!」


干支犬を出す。その叫びを聞いたハンド、ファストが瞬時に洗礼された無駄のない動きで攻撃の構えを取った。だがいない、何も。干支犬が不思議そうに部屋中を嗅ぎまわる。

だが何のにおいも感じ取れないという。だが確実にした。シウは結構敏感だ、特に聴覚は人より優れていると言っても過言では無い。霊力探知などの霊力系に代わって身体能力が全体的に高いのだ。

そんなシウが足音を間違うはずがない。


「なに~?」


唯唯禍が目を覚ました。だがシウは何でもないと誤魔化し、再度寝かせた。


「ちょっと来てくれるか、二人共」


取締課の二人を玄関の方へ連れて行った。


「俺は霊力操作以外の霊力関係の技が苦手だ。その代わりに身体能力、特に五感が優れているんだ。だから聞き違うはずはない、足音がした。俺の真横で」


「どう言う事、霊力感じなかったよ」


「私も感じませんでしたが……猿も木から落ちると言いますし…勘違いだったのでは…」


「…俺もその線が一番ありがたい。だが今は不意打ちでもされたら終わる。最大限警戒しなくちゃいけないだろ……なぁこの家、おかしいと思わないか?」


「何が」


「二階は…普通だったんだが一階がリビングしかない。トイレとか風呂はあるが部屋と言う部屋は無いだろ?いくら一人暮らしといっても少しおかしくないか、構造として」


「それはそうですが…ラックさんは…まぁ知っての通りって感じなので……何とも言えませんけども…」


「そう言う事じゃないんだよ。なんで気付かない?」


「…どう言う事ですか?」


「ラックは何処で寝てたんだよ。布団は無い、ベッドも無い。ソファはあるが毎日そこで寝ているなんて無茶だろ。荷物まとめてる時に兵助から軽く聞いた、あんな連戦をしてソファで寝てる?ふざけてるだろ、流石に」


「そう言われたらそうだ。あいつの血流透視って結構霊力消費激しいはずだから安定の休息は必須のはず、それなのにソファで毎日寝てるは想像しづらい」


「何かあるだろ…絶対」


「そうだね。ちょっと軽く探してみる、あの子らが起きないように静かにね」


「あぁ。隈なく探すぞ」


「…はい」



[薫&菊]

二人は四軒目の居酒屋でグビグビとジョッキ一杯のビールを飲んでいた。普段はあまり飲まない薫が何故か大胆に飲んで、それぞれの店で吐いている。

ただしっかりトイレで吐いているので理性が無いわけでは無いだろう。菊も滅茶苦茶に飲んでいるのでヘロヘロになっているがそれでも違和感ぐらいは分かる。


「お前飲みすぎだろー」


「知るかよ。別に良いだろ」


「駄目なんて言ってないぞ。なんでそんな飲みたがってんだよ、私は良いけど四軒目なんて…まさか……駄目だぞ、失ったら本格的に力が使えなくなる!」


頬を少し赤らめながらそう言った。薫は鼻で笑いながら返答した。


「お前なんて眼中にも無いわ!そもそも俺はやべぇ女の血筋の奴と付き合いあるのも嫌なんだぜ?本当はよ」


「でも私とは…ずぶずぶじゃん」


「黑焦狐がいるからな。まぁいなくてもいてもコネは作っとくだろうがな、実力は確かだしな」


「そうかい。んで何かあったのかよ、そんな嫌だったか?式神術の素質があるの」


「嫌…といえば嫌だ。これより強くなって少しでも佐須魔に近付かなくちゃいけないのは分かってる。だがそれと同時にインフレが起こるだろ、そしたら生徒とかはどうなるんだよ、ろくに抵抗も出来ずに死んでいくのか?それは許せない、だからこれ以上に忙しくなって来るんだよ。

生徒会も今は空っぽの空席みたいなもんだ。数人は残ってるが全員各々の訓練をしてる。拳なんて大会終わってから一日も顔見せてないぜ?霊力は禁則地の中だ、止めもしないけどよ…」


「ふーん…まぁでも良いんじゃね?どうせ式神術使われたら付いて行けるの薫と絵梨花と…ギリ翔子ぐらいだろ?他の奴らは実質的に戦闘に参加しなくても良くなるんだ、悪い事ばかりじゃ…」


「それで負けてどうなる。今回と、同じじゃないか。規模が変わっただけ、根本は変わらない。俺は途中まで見ていた、そして実感した。佐須魔は殺さなくちゃダメだって、だから…」


「なぁ薫、今お前何て言った」


早くも酒焼けしている声でそう訊ねる。その声色からは信じられない程の怒りが溢れている様にも思える。


「だから、俺は佐須魔を殺さなくちゃ…」


「ちげぇよ、もっと前だ」


「…今回と同じ。規模が変わっただけ、根本は…」


「もう良い。お前、何思って大会見てたんだよ。そんで、何思ってあの長い映画もどきのクソ戦争見てたんだよ」


「そりゃ…そりゃ…………俺は何を思って…見てたんだ…」


その瞬間、菊は対面にいる薫の胸ぐらを掴むために身を乗り出し、机をひっくり返した。服が濡れようとと構わず、胸ぐらを掴んで訊ねる。


「俺は関係無いです、まさかそんな事思ってないよな、おい」


「んな事…」


「思ってなかったら即答できただろうが!!私は見てて思ったよ!!こんなの勝てないってよ!!!それに加えて刀迦も残されてる、アリスも紀太も中立でいつ敵になるか分からない状況だ。そんな中で戦ってるこいつらはなんでそこまでして身を挺して守ろうとするんだろう、そう思った!!

ラックと話して感じた!!やっぱ予想は当たってなかったってよ!!もっと色々やりたかったってよ!!!なのになんだよお前は!?

何を思って見てたんだ!?そろそろ自覚しろよ!!自分の立ち位置を!!!」


店内に響く大声でそう言った。するとその声をたまたま聞いた兵助が店に飛び入り、菊をなだめてから代金と弁償代を払い連れ出した。

兵助を挟むようにして二人は話そうともしない。あまりに気まずい空気で兵助も何も言えない。すると菊が唐突に立ち止まり、呟いた。


「お前がそんななら、私にもやり方がある。行くぞ黑焦狐、初代の所だ。連れて行ってくれ」


クロもいないのに現れた黑焦狐は半透明だった。そして菊を抱え、何も言わずに薫を睨んでから一瞬にして姿を消した。


「菊!」


兵助が止めようとしても既にいない。二人になってしまった。ゆっくりと住宅街を進む、懐かしい道だ。何年も前に二人で他愛も無い話をしながら通った記憶がある。

だがこの場所は今最悪な場所へと塗り替わった。だがそんな事を気にしない兵助がようやく切り出す。


「何があったんだ、薫」


薫はぽつぽつと、主観が混ざりながらも一つ一つ説明していった。終わる頃には既に住宅街を出て、原と生徒会メンバーが戦った砂浜までやって来ていた。

潮のにおいが凄い。月光に照らされる水面を眺めながら、言葉を投げ合う。


「そっか。まぁ言っちゃ悪いけど薫が駄目だよ、それは」


「分かってる…そんぐらい…菊の言葉でようやく、ようやく理解した……俺がどんなにバカな事をして停滞してたのか…これを知るまでに何人を犠牲にしたか…こんな拳でも分かった事を……何十人の犠牲を出して…」


「ねぇ薫、約束しよう」


真剣に、続ける。


「死んだ皆の事を悔やむのはやめよう、僕も一緒にやめる。だから…もうこれ以上、立ち上がらないでくれ。包み隠さず言うけど今の君に沢山の命を託そうとは思えないんだ。

力があるのは事実だ。だけど、いつ血迷うか分からない。思えばおかしくなったのは紗里奈が死んでからだった。多分薫はさ、向いてなかったんだよ、この生き方が」


兵助は普段通りの笑みを向けながら、そう言った。薫は顔を上げる事さえも出来なかった。


「ちょっと自販機で水買って来るよ、相当酔ってるでしょ」


水を買いに行ってしまった。体が動かない、言葉も出ない、何も出来ない。気力が沸かないわけじゃない、だがもうどうでも良くなって来た。

過去の栄光に縋るのは嫌いだ。だが縋ってでもいないとおかしくなってしまいそうだ、年中命をかけるこの道にいると。ただそれは言い訳にしかならないだろう、兵助や他の能力者だって同じ道に立っていても、もっと危険でも何とか生きている。


「…知ってたはずだ……何人もの命を受け継いできた…その重さぐらい…知ってたはずだ……でも何処か思ってたんだろうな……他人事だって……」


ゆっくりと立ち上がり、砂浜に埋もれている貝殻を拾った。そして常に持ち歩いている小さなメモ帳から一枚切り離し、ペンで書く。ただ一言、何も取り繕う事無く、たった数文字で。


「悪い、兵助……多分、死ぬ」


ゲートを作る。一度だけ、行った事のある場所。だがその瞬間、空気が重くなる。それはラックの家の二階にあったゲートと全く同じ、その性質。となれば繋いだ先は言わずもがなだ。

この気配を察して飛んで来るだろう、ファストや兆波に翔子、兵助も。なので迷わなかった、いや迷えなかった。足を踏み入れ、体を通し、ゲートを閉じた。


「薫!!」


水を片手に走って来た兵助が叫ぶ頃、既に何も無かった。だが探知した霊力のすぐそこに、不自然な紙切れが落ちていた。貝殻で押さえられているが今にも飛んで行きそうな程小さな紙切れが。

駆け寄って手に取った。そこには確かに薫の筆跡でこう書かれていた。


「まかせた」


よれよれの、恐怖に満ち満ちているのが伝わってくる文字で。


「薫…なんで……」


その言葉は届くことは無い。

そしてその夜、最強は死んだ。たった一人の少女の手によって。だが皮肉にもその少女の手によって、最強は生き返った。仮想世界、最高傑作だけが許される世界。

奇しくもその時、神よって認定された。華方 薫は最弱の最高傑作として。



第二百七十四話「兵どもが夢の後」

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