第二百六十四話
御伽学園戦闘病
第二百六十四話「俄然なる」
「ようやく、やったか」
「お前も分かっているじゃないか。さぁやるぜ、怜雄」
『僕が攻撃する。適時の判断は全て君に任せるよ』
「おうよ。んじゃ早速頼むぜ!!」
紫苑が動き出した。先程と比べると相当早い、だが対応できない範疇では無く、問題があるかと言われるとそうでもない。変わらずカワセミが庇おうとしたそのとき、変化を実感する事となる。
剣を振ったがあまりにも早かった、異常な速さだったのだ。ただ燦然はそこまで怖くない、カワセミが体で受け止め無傷だった。やはり神には剣しか通用しないのかもしれない。そう考えた時怜雄が頭の中に語り掛ける。
『君はこいつをどうしたいんだい?』
「殺す。敵だから」
『了解だ。尽力しよう』
そうは言うが剣は通らない。今紫苑にできるのはこの剣でカワセミの油断を作る事だ。一瞬でも見つける事が出来ればガーベラとぶん殴って反体力を発生させればよい。
ただそこまで持って行くのが非常に難しい。カワセミが油断を見せた事も一度も無く、予兆すらない。常に敵を視界に収め本体を護ることが出来る位置に付いている。
燦然の全体攻撃でも大したダメージは見込めない、どうにかして探し出さなくてはいけない。弱点を。
「行くぞ」
『どうぞ』
再度距離を詰めようとした。だが今度はカワセミが突っ込んで来る。攻撃に転じたかと思い防御に回ろうとしたが違う、単純に前に出て来ただけだった。恐らく何か考えがあるのだろうが理解できない。
強い恐怖感に襲われる。プレッシャーが凄まじいのだ。見た事の無い技を使用してくるかもしれない、そう考えると足がすくんでしまう。ただこのまま突っ立っていても何も始まらない。乱入が無い内に決着を着ける。
「どうにかしてあいつの弱点を探し出したい。何かないか?」
『無いね。神は無敵だから神と呼ばれるのさ……まぁ君達でいう仮想世界のマモリビト以外には必ず弱点があるがね』
「どう言う事だ」
『あいつは完全無敵な者を絶対に作らない、自身が負ける可能性があるからだ。確実に何処か弱点を作っておくのさ。だがまだ分からない…もしかしたら概念的なものかもしれない。結局の所無いに等しいのさ、弱点なんて』
「どうすんだよ」
『それを考えるのは君の仕事だろ』
「…しゃあねーな。んじゃ出来るだけ本気で攻撃しろ、それがお前の仕事だ」
『了解』
再度距離を詰め、斬りかかる。だがその時カワセミは今までと違う動きを見せる。大きく口を開き、剣を咥え込んだのだ。驚く間もなく燦然が手元から離れていく、飲み込まれた。
それと同時に怜雄の気配が消え、紫苑一人になった。完全に負けた、あいつの腹は四次元空間にでもなっているのかもしれない。どう考えても図体の何倍もある剣を飲み込めるはずがないのだ。
ただそんな事を考えていても仕方ない。何とかして剣を取り戻し、決める。
「でもどうすっかな。俺だけじゃ勝てっこないしな……しゃあない。霊力消費多いけど、やるか」
一度距離を取る。幸い詰めてこないので準備は出来る。紫苑は霊力を喉元に集める、もしかしたら発声によって力が変化したりするかもしれないと思ったからだ。
そして集めた霊力をまとわせるようにして唱える。
〈全門揃えて撃て〉
《サンタマリア》
現れた大きな木船。その砲台から何十発もの砲弾が落下していく。そしてカワセミに追従するように移動し、直撃する。土煙が発生し場が止まる。
晴れ始めた頃紫苑は失笑するしかなかった。サンタマリアの全門攻撃を完全に無傷で、声を漏らす事も無く、堂々と耐えたのだ。まさか雨竜では無いと攻撃すら通らないのかもしれない。
だがガーベラ分の霊力を考えるともう使えないしほぼ詰みに近い。あまりにも無敵だ、全ての攻撃を無傷で受け止めている。まるで常にバリアでも張られているようだ。
「…バリア?……いっちょやってみるか」
賭けだ。紫苑は今までに何度も運ゲーをしかけ、勝って来た。だが今回はあまりに今日だな敵故正直勝てるとは思っていない。だがこの賭けに勝ったら勝利は目前となるはずだ。
ただし失敗は死だろう。ここまで来て力も借りたのだ、他の皆の妨げになる神は排除しておきたい。流と佐須魔が猛烈な争いを繰り広げているのが分かる。何とかしてここで落とさなくては勝てるものも勝てなくなってしまうだろう。
「行くぜ」
一気に距離を詰める。だがそんな事をすると危機を察知したカワセミが攻撃を仕掛けるだろう。だが、そこだ。それでいい、カワセミは小さな体のせいで強大な力を放つ際必ず動きを止める。
その時間は短いが自由な位置を殴る事が出来るのならば充分である。だがまだガーベラは出さない、どうせここで弾かれたらガーベラは通用しないのだから無茶はしない。
「どうだ!!」
片手で思い切り殴る。場所は口内だ。
「ラックが必要って行ってたのはこう言う事か」
馬柄が災厄に対して行っていた、どれだけ防御が強い相手でも口内や眼などは弱点に成り得るのだ。そしてこの攻撃の賭け、それは"装甲"か"バリア"かだった。
装甲の場合表面だけだが、バリアの場合体内も非常に堅くなっているだろう。幸いな事に装甲だったため口内への攻撃はクリティカルヒットだった。
カワセミは危機感を覚え、すぐに後ろに引いた。その動作を見てようやく理解する、カワセミが前に出て来たのは紫苑を舐めていたからだ。叉儺に攻撃が届くことは無いと何処かで確信していたのだろう、だが今回の打撃を受けてその思考は払拭、防御に回ったのだ。
「じゃあ終わらせようぜ。俺の勝ちでな」
「何を言っておるのじゃ。一発ぶち込んだ程度で勝てると思っておるのか?馬鹿馬鹿しいのう。神は学ぶ、もう至近距離で…」
攻撃しない、そう言うおうとした瞬間だった。紫苑が姿を消した、と思ったのも束の間カワセミの真ん前に立っている。すぐに妨害をしようとしたが遅い。
既にガーベラが出て来ている。二人の動きが重なり、放たれる一撃。
「やっぱアーリアの身体強化、クッソ便利だわ」
貯めておけるのだ。そして紫苑は十六年間で一回も身体強化を使っていない、なので十六年分は残っている。そこで一気に十六年分使用した。
その速さたるや、神の如し。
いや神でも反応出来なかった、それ以上だった。それも当然、紫苑はラックが兵隊用に設計したものを仮想のマモリビトが更に改良を重ねた超スーパー個体なのだ。それぐらいは出来て当然なのだ。
だがそれでも規格外だった。
「俺の勝ちだ」
反体力、その衝撃は神へと伝わった。カワセミは血を吐くと同時に、燦然の柄を口から出した。紫苑はすかさずその柄を思い切り握る。だが引き抜かない、何故なら直接くらわせたほうが効力は高いだろう。
叉儺も分かっていた。何が起こるか、だがもうどうしようもない。紫苑の一言で決着がついてしまうからだ、そして始まる短い短い鎮魂歌。
「燦然」
霊力放出を最大まで上げる。どうせ死ぬのだ、最大火力をぶっ放してから死ぬ。
パチパチと霊力が音を立て始める、絶望しかない。ゆっくりと満ちて行く攻撃性の高い光、死を悟った。二人と二匹に襲い掛かる激痛、声も出ない。次第に意識が薄れていく、霊の感覚も無くなって行く。
数十秒にも及ぶ長い長い葬儀だった。光が晴れるとそこには一人の青年だけが立っていた。
「お疲れ様。あとは僕がやっておこう、紫苑」
白髪の青年。蟲毒王[怜雄]である。どうやって出て来たのかは不明だ。だが既に息をしていない紫苑の体をそっと地面に置き、上がって行く二つの魂を護衛するようにして浮遊する。
ただ当然やってくるだろう、ハイエナが。
「退け、それは俺達の魂だ」
刀を抜き、威嚇する。
「悪いが君の様な主を愚弄する者に対してかける慈悲は持ち合わせていないのさ。生憎育ちが悪くてね、殺すか殺されるかの世界で生きて来たのさ」
刀を抜き、威嚇する。
「早く退け、でないとお前を殺す事になる。俺だってそんな事はしたくない、天仁 凱には感謝しているからな。この刀を置いて行ってくれて」
「ならばお前を殺すしかないな!!」
素戔嗚が斬りかかった。だが刀は怜雄に当たることは無い、だが別の刀に当たった。鞘にはこう書かれている[唯刀 馬柄]と。黄泉に限りなく近いその場所で、派遣された一人のおっさん。
「駄目だろ、素戔嗚ちゃ~ん」
ふざけているように見えて大真面目だ。素戔嗚も当然知っている、見た事があるからだ。だがそのせいで手が震える。師匠である刀迦は言った、「馬柄は勝てない。強すぎ」と。
そんな師匠に勝てない素戔嗚がどうやって勝とうか、この男[杉田 馬柄]に。
「なぜ…お前が…」
「エンマにいわれたのさ、アイトの魂は死守しろってな。魂ごと切り裂かれるか、生きるか決めろ。俺は同じ血筋の奴でも容赦はしないぞ」
「……クソが…」
素戔嗚は致し方なく撤退した、ここで戦っても恐らくどうにもならないと判断して。
「そんじゃ後は俺が送り届けるぜ、怜雄」
「分かった。頼みます」
怜雄も一瞬にして姿を消した。馬柄は二つの魂が昇り、消滅した所で帰って行った。そこにはもう何も残ってはいなかった。死体も無いし、剣も回収された。
ただの荒れた場所には、もう何も無かった。能力者戦争の面影も、何も。
「…お疲れ様、紫苑。頑張ったね」
そこにいたのはエンマだった。
「お!フロッタじゃん!ラックの過去見たぜ、お前あんな荒れてたんだな」
「ちょっと~やめてよ~まぁいいや。とりあえず君が今後どうなるかを伝えておく」
「おう」
「君はこの後黄泉の国に送られる。だがランダムな場所に飛ばされるから、宮殿へ来てくれ。そしたら衣食住を担保するよ。君の力は人の域を越えている、最低限だが厳重に管理させてもらう」
「マジ?俺結構パーソナルスペースとか気にするぜ?」
「どうせ飴雪がいるから関係無いでしょ~まぁそこら辺は追々…それで一つ頼みたい事がある。今からそっちは地獄に送る」
そう言いながら紫苑の背後に指を差す。振り向くとそこには丸くなりながら横になり、生気の無い顔をしている叉儺の姿があった。
「一応大量殺人犯ではあるからね。まぁ根はそこまで悪い子じゃないっぽいから僕の方の地獄に入れるよ、対策も込みで四年ぐらいで良いかな。
それで紫苑にはある仕事を請け負ってもらいたい」
「何か報酬はあるのか?」
「力を得ることが出来るよ。今後必要になる、必ずね」
「…まぁ分かったわ、んで内容は?」
「門番の躾さ」
「門番?」
「行けば分かる。だから早速送ろうと思うんだ、とりあえず君は宮殿に来て欲しい。詳細はちょっと長いからそこからだ」
「了解了解……んで何があったんだ叉儺の奴」
「さぁ…?僕も聞いてみたけど何も答えてくれないよ。聞いてみれば?」
「おうよ」
叉儺の方へ歩み、覗き込むようにして語り掛ける。
「どうしたんだよ、お前」
「……」
「何か言ってくれよ」
「……佐須魔は言っておった、"孤独を埋める事が出来るのは孤独だけだ"と……今の今まで実感していなかったが……その通りじゃ……あの三匹は全員孤独じゃった、だから妾は惹かれたのだろう……そして支えになっていたのじゃ……だがもう妾を支えるものは何も無い……立つ気力すら沸かん……」
「メンヘラかよ、だっる。俺はもう一生メンヘラ野郎と付き合っていくこと確定してんだ。お前までそういう風になってるとウザいんだけど」
「お前に何が分かる……どれだけの苦労を重ねて来たか……分かるはずが…」
「分かる。俺今実質的にマモリビトだから人の情報が見れるんだわ。お前が今までどんな事をしてきたのか、軽く見た。すげぇじゃねぇか。支え何ていらないだろ、お前には一人で立つ力がある。あんまり人に頼りすぎるな、一緒に倒れる事になるぞ」
「…黙っておれ」
叉儺は少しだけ嬉しそうにそう言って体を起こした。立ちはしなかったが体を起こしはした。別にそれでいい、どうせ叉儺は他に支えになるものを見つけるだろう。
その時に寝てしまっていては見つけられない。座っていれば見ることは出来る、視線は高く、様々な事を知ればよいのだ。
「んじゃ行こうぜ、黄泉」
「妾は敵じゃ。そうきやすく話しかけるではない……まぁ妾も準備は出来ておる。飛ばせ、エンマ」
「都合が良いね~まぁ飛ばすよ。四年間、しっかりと自分を見つめ直すんだ。じゃあ頑張ってね」
エンマが指を鳴らした瞬間、二人はそれぞれ別の場所へと飛んで行った。神の力なんて、持たずして。
《チーム〈TIS〉[桐生 叉儺] 死亡 > 空十字 紫苑》
《チーム〈エスケープチーム〉[空十字 紫苑] 死亡 > 桐生 叉儺》
第二百六十四話「俄然なる」




