第二百七十話
御伽学園戦闘病
第二百七十話「初めて見る顔」
『降霊術・神話霊・干支鼠』
猪雄が続いて鼠も呼び出す。他の霊とは違い、鼠は物量攻撃のようだ。百匹にも及ぶ大量の鼠が兵助達の元へ駆けて行く。
「破柱」
鼠たちはその数からある程度確立された指示の文言がある。破柱はその名の通り、柱を壊す攻撃。敵の足に巻き付き、歯で削って行く技だ。単体だとそこまで脅威では無いが大量にいるとなると話は変わる。
兵助はその事を知らなかったので少し驚くが全くと言っていい程問題は無いのだ。何故なら、ハンドがいるから。
「すみませんが、征服されてください」
その瞬間大量の手たちが襲い掛かる。だが家具は荒さないよう、慎重に皆の体を掴み拘束した。その瞬間桃季が叫ぼうとする、だが口も塞がれてしまった。鼠も振り落とされ、完全に打つ手が無くなった。
そう思った時だ、背後からシウが物凄い速度で殴り掛かる。だがそれに対抗するように乾枝が手を差し伸べ、触れた。その瞬間シウは崩れ落ちる。
「私の能力は筋肉の停止、まぁ完全に停止すると色々問題はあるので最低限生命活動が保てる程度にはしてあげてますがね」
当然声も出ないし、顔も動かせないので皆に何かを伝える手段がない。完全に詰みか、そう考えるともう一人飛び出して来る。
「何してるんですか!?」
生良だった。少しの間だが学園にいたため兵助、乾枝の顔は知っている。
「いや、ごめんね。ちょっと話聞いてもらいたいんだけど…なんか妙な術がかけてあったから強行突破したのさ。そしたら敵だと勘違いしたのか攻撃して来たから、力で征服しただけさ」
「はぁ…とりあえず離してあげてください。シウさんも戻してあげてください」
生良がこう言うのならもう殴り掛かっては来ないだろう。それぞれ解放し、手をしまった。猪雄も鼠を戻した。するとシウが訊ねる。
「反射で殴り掛かったが…なんでお前らがいるんだよ」
「少し長くなる。私達も戦闘は望まない、どうにか話を聞いてほしい」
「…まぁ分かった。とりあえず来客とか想定して無いから床に座ってくれ」
干支組は椅子に、侵入して来た兵助達は床に座った。そして話を切り出したのは鶏太だった。
「僕も一応知ってはいますが…何故あなた達がここに?」
「えーごほん、それでは説明させてもらいましょう。まず数時間前、僕達が大会で負けたのは知っているかい」
「はい。知っています」
「なら三年後に再度大会が行われる事を知っているはずだ。だが流、礁蔽、紫苑、ラック…他にも死んでしまった者がいる。となると僕らに勝ち目はない。ライトニング達能力取締課は協力してくれる事になったが…あまりにも戦力不足だ。だから…」
「駄目だ」
シウが口を挟んだ。
「俺らがこんなへんぴな場所で暮らしてる理由、分かるだろ。さっき破った結界だってササっと直したけど霊力大量に使ったんだぞ」
「それは謝るよ。だがこんな場所で暮らしている理由、僕には分からないな」
「迫害を受けない為だ。俺らは元々仲が良かった、ある事を境に能力者へとなってしまった。酷いもんだった、俺らは別に差別をする側の無能力者じゃ無かったが…なってみないと分からないもんってのもあるんだと、その時知った。
だから俺らは逃げる事にした。この水底に。俺しか使えない能力『結界術』を使用して」
「そうかい。なら君達は何故抵抗しなかったんだい。干支神は強い、即戦力になるから反抗出来たはずだ」
「それじゃあ駄目だ。当時TISという団体を認知していなかった。だが俺らは常に市民でいたい、目立ちたくないんだよ。お前ら戦闘狂には分からない話だよ」
「……一体全体何を目標にしているんだい?僕には見えないよ、先が」
するとシウは黙り込んでしまった。そこで見抜かれる、シウは今をどうにかしようとしか考えていないのだ。目標などない、ただこうやって何もせず生きて行こうとしか考えていないのだ。
だがそれは正常な思考であり、捨ててはいけない精神である。今の学園側メンバーにはその精神が足りなさすぎる、自分達の力が強大すぎるあまり何かを成し遂げなくてはいけないと言う義務感が強すぎるのだ。
「ノブレスオブリージュ、君はそれぐらい知っているだろう?シウ・ルフテッド」
「まぁな。一応俺の母親フランス育ちだし、聞いた事はある」
「そうだろう。なら言いたい事は分かるだろう?君の力は強い、それがどれだけ偶然の産物、望まぬ物であろうと君はその力を手放そうとしていない。それ即ちそれなりの責任感は持っているのだろう、この場にいる皆の生活を支える事が出来るのは君だけだ、それは僕も察している。
だからこそ戦闘には参加したくない、自分が死んだらこの干支組は崩壊する。そう考えているのだろう。勿論それも責任であり、果たすべき義務だ」
「なら…」
「だが!全うすべき義務が一つだとは限らない。僕らはTISを撲滅し、差別の無い世界を作らなくてはいけない。全ての差別を無くすことは不可能だ、断言しよう。
だが能力者全体での差別を無くす事は不可能ではない。せめてもの思いだ、全体では無く、個人での差別まで格を下げさせるのさ。そのために必要なのは"力"だ。
歴史でもあまり喜ばれなかった経験だ、争いは。戦争を起こして、能力者は更に地の底へ落とされた……だがそれは無能力者と戦ったからだ。今僕らが戦うのは能力者、見せつけるチャンスなんだよ、無能力者に、僕達の力と、権力を。
それが僕らの義務、そう考えるんだよ。僕は…いや婆ちゃんは」
「沙汰方 小夜子……あいつがいなければ俺は生まれなかった。知っている、俺らが出なくてはいけない事ぐらい。干支神は強い、ひたすらに。だがな、お前らのような石橋をハンマーで破壊しながら爆走するような奴らに力を貸す道理はない、それだけの事だ」
「…どうやら君はそこまで賢く無いようだ。ガッカリだよ」
「なんだよ、急…」
「力を貸す事は選択肢ではない、決定事項だって言ってるんだ。何故分からない、ここまで言って何故分からない。僕はそこまで君が馬鹿だとは思っていなかったよ」
すると桃季が声を上げる。
「おかしいでしょ!私達は別にこのままでもいいもん!!殺したいなら勝手に殺せば良いじゃん!!私達が力を貸さないってだけじゃん!!」
「僕は小さな頃から本土育ちでね。婆ちゃんが育ててくれていたけど、それでもタルベと二人の時間が多かった。でもそのままだと何も見につかないだろうと感じ、島の者と連絡を取り合い様々な助けをしていた。主に情報収集だ。
だが情報収集にはそれなりのリスクが生じる。TISなんかとバッタリ遭遇したら殺されかねないからね。そこで僕はある思想を培った。一言で表そう」
一息おいてから言い放った。
「責任は軽い」
「いや、責任は…」
シウが反論しようとしたが兵助が被せた。
「責任"自体は"軽いのさ。そこに乗っかる失敗の不安、懸念、報酬、義務、他数種類に及ぶ感情や思考が絡まり合う。責任とは土台、巻き付くための支柱なのさ、あくまでもね。
だが馬鹿な人間はその責任だけに目を向ける、様々な重りがのしかかり破壊する事さえままならない状態の責任ばかりに。少し視線を上に向け、重りを一つずつ外せば良いだけだ。そうすれば軽いだろう?責任は。
シウ、君は責任を重く見過ぎている。失敗を恐れている、その結果のしかかる重りに押しつぶされる寸前だ。気付いていないかい?自分の心情の変化さえも。君は揺らぎ、傾いている、こちら側に」
「そんなはずは…」
「君だって気付いているはずだ!このままではTISの思うがまま!無能力者は全員殺される!そんな世界を望んでいる訳じゃないだろ?賢い選択など無い。だがここで僕らに付かない事に関しては言える、それは馬鹿のする事、愚策だ!来いよ!責任や義務は僕が負ってやる、だから力を貸せ!シウ!!」
水の音が聞こえてくるほどの静寂、皆が息遣いさえも殺し返事を待つ。兵助も半分賭けだった、婆ちゃんに教えてもらった事をそのまま言っただけだ。
だがそれでも、シウの心は揺れ動く。このまま何もせず終息を待つだけで良いものだろうか、力を持ってして誰にも協力せず、死なせていくのか。
無能力者からの差別を受けた。だがそれでも、正義感は捨てきれなかった。
「何もしないままじゃ…寝覚めが悪いよな……猪雄、生良、桃季、唯唯禍、鶏太。今からお前らは自由に選択しろ、俺はこの一瞬、または今後永久お前らから手綱を外す。だから選べ、俺は兵助に行く」
席を立ち、兵助の元まで歩み寄った。そして振り返る。
「シウ…」
この中で一番付き合いが長かったのは桃季である。だがそんな桃季でさえも見た事の無い表情が数多く存在している。シウは常に真顔で、基本揺らぐ事の無い嵐の前のような人間だ。
人の言葉に感銘を受ける事などありはしなかった。ただ自身のやり方で、皆を守り、平穏に暮らして行こう。そう考えている事が透けている人物だった。
だがその顔は、笑っていた。何かが面白かったわけでは無い、何かを嘲笑っている訳でもない。言うなれば、そう期待の笑顔だ。
新たな仲間に対してか、同じ能力を持つ仲間に対してか。それは誰にも分からない、だが桃季はふと言葉を漏らしてしまった。
「私も、行く」
それに続くようにして生良が言葉を発した。
「学園側の人は信頼出来る人です、シウさんが行くのなら僕も付いて行きます」
そして唯唯禍が少々困りながら決断を下す。
「うーん……でもやっぱ、あたしはみんなと一緒にいたいや!行くよ、シウ!」
猪雄は言葉をいらないと言わんばかりに頷いた。
だが最後の鶏太だけはまだ決まらない様だ。するとシウが声をかける。
「良いんだ鶏太。お前はここに残ってくれ。あまり戦闘向きじゃ無い事ぐらい分かってる、戦いが終わってここに戻ってきたら、また飯…」
「シウ!……勘違いしないでね。僕は兵助さんの言葉に感動して、行くんだから。別に君に対して未練があるとかそう言うのじゃないから!」
「…そうかよ」
鶏太はいつもそうだ。少し恥ずかしいとすぐに出鱈目を口にする。だがそこも良い所だ、素直な気持ちを持つ者が多い干支組の中では一番まともで、一番ひねくれて居る。だがそこが、良いのだ。
「結論は出たぜ、兵助。お前が全て負ってくれるってんなら、行くぜ。俺ら全員で」
そう言って手を差し伸べた。兵助は急いで立ち上がり、ハンカチで手を拭いてから強い握手を交わした。
「あぁ、よろしく」
引き入れる事には成功した。だがこの時兵助は聞かされていなかった。シウにはまだ、やるべきことがあると言う事を。
第二百七十話「初めて見る顔」




