第二百六十一話
御伽学園戦闘病
第二百六十一話「最強手」
誰の名も無いエンドロール。エンディング曲も何も無い、ただ暗い空間に映し出される映像。そしてその光に当てられている二人の青年。
片方は頬杖を付きながら眺め、もう片方は適当に拍手をする。そして無駄な時間だと感じたので指を鳴らした。するとその瞬間部屋が一変した。
何も無い白い部屋。所々歪みがあるようにも感じるが問題にするまでもない。二つのソファが対面している。それぞれに座り、口を開く。
「いやー凄かったわ。戦闘全然見れなかったけど」
「悪いな。正直戦時中も見せた方がよかった気もするが時間がかかりすぎる。現世では時間が経っていないが俺が疲れる、だから見せるならもっと後だな。それまで生きてるか分かんねぇけど」
「マモリビトって死ぬのか?」
「死ぬ。ただラックがどうなったか結局分からないから黄泉に行くのか完全死みたいに無へと向かうのかは分からん」
「マジ?じゃあどうすんの?俺お前の魂喰っちまったけど」
「いや、それでいい。マモリビトの力はここで継承される。だからお前には選択肢が与えられる、成るか成らないか。好きに選べ、その選択に俺が干渉する余地はないからな」
「うーん…それよりも何個か気になってることあるから聞いて良いか?」
「あぁ、好きにしろ」
「俺って何なの?なんか模倣品的な事聞いたんだけど」
「……昔、俺は兵隊でも作ってやろと考えた。マモリビトってのはある一定の平和さえ保てていれば仕事は出来てる事になる。そんで暇な時期が必ずやってくるからそれなりの能力があるんだ、その中にあるのが『生成』だ。長い時間をかけてニンゲンによく似た別の生命体を作り出せる。
結局俺は途中でやめたが…その生命体がお前だ、紫苑。仮想の奴が弄って生成しやがったんだよ」
「じゃあ俺人間じゃ無いって事?」
「いや、人間だ。仮想が弄った点がそこだ。本来人じゃ無い所を人に変えた。まぁ大して効果は無いが…俺がお前の存在に気付けないってところだ」
「は?逆に俺が人間じゃ無かったら分かるのか?」
「分かる。マモリビトの能力として統治している世界にいる者の個人情報は全て遠隔で視ることが出来る。まぁ俺は苦手だからやらないけどな」
「ふーん。そんじゃあ次、お前はアイト・テレスタシアなんだよな?」
「そうだ。見るか?」
そう言いながら指を鳴らし、姿を変えた。それは先程まで見ていた映像に映っていたアイトそのままだった。
「あーそう言えばお前の家にあったな、アイトと他の奴らとの写真」
「…まぁな。あの後桜花の元へ行った時に見つけた代物だ。バレないよう色素を抜いておいたんだ」
「ほーん。まぁ聞きたい事と言えばこれぐらいか。んで決めるんだっけ?マモリビトになるか」
「あぁそうだ。決めろ」
「…ここでマモリビトを受け継いだらどうなるんだ?」
「お前は現世のマモリビトになる。しなかった場合力だけ貸してやる」
「じゃあなりたくないわ。百三年とか地獄でしかないだろ」
「分かった。ただし忠告だ。俺の力を使う場合、お前は死ぬ。この戦いが終わり次第、即刻だ」
あまりに酷い交渉だ。まるでマモリビトになれと言わんばかりである。というよりもそう言う意図でそう設計されたのだろう。ラックもレジェストに同じ事をされ、仕方無くマモリビトになったと予測出来る。
だが紫苑はそれでも曲げることは無い。
「俺にとっちゃ死ぬより長い事生きる方が苦痛だ。だから力だけ借りて、今日死ぬ」
大真面目な顔、ラックは溜息をつき半分呆れながらも半笑いで言葉を返す。
「分かったよ。そんじゃ色々説明する。まずこの力、単純に強化だ。だが覚醒とは違い全く別の効力を持っている。お前の場合は恐らく霊の強化だろうな」
「マジ?あいつ力とかクソ弱いからありがたいな」
「……お前分かってないだろ」
「は?」
「霊の強化、それは変化でもある。バックラーは特に変化が大きく、思考や記憶、その全てが塗り替えられるんだぞ」
その瞬間紫苑の心に揺らぎが生じた。本当に小さな頃から共に時を過ごして来た相棒、いや家族だ。友達は出来たが家族はリアトリス以外に誰もいない。親に捨てられ、全てに見捨てられた、そんな時も常に必死に世話をしてくれたのはリアトリスただ一人だった。
小さな頃は視認もしていなかった。だが飴雪というバケモノ女からも助けてくれた。そんな奴を、昔の敵のように見捨てるのか。到底、できっこない。
「…どっちもしないって手は無いのか、ラック」
「無い。どちらかだ。一時的な力を得るか、マモリビトになるか。俺は今後残り三年の寿命、どう生きるか分からない。すぐに無に行くのかもしれないし彷徨うかもしれない。だがどちらにせよ断定は出来ない、だからここで継承するかどうかを決めろ。今すぐにだ。
リアトリスを取るか、自分を取るか」
答えが出せない。どちらを取っても後悔しそうだ。だがどちらかは取らなくてはいけない。迷う、ひたすらに迷う。その様子を見ていたアイトは決まらないだろうと思った。
何故ならそう言う風に設計したからだ。紫苑はこういったどちらかが必ず不幸になる選択肢を提示された途端何も言えなくなる。ただ唸るだけだ。
「そうだろうな、そう思って呼んでおいたぞ。リアトリス」
紫苑の背後、普段の位置に立っている。
「うぉ!いたのか、リアトリス」
コクリと頷く。だがその様子を見てしまうと尚更判断できない。ただこのままでも意味はない、ただ悩み、地獄のように永遠に留まる事も出来なくはないのだろう。
だが、嫌だ。そんな事をするぐらいならマモリビトになった方がマシだ。ただ後々後悔しそうで中々踏み出せない。ただリアトリスの顔を眺めていると昔の記憶が息を吹き返す様に蘇って来る。
「あーもう…どうすりゃ良いんだよ…」
悪態をつきながら考え込む。やはり決まらない。
「早くしろ。紫苑」
「分かってる…でも…」
「現世に戻ったらTISの誰かとの戦闘は必至だ。しかも重要幹部が集まっている。蒿里はともかく素戔嗚も斬りかかって来るぞ」
その言葉を聞いた紫苑は半ばヤケクソで判断する事にした。
「分かった分かった!!決めたよ!」
「どちらだ」
「…力を貸してくれ。ラック。俺はやっぱりマモリビトにはなれねぇ」
答えを聞いたラックは軽く笑い、立ち上がる。
「良く言った、それでこそ俺が作り出した男だ。今からお前に力を与える。どれだけ強い力かは自分で体験してみるといい、ただ注意するべきことがある。降霊はするな、お前の体が耐えられなくなるからな」
「それ大丈夫か?負けない?」
「安心しろ。負けることは無い。何より魂には器が必要だ。お前は一人分しか無い、基本的に降霊は使わない方が良いぞ。一応最後になるかもしれないからな、警告だ」
「分かった……でもちょっと待ってくれないか」
「何だ?何かあるのか?」
「いや…」
紫苑も立ち上がり、背後にいるリアトリスに語り掛ける。
「悪いな、最後までお前と一緒にはいられないっぽいわ。俺が捨てられたのに生きてたのってお前が色々手伝ってくれてたからだろ。お前が生きてた頃の姿とかあったなら見たかったけど…まぁ仕方無いか」
リアトリスは悲しそうに頷く。
「十六年、ずっと一緒にいたのはお前だけだ。でも俺はそんなお前を見捨てる、どうか許してくれ、リアトリス」
再度、ゆっくりと噛みしめる様に頷く。
「見た目も変わるのかな、お前言っちゃ悪いが結構酷い外見だからな」
紫苑が言う通りリアトリスの外見は少々薄気味悪い。真っ白な肌に、口元まで隠れる長い襟ののっぺりとした服、眼球は無くその空洞からは黒い涙の様な者が溢れ出ている、そして背後には小さな天使の羽のようなものまであり、頭上にはドロドロに溶けている天使の輪っかが浮遊している。
普段から見過ぎていて何も疑問を抱かなかったがよく見ると色々とおかしく感じる。だがそれもリアトリスだ。気持ち悪いなんて思った事は一度も無かった。
「でもそれはそれで悲しいな。でもお前は強くなる。そして俺は死ぬ、できれば黄泉の国行きたいな。飴雪はクソだるいけど良い奴もいるはずだ。ルーズにエンマ、それにさっきまで見てたララとかソウルとかいるかもしれないぜ!……でもお前は行けないのか……やっぱり俺がマモリビトになった方が…」
再度揺らぎ始めたその時だった。リアトリスが紫苑に抱き着く、こんな事を今までしたことは無かったが始めて感じた気持ちだった。冷たい肌から感じ取れる温もり。
紫苑はなだめるように抱き返し、気持ちを伝える。
「本当にありがとうな。今までずっと。大好きだ、勿論家族としてな」
珍しい心からの優しい笑み。リアトリスだけは、これを何度も見て来た。だが現実を見始めたしまった紫苑は次第に笑う事が少なくなっていた、そんな中礁蔽やラックと会いここまで楽しくやってこれていた。
まるで子供の成長を見ているようでなんだか感慨深い。だが涙は流れない。ただ黒い液体が眼から溢れ出て来るばかりだ。こんな時も喋る事が出来ない、バックラーは気持ちを伝える事が出来ないのだ。
「大丈夫だ、言わなくても分かるさ」
人の気持ちを考える事が出来る様になっていた。いつの間にか、信じられない成長だった。もう何も言う事は無い、ただ受け入れよう。己の終わりを。
「それじゃあやろう、ラック」
紫苑も同じだ。これ以上言う事は無い、潔く別れるのだ。家族と。
「頑張れよ、紫苑」
ラックのその一声を聞いた瞬間、視界が暗転した。そして感じる胎動、変化、進化。心臓の鼓動を感じる。自身の中にいる別の者に集まって来る魂達、分かる。アーリア・エント・セラピック、ラック・レジェスト、是羅 厳、三人だけだ。
だがこれで負けることは無いだろう。あまりにも強い力が集まり、変化していく。羽はもがれ、目も赤い糸で縫われていく、そしてドロドロだった天使の輪っかも形を取り戻し綺麗な状態へと進化した。
「やられたな、貴様らのせいじゃぞ。馬鹿共」
服も変わる。獣の皮の様なを肩からかけ、笑っている。一瞬前の紫苑とは全く違う。だがそこにいる者はまだ知らない、霊の変化に。ただ一人を除いて。
「ここは妾がやる。貴様らは逃げろ」
逃げろ、その言葉を聞いた重要幹部は全員察し、その場を離れた。叉儺は気が強い、どんな状況であれ逃げるなんて弱腰な言葉は使わない。
だが迷いもせず言った。逃げろと、まるでそのままだと全員が死んでしまうと言わんばかりの言いぐさだ。蒿里や素戔嗚は腐っても初期メンバー、叉儺のその言葉の重みを知っている。
「さぁやろうぜ、叉儺」
「狐神は死んだ。だが妾にはまだおる、二匹もな」
姿を現したダツ、そして完全なる神への昇華を果たしたカワセミ。強力な二匹に相対するは前マモリビトの力を受け継ぎ、最強の身体能力、それだけではない。落ちている燦然を拾い、破壊しか出来ない正真正銘神の武具剣も手にした。
「行くぜ、ガーベラ」
向上心改め、希望。何があっても越されることは無い、神への最強手だ。
第二百六十一話「最強手」




