第二百六十九話
御伽学園戦闘病
第二百六十九話「貫通の七百五十二」
水の底、低く練り上げられた『結界術』で生成された空間。プライバシー、利便性、隠密性、全てに優れ不満一つも出ない場所。気泡が発生する事も無く、酸素も無限、正に人智を越えたその空間では六人の子供が生活していた。
一歩踏み出せば闇の底、そんな場所で、密かにも大胆に。
「起きてくださーい」
気弱そうな青年が朝を知らせる。水底故に陽は見えず、ただし太陽光は確保済み。それもこれも全て結界のおかげである。
「シウさ~ん…起きてくださいよ~」
「ん~?あと五分~」
寝ぼけに寝ぼけたもう一人の青年は真っ白な部屋で眠っている。布団を深く被り、まるで犬のようにして。
「駄目です!今起きてください!」
「ん~だから後五分…」
すると朝から元気一杯な少女が扉を勢いづけて開けた。
「起きろシウ!!そして私の髪をとかせ!!」
「んぁ~?寝癖ぐらい自分で直せよ~」
仕方無く体を起こし、手洗い場まで歩む。早起きの青年は朝食の準備に取り掛かった。少女と遅起きの青年は共に歯を磨く。そして冷たい水で顔を洗って目を覚ます。
大きく息を吸い、吐く。何回か繰り返し、霊力を少し生成し一日が始まった。
「さぁ桃季、動くなよ」
「しょうがないなぁ!」
朝っぱらから威勢の良い事だ。青年はくしを使って桃季の髪を丁寧にとかし、寝癖を直した。その後軽くまとめて左の方で結び、いつものサイドテールにしてやる。
少女は終わった瞬間リビングへと飛び出した。
「起きたか!!」
「あ、はい」
そこには黒髪の少年、異様な干支神使いである[兎波 生良]が椅子に座っていた。桃季も椅子に座り、朝食が出て来るの待つ。
「おはよう」
青年もリビングへと出る。
「おはようございます」
「シウさん。おはようございまーす」
生良に続いてリビングでせっせと朝食を作る青年も挨拶を交わした。シウも席につき、完全には落としきれなかった睡魔と争っている。すると部屋からもう一人の公害が。
「おっっはよー!!!」
「おはよう…ございます」
生良にとって元気な奴は苦手の対象だ。苦し紛れに苦笑を浮かべ、挨拶をする。
「ちょっとだけ声量落とせ、唯唯禍」
金髪の高校生だろう。一応制服を着ている。
「はーい。桃季もおはよ!」
「朝からうるっさいわね!もうちょっと静かにしたらどうなの!?」
全員が「お前が言うか…」と言わんばかりの視線を向ける。そしてシウが早起きの青年に訊ねる。
「鶏太、猪雄は起きてないのか?」
「はい。どうやら昨日夜更かししてしまったらしくて。多分十時頃ですかね。いつもの傾向から考えて」
「分かった。まぁ別に寝かせても良いか。にしても今日の鶏太の髪、いつにもましてフワッとしてるな」
早起きの青年、鶏太は左眼を白い髪で隠している。そして両もみあげ辺りに赤い髪も少しだけ生えている。それと体格が貧弱そのもの、シウも人の事は言えないがとても高校生とは思えない。身長はそこまで気になる程でも無いのだが。
やはり本土暮らし、栄養を取れないという点は基本皆一貫しているのだろう。
「はい、出来ましたよ」
五人分、猪雄の分は起きて来た時に作れば良いと考えひとまずは今いる人数分の朝食だ。とてもシンプル、絵に描いたかのような朝食だ。
トーストにハムエッグ、久しぶりにこんなテンプレ中のテンプレ料理を見た。鶏太が料理を担当しているがここ最近は少しだけ凝った物を作っていたので少しだけ違和感があるのだ。
「えー!!今日の朝ご飯これ!?いつもと比べてショボくない!?」
「たまには良いかなって思ってね。初心を忘れない事は大事だよ?料理でも、私生活でも、勿論戦闘でもね」
「私が一番強いし!」
胸を張りながら堂々と言い放つ。すると横に座っているシウがトースト片手に胸を掌で叩く。
「良いから食えよ。冷めるぞ」
「朝から痛い!!」
「元気そうで何より。まぁどちらにせよさっさと食え」
「どうしてそんな焦ってるの?あたしゆっくり食べたいんだけど!」
「正午なる頃には分かる。とりあえず早く食って掃除するぞ、汚いからな」
「えー!?私達学校行ってないけどさぁ…たまには外で遊ぼうよー!!」
「駄目だつってんだろ。遊ぶなら明日にしろ。別に友達もいないんだから問題ないだろ、桃季」
「いるし!…五人……あと一匹」
「俺らと龍じゃねぇか。まぁ良いわ、ご馳走様」
一番早く食べ終わったシウは食器を運び。一言告げてから自室に戻る。
「俺が出て来るまで入ってくんな。結界操作する」
そう言うとうるさかった二人も大人しく頷いた。その結界操作とはこの空間を作り上げている『結界術』で月に数回メンテナンスを行わなくては崩壊してしまう、今日は何かあるようなのでそのために準備しているのだろう。
「ごちそうさまでした」
察した生良もちゃっちゃと食べて自室へと向かう。
「なんでみんな焦ってるのかな…あたし分からないんだけど」
「唯唯禍はバカだから分からないのよ!私は分かってるから!!」
「ホント!?何々、今日何があるの!?お祭り!?」
曇りなき眼で訪ねて来る。そんな事をされるとノリで言ったなどと言えるはずもなく、言葉を詰まらせる。鶏太はいつもの事だと気にせず自分のペースで食事を進めている。
助けを乞うても目すら合わせてくれない。仕方無くホラを吹く事にした。
「今日はね、敵が来るのよ!!敵が!!」
「ええええ!!!ホント!!??
「でも大丈夫。私の干支辰で蹴散らしてやるわ!」
「適当言ってないで早く食べてくださいよ。片付けるの僕なんですよ」
お叱りを受けた二人はとりあえず朝食を済ませる事にした。そして鶏太が全員分の食器を洗っている間、唯唯禍と桃季は二人でゲームをしている。
「遅い遅い!!私に勝てるはず無いでしょ!!!はい一番!!」
「あー二番ー……やっぱ桃季上手いよ~」
「そりゃあ私は私だもん!強いに決まってるでしょ!」
「んーゲーム飽きたよーなんか別の事しよーよー」
「はぁ!?まだ十五分しかやってないでしょ!!……まぁいいや。何するの」
「んーどうしよっかなー」
うつ伏せになり、右半分の顔を潰しながら桃季の方を眺める。
「私も暇なんだけど!何するの!」
「んーしりとりでもするー?」
「あんぱん!!はい終わり!!」
「ふつーに考えて最初から終わりだったら成り立たたないでしょ~桃季はバカだな~」
一瞬イラっと来た桃季だったが抑える。こんな高校生なんかの煽りに負けてはいけない、そう心を抑える。するとシウが疲れを前面に押し出しながら部屋から出て来た。
「終わった……やっぱめっちゃ疲れる……霊力も200近く使っちまった…」
「お疲れ~結界はどう?ヒビとかなかった?前みたいに洪水になるのは僕嫌だよ?」
「安心しろ。無いから。とりあえず二枚追加で張った」
「必要あるの?今更二枚」
「ある。ちょっと特殊な奴にした。まぁ結界術とか俺が編み出して俺しか使えないから重要性は分からないだろうが……端的に説明すれば一枚が雛形、二枚目を張るための補助的な奴。そんで二枚目が認識遮断、外敵から身を隠すのさ。悪いが今日は電波悪いぜ」
スマホを確認すりと圏外になっている。シウが遮断系の結界を張る事自体はそこまで珍しい事では無いのだが、ここまで効力の高いものは始めて見た。
やはり今日は何か起こるのだろう。すると桃季が聞く。
「何かあるのか!?今日!」
「ある…と言ったら?」
「困る!!」
「そうだな、困る。だから遮断結界を設置した。安心しとけ、今日は電波が悪い以外に何も変化が無い日だ。俺はちょっとだけ仮眠を取って来る、二時間ぐらいだ。後で起こしてくれ、誰でも良いから」
「分かった!この桃季が起こしてやろう!」
「あぁ、よろしくな」
結界を張ったせいで疲れているシウは自室へと引き返して行った。その様子を見た唯唯禍は顔を真っ青にして心配している。
「あんなシウ始めて見たよ…死ぬの!?シウ死ぬの!?」
「安心しなって。そんな事は無いよ、シウが自分の能力で生死を管理出来ない訳がないじゃん。なんせ僕らのリーダーだからね」
「そっか…安心だぁ」
胸を撫でおろし、一安心と言った所である。だがその直後、もう一つの疑問が浮かぶ。
「結局今日は何があるの?なんで遮断結界張ったの?あたし良く分かってないよ?」
「私も分からない!」
「僕も見当が付かないな…あそこで短時間で疲労してたって事は相当強い結界張ったって事でしょ?それなら何か重大な事でもあるのかな…」
「私長い事シウといるから分かるけどあの疲れ方、前に私のせいで四十八時間丸々微弱な遮断結界張らせちゃった事がある…その時と同じぐらいだったよ……多分強度も凄いし、何より効力が凄いんだと思う……多分、目にも入らないし、霊力も通さない結界…とかじゃない?」
珍しく桃季が静かに分析している。異様すぎて二人はドン引きしている。だが実際シウがそこまで疲れるのは異常とも言えてしまうのだ。何か重大な事が今日、起こるのかもしれない。
そう考えると冷や汗がぽつぽつと湧き出て来る。それと同時に焦りが生じる、まさかまさかの場合今日死ぬ何て事も。そう考えたその時だった。
「おはようごじゃ…ございます…」
予想よりは一時間も早かったが、起きて来た。限りなくオレンジに近い茶髪で右眼は髪と同じ色、左眼は水色のオッドアイだの少年[鼠田 猪雄]が。
「あ、猪雄君!今ご飯作るね、ちょっと待っ…」
「大丈夫です。それよりも何があったんですか?強い遮断結界?みたいなの張ってありますけど…」
「僕達も分からないんだ。ただ張った後シウが相当疲れてて…桃季曰く微弱な遮断結界を四十八時間張り続けた時と同じぐらいだったらしいよ。消費霊力は200ぐらいって言ってたかな」
「…………」
猪雄が黙っている。何かあったのか、訊ねようとした時だった。皆の横、テレビがある少し上の結界にヒビが入った。その瞬間、猪雄が即行で唱えた。
『降霊術・神話霊・干支猪』
その瞬間、もうどうな猪が飛び出しヒビの方へ突撃した。他の三人は壊れるだけだと止めようとしたが、猪雄の行動は全くもって正解そのものだった。
一瞬にしてぶち抜かれた"七百五十二枚"にも及ぶそれぞれ違う効力を持つ結界群、攻略法などない。ただ速度で突っ切っただけだ。どんな最強の壁だろうが、光に勝つには、到底及ばない。
「強い子達、見っーっけ!」
突撃して来た者を全員知っている。乾枝 差出、name ファスト、name ハンド、そして沙汰方 兵助、その四人。
「ちょっと僕に、付き合ってくれ」
第二百六十九話「貫通の七百五十二」




