第二百七十三話
御伽学園戦闘病
第二百七十三話「別世界の脅威」
「帰ったぞー」
「あ!おかえり!どこ行ってたの?」
唯唯禍が駆け寄り、訊ねる。シウはひとまず全員に説明する為リビングに集めた。そして遠慮などなくソファに座らせてから伝えてはいけない部分を端折り、全てを説明した。
するとハンドとファストの目が死に、明らかにテンションが下がった。少し申し訳なくなって来るが仕方無い、もう決まった事なのだ。二人もそれぐらいは分かっているので気合を入れる。
「え、じゃあ僕ら三日後ぐらいには行くって事?」
「あぁそうだ。まぁ俺らは大丈夫そうだけど…優衣って奴が心配だな。しっかり言う事を聞いてくれるかどうか…兵助だけの言う事を聞いてると何かあった場合ヤバいからな。とりあえず色々聞き出す必要がある、ぐらいだな」
「あのー…一つ良いでしょうか」
「ん、ハンドさん。なんすか」
「干支蛇が必要な理由って言うのは…」
結界術の事は干支組以外には絶対に漏らさないようにしているし、唯唯禍も桃季もこの能力がどれ程重要なものか理解しているので言いふらそうとはしない。
だがシウは悩む。これからやって行く仲間に伝えないと信頼が落ちる可能性もある。だが言ってしまうと外に漏れてしまう可能性だってある。
兵助は信頼できるが取締課はまだ半信半疑と言うべき状況である。正直言いたくない。なのでここは隠さずそう伝えた。
「はぁ…まぁ分かりました。ライトニングさんに言われている以上私達は従う義務があります、命…には変えませんがある程度は護りますよ。しっかりと」
「そうね。私も出来るだけの事はする。まぁ速度だけだからあんまり戦闘は出来ないけど」
「助かる。とりあえずあんたらとはやっていけそうだ、完璧に信頼はしないがな。まぁいいや、軽く街の構造でも見て来いよ桃季」
「分かった!唯唯禍も行こう!!」
「うん!!鶏太も行こ!!」
「あ、うん」
保護者一人、馬鹿二人で外に出て行った。すると急に家の中は静かになった。生良と猪雄は二人共内気なので喋らないし、ハンドとファストは軽く仕事の内容をハックに伝達しているようだ。
特にやる事も無い。どうせ兵助が来るだろうからそれまで待つのが吉である。ただ何もしないと言うのも落ち着かない、適当に家を探ってみる事にした。
「ちょっとどういう間取りなのか確認して来るわ」
「分かりました。変なのあっても持って来ないでくださいよ」
「桃季じゃねぇんだからそんな事しない」
とりあえずリビングからだ。キッチンが付属していて妙にデカい、天井も高いし何処のホテルだと言わんばかりにピッカピカだ。ただ直近で掃除したとは聞いているのでそこまで不思議には思わない。
それよりもあるスペースだけ妙に古臭い。窓の付近、小さな棚のような物がある。綺麗っちゃ綺麗なのだが何処か古臭い棚だ。そしてその棚の上には一枚の布、それに伏せる様にして置かれている写真立てがあった。
「なんでわざわざ倒したままなんだ?」
死人に口なし、多少無礼な事をしても周囲にいる人物に注意される程度だろうと考え写真を見てみる事にした。その直後、驚愕する。シウは写真立てごと持ち上げていたのだが、驚きのあまり手を滑らせ落としてしまった。
幸いな事に元々あったヒビとは別のヒビが入るだけだった。だが何があったのか気になった猪雄がトテトテと寄って来た。だがシウはすぐに写真を隠し、見せようとしない。
「どうしたの」
「いや、何でもない。猪雄は戻ってろ」
「…?」
疑問符を浮かべながらも言われた通り席に戻ってボーっとしている。すると今度はファストがやって来た。
「何隠してるの、ここラックの家でしょ。そんな重要な物そこら辺に置く馬鹿じゃ…」
ファストも同じだった。だがシウとは違い、すぐに冷静になりスマホを取り出す。急いでその写真を撮り、ライトニングに向けて送信した。
「やっぱそうだよな…」
「そうね…というかなんであんたが知ってるのよ。これほんと最近薫とかの数名が知って、こっちにも軽くしか情報が来てない事なんだけど」
聞かれぬようコソコソと話す。
「分からない。こんな資料何処にも無かったはずだ…まぁ元々戦争の時の写真何て無いに近しいけど…」
「まぁいいや。とりあえずハンドには伝えとく、他の奴らには言わないで。それで元の場所に戻しといて、あの馬鹿二人には絶対教えたくないから」
「そうだな…」
写真を元の位置に戻り。二人共何事も無かったかのように振舞い始めた。誰もおかしいとは思わなかったが、伝えられたハンドは目を少し見開き驚いた。
シウは急いで他の場所も探索を始めた。もしかしたら菊が見つけていない何かがあるかもしれない。
「ちょっと二階行って来る」
外から見ても分かる程小さな二階だった、恐らく一部屋程度しか無いと見ていいだろう。玄関からすぐそこの階段を上り、二階へやって来た。
すぐに違和感を持つ、内装のテイストは変わっていないのだが霊力がおかしい。シウは残滓を感じ取るのがほんの少し苦手分野だがそれでも分かる、異様だ。
だが上がって来るまではそんな気配一切感じなかった。何か特殊な術を使って遮断をしているのだろうか、そんな事を考えながら見渡してみる。
「…どういう構造だ、これ」
訳が分からない。まず階段を上るとすぐ正面には扉、そして左側にだけ続く廊下、昼なので明るいが電球すらも設置されていない。もしやただの倉庫かもしれない、そう考えながらも扉に手をかけた。
その瞬間シウの中に霊力が流れ込んで来た。当然逆流して。
「なっ!?」
急いで抵抗しようとするが強すぎる。恐らくラックの霊力なのだろうが予想以上の力だ。霊力の流れが拮抗し、体が動かなくなって来る。意識が飛びそうだ、そう思った刹那霊力が抜けて行った。
すぐに立ち上がるがその扉からは名状しがたい恐怖を感じ、無視する事にした。とりあえず廊下を渡ろう、そう思い視線を左側へ向けた。
「あ…え……」
言葉が出ない、いやそんなちゃちなものじゃない。魂が吸い取られそうだった。初めての経験だった、魂が直接掴まれた様な感覚は。だが痛みは無く、ただ抜き取られそうになったのだ。
だがその直後、足元に何かがぶつかって来る気配を感じ正気を取り戻した。視線を一度下へ向けるとそこには焦った様子のポメがいた。
「どうしたんですか!?」
何かが階段を駆け上がった音を聞いた生良が階段を上る音が聞こえる。
「来るな!!」
すぐに制止し、戻る様伝えた。そしていなくなった事を確認してから再度、変な物の方へ視線を向けようとした。だがさせてくれない、ポメが視界を遮るのだ。
「な、なんだよ…」
「きゃん!」
「分かんねぇって…」
すると干支犬が頭だけ飛び出し、翻訳してくれた。
「危ない。これはラックも遠ざけたモノだ。やめておけ。人間が干渉して良い代物じゃない…だってよ」
「さんきゅ……でもなんでラックって奴がそんなもの……まさか…」
先程の写真。それは五人の集合写真だった。水色髪の眼鏡高身長青年、お嬢様の様な見た目をした少女、いかついガタイの青年、そして黒髪ストレートの美少女とその横に並ぶ金髪の好青年。
知っていた。あれが英雄と呼ばれた男、アイト・テレスタシアだと言う事ぐらい。だが何故写真があるのかまでは核心に至っていなかった。だがこの謎の物体で理解出来た。
「あいつが……マモリ…」
そう言いかけた時、ポメの後ろ、シウの正面から霊力を感じた。いや違う、霊力ではない。何か別のオーラのようなもの、詳細は分からないが本能が呼びかけている見るなと。
無意識に俯いていた。ポメも青ざめ、丸くなっている。干支犬は威嚇しようとしたが口元を抑えられ、息すらろくに出来ない状態になってしまったのですぐに還った。
「あなたは見ましたか?この空間を」
「…」
言葉が出ない。
「僕は聞いています。見ましたか?と」
「……見…」
「見?」
「…た……」
ほんの少しだった。禍々しい謎のゲートの様な異質なものがそこにはあったのだ。嘘をつけばよかったかもしれない、そう後悔さえしてしまった。
だが恐らく通じないだろう。階級が違う、アリと核爆弾のような実力差がある。全てを見透かされている、そう思うを得ない状況だ。
「そうですか…本当にこちらの世界のニンゲンは何故こうも僕に手間を取らせるんでしょうか。仕事のなので仕方無いですが…主のためにももう少し自重してください」
動かない、言葉も出ない。
「返事は無いのでしょうか」
出ないのだ。出してくても、喉が動かない。
「…あ、すみません。出力を間違えていました」
その瞬間、一気に楽になる。まるで霊力濃度が十数割になっているようだった。
「こちらの世界は少々複雑でしてね。僕の場合力を放出しておかないと崩れていくんですよ、体が。まぁ与太話は置いておきましょうか。
再度訊ねます。見ましたか?」
「…はい……少しですが…」
「はぁ……仕方が無いですね。手順を踏むのがクソみたいに面倒くさいので記憶は消しませんが、今後はここに立ち入らないようにしてください。
それより気になる事があるのですが、何故貴方は入って来れたのですか?このポメラニアンは許可が出した記憶がありますが…何故貴方のような一般人が僕の空間を通って来られたのか…疑問は残りますが良いでしょう。
即刻立ち去り、この事を誰にも告げない限り僕や他の住人も手を出さない。早く戻ってください、やるべきことがあるのでしょう」
顔が上がらないが体は動く。ポメを担いで転げ落ちるように飛び降りた。その時何か違和感を覚えた、上った時と同じ感覚だった。言うなればそう、自身がいなくなったような感覚だ。浮いている様な、沈んでいる様な。筆舌しがたい感情にほんの一瞬包まれたのだった。
「…お前がいると説明面倒だからひっそり帰ってくれ…」
窓からポメを放り投げ、リビングに戻った。明らかにゲッソリしているシウを見た生良は心配し、何があったのか聞き出そうとしたが頑なに口を割らない。
何か嫌な感じがした猪雄はバッと立ち上がり、階段へ突撃しようとする。だがファストが全速力で前に飛び出し、止めた。この家の一階は安全、そう分かっている。だが二階は人が立ち入ってはいけない正に魔境なのだろう。
ファストも肌でそう感じ取った。なので止めた、猪雄は感じ取れていないのだ、先程の異様なまでの重苦しい気配を。
「駄目、行くな」
「…」
「駄目!」
珍しくファストが声を荒らげた。猪雄は大きな声を出されて驚いたのかそそくさと戻って行った。シウは生良に何も無かったとだけ説明し、戻した。
階段前でファストと二人、当然訪ねて来る。先程の事もあり多少はファストに信頼を置き始めたシウではあるが、こればかりは言えない。だがそれすらも言って良いのか分からず、ただ手を顔に当てて首を横に振る事しか出来なかった。
「たっだいまー!!」
その嫌な兆しを打ち消すかのようにして馬鹿二人と鶏太が帰宅した。二人はすぐにいつも通りの雰囲気に戻り、今後どうするかを軽く話し合っていたと嘘をついてリビングへと三人を押し込んだ。
ファストはしっかりと意図を汲み取り、それ以上の事を詮索しようとはしなかった。そして鶏太が買って来た食材で夕ご飯を作る事になる。時刻は十六時半、普段よりは少し早いがたまには良いだろう、そう思いながらシウは再度ソファに座った。
「特に問題はありませんでしたよ。主様」
「ん~お疲れ~。まぁ最初から何も無いって知ってたけどね!やっぱお前をコキ使うのは面白いわ~」
「…ほどほどにしてくださるとありがたいです。では僕は他の仕事がありますので。何かありましたらご連絡…」
「いや、今日の仕事は明日まとめてやって」
「…はぁ」
「今日はやってほしい事があるの」
「何でしょうか」
「もう最終段階だからさ。付けてあげて、稽古」
「何日間でしょうか」
「一日やって、一日休むのローテーションでよろしく~期間は私が終わりって言うまでね~」
「了解致しました。それでは早速やりましょうか」
「本当に良いのか?僕は本気で行くぞ」
「何を言っているんですか、貴方が僕に勝てるはずも無いですよ」
「そうか。じゃあ行くぞ」
『聖剣 エクスカリバー』
「さぁどうぞ。一秒で、いや三秒ですね。捻りつぶしますから」
第二百七十三話「別世界の脅威」




