第二百五十六話
御伽学園戦闘病
第二百五十六話「敗北への一歩」
甲高い音を立てながら現れた雨竜は砲弾を発射した。その直後、時が飛んだかのように一瞬にして佐嘉の胸を貫いた。大穴ができ、即死でもおかしくはない状況だ。
だが佐嘉の体はピンピンしているし全くと言っていい程死ぬ気配が無い。すると笑いながら何が起こったかを説明する。
「その山羊は霊力と同化する。そしてそいつが出ている間、俺も霊力と同化する……いや少し間違った言い方だな。この隻眼状態では、霊力と同化する」
霊力との同化、ニンゲンなんかが出来る芸当ではない。恐らく人の域なんて超越しているのは分かるのだが少々気になる点がある。
何故霊力と同化できるのに姿を消さないのだろうか。普通に考えて同化しているならばいつでも再生成できて、いつでもばらばらになれるはずだ。
砲弾が効かないのは理解できるがそこだけは分からない。レジェストはそこに何か弱点があるのではないかと考えた。
「あの神は自分が勝てない様な能力は排除する。だから必ず弱点があるはずなんだよな。大体見切ったぜ、その新しい…」
堂々と言い放とうとしたその時だった。唐突にして眼前に現れた山羊の姿、防御を行おうとしたが遅かった。この世の者とは思えない力の蹴りをくらい、レジェストは吹っ飛ぶ。
吐血、複雑骨折、脳震盪、他にも様々な傷を一瞬にして負う事になった。だが立てないわけでは無い、まだ雨竜はいるし霊力も充分残っている。
「…出来るのかよ……いや、違うな」
ニヤリと笑みを浮かべ推測だった弱点が確信へと変化した。すぐに動き出す。レジェストは本来肉弾戦はやってはいけないタイプの能力だ。だがそれでは強敵に出会った際に何も出来ない、そう思い小さな頃から日々の小さな積み重ねを忘れはしなかった。そのおかげで霊力探知は身に付いた。
「今山羊は霊力と同化して、再生成されたようにも見えた。だが違うな、あれはクローンだ。霊力反応がほんのちょっと変わった、多分霊力残滓やら他の探知でも分からない程に繊細な違いだがな。悪いが分かるぜ?俺は」
「そうか。俺の弱点を知った所で勝てるとは限らないさ、何よりお前はここまで来る手段が無い」
両者浮遊しているものの佐嘉は術、レジェストは雨竜の力だ。消耗している佐嘉だが霊力との同化を行い霊力が増えないわけが無く、相当量戻ってきているし現在も続けて体に入って来ている。一方レジェストは消費する一方だ、この頃には霊力補給チョコなどもなく能力以外での補給は体力を回復して時に任せるしかない。どう考えても不利だ。
團は気絶しているし、アイトはルフテッドに苦戦している。今助けを望む事は出来ない、正円の霊力もある場所で途切れてしまっていて死んだのと分かる。
「んーどうすっかな。実際俺がお前に近付こうとしても山羊が出て来るだけだもんな……ならこうするか」
大きく深呼吸をする。だが絶対に吐かず、ひたすらに吸い込む。限界が来たタイミングで放出したのは雨竜の弾丸だった。弾丸を一発撃つ毎に本体のレジェストから霊力が差し引かれる、なのでどれだけ周囲の霊力を吸い込んでも放出する必要は無いのだ。
そして自身の霊力も一時的に雨竜に預けた。するとどうだろう、周囲の霊力はほぼ無くなる、霊力放出も完全に無くした。それ即ち山羊の再生成を妨害する事になる。
「そんな事をしても変わりはしない。やれ」
すると山羊が現れ、ようとした。だが無理だった。頭の骨の部分だけが生成され、意思も無い状態で固まっている。
「残念だが霊力てのはそう集まって来るものじゃない、空間が削られたりして補強しようとする時以外はな。だがまぁ山羊を生成するぐらいの霊力はあると思っただろう?正解だ、普通の状態ならな。
だがお前と團は滅茶苦茶をやった。その時点でこの場の霊力は相当少なくなっていた。そして追い打ちのようにいるだろ?災厄が。それに大食らいが二人もよ」
「それがなんだ。問題は全くない、その山羊は降霊術ではないからな。宿主と離れてもそこまで弱くなったりはしないぜ」
「神は必ず弱点を作る。万が一立てついてきた時ボッコボコに出来るようにな。そして降霊術の弱点の一つは宿主との距離、まぁ荒れに関しては練度と好感度上げればどうとでもなるがな……んでお前のその術にもあるんだろ?弱点ってやつが」
「お前に教える義理はないと思うのだが」
「その術者、自分で霊力作り出せないだろ」
「…」
「まず霊力を作るために"霊力生成帯"が必須だ。だがお前にはそれが無いように思える、残念だな。だからお前は魂を喰って補給している。グールじゃん、グール」
霊力生成帯とはレジェストが独自で呼んでいる謂わば霊力発動帯の事である。当時これの存在を知っている者はごく僅かな者だけだったので呼び名は広まっていなかったのだ。
「そんなものと同じにしないでもらいたい。俺の術はお前ら怪物を屠るために作られた。妖の対、正義の象徴"人"、だから人術なんだ。そんな弱みがあってたまるか」
「なら作れよ。俺は攻撃しないぜ?何なら霊力を放出もしてやる。だからやってみろよ、出来るんだろ?」
このままだとレジェストの思うつぼである。何とかしてペースを佐嘉側に持ち込みたいが中々難しいだろう。ならば仕方無い、会話はやめだ。
「やれ」
「お猿さんかよ」
嘲笑しながら山羊の攻撃を待つ。だが先程とは違い、骨すら現れなかった。何故だが理解できない、霊力自体は少なからず漂っているので何も生成できないなんて事は無いはずだ。
その時理解する、真の弱点に。
「お前は霊力と同化してからずっと再生していた。だがその分、周囲の霊力を吸っていた。だからお前の周りは既に霊力零だ。だから俺も同じ事をする」
〈消えろ、雨竜〉
その瞬間島を覆い隠す様にして浮遊してた超弩級戦艦は姿を消した、霊力を持ち去って。
「こいつらの便利な所、霊力の持ち越しが可能だ。他の呼び出す系の能力には出来ないだろ?結構使い勝手良いんだぜ、これ」
「そうか、どうでもいいな。だが少々まずいようだ。体は戻ったが霊力が完全に無くなってしまっている。どうするべきなのだろうな、ラックよ」
「俺に聞くな、バカが。とりあえず死ねば良いだろ、大量の人の命喰っておいて今更天国とか行けると思わない方が良いけどな」
「最初から思っていないさ」
「そうかい。そんじゃ死ね」
動き出す。もう完全に能力が干渉しない殴り合いだ。両者浮遊を維持するのが不可能になったので降下し地上で肉弾戦を行おうとしているのだ。
だが互いに勝機はある。
「どうした、殴り返して来いよ!」
「お前なんかに殴り返して何になる。俺は気を伺っているんだ、そんなに殴り返して欲しいなら霊量を放出しろ」
「もう無いって言ってんだろうが!」
レジェストが殴り掛かり、佐嘉が避ける。それの繰り返しである。何回繰り返しても勝負はつかない、何故ならどちらも本気で攻撃しようと思っていないからだ。
もう少し霊力が満ちないと何もできない。ただレジェストは必ず後攻となってしまう、それだけが怖いので体を動かし不意打ちを封じている。
「さぁ、終わりだ」
周囲には充分な霊力がある。佐嘉は終わらせることにした。
「他に術はいらない、全部使え」
それは山羊に対する命令だろう。そして山羊が生成を始めたその時だった、レジェストは大胆にも賭けに出たのだ。思い切って山羊に飛び掛かる。
だがその程度当然対処できる。山羊は硬い頭蓋骨を使って頭突きをしようとした。
「勝った」
山羊に対して伸ばしたのは手や足では無く、頭だった。大きく口を開き、まるで捕食の体勢である。
「まずい!!避けろ!!」
だがその指示は少々遅かった。そしてレジェストはそのまま堅い頭骨を思い切りかみ砕き、そのまま肉まで到達する。完全には生成できていなかったのもあり、再生をするのは不可能だ。
そしてバクバクと喰っていく。あまりにも早い食事、何も抵抗できず食べられた。だがそれだけはない、喰われている最中山羊が噛みつかれた部分に傷が出来ている。
「それは予想外だったな。案外弱いじゃねぇか、このバケモン」
「…馬鹿に…するなよ…」
全身に隈なく与えられた激痛に悶えながらも倒れはしない。絶対に立って、服従はしない。ただ眼光を煌びやかに光らせ、滴る液体の隙間から覗かせる。
何度も唱えようとするが既に体が限界であり、口を動かせない。息をするのも無理だ、下腹部から上は全て傷がついている。破壊がされないのは不幸中の幸いだが傷はつくし、穴は開く。
「息も出来ないんだろ、そろそろ観念しろよ。いい加減革命だ革命だいうのやめろ、お前には出来ない」
言い返そうとしても痛みが襲って来るばかり。
「災厄も入手しようだなんて都合が良すぎるだろ。お前はあいつの父親でもなんでもないぞ。それに加えて…正円やらカカオやら他にも強い奴ら引き抜きやがって。俺はこれから大量の国と戦わなくちゃいけないんだぞ、ふざけんなよホント」
ゆっくりと近付く。
「一応同胞だし、先輩って理由で見逃してやってたけど……流石に調子に乗り過ぎた。俺を舐めんな、そもそも式神使えるのが俺含めて二人と一匹しかいないって言うのに挑むのがおかしいんだよ、下調べもろくにしないで」
触れることが出来る距離まで来た。
「あとは任せるんだな。悪いが方針は違うがな、まぁ良かったんじゃないか、やり方が不器用すぎたけどな」
手を振りかざす。その瞬間、背後に感じるおどろおどろしい霊力反応。霊力感知が達者なレジェストだからこそ感じ取ってしまったのだ。
「良い事を教えてやる。私はこいつの仲間だ」
明らかに強くなっている霊力、成長性が文字通りバケモノだ。
「馬柄は、どうした」
「自身の目で確かめるが良い」
そう言って少し横に逸れた。
〈来い〉
《雨竜》
第二百五十六話「敗北への一歩」




