第二百五十一話
御伽学園戦闘病
第二百五十一話「ツルユ」
なぁラック、これいつまで見れば良いんだ?もう十七年見てんだけど、俺の生涯より長い映像見せられてんだけど
悪い、もう少し待ってくれ。今後のお前に必要な事だ、この防衛戦と崩壊の日……あとお前と会った時は見せておきたいんだよ。
了解。まぁ端的に伝えてくれよ、ちょっと飽きて来たぜ?
あぁ、分かっている。
桜花の説明を聞いてから皆で夜を明かし、早朝の朝五時である。馬柄に起こされ、目を覚ます。人数分の布団は無かったのでアイト、ソウルが床で寝ていた。
まずは布団で寝ていた組の布団を片付ける。その最中に桜花が部屋に入って来た、こんな朝だというのにも関わらず元気にアイト、甲作、ベア、ソウル、厳の男連中をひっぱたいて起こす。
「なぁ…アイト、こいつ力強くね?」
ソウルがこそこそ話でそう言ったがアイトは何も言わなかった。ただ真正面を向き、感慨深そうな顔でボーっとしているだけであった。
あまり反応が無い。少しおかしいと思い厳に朝が弱いのかと訊ねたがそんな事は無いと返される。馬柄と甲作も少し不自然に感じているようでペチペチと頬を叩くがやはり反応が無い。
「ほぅ、魂が具現化されておるのぅ」
いつの間にやら現れた人状態の絡新婦がそう言った。それを聞いた馬柄とララは反応を示し、駆け寄る。そして軽く首元に手を当てて数秒間静止していた。
すると二人は焦り出し、どういう状況なのか伝える。
「なんか魂抜けてるぞ!こいつ!」
まさか先手を打たれたかとすぐさま戦闘体勢に入り、周囲の霊力を少しでも感知してやろうとソウルが探知を行う。だが精度が悪いといえどもあまりにも反応が無い、となると遠距離攻撃型かと思われたがそう言う訳でも無いようだ。
「皆さん、大丈夫ですよ」
桜花がまとめた。どう言う事か分かっていない他の者は少々焦り気味ではあるが大人しく話を聞く。
「これはラックの術です。あの人は一つだけ特殊な術を使えるんですよ、佐嘉に劣らない程に特殊な術を。そして恐らくですが今はお話をしているんじゃないでしょうか。ただ数分後に元に戻るので安心してください」
やはり可愛らしい笑顔だ。だが何処か引きつっている様にも見える、ベガがその事について言及しようとしたその時、アイトが正気に戻った。
まるで今の今まで眠っていた様な動作をしている。流石に違和感を覚えた厳が何を話していたのか訊ねた。だがアイトは不思議そうに頭をかしげるだけで何があったのか伝えようともしない。
「ラックの術で遠隔で会話をしていたわけじゃ無いでがんすか?」
「いや…何の事だ?俺ずっと寝てたはずなんだけど……」
場が凍り付く、そこで桜花が近寄り顔を近付ける。嘘をついていないか、アイトは嘘が苦手であるため顔の動きだけで嘘かどうか分かる。だがアイトは多少頬を赤らめる程度で何もおかしい所は無い。
本当に何も憶えていないようであった場合問題になる。佐嘉の新しい術か何かで意識を抜き取られたのかもしれないし、もしかしたら第三勢力の可能性だって無くは無い。まずするべきは事実確認だ。
「本当に無かったのか、何も」
「何言ってんだ甲作、やっぱ頭おかしくなったのお前だろ」
「……どうする親父、ほんとに何も憶えている様子が無いぞこいつ」
「いやー俺に何かしろって言われてもなーって感じだぜ?そもそも俺の能力は心を視るだけであって記憶は視れないからよ」
そうは言ってもこのままスルーは今日行う強襲に問題が出て来る可能性も否めない。ひとまず予定が多少ズレても良いので何とか聞き出す事にした。
桜花とアイト以外は部屋で待機、二人は離れで二人っきりで話す事になった。綺麗な庭が見える部屋で座布団に座り、桜花がいれた絶妙にぬるいお茶を飲みながらのんびりお話をする。
「まずは少しだけ緊張をほぐしましょうか。ここに来てからずっと緊張していますよ」
「あっ…やっぱバレてたか…」
「当たり前でしょう。貴方が八歳の頃からの仲ですよ?」
「まぁそうだけど…元々桜花は人の癖とか見抜くの得意じゃん…」
「そうですね。少しでも油断していたら背後から差し殺されるか分かったものじゃないですからね」
満面の笑みで何回か拳を突き出して言い放った。既に慣れている発言だがやはり可哀そうだと思ってしまう。血筋が特殊だというのは聞いていたので致し方ない事だとは理解している、だがそれでも小さな頃からそんな生活を送っているのだ。両親の顔など知らず、顔見知りは数人の護衛、その中でも秀でた才能を持ち合わせていた馬柄の奥さんだけだった。
だが桜花は様々な事に手を出し、失敗しては手を出し、結果強力な人物の"加護"を受ける事で安定した生活を手に入れた。その後アイトを拾い、二年の時を共に過ごした後別れる。そんな人生である。
「今更だけどホント何て言ったら良いか…」
「そんなかしこまる必要は無いんですよ?アイトを拾った理由なんて同世代の友達が欲しかっただけですから」
「でもそれなら甲作がいるじゃないか」
「甲作さんはあくまで護衛の身と言ってあまり仲良くはしてくれなかったものですから…私だって寂しかったんですよ。あなただってあちらでお友達が出来たようですが、それでも恋しかったでしょう?」
「まぁ…そうだけどさぁ…」
やはり何とも言えない子だ。人間に化けている妖怪のような人間、そんな感じで感覚が狂っていく。だがそこに魅了されておずおずと付いて行き、ここまで生きてこられた。命の恩人である桜花に対して正直何と言えば良いのか分からないまま五年半以上経ってしまっている訳だ。
「さて、そろそろしっかり話しましょうか。本当に何も覚えていらっしゃらないんですか?」
「あぁ。俺は眠っていたとしか言えない」
「そうですか…ですが貴方は魂が具現化?していて意識が無いように見えましたよ?」
「俺もそこが不思議なんだ。そもそも絡新婦とは生きてる年数が違うから色々訳の分からない事を言ってるけど、それでも魂の具現化とか想像も付かないんだよ」
「ふむ、不可思議な事もあるんですね。まぁ良いでしょう、何かあったら私が意識を奪うので問題は無いですよ。行きましょうか」
手を握って立ち上がろうとする。だがその瞬間、所謂霊力濃度が増した。それと同時にとてつもない気配を感じる、それは二人の横、庭からだ。
視線を移すとそこには白いワイシャツに青緑のネクタイ、すらっとした黒ズボン、青黒い左眼隠しの髪に一番特徴的な首輪、そしてただならぬ霊力のオーラ、怪物だとすぐに分かった。
佐嘉やレジェストなど比にならない程のバケモノ、レベルが違う。
「アイト・テレスタシア。主様からお話がある、その場で良いから数分時間を寄こせ」
何も言えないし体が動かない。だがそんな時でも桜花はニコニコしながら話しかけた。
「私は貴方を招いた憶えも、顔を合わせた憶えもありませんが。どちら様でしょうか」
アイトの前に立ち、強気にそう訊ねる。だがその現代の高校生に見える男は無言でスタスタと縁側に上って引き戸を引く。そして部屋に入って来た。
そして適切な距離を保ちながらご丁寧に挨拶を始めた。
「僕の名前は……いえ、既に名前は失われています。なのでこう名乗りましょう[仮想の王の執事]と。私に敵意はありません、この力のオーラもあなた方のものとは全く違います、どうかアイト・テレスタシアをこちらに」
とても丁寧に見える、殺意も敵意も感じられない。だが桜花は警戒心が非常に強い、断固として渡そうとしない。すると男は溜息をつきながら再度言う。
「こちらに渡してください。僕だって怒られるんですよ、早くしてください」
少し拳に力が入るのが見えた。その時点で桜花は勝てないと判断し、引き渡す事にする。振り返ってアイトに耳を貸すようジェスチャーをする。そしてコソコソ話で軽く注意しておく。
「何かあった場合すぐに私に連絡してください。どんな手段でも良いです、恐らくはここに連れて来るかラックのように遠隔で話すのでしょうが……それでも何かあった場合は恥ずかしがらずすぐに言ってくださいね。守りますから」
笑ってはいなかった。だが真剣で、怯えている目だ。そんな目を見てしまったアイトは引くに引けない、大きく深呼吸をしてから足を踏み出した。
男はようやく話が始まると辟易しながらアイトの首元を強く殴った。一瞬にして意識を失い、音を立てながらその場に倒れた。
「おっはー」
目を覚まし、顔を上げる。そこは見知らぬ世界だった、真っ白であり虹色の世界。脳が理解を拒む、そんな世界だった。そして目の真にはちんけな椅子に座りながら二人の小さな子供を膝に乗せた女がいた。
「やっ!この際だから話さなくちゃって思ってね。まぁ安心して、こっちの世界は君達がいる世界より三倍流れが早いから」
「どういう事だ…?」
「まぁ細かい事は気にするな~とりあえず今話したい事は一つだ。覚醒その仕組みだ。君だって起こしているだろう?まさかニンゲン如きが出来るとは思ってもみなかったけどね、とりあえずあれは菫色だから菫眼って名前を付けることにしたよ」
「菫眼…」
「そう。あれは特別な力でね、覚醒中だけ使える『覚醒能力』の付与、または能力の効力底上げ、はたまた身体強化の超絶強化、そこら辺が基本。非常に強くてね、それを使えるだけで一目置かれる世界になって行くと思うよ、知らないけど。まぁでも確かに言えることがあるよ、それは特別な力だ、専有するか共有するかは好きにすると言い」
「分かった…」
「そして少しだけ解説をしておこうと思う。覚醒ってのは"感情が昂った時に発動する"のさ、ただ何でも良いってわけじゃない。それは楽観、攻撃、軽蔑、後悔、拒絶、畏怖、服従、愛、なら基本的に何でも良いんだ。何でも良い、何でも良いから昂らせる。
するとそこをトリガーにしている"覚醒"が引き起こされるんだよ。詳しい事を説明すると君の脳みそ何てパンクしちゃうだろうから言わないでおくけど……まぁ精々頑張ってね」
「がんばれよ!!ニンゲン!!」
「ばれよ…!!」
双子の鬼がそう言った瞬間元の世界に戻って来た。すぐに目を覚まし体を起こす。するとまだ横にしようとしていたタイミングだった。どうやら三倍の速度というのは本当のようであまりに早いご目覚めに桜花は驚いている。
そして部屋に馬柄と甲作が突撃して来た。男を見るや否や斬りかかる、だが男にはその刀が届かない。まるでバリアでも張られているようなのだ。
「届きませんよ。それは僕の世界の物質とは別物、これはバリアでも何でもない。空間の歪み、拒絶とでも言った方が良いのでしょうかね。まぁそんな事は置いておき…」
そう言いかけた時だった、男の髪に刀が届いた。父である馬柄の刀だけだが。それに驚きながらも斬られる寸前で受け止め、何をしたのか少し期待を寄せながら訊ねた。
すると馬柄は自慢気に言い放つ。
「俺は複数持ちだ。一つは心を視る。もう一つは相手への直接攻撃だ。念能力なんだけどよ…一日三回、必中の攻撃を使えるって代物だ……でもお前は止めた。何者だ、お前」
「僕は[仮想の王の執事]です。あなた方とはまた別の世界の住民、まぁ憶えなくても問題は無いですよ。何故なら今後二度と、関わることは無いでしょうから。それでは失礼します」
すの刹那、男は姿を消した。すぐに緊張状態が解け、いつものおっさんモードに戻った馬柄はヘロヘロしながらもアイトと桜花から何があったか聞き出す。
その間甲作は部屋で待っている五人に説明をする為部屋を出た。そして二人で馬柄に説明をするが誰も理解できない、喋っている本人たちでさえもうちんぷんかんぷんだ。
だがアイトは何を話したのか頑なに口に出そうとしない。その時こう思っていたのだ。「喋ったらダメだ」と、直感、本能に近くもあるが正しい判断でもある。均衡を崩す事になりかねないのだから。
「大丈夫でがんすか!?」
他の者も入室し、無事を確認する。それと同時にベアが何かを感じ取った。
「…やっぱりか」
「何か知っているのですか?」
「あぁ。こりゃ神の遣いだな、あいつ仮想の王がうんたら…って言ってただろ」
「はい、確か執事だとか」
「まぁなら良いわ。問題ない、さぁ準備をしろ。もう夜が明けちまうぞ」
とても楽観的に見ているようだ。その事についてはララが追及した。するとベアは皆を引きつれて渡り廊下を進みながら端的に話し出した。
「まず創造神がいる。これに関してはそう言うもんだ、説明を求めないでくれ。というかこれから喋る事は全て理屈なんてない、俺らが分かる次元の話しじゃないからな。あくまでも今の所出ている状況だ。
そんでその創造神は沢山の世界を創成した。ここもその一つ、そしてそれぞれの世界にはお気に入りがいて死んだら創造神が生きている、まぁ…そうだな…『仮想世界』、そう今名付けよう。
そして仮想世界には二組のペットがいる、それは王のペット。まぁ召使的な奴らだ。その一人があいつだ。能力とかの世界じゃなく、ただの平和な世界に生まれたんだとよ。
俺が知ってる情報はここまでだ。まぁこれも旧友から伝えてもらった話だからよ、あんまり鵜呑みにはしないでくれよ」
当然誰も理解は出来ない。だがアイトだけは分かった気がした。それと同時に嫌気が差す、何故あんな場所に攫われてあんな事を教えられたのか。その時過ぎる、最悪の思考。
まさか自身がそのお気に入りなのではないかという思考、いやいやまさかそうは思ったがどうしても抜けない。顔色一つ変えず歩いていたが背筋は凍るように冷たい。
「大丈夫ですよ」
桜花が手を握る。今回は全く表情に出していなかったが恐らくは予想したのだろう、何かに怯えていると。
「分かってる。別に怖くは無い」
「私は何かに怖がっているなんて言っていませんよ」
微笑みながらそう言い返した。完全に墓穴を掘ったアイトは恥ずかしそうに俯き、歩幅を合わせる。最後尾でイチャイチャしている一方その前の連中はその気配を感じ取ってこんな状況なのに何を浮かれているのだと少し苛立ちを感じていた。
そして元の部屋に戻り絡新婦と合流した。レイチェルと何か話していたがすぐに還り、準備は出来ていると告げた。他の者も出来ている、残りは桜花とアイトだけだ。
「私は少し持ち物があるので、馬柄」
「ほーい」
二人は部屋を出て行った。アイトも結局は刀以外に持って行く物が無いので桜花待ちだ。その数分間ベアに聞いておきたい事がある。
「お前は佐嘉とどんな関係なんだ?」
「俺か?この俺様はな、親を殺されたんだよ。本当に最近だ、ここ二ヶ月ぐらい前だ。あいつがあのお嬢様を狙うためにひとまず能力者を殺し回っていた。そん時にやられちまったんだ、弟も一人いるんだが……まぁもう助かってないだろうな。日本は狭い、恐らくあいつの術で既に全域の雑魚は片付けられている頃だろう。
本当にどうするんだろうな。これから戦争が始まりそうだってのに…いやもう始まってるかもな」
「そうだな。その親族には申し訳ないが救えない命もある。俺は出来るだけ全ての人を助けたいが取捨選択は大事だな。もう一瞬でも躊躇った瞬間破滅に繋がる段階まで来ちまってるもんな」
「良く分かってるじゃねぇか。だから俺もすぐお前は斬るぞ、容赦はしない。謎の覚醒、俺はお前への信頼が薄れているからな」
甲作が乱入して来た。だがアイトは鼻で笑ってかわし、絡新婦の方へ向かう。
「どうしたのじゃ?」
「お前も佐嘉と何か関係があるんだろ」
「あるぞ。私が本気で好きになった奴の一人じゃ。だがまぁ気にするな、十年以上前の話じゃ」
「なら契約ってのは何だよ、洗いざらい吐け。そう言う判断もしたいんだよ、俺は」
「…仕方無いのぅ。契約は単純に一つ、守る事じゃ。互いに互いを守り抜く、そう決めたのじゃ。だが私はその契約をろくに果たせておらん、そもそもレイチェルにワガママを言われた程度で外の国に出向く程私は活動するタイプじゃないのじゃ」
「そう…か…なら本当に敵じゃないって言葉は信じて良いのか」
「保障しよう、この命に誓ってもな」
「分かったなら良い。少し引っかかってただけだ。よし、気も晴れた。完全に準備万端だ」
するとタイミング良く桜花と馬柄が扉を開けた。
「おまたせしました、行きましょう。ベアさん、よろしくお願いします」
「おうよ」
この時アメリカ組は能力を知らなかった。だが数秒後、思い知る事になる。ベアが大きく指を鳴らした瞬間、霊力に包まれ、瞬間移動を施したのだ。
そして一瞬にして到着したのは潮風漂う孤島である。太平洋のとある場所、非能力者の軍事基地が仮設されている唯一の島である。名は無い、ただの孤島。
ギアルが取れる、唯一の孤島。
「どうも~」
そこに現れたのはあまりにも場に不相応な少年だった。面識があるのはアイトだけ。
「[ペルシャ・カルム]で~す。どもども~」
白い、純粋な悪魔である。
第二百五十一話「ツルユ」




