第二百五十三話
御伽学園戦闘病
第二百五十三話「最強タッグ」
「来い、女」
「黙っていろ、お前なんかに話しかけられると虫唾が走る」
そう言いながら面を被り、唱える。
『降霊術・面・神話霊・ケツァルコアトル』
すると現れた翼の生えた大きな蛇、その召喚の聞いた瞬間馬柄は少し嫌な顔をした。そして桜花を最後方まで下がらせ、自身が最前列に出る。
日本には既に降霊術が広まっていた。そして面は初心者やあまり才能が無い者、唱は熟練者や才能のある者が使う方法となっていた。だがそれと違って神話霊という存在も広く知られていた、ただ発見数は無いに等しくほぼ都市伝説のような認識だったのだ。
「アメリカから来た奴らには分かりづらいだろうけどよ、神話霊ってのは面は付けないんだよ。他の霊よりも自我を持っていてその分忠誠心が高い奴が多いからだ。だがあいつは使った…恐らくだが何らかの新戦法、または無理矢理契約させた奴なんだろう。
いつ暴れ出すかも分からん。俺の後ろに付いていろ。何かあったら俺が動く」
既に刀に手をかけ、抜こうともしている。ケツァルコアトルはルフテッドの指示なんて待たずに攻撃を始める。人型の絡新婦に対して空中から突撃したのだ。
即座に手を打つ。すると大きな砂埃が舞い、何も見えなくなる。ケツァルコアトルには探知能力などは無いようで絡新婦を見失い、奇声を上げていた。
「キーキーとうるさい獣じゃな。レイチェル、お前は出るな。タイミングは、私が決める」
煙が晴れた時、既に絡新婦は元の姿に戻っていた。どう考えても不利である。何故なら図体はデカくなる割に大して強くなるわけでも無い、正直ミスだと誰もが思っていた。
姿を捉えたケツァルコアトルは直進する。何か因縁でもあるのかと思わせる程に露骨な憎悪をまといながら。だが絡新婦は余裕そうにはにかみ、喋り出す。
「あまりにも不躾な奴じゃのぅ。強制契約、前々から実験はしていたが完成させていたとはな。だがその分反発は強い、私の敵ではない」
そして突っ込んで来るケツァルコアトルを頭突きで弾き返した。レイチェルを出す必要も無い、元々神話霊の中では弱い部類の絡新婦でさえ撃退出来るレベルである、話にならない。
その様子を見ていた佐嘉は少し考えてから指示を出した。
「一度しまえ、その後通常通り呼び出せ」
「了解」
ルフテッドはすぐさま還って来るよう指示を出す。そこは素直に従ったケツァルコアトルが場から姿を消すと、すぐに唱える。今度は面は付けていない。
『降霊術・神話霊・ケツァルコアトル』
従来の祝詞だ。恐らくは面は実験の域に留まっていた代物なのだろう、それぐらいは察知していたが少々マズイ事になる。再度呼び出されたケツァルコアトルは何段か力が増している様に見える。
背格好に変化は無いのだが霊力だけが増している。その時点で嫌な予感はしていたが常に宙を舞っている。絡新婦は大体何をしてくるか察した。
「先程は力を出していなかった、と言うのか。良いじゃろう、やってやる。ただし私も使わせてもらおう。来いレイチェル」
スタンバイしていたので時間はかからない。すぐさま飛び出してきたレイチェルは即座に力を使用した。殺す能力、だがそれはケツァルコアトルに通じない。
驚くと共に自身の弱さに気付く。霊になってから今まで一度も戦闘などした事が無かった、そのせいで分からなかったのだがどうやら霊力量がレイチェルより少ない者には無効化されてしまうらしい。
「通じないか。一度戻っておれ、レイチェル。気に病むな、お主がいるだけで出来る事は増えるのじゃ」
一度退避させ、背後にいる馬柄にサインを送る。先日門を跨ぐ際に話し合った、その時に伝えておいたのだ。サインを出した場合すぐさま刀を抜き、能力を発動した。
馬柄の能力は二つある、一つが心を視る能力。そしてもう一つは攻撃を必中にする能力、それは一日に三回までしか使うことは出来ない。既に仮想の王の執事に対して一度使ってしまっているので残っているのは二回だ。
そして全員後ろに固まる様命令を出した。
「俺とララとソウルは上に行く!!」
「あぁ、分かった!」
そしてベアがその二人を掴んだ直後、姿を消した。だが構っている暇は無い、桜花、甲作、アイトはすぐに馬柄の後ろにピッタリとくっつき出来るだけ体を出さないようにする。
数秒後、絡新婦が唱えた。妖術の完成系にして降霊術、バックラー、何なら野生の霊、下手をしたら一般人、全てに効くとされた謂わば奥義である。
『流殿 魂殿 蛇言殿』
それは三つの術を合わせたものである。それぞれの効果は流殿が死にかけの魂を何らかに繋ぎとめるという使い所が無さ過ぎて廃れた妖術。魂殿は逆に魂を引き剥がす事が出来る術、練度はそれなりに必要だがかける時間に対しての効果が非常に強力で良く使われている妖術。
最後の蛇言殿、これは呪から着想を得た術である。本来は伏魔殿という術なのだが、それは大量の雑魚霊を収納しておく門を生成する事が出来る術だ。
そして蛇言殿は少々形態を変えたものである。効果は『霊力を吸い出す』である。
「一番の攻撃は弱体化じゃ」
姿を出す門、まるでゲートからゆっくりと頭を出すように形成されていく。そして完全に形成されたその時扉が開く。禍々しい霊力に場が包まれ、緊迫感が増す。
だが一つ、問題点がある。その霊力を吸い出すのは自動では無く、ある生物が取り立てに向かうのだ。
「さぁ行け、ダツよ」
そう、ただの魚、ダツである。門から出て来たのはたった七匹、だがそいつらは明確な敵意を持って絡新婦以外に飛び掛かる。当たり前の様に宙を浮き、物凄い速度で突っ込んで来た。
馬柄の方へ飛んできているのは四匹、だが必中になる能力を使用して斬る事で無効化した。だがわざわざ能力を使ったと言う事は、本来攻撃は通じないのだ。
「なんだ、これは」
佐嘉は妖術への理解度が浅い、そのためこれがどんな術か見ただけでは理解できなかったのだ。だが防御をすれば問題は無いだろうと考え人術の発動をしようとしていた。
だがダツたちは思っている以上に速く、唱える時間さえも与えられず首元に突き刺さった。そしてルフテッド、ケツァルコアトルの首元にも突き刺さった。
「霊の事は私が一番分かっている。霊力が無くなったら、どうしようもないじゃろう」
ニヤニヤと笑いながら発動する。その瞬間二人と一匹の霊力がみるみる減っていく。当然本人たちは気付き、ダツを離そうとするが全く動かない。完全に霊力を吸い出され、すっからかんになってしまった。
まるで非能力者のようだ。そんな事を思っているとケツァルコアトルは姿を消した、霊力が無いと霊は姿を保てない、当然の事である。
「やはりダメか…もう良い、来い」
「はい」
ルフテッドは一度後ろに下がった。上空にはベアとソウル、ララがいる。地面には絡新婦や必中を残した馬柄がいる、あまりにも部が悪い。ここで戦っても大して得は無いだろう、多少だが新しい情報を得る事にも成功したし一度引く事を小さな声で伝えた。
二人が退避行動に出ようとする。その瞬間全員で襲い掛かろうとするが到底間に合う距離ではない、ここで逃げられては来た意味が無い。ただ有力な仲間候補を潰しただけになってしまう、流石にそれではレジェストに顔向けできないだろう。
だからといって届く距離ではない。そう半分諦めた時だった。
「おいらの役目はサポートでがんす。だけど今回は違う、妨害、それが役目でがんす」
完全に忘れていた、佐嘉はこいつよりもアイトの能力の方ばかり見ていたせいでそれ以上に面倒くさい奴がいる事を忘れてしまっていたのだ。
だが『人術・練』で縛り付けてしまえばいい、佐嘉が唱えようとしたその時ルフテッドが口を塞いできた。反逆かと思い顔を見たがそうでもない、まるで操り人形のようになっている。
「申し訳ありませんが、使わせてもらいますよ」
桜花の能力、『譲骸術』は代々受け継がれてきた能力である。大昔から存在する能力の一つで接触をした事がある人物の意識を乗っ取る事が出来る術である。
だがルフテッドには触れていない筈だ。そう思っていた。ただおかしい事に気付いた、何故か桜花の声が近いのだ。
「瞬宵、これが俺の『覚醒能力』だ」
同じく付近でアイトの声が聞こえる。それと同時に何が起こったのか理解する。瞬宵で桜花が遠くにいるように見せかけ、近付かせて接触したのだ。
そしてアイトも距離を詰めて来ている。そして瞬宵を使っていると言う事は当然、燃えている。紫の、武具の名に劣らない程菫色の炎が。
「これが能力じゃなく、お前の生み出した術というのなら甘んじて受け入れるでがんす」
『人術・練』
同時に二人の拘束、そこで厳の役目は終わりだ。桜花を連れて少しだけ距離を取る。
「お前は死ぬべき人間だ。悪いな、佐嘉」
大きく刀を振りかざす。だが背後に立っているアイトに対して不敵な笑みを浮かべた佐嘉は解放される。何故か、理由は単純である。発動者の意識がなくなったからだ、ルフテッドも正気に戻る。
何が起こったのかと横を向く。すると先程まで厳と桜花がいたはずの場所には一匹の狐が鎮座していた。大きな欠伸をしながら片足で厳を蹴り上げた。
「どうも、気が乗らないな」
その霊は喋った。そして少し遠くで倒れている桜花を踏みつぶそうとしたその時、二振りの刀が受け止める。
「おいたが過ぎるな、狐」
「油断するなよ、甲作。こいつは…」
「分かっている親父」
甲作と馬柄がスレスレで受け止めた。だが二人の力をもってしても抑えるのが精一杯である。それを見たアイトは助けに入ろうとしたがルフテッドが腕を掴む。
「行かせるわけが無いだろう…折角生まれんだ…災厄が」
「災厄だと…」
百年周期、何処かのタイミングで非常に強い霊が頭角を現す。そしてその霊は時代背景に則った強さへと変化する。それは実質的に人が死んだ数で決まる、何故佐嘉が能力者撲滅計画を猛スピードで進めたか、この存在を知ったからだ。
既に部下達の手によって三百万人の能力者を殺害している。全世界からの阿鼻叫喚、その畏怖や恐怖を力に変える存在、それが災厄。統治の象徴である。
「どうやらつくづく俺の方に運は傾いているようだ。このまま死ね、アイト」
右手を額に当てられる、そして佐嘉が唱えようとしたその瞬間だった。正に青天の霹靂とでも言わんばかりに宙に浮く者、ここは日本、自身の安全は自身で守れ、そう教えられて来た。
ならば来ずしてどうするものか、許されるはずが無いだろう。それ故参った一人の少女、和ロッド四代目にして絶世の美少女。
[宮界 鳫蛙]
「桜花ちゃんに手を出したのは、あなたですか」
そして多比良 桜花の実の従姉である。だが当然それだけの訳も無い、一人で戦える能力ではない。連れて来るに決まっている、初代ロッドによって専属と任された奉霊にして実体を持つ特異体。
「我が名は[團]、四方神[青龍]を使役している最強の狐じゃ!」
現代で菊のお供になっている狐だ。そして特徴的であった文様が掘られていない、あれは團の力を封じるものであり、制御するものでもあった。だがこの時代にはまだ無い、それ即ち独壇場である。
『降霊術・神話霊・青龍』
「行くぞ、青龍」
「指示を出すな、クソボケが」
最強タッグ、團と青龍である。
第二百五十三話「最強タッグ」




