第二百五十七話
御伽学園戦闘病
第二百五十七話「置き土産」
これはレジェストが来る少し前、青龍タッグが反射で滅茶苦茶をしていた時だ。
馬柄と甲作はベアが小夜子を連れて来る間桜花を守るため傍に付いていた。災厄は既に動けるようになっているが團と佐嘉の方を眺めている。どうやら二人の方へ意識を向けてもいない様だ。
「どうするんだ、親父。アイトは無理だぞ」
「どうもこうもねぇよ。やるしかない、恐らく災厄が生まれたって事はラックも来るはずだ。とりあえず…あいつに干渉されないようにするか」
「どうやってだ、俺達に勝てる術は無いが」
「残ってんだろ、能力が」
「……瞬宵、使うか?」
「いざとなったらでいい、お前はもう霊力が残ってないからな。出来るだけ俺の力だけで何とかする、とりあえずお前は桜花を護れよ」
「了解」
「そんじゃ、行くぞ」
刀を抜き、構えた。すると災厄もようやく目に入れるが、あまりに弱そうだったので再度視線を上空へと戻した。その瞬間を狙って馬柄は踏み込む。
防御も反撃もする気は無さそうなので一番痛手を負わせることが出来る場所を狙って刀を振りかざす。
「首なんて攻撃してもどうにもならんぞ」
跳びながら斬りかかったので今更軌道を変える事など出来ない。そう言われたが何も仕方なく首を斬ろうとした。だがその直後、鉄の音と共に弾かれた。
物凄く硬い、本当に硬い。本気で斬ったはずなのだが傷どころか痕一つも付いていない。何かおかしい、そう感じた、馬柄の刀は鉄だが本人のスペックのおかげで霊に対しても相当な威力を持つはずだ。
なのにも関わらず弾かれた。災厄だからと言ったらそれで終わりかも知れないが何処か引っかかる。何故團の妖術は効いたのだろうか、そこに何かヒントがあるはずだ。
「硬いぞ、あいつ」
一度後ろへ下がり、甲作へと伝えておく。
「そうだな。どうする気だよ、あれじゃ何も出来ないぞ。必中って言っても弾かれたら何の意味も無い」
「分かってる。だから一旦下がったんだよ。なんか分かった事とかあるか、甲作」
「んなもんあったらすぐ言ってる。あいつは何もしてなかった、確実にくらわないっていう確信でもあったのか…?」
「出来れば目を突いてみたいが…流石に危険だな。何とかして攻撃をくらわせてこっちに意識を向けたいんだがな」
正直手詰まりに近い。甲作は馬柄より弱い、なので馬柄が斬れなかったらどうしようもないのだ。ただ弱点が無かろうとやらなくてはいけないのだ。
何故なら護衛の任を受けている、ここで狐の戦闘能力を一時的にでも奪わなかったら桜花の命は見るも無残に奪われてしまうだろう。その結果にだけはなってはならない、意地でも突き通すのだ。
「俺が何とかする、お前は変わらず桜花を頼むぞ」
馬柄が再度距離を詰める。やはり災厄は目もくれず上空を眺めているだけだ。
「こっち見ろや!クソ狐!!」
そう叫びながら尻尾に斬りかかった。するとその瞬間、馬柄の胴から血が噴き出す。三本の爪痕、あまりに速すぎて甲作でさえも捉えることが出来なかった。
「親父!!」
だが馬柄は怯まない。手は止めず斬りかかった。
「私は尻尾を傷付けられるのは嫌なのでね。死んでもらう」
ようやく目線を下へと向け、殺意を醸し出しながら攻撃を行った。本来ならば絶望する場面のはずだ、だが馬柄は笑っていた。だがこれは狂い病などではない、強者の性であり、性格である。
強い者と戦うのは楽しくは無いがつまらなくもない、だが馬柄は普段の生活に色が無いのだ。それ故相対的に強者との戦闘程度しか楽しみが無い。
「上等だ。来いよ」
「ふむ、良いだろう」
狐が体を馬柄の方へ向け、口を開く。するとそこにはエネルギーが集まってく。ただでさえ吸収している大気中の霊力をほぼ全て使用して放とうとしているのだ。
「男ってのは困難の壁を真正面から突撃するもんだぜ、クソ狐さんよ」
何もしない。刀は振るわないし、術も使わない。ただ生身で、その攻撃を受けるのだ。だがただ楽しいからではない、しっかりと作戦はある。
だがそれは災厄には分からない。ただ突っ込んで来る馬鹿にしか見えなかったのだ。なので構わず撃つ、殺す為に。
「馬鹿な男だ、私が手を下すまでもなかったな」
余裕ぶって撃った。霊力を固め、丸め、凝縮したエネルギー弾。霊力指数で言えば実に500程度は詰め込まれているだろう。だがそれでも馬柄は逃げようとしない。ただ突っ込む。
そして一秒後、直撃した。音は無い、ただ煙に巻かれ周辺の把握が出来なくなった程度だ。だが馬柄は確実に死んでいるはずだ、未完成な体とはいえども災厄の一撃、避けもしないただの人間如きが生命活動を保っていられるはずが、無い。
「残念、まぁでもそこそこ痛かったぜ」
馬柄が煙を切り裂くようにして飛び出してきた。血を流し、腹部の肉が多少抉れているが元気そうに飛び掛かって来ている。しかもしっかりと刀を構えながら。
そして狙っている場所は視線で分かる、口だ。口内は動物でも非常に繊細な場所である、それに鍛える方法など無いに等しく刃も透だろう。
口を閉じようとしたが既に遅かった。
「これで、どうだ!」
能力はまだ使わない。そして口内を切り裂く。日々の鍛練で培った高速の連撃で約二十個所に及ぶ傷をつけることに成功した。災厄は初めての傷だったのもあってか非常に痛がり、そのまま牙で噛み千切ろうとする。
だがそんな事が出来るはずもなく、馬柄は抜け出すのは不可能だと判断して口の中に留まる事にした。そして口が閉じ、脱出は出来なくなったが手段何て幾らでもある。それに今まで苦戦していた攻撃が通らない問題も解決だ。
「墓穴掘って何がしたいんだ!?クソ狐!!」
実際は何も考えていない。ただ衝動的に噛み千切ろうとしただけなのだ。だが失敗、ただ攻撃を受けるだけになってしまった。飲み込もうにも抵抗されて不可能、だが口を開けても出ていく事はしないだろう。
ならば少々面倒くさいやり方でも殺すしかない。
「死んでしまえ」
大きく息を吸う。そして再度口を閉じ、体の中で霊力を生成した。だがそれはただの霊力では無く、力を流し込んだ"術"に近しい霊力と変化させた。
災厄は霊の中でも最強格、神格と同等、または上位格なのだ。霊力に力を流し込む程度朝飯前である。
そして思い切り吐く。すると喉から発せられる強い風と共に痛みが馬柄に対して向かう。流石にこれを直でくらうのはヤバイと判断した馬柄は飛び出した。
「クッソ。あそこで決めれそうだったのによ…まぁ良い、それでも突破口は見つけた。柔らかい所はぜんっぜん柔らかいな」
「大丈夫か、親父」
「まぁ大丈夫だ。とりあえず何とかできそうだ、殺すのはちょっと厳しいかもしれないが…撃退ぐらいは出来るだろ」
「分かった。頼むぞ」
再度突撃する。何とか戦闘能力を剥ぎ取っておきたい、霊力は無限に生み出されるのでどうしようもないが牙や爪など体を壊す事は出来る。どうせ再生されてしまうが少しでも時間を稼ぎたいのだ。
それに生まれたてなので戦闘の練度も低く、素人でも分かるような粗が目立っているように感じる。熟練者の馬柄にとってはそこを突っ込んでいきたいのだが、難しい点でもある。そこを攻撃し続けても弱点だと思っていると思考が透かされ、対策されてしまうかもしれない。
ただここで弱点を突かずしてどう勝とうか、ビジョンは浮かばない。どう考えても一方的に殴られて終わりだ。もう口内への侵入は許されない筈だ。
「…これ詰んでねぇか」
「は?なんて?」
「いや、これ無理だろ。万一小夜子が来ても桜花で何とか出来る相手じゃない。瞬宵が通用するかもわからねぇバケモンだ、そんな奴に近付けたくない。そんで多分決着より先に到着する事の方が難しいと思うから一旦思考から外すが……
アイトは無理、あの謎の譲ちゃんもいなくなっちまった。ララちゃんにソウルもいない、絡新婦も姿が見えない。これ俺と甲作でどうにかしなくちゃいけないって事だ?」
「…確かに、俺何も策がないな」
「生憎俺も無いんだわ。どうする、これ」
「どうすんだよ、あいつキレちまってんぞ」
災厄は流石に苛立って来たのかソワソワしているように見える。甲作は観察が得意だ、多少の変化で大体の心情を察する事が出来る。
「ひえ~怖い怖い……んじゃぁやるかぁ…あんましやりたくないんだがな」
馬柄が正面に立つ。ただ甲作には詳しく伝わっていないようで訊ねて来た。
「どう言う事だよ」
「本気で行く、それであいつが本気を出したら…まぁお前に任せるわ。行けるだろ」
「……分かった。瞬宵、何かあったらすぐ使うからな」
サポートに回ろうとした甲作を制止し、こう伝える。
「俺には使うな。ラックが来る、ただあの狐はやれないだろう。だから時間を稼ぐ、それだけのために死ぬならまぁ本望っちゃ本望だ。だから使うな、アイトや桜花、他の仲間に使ってやれ」
「は!?」
「デカい声出すんじゃねぇよ、良いから従え。俺の目はまだ狂ってないぞ」
「…」
「まぁダイジョブダイジョブ、最悪俺が死んでもアイトとかラックいるし、どうにでもなる」
「何言ってもどうせ聞かないだろ。さっさと行けよ、親父」
「そんじゃあな」
走り出す。甲作は理解していた、ここで死ぬ気なのだろうと。災厄はそうヘラヘラとしていられるほど弱い相手ではない。そもそも能力を使わず斬れている時点で馬柄がおかしいのだ。普通の刀なら折れて終了だ。
そんな中傷をつけて、怒らせたのだ。もう手遅れなのだろう。だがここで止めるのは違う。親子だからではない、仕事だからでも無い、そういう運命だからだ。
ただ拳を握りしめ、見守る事が今の甲作の役目なのだ。
「本気で殺してやる、カス人間がぁ!!」
「ならこっちも、本気出してやるよ!!」
刀に最大限霊力を籠める。そこまで多いわけでは無い、あくまで一般能力者並みだ。それでも霊に対しての威力は変わるはずだ。
「そんな事をしても、何も変わらん!」
爪を立て、切り裂こうとする。だが馬柄は右側に体を寄せ、回避した。そしてそのまま突撃する。口は無理なら、他に柔らかい部分を狙えばいいのだ。
地面を強く踏み、跳ぶ。
「…」
狐は意地でも口を開かない。だがそれで良い、むしろそっちの方がよい。ズラされてはたまったものではない、口を開けたらズレるだろう。顔全体が。
そしてその中でも特段柔らかい場所、何があっても急所になってしまう場所。
「基本どうでも良いからよ、みんな共有しないんだ。霊は"まばたき"をしない、しなくても乾かないんだよ。だが俺みたいな武器使うやつからしたら、滅茶苦茶良い事なんだぜ?クソ狐」
もうどうしようもない、先端が触れている、眼球と。直後生々しい音を立てながら刺さった刀、霊力がこもっているせいで激痛が全体へと駆け巡る。まるで電流を流されているようだ。
痛みに耐性がない故に覚悟も出来ていなかった。信じられない程痛い、叫んでしまいたい程に。だがここで叫んでも口内に飛び込まれるだけだ。狐は精一杯我慢しながら右手を振り上げる。
そして思い切り自身の顔へと振りかざした。だが自身に傷をつけないよう、正確に、馬柄だけを取り払う様に。
「やはり私の勝ちのようだな人間よ」
吹っ飛んだ馬柄の体はほぼ二つに別れていた。辛うじて右側がくっついているが即死してもおかしくはない状態だ。立つ事もままならず、ただ這いつくばるしか出来ない。
だが何としてでも殺そうと、子供達を守ろうとしている。その姿を見た災厄は心に何かが引っかかる。それを何とかして言語化してみた。
「何故お前はそこまでした戦うのだ。覚醒も出来ない雑魚のくせをして」
返答はない、言葉なんて出せる状況ではないのだ。
「…ならそちらに聞こう、何故この男はここまでして戦ったのだ」
甲作に対して問う。すると甲作は迷いなく答えた。
「誇り、だ」
「くだらんな。死んだら誇りも何も無いだろうに」
「お前はどんな風に思ったんだよ、バカな親父を見て……」
「何も思わん。思っている以上には強かったが、大して強くも無かった。拍子抜けだ」
「そうか。もう良いよ、桜花は送った。小夜子の準備が出来たって事だ、俺の仕事はもう終わった。やるか、狐」
「…済まないが、それは不可能のようだ」
その瞬間島を覆いつくす鉄の塊、雨竜だ。
「私はあちらに行く、お前は精々父親の死体でも拾っておくんだな」
災厄はそちら側へと行ってしまった。取り残された甲作は一人になってしまった。だが馬柄の方へは行かない、最初からそう決めたのだ。馬柄が決めた事なのだから干渉するのは野暮だと、そう考え一切の手出しを禁じたのだ。なので今更、向かう事は出来ない。
悔しいし名残惜しいが仕方無い。これも一つの生き方、否定する気など毛頭ない。
「悪いが俺は…ここで撤退させてもらう」
そしてベアの移動によって島を離れた。これ以上そこにいても良い事は無いだろう、レジェストが少しだがキレはじめている。恐らくやるだろう、本当の雨竜を。
その場合島にいると邪魔になる。サンタマリアの平面化掃射など比にならない程の威力で周囲一帯を消し飛ばすだろう、アイトは少し心配だが致し方ない、ここで死ぬよりは賭けに出た方が良いと思ったのだ。
「強くなるよ…親父……」
その時、一人の剣士が息を引き取った。日本有数の剣術者が、置き土産を残して。
テクニックの一つ、『遅延』。名の通り、霊力による攻撃に遅延をもたらす術ではないテクニックの中で最高難易度であり、あまりにも強い効果。
しっかりと、斬撃を乗せて。
第二百五十七話「置き土産」




