第二百五十話
御伽学園戦闘病
第二百五十話「桜花」
絡新婦は姿を変えて少し遠くをふらついていた。もしかしたらへんぴな場所に誰かいるかもしれないと考えたからだ。だが別に誰かいるわけでも無いし、何も無い。ただ潮風に当てられながら一人歩くだけだ。
「何もいないようじゃのぅ」
「そだねー」
レイチェルもバレない程度に姿を出しながら付いてきている。半ば肩車の様な体勢になっているが構わず、木にぶつかっても構わない。霊は体力が多少流れているので物体には普通に当たるのだがレイチェルは可愛らしい反応をする程度で何も気にしていない。
それどころか少し楽しそうだ。だがその気持ちも分かる、レイチェルはほんの一瞬だが日本に来た事があったらしくちょっとだけ懐かしいのだろう。
「にしてもお主は何故日本に来たのじゃ?」
「私も分かんないだよねー。というかそもそも生きてた頃の記憶が半分ぐらい消えてる」
「初情報じゃな…だがどちらにしても不思議じゃのぅ。そんな例は今まで見た事が無かったぞ。そもそも誰に殺されたのかも覚えていないのじゃろう?」
「そうだね。男ってのぐらいしか分からない、だから誰かなんて捜索するのは不可能に近い。しかも記憶がほぼ無いからどの時代の人間かも分からない、だから既に死んでるかもしれないね」
「まぁ私もそんな事に付き合っている程暇ではないのじゃがな。言ってはいなかったが契約があるのじゃ、契約が」
「それってそんな拘束性?って感じのものはあるの?」
「まぁ制限などは無いな。だが私がやりたいだけじゃ。ただの私情じゃ、案ずる事は無い」
「そっかぁー。っていうかこう考えると結構知らない事だらけだね」
「短い付き合いではあるからのぅ」
「え?そうだっけ?」
「比較的短いぞ、二十年ほどだったかのぅ」
絡新婦にとっては短い付き合いだがレイチェルにとっては長い時間である。そもそも生きていた期間は約十七年、生前の年よりも長い付き合いなのだ。
だがそれすら気付いていない絡新婦はこう続ける。
「私の契約も大体二十年程前だったのぅ。あの頃は私もはっちゃけていたな」
「え、そうなの?以外だわ」
「…隠れろ」
会話の途中、神妙な面持ちでそう言った。レイチェルは有無を言わず速攻で戻った。そして何かあり次第すぐに飛び出せるようにしておく。
すると現れたのは予想だにもしない怪物だった。淡々と足を進め、悲し気な表情をかき消すような圧迫感のある霊力、目の前にいる女の正体を完全に見破っている仕草。
躊躇は無い。ただ近付いて来る男に対話を試みた。
「久しぶりじゃのぅ、正義」
「どうも。今日は日本系なのかい」
「それがなんじゃ?」
「いいや?別に何でもないさ。ただ何故君がここにいるのかが不思議でね、本来実験体五人に行かせるつもりだったんだけど…一人は休んでもらう事にしたよ。他の四人は既に死んでいるけどね」
「お前はもう少し命の重さと言うものを知った方が良いぞ」
「君にだけは言われたくなかった言葉だよ。戦争という使命によって人を殺し続けている僕なんかよりも多いじゃないか、殺した数」
ほんの一瞬の沈黙。その静寂には様々な感情が渦巻いていた、十数年ぶりの再会なので無理も無いが伝えたい事が多すぎるのだ。そして先に発したのは沈黙が襲って来るのを嫌がった佐嘉だった。
「アメリカはどうだい。僕も少しの間だがあそこにいたんだ、そして君が今仲間になっている少年達を殺そうとした。本当に運命の相手なんだろうね、君は」
「そうじゃな。私もそう感じておった所じゃ。にしても貴様も腕を磨いた様じゃな、霊力がそこそこ増えているでは無いか」
すると佐嘉は少しきょとんとしながら返答した。
「覚えていたのかい?接触はしていなかったのに」
「覚えていない訳が無かろう、ここ最近で一番本気になった男がお前じゃ。諦めた理由は貴様が私達と敵対する、そう言っていなくなったからじゃろうが。折角ロッドのババアがいなくなって安息の地と化したのにのぅ」
「ごめんね。僕も僕のやりたい事がある。にしてもバックラーになったのか、少し興味深いね。何故霊である君が霊を所有しているんだろうね」
微笑み、そう問いかけた。だが絡新婦からしたら知るはずも無いし、何なら聞きたいぐらいだ。だがその口調からして佐嘉も知らないのであろうと言う事は分かる。
なので率直に答えた。
「知らん。私が知りたいぐらいじゃ」
「そうか…残念だよ。じゃあそろそろ、本題に入ろうか」
雰囲気が変わる。一気に攻撃態勢に入り、すぐ傍まで距離を詰め、手をかざしていつでも攻撃できるとアピールしながら霊力放出を高める。ほぼ脅しだが絡新婦は屈しない。
だからと言ってここで戦っても勝ち目なんて無いので一ミリも動かず佐嘉から話を切り出すのを待つ。すると佐嘉は耳元で極力声量を落として訊ねる。
「一つ、敵か味方か。二つ、契約はどうした。計六秒以内だ」
絡新婦は計二秒で言葉を返した。恐れる事もせず、少し口角を上げながら。
「敵じゃ。契約は忘れておらん、私の生き甲斐はそれじゃ」
「そうか、さよならだ」
佐嘉が唱える。
『人術・葬』
それは触れている人物に霊力を流し、その後霊力に術を流す事で異常反応を起こしシンプルな痛みを起こすというものだ。だが逆に言うとその術は触れていなければ発動のしようがない。
なのでこうしてしまえば問題は無いのだ。絡新婦は引き寄せられ、手は一振りの刀によって弾かれた。絡新婦を抱き寄せ、すぐさま刀をを奪い攻撃を防いだのはアイトだった。
「やめろ、佐嘉」
それを見た佐嘉は心底呆れたようで大きな溜息をつきながら質問する。
「そんな奴とも関係を持ったのか、お前は」
「いいや違う。こいつとは持っていない、アメリカにはお気に入りがいるからのぅ」
「ならば何故そいつは自身の身をかえりみずに助けに入ったんだ。知らない術なんだぞ、正常な判断だとは到底思えないが」
アイトは絡新婦を放し、自身の後ろに移動させ、刀を構えながら答えた。
「仲間だからだ。それ以外の理由は無い、そもそも俺はお前という害悪を殺す為にここに来たんだ」
「…力を持つ者はいずれ腐敗し、悪へと変化を行う。それは摂理だ、俺は哀れだとしか感じない。だがお前は違う、腐敗していないにも関わらず俺から手を遠ざける、理由を問いたい。何がしたい」
即答した。
「この無茶な作戦を止めて、安全な世界を作る。お前は俺の生まれなんか知らないだろうがな、最悪だったぜ?桜花や馬柄のおっさんがいたから何とかなったが……お前は恵まれている、能力者にしては良いご身分だしな」
「まず俺は能力者ではない。それに恵まれてはいないさ、努力をしただけだ。それに関してはお前も同じだろう、否定はしない。血のにじむ努力、眼から見て取れる。だがあの日、あの時のお前はそんな眼をしていなかったように思えたが?ただの子供、信じられない程に無力な、雑魚だった」
「そうか、半年も前の事だ。忘れてくれるとありがたいな」
もういつ刀を振って来るか分からない。佐嘉は安全を取るために距離を置いた。アイトが詰めようとするが絡新婦が引き留める、そしてここは会話だけで済ませる事になった。
「俺はもう行く、面倒くさいのがやって来たしな。だが覚えておけ、俺はお前と絡新婦を殺す。絶対にだ」
すると佐嘉は姿を消した。それと同時に一人の少女が姿を現した、アイトは驚く。先程甲作とは会ったがまだ会えていなかった、ずっとずっと会いたかった女の子。
「桜花……」
「久しぶりです、アイト。そして誰ですか?その怪物は」
怒っているのが伝えって来る声色でそう聞いた。アイトは今まで何があったかを軽く説明した。すると誤解が解けたようで絡新婦に対して謝罪と挨拶を済ませた。
その時の絡新婦はまだ人の姿だったので何故分かったのか不思議である。ただただ者では無い事は確かである、まじまじと舐めるように見回す。
小柄な体、黒く長くサラッサラの髪、もう何も言う事が無い程完璧な顔立ち、無地の和服、ふわふわしているが聞き取れる怖いらしい声、この時代に和服を着ているのは中々曲者であるがそれよりも違和感があるのは霊力だ。
「何故お主は常に霊力を発しているのじゃ?そんな事しない方が消費が抑えられるのではないか?」
「私は特殊な家系で良く暗殺者に狙われます。その際に反応を出しておかないと護衛の[杉田 馬柄]が来れないのですよ」
満面の笑みでそう答えた。表情とあまりに乖離している発現である、絡新婦はすぐ理解できるが他に誰かだった場合頭に?を浮かべるだけだろう。
そして絡新婦は事情を把握するやいなや蜘蛛の姿に戻り、二人を乗せて走り出した。
「案内を頼むぞ」
「分かりました」
とても落ち着いているが喋り方や動作から伝わって来る元気な気持ち、言わずもがな分かる、良い子だ。だが過酷な生活を送っているようでもある。
アイトは久しぶりに会えて嬉しいのは嬉しいのだが照れてしまい話しかけられない。桜花も静かに座っており静かなままだ。すると耐え切れなくなったのかレイチェルが飛び出してきた。
「もー!なんで黙ってるの、アイトー!」
「うるっせぇな……」
「あら、ごめんなさい。少し気が回っていませんでした」
「あ、いや良いんだけどな。あんまり外で会話しても良い事無いし」
「だーかーらー!!」
「レイチェル、干渉するな。アイトはへたれだからのぅ、放っといてやるのが一番じゃ」
完全に馬鹿にしながら諭す。するとレイチェルも納得した様でクスクスと笑いながら姿を消した。滅茶苦茶に苛立っているアイトの隣で桜花がある事に気付く。
アイトの背中、刀の鞘に触れながら訊ねた。
「真打…ですか?」
そう言われたアイトは焦りながら弁明する。
「これは鍛冶屋のおっさんが勝手にやったんだ!」
「いえ…怒ってはいないのですが…素材が変わっていますね。ギアルに」
「ギ、ギアル?」
「はい。とても霊力を流す鉱石です。貴重ですので珍しく思いまして…」
刀身をまじまじと眺めながら感心している。少しして刀を納めてから訊ねた。
「あちらでの生活はどうですか?楽しいですか?」
一番されたくなかった質問が早速飛んで来た。地下街で生活していたなんて言えないし、自分が原因で作戦が始動した何て尚更だ。何とか誤魔化そうと口を開いた、だが桜花はそれすらも予測して言葉を被せた。
ニコニコと笑いながらも静かに怒りを燃やしている。
「知っていますよ?私は」
「あ…ごめん……」
「いえ、謝らないでください。でも充分だと思いますよ、私は。甲作さんや馬柄がどう言うかは分かりませんけど。あの時に比べたら随分と活き活きしているじゃありませんか」
数年ぶりの再会ではあるがとても嬉しそうだ。その笑顔を見たアイトも何だか嬉しくなって微笑んでしまう。するとレイチェルが飛び出し、からかって来た。
「笑ってやんのー!!」
「お前はお前でガキかよ!!」
そんな会話をしながらも桜花は案内をして、到着した。一つの大きな屋敷、あまりに厳重な警備に恐れ戦くレイチェルと絡新婦。だがアイトと桜花の二人は全く驚かず、むしろ数が減った事に少々不安感を募らせている所だ。
すると門の入口で待っていた馬柄が駆け寄る。
「ほんとやめてくださいよー急にいなくなるの」
「ごめんなさい。ですが連れて来ましたよ、アイトを」
馬柄はアイトの方へチラッと視線を移し、大声を上げた。
「うおおお!!!久しぶりだなぁオイ!!!」
「ほんとうるせぇな、お前。んで、皆来てんのか?」
「ララちゃん、ソウル・シャンプラーの二人は来てるぜ」
「厳っていういかつい奴は?」
「まだだな。とりあえず甲作向かわせるからお前と桜花は中入ってな、んでそこのデカ蜘蛛ちゃんはちょっと俺とお話だ。別に追い返したりはしねぇが…まぁ聞いてるだろうが特殊な血筋でね、用心しなきゃいけねぇんだよ」
「ってことでよろしく、絡新婦」
「分かっておる。さぁ行くぞ男よ」
そう言って絡新婦と馬柄は離れへと消えて行った。そして桜花とアイトは護衛に一人だけ門番を付けて家の中に入った。やはり大きく、豪華な家である。
装飾や芸術品なども多数飾られている。数年前より何個も増えている事に何処か感慨深いものを感じながら廊下を進む、そして次第に何か聞こえて来た。
「…なんだ、この声」
ゆっくりとふすまを開ける、するとそこには大喧嘩をしているソウルと見知らぬ青年。そしてニヤニヤと笑っているララの姿があった。
桜花は楽しそうに何をしているのか聞いた。
「何をしてるんですか?ベアさん」
「うっお!!桜花か」
その男は茶髪で短髪、イケメンだがソウルに対して放っていた罵詈雑言が酷過ぎてヤバイ奴だというのは確信していた。そしてアイトは誰なのか問い詰める。
すると桜花が間に入って説明した。
「この方は[ベア・キャロット・ツルユ]さんです。今回の戦いで佐嘉を恨んでいるようなので引き取りました。とても優しい方ですよ」
「いや…ソウルに対しての暴言…」
「いえ、この人は優しい方ですよ?」
純粋な眼、アイトはもう何も言えなくなった。
「おいアイト!!こいつ何とかしろよ!!ララに手出そうとするんだぞ!!!」
「はぁ!?この俺様の物にしてやろうとしてるんだぞ!?」
あまりに自己中な男と言うのが分かる発現である。だがアイトは無視して地面に座り、休息を取る。どうせ数分で帰ってくるはずだが少しでも休憩したいのだ。眼を閉じ、数分の仮眠に就いた。
五分後、桜花にゆすり起こされたので目を覚ました。すると既に厳が到着していて部屋にはソウル、ララ、厳、人の姿の絡新婦、そのすぐ傍にいるレイチェル、馬柄、甲作、ベア、アイト、桜花という面子になっていた。
「さぁ、少しお話があるので目を覚ましてください!」
そう言いながら一発平手打ちを叩き込んで来た。もう驚かない、桜花はそういう子だ。だがその一撃で目が冷めたのも事実、姿勢を整え話が始まるのを待つ。
皆の前に桜花、その隣に馬柄、対面に他の者と言う構図で早速始まった。一番最初に発したのは当然、桜花である。
「皆さん戦闘、お疲れさまでした。佐嘉の下部は数人私が殺しましたが……それでも数人残っています。現在残っている手下達は非常に強い力を持っています。そして狙っているのは私です。
なので皆さんには私を守りながら手下を殺して欲しいのです。佐嘉に対して因縁があるのはベアさんだけではないでしょう。ですので早急で悪いのですが明日、強襲を仕掛けます。私は必ず、佐嘉を殺します」
殺意が含まれた眼光、だがそれは桜花だけではなくその場にいる全員が同じであった。そして始まった、最初の戦争。後にこう呼ばれることになる、平山島非能力者基地防衛戦。または御伽島防衛戦、と。
第二百五十話「桜花」




