第二百五十五話
御伽学園戦闘病
第二百五十五話「一時撤退」
「ま、僕は逃げるけどね。あくまでおちょくるのが楽しいんだ、戦闘はそこまで楽しくない。それじゃあ、頼むよ」
無駄に強化だけしてペルシャは逃げて行った。当然佐嘉が逃がすはずもなく、追いかけようとしたその時だった。背後から凄まじい霊力を感じる、振り返るとそこには青龍タッグが飛んでいた。
そして團が唱える。
『妖術・反射』
上反射ではない、反射だ。これの明確な違いは反射の仕方である。上反射は攻撃して来た者に対して反射したダメージを与える、これは念能力のように放出されている訳では無くそのまま必中なのだ。そしてただの反射は先程とは反対に壁から反射するようにしてエネルギーが発射される。
一見上反射の方が完全上位互換のようにも感じるが実は違う。何故なら先に開発されたのは今で言う上反射だからだ、似ているため名前が変わって言っただけである。となると当然使い道が違う。
「死ね!!團!!」
青龍が片足で掴み、強く強くもう片方の足で蹴る。だが全くダメージは行かない、何故なら團は現在反射を使っているからだ。そして反射する方向を定めている、勿論佐嘉の方だ。
こうして実質的に無限のエネルギーを発射する事が出来るのが強みである。ただ当然一つ弱点がある、威力が下がるのだ。遠回りにこんな事をするぐらいなら普通に殴った方が速いし、霊力消費も少ない。
だが團には関係ない。霊力量なんて気に留める必要性が全く無い、理由は一つ。
「大丈夫。あと五十体分あるから」
そう、宿主である鳫蛙の能力である。降霊術は團の能力、なので別の能力がある。そしてその能力とは『霊からの霊力抽出』である。力を吸い出す事は不可能で、霊力しか吸い出せないがその分ストック出来る範囲が頭おかしい程に多く、霊力指数で言うと五ケタを越える程だ。
そして今行った五十体、その基準は神格である。当時の神格は鳥神、犬神、蟲神、人神、最後に狐神である。当然狐神は当時[奉霊]という特殊部類に放り込まれていなかった黑焦狐、鳥神は同じく奉霊へと成る前の白鴉である。
犬神は不明、蟲神も不明、だが人神だけは場所が割れていた。
「あの人から五十回抽出したから、沢山あるから」
人神の名は[天仁 凱]、実に霊力指数が700近くにも及ぶバケモノである。だが何故か鳫蛙、いや初代を除くロッドの血筋の者には異様に優しく、霊力を何度も抽出させてくれているのだ。
そのおかげで現在鳫蛙が蓄えている霊力指数は約34000だ。だが全てをいたいけな女の子の体に入れていたら壊れてしまう、なので全て團に預けている。
「ならば充分じゃな。続けるぞ、青龍」
対策のしようは無い、防御も出来ない、何があっても回避だけを強制させられるあまりにも強すぎる戦術だ。実際佐嘉も反撃などしている暇は無く、ただ避ける事しか出来ない。
ソウルとベアは危険なので一度地上に降り立って見守っている。正直何が起きているのか分からない、日が昇って来ているのもあるがあまりに速すぎるのだ。
辛うじて佐嘉の炎のおかげで多少目で追えるぐらいだ。
「多分俺らは何もできない。だから行くぞ、ララちゃんは既に向かわせた。桜花が起きないとどうしようもない、とりあえず女を止めなきゃいけないからな。
だが気絶してる。もしかしたら傷を負ってるかもしれない。連れて来るぞ、最強の回復術使いを」
「同じ事言おうとしてた。そんじゃ行くか、頼むぜ」
そうして二人は一時離脱、最強の回復術士である[沙汰方 小夜子]を連れてくるために。
「うむ、良い判断じゃ。今の我々の攻撃の間合いに入っても傷を負うだけじゃしな。それに我らはあやつらの味方ではない。入って来ても躊躇わず攻撃を続けると言う事を分かっておったな、感心感心」
「良いから死ねよ!!團!!」
「…前々から言おうと思っていたが、別に殺意を籠めても何も変わらんぞ?」
「……死ねぇ!!!」
ひたすら跳ね返し攻撃を続ける。あまりにウザったい攻撃に佐嘉も苛立ってくる。だからといって何が出来る訳でもなく、避けるのみだ。二人が離脱したことも分かっていたが何も手を出すことは出来ない。
ルフテッドは未だにアイトと戦闘を続けているし、災厄は動き出したが馬柄と甲作に足止めされている。どうやっても一人で戦うしかない、だが相手の霊力は実質的に底なし、先に限界が来るのは佐嘉だ。
「良いだろう、そんなにやって欲しいならやってやる」
赤く燃え上がる炎に更に霊力を流す。團と青龍は警戒を強め、鳫蛙に近くに来るよう命じておく。そして"進化"を待つ。だが攻撃はやめない、最初は佐嘉も変わらず避けていたのだがある段階まで来ると避けなくなった。
違う、避ける必要がなくなった。エネルギーが全てかき消されている。何によってかは分からない、だがそれでも消えているは事実でありその目でしかと捉えてしまっている。
そして五秒後、佐嘉は自身の霊力を全て炎に流した。だがそれは霊力操作と言う程難しい行為ではない、ただやる奴が誰もいないだけだ。
「さぁ来るぞ青龍、身構えておけ。どんな力か分からんぞ」
「黙ってろ、俺だって分かってる」
次第に佐嘉の炎は弱くなっていく。だが團達は攻撃をやめてでも防御に徹する。
「どうしたの?攻撃すれば?」
「違う。覚醒にはどちらも次の段階がある、碧眼には青緑、単純な強化じゃ。だが赤眼、こちらは少し特殊なんじゃ。まぁ簡単に伝えるとダブルミーニング、というやつじゃ」
「ダブルミーニング?普通に赤い炎だから赤眼なんじゃないの?」
「あぁ。そうでもある。それぞれ漢字を当てはめる事が出来る、まず貴様が言った『赤眼』じゃ、ただ赤い炎と言う意味じゃ。そしてもう一つ『隻眼』じゃ、意味は片目しかないと言う事。ほれ見ろ、あやつの右眼を」
そちらに視線を向ける。すると佐嘉の右眼からは血が垂れ、まぶたを閉じていた。
「隻眼は強いがデメリットがある、利き手側の眼球が潰れる。しかも通常通り痛みを伴ってな」
「赤眼の方が多い理由はそこにある、弱いんだよ、碧眼より。その分伸びしろが凄い、そういう覚醒だ。まぁ、隻眼までいってもあんまし能力は変わったりしないけどな」
結局二匹にとってはそこまでの強化ではない、佐嘉を除いて。二匹とも油断していた、こんな事になるなんて考えてもいなかったのだ。
「俺はどうやら完全に無能力者にはなれていないらしい、だからまだ出来る。中途半端、そう言えば聞こえが悪いが……そうだな混血、そう表現するのが近しいだろうな」
再度燃え上がる炎、眼は開いていないがそれでも炎は燃えている。本来隻眼状態になると炎は消える、それなのにも関わらず堂々と燃え盛っている。既に能力者と言う枠組みからは外れているのだろう、半分だけ。そして非能力者と言う枠組みに入っているのだろう、半分のみだが。
覚醒は無能力者には絶対に起こらない。なので能力者なのであろうが、非能力者でもある。そこがバグらせた原因だ。
「未知数、か。どうする團」
「……」
「どうした團?」
「……すまぬすまぬ。にしても白けるの、本当に。何故に我らが支援をしてやらんといけんのじゃ。鳫蛙、貴様は帰れ。危険が危ない」
「日本語おかしいよ。まぁでも帰った方がよさそうだね。無茶しないでね、霊力は全部流し込んでおいたから」
「助かる。俺らは死んでも何とかなるからな、それよりもお前に傷を付けた時の初代の説教の方が怖いから早く帰れ、俺も何をしたいか察した」
「うん。それじゃまた後で!」
鳫蛙も離脱した。その瞬間佐嘉は襲い掛かる、先程よりも三倍近い速度で。だが團が見ていない筈も無い、こうやって近付いて来るに一番効くのは反射では無く、かといって攻撃でも無く、回避でも無い。されるがまま、受ける事だ。
殴り掛かって来た。だが連撃では無く、一撃に力を籠めている。尚更都合が良い、團と青龍は受けなかった。それどころか胸を張って体で受ける。
「どうした、その程度か」
傷一つ無い。衝撃波も起こった程に強い打撃が全くくらわなかったのだ、流石の佐嘉も不思議に思い一度距離を取る。そして異変が無いか眺めたが何も変わっていない。
すると團が言い放つ。
「我は死なんぞ。我には複数の能力がある、それは死を確実に回避できる、というものじゃ。諦めろ、その状態になったのが運の尽きじゃ」
「…そうか。まぁなら、青龍を攻撃するまでだ」
殺せないのなら仕方無い。まずは厄介な事になる可能性がある青龍を潰す事にした。だが既に霊力が限界に近しく、体のバランスを崩しそうになった。
「大人しく降伏するのじゃ。もう霊力が無くて浮いている術を保つのさえも難しいのじゃろう?」
その瞬間佐嘉の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。何故團は急にスタイルを変えたのだろう。
鳫蛙がいたからかもしれないがそれにしては弱気になっているように感じる。文体は特に変わっていないが何処か引き気味に感じる。さっきは目には目を歯には歯を、という雰囲気だったが今は一変して降伏させようとしている。実際限界は近い、だがそこに攻撃も入れず言葉で説得しようとする点が少し不自然だと感じたわけだ。
「そうか。そう言う事か、ならば俺も速攻で決めなくてはいけないな」
「今更か。さぁ来い、あと三十秒耐えるだけで良いからな」
「あぁ分かった。こっちは三十秒、本気でやってやる。霊力をどれだけ使おうと構わないさ」
一気に動き出す。三十秒後の奥の手を使わせないために。
『人術・練』
まず動きを止める。團は掴まれている状態なので青龍を止めれば同時に二匹止める事が可能だ。
『人術・貪霊』
それは対霊に特化した術だ。非常に強いエネルギーを放出するだけの能力である。ただ霊に立強いてはとんでもない威力を誇るので非常に使い勝手が良い。
当然向けたのは青龍だ。だがそれだけでは終わらない。
『人術・節端』
これは妨害術の一つ、相手の関節を動かせないようにするのだ。当然回避など出来るわけも無い、練と重ね掛けする事で他の者からの攻撃でない限り必中になるようなものだ。
『人術・混時』
下準備である、佐嘉の奥の手のための。詳しくいうとこれは霊力を一時的に増やす術だ。ただしデメリットも当然あって、数時間霊力回復が全くできなくなる。謂わば前借のようなものだ。
そして放つ、本命の攻撃。
『人術・螺舌鳥悶』
「これをくらったものの死体は鳥でも食わない程不味くなる。理由は単純、毒を流し込むからだ。だがそこが本命ではない、見てろ、美しいからな」
そう言った瞬間、佐嘉の周囲の霊力が肉付いていく。だがただ模られていく訳では無く、霊力が抜けていく。その様はあまりに異常だ、霊力量と頭部以外は何の変哲も無い山羊だった。
霊力は全くない。そして頭部は既に肉が剥がれ、その悪魔の様な頭蓋骨を示しているようだ。團は確信する。
「これは無理じゃな。あいつと同じじゃ、霊と生物の狭間じゃな。だが始めて見る、あのような妖は」
「まぁそうだな、そもそも存在してたらおかしいしな。ああいう変な奴の元にしか憑く事が出来ないんだろう。もしくはあいつのせいで変な奴になってるのか…まぁどちらでも良いか。返すぞ」
「あぁ」
『妖術・上反射』
バリアを展開する。次の瞬間、山羊は瞬間移動並みの速さでバリアをすり抜け、懐まで潜り込んで来た。何が起きたのか分からない、辛うじて展開できた上反射が上手くいかなかったのか、そうも思ったが通常通りだ。
その時理解した。
「そう言う事か、貪霊は周囲に霊力を放つ。本命は攻撃では無く、霊力をこちらに振りまく事だったか」
「にしても初めてだな。霊力に混じる霊か」
冷静に言い終わった次の瞬間、二匹は瘴気に当てられながら強い蹴りをくらい吹っ飛んだ。それは何処のどんな生物よりも強いであろう蹴りだった。やはり狭間に生きる者こそが勝者に相応しいのかもしれない、そうも思ってしまう程だった。
青龍は還り、余分なダメージは團へと向かった。その時点で團の意識は無かった、だが空中で一人の男が受け止めた。その衝撃でズレた眼鏡を戻し、問いかける。
「本気で行って良いな?返答はいらねぇ」
〈鉄の衣を纏い力を貸せ〉
《雨竜》
甲高く鳴り響く、竜の咆哮。
「さぁ選べ。今死ぬか、次死ぬか」
「お前を殺して、次を生きる」
「なら始めよう、一撃必殺の領域を」
第二百五十五話「一時撤退」




