第二百五十二話
御伽学園戦闘病
第二百五十二話「魂の知覚」
「ペルシャ?なんでお前がここに…」
「僕の能力知っておいてあんでそんなキョトンと出来るのさ。そもそも言っただろう?仲間になる男って」
「そうだったな…ということは今回も一緒に行動してくれるのか?」
「うん。まぁ付いて行くのは馬柄のおっちゃんだけどね」
アイト以外は存在も知らないので警戒している。だが気さくに話しているアイトを見て少なくとも敵では無いと把握し、色々質問しておく。
結局名前と能力しか吐かなかったがそれでも充分だ。まずアイトが仲間だと言った以上仲間と認めるのが良いし、何より能力が強すぎる。
「にしても俺か?」
「うん。おっちゃん今日が命日だからね」
流れるようにして投下した爆弾発言。だが場は馬柄本人の笑いで包まれた。まさか自分が死ぬなんて思ってもみない話である。馬柄は強い、今回の佐嘉を殺す作戦程度で死ぬはずがない。そう思っていた。
するとペルシャは顔色一つ変えずに冷静に、爆笑に対しての返答を投げかけた。
「僕は助けないよ。視たいだけだからね」
「良いから皆さん行きますよ。もたもたしている余裕はありませんから」
最前列に桜花が出たがすぐに馬柄、甲作の二人が更に前に出た。そして最後尾はベアと言う列で進む。ただの無人島にしか見えないがそこら中に人と思われる足跡がある。
恐らくは佐嘉達の者なのだが靴の跡に混じるようにして、一人だけ裸足の奴がいる。ペルシャはしっかりと靴を履いているので野生児的な何かがいるのだろう。
「さっ、来るよ」
ペルシャの一言で皆が構えた。その直後、一瞬にして皆の姿が消えた。一人になったアイトは混乱し呼びかけるが返事何て当然無い。何が起こったのか理解できなかった。
能力にしては霊力はまだ遠かった。それに加えてあまりにも早かった、何か別の物だと瞬時に判断し索敵する。生き物ではなく無機質な物があるはずだ。
「まぁまぁ落ち着きなって。一旦君だけを別世界に持って来ただけだから、あっちからしたら世界は止まってるよ」
背後を向いた時、その声が聞こえた。真上からだ。すぐさま見上げるとそこには一人の男が浮いていた。黒い羽、その頭上に浮かぶ黒い天使の輪っか、紫の髪に気色が悪い表情、まるで天使の様をしているその男は確かに言った、別世界と。
すぐにその事を追及しようとしたが男が遮り、一方的な会話を始めた。
「僕の名は…そういや僕も無いんだった。まぁ[仮想の堕天使]かな、言うとすれば」
堕天使と言う時に妙にカッコつけている気がしたがそれよりも気にするべきは仮想という部分だ。少し前にやって来た執事も[仮想の王の執事]と名乗っていた。その仮想が何を意味しているかは分からない、だが明確に別次元の生き物だと言う事は分かる。
そんな事を思いながら刀の柄を握ろうとしたその時、堕天使は背後に瞬間移動して手を掴んで来た。そしてやれやれと言わんばかりに伝えておく。
「僕は敵じゃない。執事君も言っていただろう?そもそも僕は戦いが嫌いだ、だから忠告しに来てやったのさ。多分君は"死"が何たるかを理解していない。君らの世界には"黄泉の国"という安全ネットが存在している、だから一度しんでも魂が破壊されない限り大丈夫なのさ。まぁ逆に言えば魂破壊された時点で終わりなんだけどね。
それでその魂、どうやって引きずり出すかしってるかい?」
「知るかよ、それより放せよ、力が強い」
「ごめんごめん。でも知らないのか、少し残念。だけど良いよ、教えてあげよう。魂を引きずり出す方法、それは『魂を知る事』だ。今君はここで魂の存在を知った、その事によって君は魂を知覚出来るようになった。
良かったね。これで人を殺した時にふよふよと天高く昇る魂が見れるよ。そしてそれを壊すと完全死という状態へ至る、まぁ大体分かるでしょ。
そしてここが重要だ。魂を喰った場合、霊力を多少回復、上限上昇、そして何より能力が受け継がれる。これは代々やってる奴はいるそうだけど……僕はオススメしない。詳細は語れないけどこんなものだ。さぁ僕は行くよ、頑張ってくれたまえ、応援してるよ、未来の現世マモリビト君」
堕天使が口角を上げると共に正常な世界へと送還された。普通に歩いてる最中だ、一日で様々な事がありすぎて少し混乱している。そして今それを皆に言うのは混乱を招くだけだと判断したアイトは黙っている事にした。幸い桜花は先頭側なのでベアの次に最後尾のアイトの些細な変化は気付かれる事は無かった。
「やぁどうも、なーんか僕の事を狙ってるって奴らがいるらかったけど…君らか。でもごめんねー、僕は既に、裏切り者だ」
屈強な体、カカオよりは小柄だが筋肉量は多いのが見て取れる。その姿を見た馬柄は大きな溜息をつき、アイトに伝える。
「こいつが[兆波 正円]、ラックの野郎が狙ってた男だ」
「何!?でもこいつは…」
「しょうがねぇよ。よくある事だ、だがこいつは強い、その代わり単調だ。ただの身体強化使い、それ以外の何者でもない。ここはお前がやれ、アイト。どれだけ鈍ったか見てやるよ」
「しょうがねぇな。やってやるよ」
アイトが先頭に出て、刀に手をかける。他の者は別の敵がいないか警戒を絶やさずにアイトを見守る事にした。何かあったら馬柄か甲作が助けに入ればいいのだ、二人は護衛が任であるため移動は相当速い。
そして正円は疑問をぶつける。
「一人で良いのか?別に僕からしたら何人でも蹴散らせるが……それにお前の能力は把握済みだ、アイト・テレスタシア。覚醒能力は瞬宵、霞麗によく似た能力だ。そして本来の能力はコピーだろう、三回しか使えないが一回は甲作の霞麗に使用済みだ。そしてお前は複数持ち、未来を変える能力も持っている、そうだろう?」
だが刀を抜きながら馬鹿にする。
「下調べも出来ないで勝つ気になるなよ。語弊や説明がダルいから言わない事が多いだけであって未来を変える能力は、この刀の能力だ」
見せつけるようにしてそう言った。桜花、馬柄、甲作以外は誰も意味が分からない。そもそも能力は動物にしか宿らない筈だ。万が一植物に宿ることがあっても刀なんて無機物な物に能力が付与されるなどあって良いはずがないだろう。
正円も全く同じ事を考え、口に出した。するとアイトは構えながら言う。
「それが出来るから、ここにいるんだよ」
「まぁ良いか。そんなインチキ武器なんて破壊しちまえば問題は…」
「あー言い忘れてた。こいつはただの武器じゃない、神殺しの武具が一つ[菫]だ」
神殺し、それは大昔に[天仁 凱]が企てた計画の一つである。蟲毒王を量産、それぞれに神殺しの武具という強力な特殊能力を持つ武器を持たせた。計五個、その一つがこの刀である。
「旧名[菫]、現在名[唯刀・真打]。その効果は『能力を保持』する、だ。どちらかというと吸い出すに近い。そしてこれは元の所有者の能力、どうやら名を[怜雄]というらしい。俺は知らないが助かったのは事実、だから俺はこいつを捨てない。どれだけ忌々しいモノであっても」
「分かった、いい加減始めようぜ。俺も佐嘉には怒られたくないんだよ」
「あぁ、そのつもりだ」
その時アイトは普段とは違う構えへと変えた。右手、片手持ちである。当然威力は落ちるはずだ。それを見た正円は呆れながらも身体強化をフルパワーで発動、そのまま殴り掛かった。
だがアイトは片手で余裕を見せながら受け止めた。それは刀では無く、素手でだ。驚いたのは日本組の三人以外全員であった。正円の身体強化は強すぎる、下手したら発動者自身の体が壊れてしまいそうなほど強力だ。
ただそれを受け止めたアイト、明らかに普通ではない。正に人間離れ、怪物と怪物の争いを見ている気分になる、たった数秒で。
「そして神殺しの武具にはもう一つ特徴がある。前所持者の戦闘体勢を覚えるんだ。そしてその記憶と同じスタイルで戦闘をした場合、この武器は前発動者が使用していると勘違いし、真の力を発揮する。
怜雄は人じゃなかった。だから俺だと力が足りないと判断され、不足分が補填される」
右手で斬りかかる。正円は左手で防御を試みたが全くの無意味であった。あまりに鋭いその刃は筋肉や身体強化なんて障害にすら感じ取れなかった。
するりとぬるりと、手首から上を切り取った。誰もが目を覆い隠そうとした、だがあまりにも力強い戦いから目を離すことが出来ないのだ。
「悪いが殺すよ、神殺しの武具[菫]の名にかけて」
左手が切断された正円は冷や汗を浮かべながらもひとまず距離を取る。斬られた時点で取れたと言う事は触れて言い刀では無いのだろう、その時体感したのは切れ味なんてレベルでは無かった。あれは霊力を基に切断している、流れる霊力に干渉し何らかの作用で切断したのだろう。
となると身体強化は相性が滅茶苦茶悪い。そもそも身体強化とは発動帯を通った霊力が全身に駆け巡る事で力を高める能力である、そのため流れる速度は普段より二倍近くまで増すのだ。そのため霊力を基にする斬撃なんてもってのほかである。
「力か防御か、選べってか…」
苦笑いでそう呟いた。そして一瞬の思考、どちらを選ぶべきか。恐らくここで全員を殺すのは不可能だ、いけて二人であろう。となるとあまり長期戦にはしたくない、正円は長期戦が非常に苦手だ。
ならば選ぶのは、力一択だろう。
「まぁ、怖くは無いけどよっ!!」
強気にも笑いながら再度突っ込む。だが今度は霊力を右手に集中させてだ。普通は霊力操作なんて出来ない、ソウル以外は。だが出来てしまった、本人も意識はしていなかった。
何故ならそれほどに、楽しんでいるから。
「何故笑っているんだ?」
アイトが訊ねたが完全に無視だ。もうアイトの事は見ていない、見ているのは刀の方だ。
「…なんだ」
何か異様な雰囲気、まるで戦闘狂になってしまったかのようだ。ただ正円にはそんな予兆は無かった。もう手遅れなのだろう、アイトには少しだけ心当たりがあったのだ。
何故なら覚醒時に感じた高揚感、仮想の王とやらには覚醒しか聞かされなかったが何か別の覚醒に似たものがあるのだろう。段々と口角が上がっている、それと比例する様にして攻撃速度が上がっている。
力は圧倒的にアイトが上だが手数が多い、一発だけ油断を許し殴られてしまった。腹部だった。
「アイト!!」
厳が手添を使用して引き寄せようとしたが桜花が手を顔の前に出して制止する。
「見ていなさい、あなたには見せた事が無かったでしょうが…あれがアイトの力です」
口調は変わらないが強い言い草、手を出すのは野暮だと言いたいのだろう。仕方無く動きを止めてゆっくりと視線を戻した。するとアイトの腹部は服の上からも分かる程に凹んでいた。
だが動きは衰えず、冷静に対処している。猛獣を躾ける調教師のようにも見えて来る。
「そうか。お前が求めるのは"力"なのか…」
呆れたように哀しそうな顔を浮かべる。到底十三、十四の子供がするとは思えない程慈愛に満ちた顔だ。だがそこにいた皆、それが[菫]による何らかの作用なのは直感的に理解していた。
そして次第に正円の力が強くなっていく、アイトでも受け止めるのに少しの衝撃を感じる程には。充分に理解できた、もう生かしておく必要は無い。
こうなった人物を生かすのは到底不可能だ。
「僕の勝ちだ。立派な戦士よ」
まるで別人の様な口調、そしてその剣士は近付いて来る猛獣に対して冷酷であり温情にまみれた視線を向けた。すると猛獣は今までで一番の速度を出して突っ込んで来る。
大きく振りかぶったその時だった。
「あの世で静かに眠るが良いよ」
即座に吹き出した血のしぶき、それは猛獣の血だった。だが猛獣は何も声を出さず、静かに仰け反り、仰向けになって倒れた。まだ息はあるようだ。アイトは介錯を行う。
「どうか天仁 凱、主に…どうか、よろしく頼む」
満月を描くような一振り、首と胴体を切り離し、殺害へと導いた。刀を布で拭き取り、納めた。それと同時に元の状態に戻ったようで口調は戻る、記憶はあるがあまり自分で動かしているという感覚は無かった。
だがそんな事を考える以上に見惚れた。始めて見た魂の上昇、何処か神秘的なものを感じざるを得なかった。だが他の者は誰も魂の事を知らなかった、それ故斜め上を眺めながらただボーっとしている様にしか映らない。
「どうしたんだ、アイト」
一早く甲作が訊ね、肩を叩く。するとアイトは皆に伝わる声色で言った。
「魂、人の根幹……肉付いた魂……それが、生物」
その瞬間皆の目にも映った、魂が。だが誰も驚かなかった。アイトと同じ反応、何処か美しいその光景にただ見惚れているばかり。
「魂と力の均衡を保ち……その世界を司る者……それが、マモリビト…か」
その文言は即座に能力を使用したペルシャと、そのペルシャに対して能力を使用した馬柄しか理解出来なかった。だが二人共誰にもそれを言わず、口に出そうとも考えなかった。
これから起こる惨たらしい事象に対して、一抹の不安と些細な恐怖を抱える事しか出来ない。地獄そのもの、数世代によって伝わる正義の探り合い、数世代前から続いていた悪の殺し合い。言葉には、出来なかった。
だがその時、皆の前に現れた二人の人物。
「素晴らしいだろう、その光景は」
佐嘉と女性。褐色肌に相反するように明るいクリームに近しい白髪、完全に肌の露出を抑えながらも身軽そうな服、そして手に持っている赤黒い天狗の面。
「さぁ最後の実験体はお前だ。行け、ルフテッド」
「はい、佐嘉様」
[コア・ケツァル・ルフテッド]、現世に一人の子孫を持つ。干支犬を持つ[シウ・ルフテッド]の先祖、実験体であり、佐嘉の元恋人である。
「退いていろ、私がやる」
当然出るだろう、絡新婦が。そう、元カノ VS 元カノである。
第二百五十二話「魂の知覚」




