第二百五十九話
御伽学園戦闘病
第二百五十九話「死」
あの島での戦いから数年が経った。戦争が始まり、アメリカ全域の能力者をアイトが掌握しているような状態だった。戦闘能力の無い者は銃を、戦える者は力を使って、出来るだけ被害を出さずに。それをモットーにしていた。
その心は日本や他の国にも伝わっており、日本では顕著にその思考が反映されていた。能力者が勝利した地域でも虐殺などは起こらず、哀愁漂う戦地で共存を試みていた。
アメリカでも当然同じであり、もう終わりかけだった。だがまだ佐嘉の姿は無い、六年も経ったにも関わらず絡新婦と災厄の姿も無い。
「さぁ、帰ろう」
アイトはその時二十歳、厳やレジェスト、ララ、ソウルも同様二十歳であった。そしてアーリアは十六歳となっていた。ベアは何処かに行ってしまったが確実に非能力者を倒してはいる。
「分かったでがんす!」
「今日も楽勝でしたわね」
アーリアは幼少期の面影は無く、拗らせたのかゴスロリを着てお嬢様言葉を使っている。本人曰く生まれは良いそうだが妻の子供ではない、所謂妾の子故あんな扱いを受けていたらしい。
なのでおかしくはないのだが違和感は凄い。何より身体強化使いなのであまりにもシュールだ。一方アイトは見せかけの自分を作っていた、六年前の態度では付いて来てくれる者も付いて来ないだろうと考えたのだ。
「おうよ、あとはあのバカ佐嘉を殺すだけだ。俺らの勝利はほぼ確実だな」
「やめておいた方が良い、ラック。なんせあいつは強いからね、この[brilliant]ですら叶うか分からないからね」
アイトは神殺しの武具を二つも所持していた。brilliantは一度日本へ出向いた際に甲作が渡して来た品物だ、本来馬柄が隠し持っていたそうだが死んでしまったので渡されたのだ。初撃は強いがその後の扱いが少々難しい、なので唯刀 真打と併用している。二刀流だ。
他の皆も非常に強くなっていた。ララ、ソウル、ペルシャはそれぞれ違う場所で基地を構え指揮を執ってもらっている。そしてララとソウルはいつの間にか結婚、子供まで作っていた。
「にしても驚きましたわね。ララとソウルに子供がいたなんて」
「そうでがんすね。全く聞かされてなかったでがんすからね」
「まぁこんな戦時中に基地から離れて何してるんだって話にはなるからね。僕は良いと思うよ、一応友達だし」
「アイトは桜花さんと進展あるのですの?」
「無いよ。僕も会いたいけどね、そもそも話す機会が少なすぎるのさ。まぁ終わったらしっかりと話したいね、良い歳だし」
「その年して女性経験も無いのは少々どうかと思いますわ」
アイトに対して嘲笑う様にそう言ったが共に帰路についていたレジェストと厳にもヒットした。するとアーリアは半分引き気味に訊ねる。
「もしかして誰も経験が…」
「僕は無いよ。ちょっと忙しすぎる、年中無休で睡眠時間四時間、急襲も警戒…そんな事してる暇は無いのさ」
「おいらも同じでがんすよ…手添のせいでアイトに便利な移動役として大量の人間輸送させられるでがんす…」
「絡新婦含めていいならあるけどよ…流石にあいつは色々と駄目だからな。あいつ除いたらいない。どうにも相手がいなくてな」
「性格悪いからでがんす」
「その通りですわ」
レジェストはぶん殴ろうとしていたが自制心を働かせ、何とか留まった。そんなくだらない話をしていると基地に到着した、地下に作ってあるのだが仲間以外には伝えていないので誰にもバレることは無いだろう。
いつもと同じ様に階段を降りようとしたその時、アイトが皆を止める。扉から光が漏れている事に気付いたのだ、現在時刻は二十一時、バレバレだ。
「…誰かいるね」
「私が行きますわ」
アーリアが先導しようとしたがレジェストが無視して扉を開けた。急いで追いつくとそこには見覚えのある男がいた。皆しっかりと覚えている、アーリアだけは短い期間だったが人相以外全く変わっていないので覚えている。
「おかえり、アイト」
「フロッタ!!」
「生きてたでがんすか!!」
「そりゃ勿論。ただね、色々とあったのさ、色々とね。戦闘は無かったけど……見てよ、この子」
そう言ってエンマの横に立っている女の子を指差す。おおよそ十三歳程度の金髪の少女だった。
「は?お前子供いたの?」
「そうなんだよ~ラック~。僕さ数年前までは結構荒れてたじゃん?その時にしちゃった子とデキてたらしいんだよね~。検査もしたけど何の異常も無かったし、しっかり育ててるんだよ。かわいいでしょ~名前はね~[フェリア・アルデンテ]って言うんだ~」
「フェリアです。どうぞよろしくお願いいたします」
「おうよ。にしても顔整ってな、相手誰だ?フロッタ」
「名前は知らないのさ。ただこの子は一人になっていた所を彷徨い、僕の元までやってきた。そこで突き放す理由は、到底見つからないし、探す気も無かっただけさ」
「悪い」
「いや、良いよ。僕だって別に気にしていない、フェリアももう覚えていないのさ」
楽しそうに話しているフロッタはまるで別人だ。この六年間に何があったのか不思議になってくる、訊ねようともしたが眼の奥底から並々ならぬ恐怖を感じ取った四人はやめておいた。初代ロッドと何があったかも話そうとしない、相当嫌な事でもあったのだろう。
そして厳が飯を作り、その日は一緒に食べた。どれだけアイトが優秀だったかを話す自慢大会の様な形になり、フロッタは驚愕していた。
「剣で戦車真っ二つって何…?」
「まぁね。僕は強くなった、他のみんなもね……そう言えばフロッタは知ってるかい?ララとソウルがいつの間にか結婚して、子供もできてたこと」
「噂程度だけど知ってるよ~そもそもその二人の事あんまり知らないしね~」
「そっか。まぁいいや……話を切り出すタイミングが分からないからもう言わせてもらうね、フロッタ」
部屋の空気間が変わる。あまり慣れていないのかフェリアは少し緊張しているようだ。
「明日、作戦を立てる。もう終わらせよう、僕らは明後日ニューヨークを落とす」
ぷつりと切れる映像。
はー?なんでここで止まるんだよ、ラック
正直な事を言おう、ニューヨークでの戦いは見せない。時間の無駄だ。
はぁ?見せてくれよー
駄目だ。マジで時間の無駄だ。だったら俺が撮ったポメのドッグラン全力疾走映像の方がマシだ
めっちゃ気になるんだけど…まぁいいや。どこまで飛ばすんだ?
ニューヨーク襲撃が終わった。次の日、今見てた日から三日後だ
結果だけ教えてくれよ、ニューヨークの
お前勉強してないな?勝ちだ、勝ち。ボッコボコにしてやった。サンタマリアが効いたな、まぁただ…あれのせいで全てが終わったんだ
良いから早く見せろよ。つまんねぇって!
はいはい。そんじゃ終わりだぞ……展開クッソ早いからな、身構えとけ。できれば厳とかアーリアの戦闘見せてやりたかったが…しょうがないな、また時間があれば見せてやるよ。それまでに俺が死んでないか不安だが
鳴り響く轟音、アイトが単騎で敵軍事基地を破壊しているのだ。フロッタは感心しながらも暇だ、結局待つしかやる事が無いのだ。別に助けが必要でも無さそうだ。
「帰りましょう。それよりも早くご飯が食べたいですわ」
「そうでがんすね。アイトならすぐ帰って来るでがんす」
二人の意見に賛同したレジェストとフロッタも帰る事にした。そこまで遠くないので問題は無いだろう。同じような事を何度もやっているし、どうせ帰って来る。
そして三十分程かけながら帰宅した。小さな秘密基地のような場所に住んでいるが何とも楽しそうな毎日だ、本当に殺し合いをしている者の顔ではない。
「呑気だね~僕最近笑えないよ~何人殺したかもう覚えてないし」
「まぁそれでも良いと思うでがんすよフロッタだって子供を守るためなんだから、仕方無い事でがんす」
「まぁ……ね……」
フロッタは変な顔をしている。驚いたような、焦っている様な。そしてワナワナと立ち上がるとすぐさま触手を使って全力で部屋を飛び出し、一瞬にして姿を消してしまった。
何が起こったのか分からなかったがすぐに追う事にした。もしやアイトに何かあったのかもしれない。
「おい!待てよ!!」
レジェストが声をかけるが聞く耳を持たず、ドンドン距離が離されていく。しまいには完全に見失ってしまった、霊力感知でも分からない。というよりも霊力が薄い、放出を最低限にしていたのだろう。
あまりに異様な表情だったので心配が勝つ。三人で手分けして探そう、そう思った時だった。皆の前に五人の能力者の姿が現れた。それはベアに掴まったララ、ソウル、ペルシャ、甲作だった。
「どうした、お前ら」
すると食い気味にララが答えた。
「佐嘉が、動き出した!!」
「なっ…」
「日本で襲撃があった。幸い俺達には関係無い場所だったが…合流した男は何処だ?」
「フロッタは何処かに走って行きましたわ。どうやら焦っていたようでしたが…」
「ヤバいな。ララ、能力を」
「分かったわ」
甲作に触れ、能力を発動する。息を吸いたくなる衝動に従い、ひたすら吸う。そして霊力を生成してからとある術を使用した。
『什式-壱条.魂探平団』
その術式は特定の人物の魂の位置を探知するものだった。この六年で桜花が多数の術式を会得、それに便乗して訓練をしていた。これしか使えないがそれでも充分だ。
位置が分かった甲作は軽く伝えてから走り出した。
「ここからひたすら北、走って行く」
それを聞いたベアは先に行ってしまった甲作以外を転移させる事にした。だがそれが、本当に駄目だった。この戦いの戦犯、上げるとしたらこの時のベアだろう。
「行くぞ」
適当に飛んでみる。だが何も無い、ただの林だ。五百メートル単位で移動を繰り返していた。そして七回使用したその時だった、能力が使えなくなる。霊力は残っている。
だが使えないのだ。おかしいと思い周囲を見渡したその時、一つの小屋が目に入った。ぼろい訳でも無いが普通の小屋といった感じだ、そして小さな窓がついている事にも気付いた。
「…あれ、なにでがんすか…」
厳が窓を指差した。すると違和感を覚えた、何故か黄色い。何が黄色いのか分からなかったがすぐに理解する。髪だ、金髪の髪だ。そしてそのすぐ傍に赤い血のようなものが付着している事にも気付いた。
ラックは問答無用で呼び出そうとする。
〈来い〉
《雨…》
だが被せる様に唱えられた六年間の結晶。既に、全てが遅かった。
『人術・瑞献包華清』
「結界、能力や術にはそういったものは存在していなかった。実際俺も作るのは不可能だったから実質的な結界で我慢した。ただ能力を使用させなくする空間だ」
小屋の中から現れた。一人の男、佐嘉 正義。返り血をまとい、右半分が無くなっている、いや同化している。その時ラックは気付いた、これが何なのか。
「お前…やりやがったな…」
「ここ周辺に俺の霊力を放出しておいた。それだけではないよ、日本にもやっておいた。ありがとう。本当に助かったよ、ペルシャ」
「…は?」
本人以外は強い殺意をペルシャに向けた。だが当の本人は気楽そうに距離を取って、悲しそうに語り出した。
「僕には妹がいる。ごめんね、みんな。だから僕は君達と思い出を作らなかった、最初から決まっていたんだよ。こうなる事は」
笑っていない。何も、感じていない。ただ人を裏切ったという罪悪感に潰され、意思を失っていた。何事も無いかのように吐き出される戯言、そんなもの誰も求めていない。
「ふざけるなよ!!俺には子供が…」
「なら僕の妹がどうなっても良いのかい。教えておこう、ソウル。妹の子孫の姉の方、[リイカ・カルム]は君達の子孫、[コールディング・シャンプラー]を救う。
そして妹の子孫の弟の方、[タルベ・カルム]はアイトやラックの血族の子を救う。それがどんな形であろうと事実だ、受け入れてくれ。僕だって、こんな事したくないよ」
それでも何も感じていない。誰も理解できていなかった、何故自分達がここで死ぬのか。能力が使えない時点で負けは確定している。だが最後に、聞き出しておきたい。
「ペルシャ、最後にお聞かせくださる?何故あなたは、諦めたのか。どんな手であろうが助ける事は出来たはずです、妹の一人ぐらい」
「できたらやっている。どれだけの試行回数を重ねたと思う?どれだけ僕が傷付き、何度後悔したと思う?どれだけ何をしても結果が変わらない、どう足掻いても、殺される。僕もリイカと同じ能力が良かったよ…」
涙ながらにそう呟く。嫌悪感しか沸かない、もう殺してしまおう。どうせ問題は無い、ここにいる時点で死ぬ。
「ぶっ殺してやる!!」
ソウルがムキになり、突撃しようとした瞬間だった。それぞれの目の前に姿を現した山羊。頭だけは骨になっている、異様な山羊。
ラックは抵抗もしなかった、能力が使えない時点で詰んでいる。
ベアは後悔しながら溜息をつくばかりである。
アーリアと厳は何としてでもその攻撃から避けようとしている。
ソウルはペルシャの方へ走ろうとしている。
ララはその姿を見て悲しみに明け暮れる。
「さよならだ」
音も無かった。ただ吹き出す血しぶきを飲み干す山羊達、そして最後に貫いた心臓を喰い千切った。
「本当に強い者は時間をかけずに殺すものだ」
佐嘉はそう言いながらペルシャの方へ近付く。だがペルシャは罪悪感からか吐き、うずくまっている。だがそんな事関係ない。近寄って声をかける。
「どうした、立つと良い。お前は俺の仲間だろう」
「ぼく…は……」
「なんだ、立て。早く終わらせるぞ、今ので一億は死んだ。もう俺達の勝利だ、さぁ立て」
だがペルシャは動こうとしない。苛立って来た佐嘉は蹴り上げようとする。だがその左足は切断された。
「お前はその一億人を殺して、何を思った」
「すす汚れた雑木林に火を放ち、何を思う?」
「分かった。殺してやる、絶対に」
怒りは頂点に達していた。父親の死と、二人しかいない友人の一人を殺された憎しみ。既に限界だった。だが悲しい事に甲作に才能は無い、戦闘病も覚醒も起こせないのだ。
それを知った佐嘉は高笑いをしながら再度指示を出す。
「殺せ、こいつを」
現れた山羊は、動かなかった。それどころか佐嘉の背後から刀が刺さった。振り返るとそこには甲作の姿があった、正面にいたはずの甲作の姿が。
「瞬宵、偽物だが心は同じだ。来い、佐嘉」
「言われなくても、そうするさ」
「だが注意しろよ。俺にはもう何も無い、死は怖くない」
刀を引き抜き、今度は振りかぶる。だがすぐに山羊を呼び出した。今度は本物の甲作のため同じ様にやれば大丈夫だ。そう思ってい。
山羊が心臓を貫こうとしたが、貫けない。痛そうな顔はするし、血も出ているのに全く貫ける気配が無い。
異常だ。これは霊力を使用しているので能力者には必ず効く筈である。ただその時今更気付く、甲作の状態に。霊力そのものである佐嘉がパッと見で理解するのは無理だったのだ。
「霊力が、無いだと!?」
「瞬宵は霊力使用量を自身で決めることが出来る。全て使った。この中では使えない、近付いている時にあいつらがやられているのを見てそう予想した。
だから残す必要は無い。何より俺は親父にこう教えてもらった、「最大の防御は霊力を無くす事だ」とな。原理は分からねぇ、後世の研究者にでも任せる。だがこれで、俺は戦える。来いよ、佐嘉」
攻撃がろくに効かないと知った佐嘉は少し困る。対処は出来るだろうがそれは術を使わなくてはいけない、山羊は既に霊として完成されているので問題は無いが瑞献包華清で自身も上手く霊力は使えない。
となると山羊、そして自身の身だけで何とかしなくてはいけなくなったのだ。
「ただ問題は無い。さぁやるぞ悪魔の山羊」
すると佐嘉の傍に三匹の山羊が作り出された。甲作は刀を構え、息をのむ。あまりに分が悪い、ろくに効かないとはいえ何度も攻撃されてはたまったものじゃない。
どうにかして刀で本体を斬らなくてはいけない。刀に霊力はない、そのせいで霊に対しては全くと言っていい程ダメージが無いのだ。
「お前の様な奴に問題を与える程、俺は優しくない」
「身の丈に合う発言だけをしていろ、雑魚が」
突撃する群れの山羊。だが相当速い、そのせいで全てを対処する事は無理だ。仕方無く一匹に絞り、刀を降る。山羊は群れになっているので攻撃をくらいそうになっても避ける所か突っ込んで来る。
そうやって作られているのだ。ただの突撃用の兵、何の重みも持たぬ霊力の塊だ。一方甲作は一人でその爆弾を何とかしなくてはいけない、不可能に近しいだろう。
理由は単純、遅い。全ての攻撃が生ぬるいのだ、鍛えて来たのは術や能力、それが完全に使用できないこのフィールドはあまりにも不向きである。それでも戦う、勝ち目なんてなくとも、刀を振るう。
「無駄だ、大人しく死を受け入れろ。手加減をするつもりはないがな」
「優しく殺してくれないんなら…尚更嫌じゃねぇか」
刀は当たっている。だが山羊はビクともせず突撃して来る。堅い頭蓋骨は多少だが痛く、このまま同じことをされていたら死ぬだろう。
「華やかにも散れないのだな、雑魚や馬鹿は。哀れで仕方無いな、本当に」
見下した眼を向け、その後背を向けた。ペルシャは未だに嗚咽を漏らしている。あまりに不甲斐ない姿に呆れて来る、もう仲間にしても良い事は無いだろう。
ここで生かす価値も無い、ならあの時見捨ててしまったルフテッドの方がマシだ。ただその事は口に出さず、その辺に落ちていた少しデカい石ころを手に取り、削る。
そして非常に尖った凶器を作り出し、振りかざした時だった。背後にいたはずの山羊の反応が完全に途絶えた、すぐに振り向く。そんな事あり得ない、何故ここで、使えているのか。
「僕の能力は、コピーだ。この疑似結界のような空間は外からの干渉には対処できない、でないと甲作が傷をつけられないだろ、その胸に」
「お前…まさか…」
「お前は既に人間の域を越えた。だがそれと同時に、戻って来た。あまりに強い術は能力と化す、僕は調べた。日本で『呪』について。そして知った事実だ。
僕がコピー出来るのはあくまで能力、術ではない。だが先程言った通り、術は能力へと変わる事もある。運が悪かったな、佐嘉」
「アイト・テレスタシア……お前は俺を何処まで侮辱する」
「お前は何処まで、能力者という名に泥を塗る」
「答える気は無いだろうし、答えられないだろうな。期待していないさ、お前のような奴にはな」
ゆっくりと距離を詰める。だが佐嘉は能力を使えない、それにこの空間は既に霊力が無い。山羊も出せずに、立ち尽くすしかない。すぐそこまでやってきて、刀を振り上げた。
何か抵抗の策は無いか、そう思ったが必要は無かった。
「な…に?」
当然だ。自身に振りかざされると思い込んでいた刃は、ペルシャの体を半分に割ったのだ。
「未来が何だ、子孫が何だ。そんな事どうでも良い、僕は許さない。仲間を殺したお前と、それに関与したお前の事を」
そして振り向く。佐嘉は心底恐怖していた、表は出さないが心臓の鼓動が早くなっているのが聞こえる。
「だが僕も、能力は使えない。やろう、肉弾戦。僕は刀剣を、使うけどな」
もう容赦などない。こんな状況で情けをかけられるほどアイトは大人では無かった。だがここで引く事も出来まい、本当の終わりが今なのだと、察知した。
この胃液が食道へと上って来てしまいそうな程重苦しい空気、夜の静寂に包まれ結界もどきに閉じ込められた三人と六人の死体、そして駆け寄る悪の権化。
「全部間違っていたんだ、ここで今、全てを正す」
第二百五十九話「死」




