第二十六話
御伽学園戦闘病
第二十六話「リミッター」
午前9時15分 学園私有地
「よし!学園私有地に着いたな」
指示されていた学園私有地に到着した。ひとまず付近にTISはいないか索敵をしている影に聞く、影は遠呂智の足元から顔だけ出して報告した。
「いないです」
「あまりに気配が無さすぎる…どういう戦法だ?」
「全く気配ないねー」
香澄はつまらなそうにしているが妙に緊張している顔で言っている事と表情が全く釣り合っていない。
全員が気配を探りつつ更に南に向かって進む。そして影の報告を受けた数十秒後遠呂智が刀を抜いた、それに合わせて香澄は両手を狐の形にして降霊術を行った。
『降霊術・唱・銀狐』
唱えると香澄から二匹の銀狐が飛び出してきた。拳は右手を顎前に、左手を前に構えた。
「こりゃ誰だ」
「感じた事あるし誰か分かる…だが違う…よな」
どうしても信じたく無い様子の遠呂智のその言葉を菊が否定する、遠呂智は悲しそうに受け入れた。そして皆がくるりと踵を返す。メンバーの数メートル先には周辺に黒蝶を飛ばし、傷だらけながらチームAを睨んでいるかつて彼ら彼女らの教師だった男[フィッシオ・ラッセル]が立っていた。
「やはり…ですがもうボロボロじゃないですか…もう戦わなくてもいいと思いますよ…先生」
「黙れ!お前に何が分かる!やれ黒蝶!」
ラッセルは黒蝶に指示を出し、遠呂智の方に飛ばした。遠呂智は目を見開き、刀を構え数十匹の黒蝶を全て一刀両断した。
全て斬り終わった瞬間指示を出す。
「影!拳!」
その指示を出した瞬間に影はラッセルの足元から足首を強く掴んだ。ラッセルの動きが止まって隙が出来た。拳は能力を発動し、ラッセルに殴りかかる。拳の能力は身体強化だ。だがただの身体強化ではない、拳は御伽学園で最強の身体強化使い、フルパワーならいとも簡単に60m以上もの大穴を開けるほどの力を出すことが出来る。ラッセルはそれを承知の上で戦いを挑んだのだ。
「黒蝶!盾!」
拳をラッセルに振り下ろすと同時にラッセルは黒蝶で分厚い盾を作り上げた。拳はそんな事お構いなしに雄叫びを上げながら黒蝶で出来た盾を殴る。殴った箇所に途轍もない風が発生し、後ろの木々が薙ぎ倒れた。肝心のラッセルの黒蝶は全て落ち、ラッセルの脇腹には半円状の穴が空いていた。
「勝ったな!」
「お前はいつもそうだな…詰めが甘いんだよ!黒蝶!」
ラッセルがほくそ笑みながら次の指示を出した、大量の黒蝶はラッセルの穴に集まって行く。黒蝶はラッセルの傷穴を全て埋め尽くし、無理矢理出血を止めた。
「さぁ来いよ…本気を出してやろう」
「半田!能力を止めろ!」
「了解!」
半田は遠呂智の指示に従いラッセルの後ろに回り込み触れようとした。半田は確実に触れることが出来る距離まで手を伸ばした。だが何秒経っても触れることは出来なかった。それもそうだろう、半田の右手の手首から先は地面にぽとりと落ちているからだ。
「おいおいおいおい!!!!」
「半田!一回下がれ!」
「まず一人」
ラッセルがそう呟くと半田はまるで眠るかの様に目を閉じ、倒れた。その光景を見た影は危険を感じ、ラッセルの足から手を離して暗闇の世界を高速で移動して後衛に移動した。
「いい判断だ影。言った事をしっかりと守れているな、冷静に動けと」
「…あなたは僕が尊敬し、憧れていた男とは違う…あなたには何もアドバイスなんてもらっていません」
「そんな意地を張るなよ影、君ももう負けているじゃないか」
「は?…あ!」
影は困惑している、だがその表情は直ぐに変わった。そして驚きながら影に溺れて行った。遠呂智は焦りながら影がいた場所に刀を突き立てた。だが影からの反応は無く、ただ刀の先端に土汚れがつくばかりだった。どうやら影が掴んでいる内に黒蝶を暗闇の世界に送り込んだ様でそれで攻撃した様だ。
あまりの変貌ぶりに香澄が呟く。
「急に強くなった…?」
するとラッセルがその言葉を待っていたと言わんばかりに食い気味で説明を始める。
「教えてやろう。黒蝶達の羽は今、鋭利な刃物へと変化した!その威力は凄まじいぞ、ほんの少し触れただけで四肢が切断されてしまう」
「クソ!早々に半田と影が戦闘不能になっちまった…どうすれば」
「私が時間を稼ぐ!どうにかして作戦を考えろ!とりあえず降霊術で直接攻撃してこないとなると胡桃は何も出来ない!胡桃はこいつらに乗って応援を呼んできてくれ!」
胡桃は大量のカラスに乗らされ学園に向かわされた。胡桃は絨毯の様になっているカラス達に乗り応援を呼ぶため、戦線から離脱する事になった。
菊は大量の鳥達を自分の目の前に盾として配置した。黒蝶達はそれを一瞬で薙ぎ倒して行く。だが菊は倒された部分を他の鳥で修復しひたすらに守り続けている。そんな状況に痺れを切らしたラッセルが指示を出した。
「お前ら!後ろに回れ!」
鳥達の肉壁を無視して菊の方に回り込めと指示を出した。黒蝶達は直ぐに向きを変え、左右から攻めようと散らばった。だが鳥達も負けずと菊を守り続けた。それが一分程続いた頃、菊が叫んだ。
『降霊術・唱・黒九尾』
祝詞だ、菊が叫んだ瞬間その場の霊力が数十倍にも上り詰めた。霊力の上昇と同時に菊を守っていた鳥達は死んでいった。だがただ死んでいるだけではない、その残骸はバキバキボキボキと生々しく重く鈍い音を立てながら食べられている。食べているのは他でもない、黒九尾だ。
鳥の残骸までもが全て食い尽くされた、さすれば黒九尾は自ずと姿を現す。背丈は三メートル以上あり、体全体が黒く、額には青の紋様、首元に空色のしめ縄をして、赤い前掛けをしている九尾の黒狐が菊の後ろに佇んでいた。
「悪いねクロ、痛いかもしれないけど我慢してね」
黒九尾はコクと頷きラッセルの方を向き菊に聞いた。
「私は何をすれば」
「学園私有地だから好きにやっていいよ」
「承知。離れていてください」
「頼んだよ」
そう言うと菊は後衛に戻った。そして後衛で待っている香澄の耳に何かを囁いた後ただ黒九尾の方を向いて心の中で応援していた。
黒九尾は口を大きく開けラッセルを噛もうと近付く、その瞬間黒九尾の口内はズタズタに引き裂かれた。だが黒九尾は怯まずラッセルに噛み付いた。交わそうとはしたが一周りも二周りも大きい図体を持つ黒九尾の噛みつきを完全に交わすことは出来ず右腕を噛みちぎられた。だがラッセルは先程と同じように黒蝶を使って止血をしようとする、だがそれを止める様に右腕に二体の狐が噛みつき、止血を阻止する。
「二匹とも耐えてくれ!僕達はこれぐらいしか出来ないんだ!」
その狐は香澄が降霊術で呼び出した銀狐二体だった。銀狐は黒蝶に切られても牙を離すことはなくただラッセルの右腕にしがみついていた。ラッセルが振り解こうと必死になっている所を見た黒九尾は菊にアイコンタクトを送った。そのアイコンタクトを受け取った菊は指示を出す。
『妖術・水銃弾』
唱え終わると黒九尾の周辺に小さい球体の水が浮かび上がってきた。そして黒九尾が叫んだ瞬間その球体はラッセルに向かって一斉に勢いよく放たれた。水とはいえど凄まじいスピードで動いている、このスピードなら十分なダメージを与えられるだろう。水弾がラッセルの目の前まで飛び、着弾した。ラッセルの体の節々には半径2cm程の円形の穴が空き、そこから血を流していた。ラッセル少し口角を上げながら倒れた。
「…どうだ」
だが最終的に倒れるのはラッセルではなくて菊だった。急に体の色々なところに切り傷が現れて血を吹き出した、そして次に口から血を吐き出す。菊は少し満足気に笑いながら座り込み、動かなくなった。それと同時に黒九尾も菊の中に還って行った。
誰も状況が理解出来ない、何故菊が倒れたのか、ラッセルも倒れたのか、何も分からない。そんな中ラッセルは堂々と立ち上がる。今やらなくては皆を敗北に招いてしまうと判断した香澄は決意を固めた。
「僕の霊では絶対に勝てないから本気で行く。なんとかしてくれよリーダー」
「分かった…だが死ぬなよ」
「行くよ銀狐」
香澄が攻撃しようとした所でラッセルが黒蝶達に指示を出し分断する。黒蝶対香澄、ラッセル対拳の構図が出来上がった。
香澄はもっともっと強い力を使わなければ行けないと思い唱える。
『妖術・混』
唱え終わると二匹の銀狐は混ざり合い、姿が変わった。体毛が黒に近くなり、眼が四個、口は裂け、尻尾は四本になっていた。体も一回り大きくなって霊力も数倍になっている。
「ねぇ銀狐、君に僕の体を捧げたらいつも以上に本気で戦ってくれる?」
銀狐は頷いた。その返事を見た香澄は数秒考える事もしなかった。
「じゃあ僕の全てを捧げる。だから絶対に、絶対に倒して」
銀狐が不敵な笑みを浮かべ香澄の正面に佇んだ。香澄は銀狐の方に歩み寄り、四個ある眼を見つめた。銀狐がゆっくりと顔を香澄に近づける。そこでリーダーが止めに入る、だが香澄は今更引く気はない。
「こうするしかないだろう。何があっても君達だけは死なせない、任せたよリーダー」
「おい!待て!」
その言葉をかけるには遅過ぎた。香澄は喉から上の部分を噛みちぎられた。そして首から下の部分も全て食べられた。銀狐のリミッターが外れる。体毛はドス黒くなり眼が八個に増え、尻尾が新たに五本生えてきた。そして霊力はさっきまでの二倍程に増えた。
「香…澄…?」
「遠呂智さん!逃げて!」
遠呂智はレアリーが珍しく叫んだことに驚き、動くことが出来なかった。レアリーは庇う様に遠呂智を突き飛ばした。本当に一瞬の出来事だった。遠呂智がいた場所、いや違う、レアリーがいたはずの場所に銀孤が四本の脚でガッチリと佇んでいるでは無いか。そこにレアリーの姿は無い、ただ銀狐は少しだけ黄緑色の長い髪を咥えていた。
遠呂智は理解出来なかった、いや理解したくなかった。その髪がレアリーの髪だと気付くのには数秒かかった。理解したくないが眼で捉えているものは嫌でも頭に入ってくる。無意識に刀を抜いた。刀を構えることすらせず、ただ狐に向かって雄叫びを上げながら走り出した。狐は動かず、遠呂智が突撃してくるのを冷たい眼で見つめていた。銀狐に刀が触れようとした時、叫んだ。
「止まれ!」
声の主は兆波だった。兆波は怪我をしていたがそんなこと気にしない様子で遠呂智に対して叫んでいた。遠呂智はその声を聞くと力が抜けた様で刀を落とし、膝から崩れ落ちた。兆波は羽織っていた上着を遠呂智に被せ、銀狐に言った。
「俺の生徒に手を出したら殺すからな」
その時の表情はいつもの兆波とは思えないほどの威圧感と霊力、そして殺気が籠っていた。その表情に怯えたのか銀狐は機嫌が悪そうに遠呂智から離れ、そのまま眠り始めた。
「香澄…やったのか…」
何が起こったかは直ぐに把握できた。だが理解し、悲しむ暇はない。先程から膠着状態が続いている拳に加勢しなければと拳達がいる方を向いた。
兆波の眼前には力強く握られた拳があった。あまりの速さに対応できなかった。兆波は顔面を本気で殴られた。兆波とは言えど身体強化を発動していないのならば少し強い程度の人間。勿論ラッセルも人間だ、だが何も受け身を取ることが出来ない一般男性ぐらいなら難なく倒す事ができる力は持っている。
兆波は体を起こすことが出来なかった。意識はある、目も開けるし口も動かせるが体が動かない。小さく、嗄れた声で呟いた。
「遠呂智には…手を出すな…」
「それだけか」
「…やれ拳…」
すると拳は黒蝶達を退け本体のラッセルに殴りかかっていた。だがラッセルは気付いて指示を出す。
「どちらもやってしまえ黒蝶」
目で捉えることの出来ない黒蝶達は倒れている兆波と後ろから殴りかかってくる拳の体を深い切り傷だらけにした。兆波も拳も意識を失った。
チームAは壊滅した。
「…終わりましたよ佐須魔様」
そう語り掛けると茂みから佐須魔が出て来る。
「お疲れ〜でもまだ援軍が来てるよ〜」
「申し訳ないですが私はそろそろ限界です。交代してはくれませんか」
「いや〜でも襲撃するのは原と猫神とお前だけって言ったからな〜」
「ですが…」
「でもさ、これは争いだ。屁理屈だが争いにルールなんてものはないと思うんだよね」
「それは一体…」
「変わってやるよラッセル。お前は帰って休め。」
「ありがとうございます」
「じゃまた後で」
そう言うと佐須魔はラッセルの正面にゲートを作り出す。そのゲートに入ったラッセルだけが姿を消し佐須魔だけが残った。
いや佐須魔だけではない、到着したのだ、薫率いる援軍が。
山田 遠呂智
能力/身体強化
身体能力を上げ、刀を使って戦闘する。
強さ/生徒会中堅レベル
第二十六話「リミッター」
2023 6/27 改変
2023 6/27 台詞名前消去




