第二百四十七話
御伽学園戦闘病
第二百四十七話「義眼のデメリット」
ララは港町から少し離れる事にした。だが大して遠くに行くわけでも無く、二キロ程だが。ララの能力は元は身体強化だが義眼による覚醒状態の維持によって『覚醒能力』がデフォルトの能力のようになっているのだ。
その覚醒能力は呼吸促進、所謂念能力の一角である。名前の通り対象の呼吸を促進、息を多く吸わせるというだけの能力である。一見なんの意味も無さそうな能力ではあるがこれは非常に万能であり、戦闘向きの能力だと言える。
「カモだね、身体強化は」
「はぁ?俺の事馬鹿にしてんのか?クソアマよぉ!!」
そいつは茶髪に極端に長い髪、そして狩人のように鋭い目つき、全体的に量産的に見えるがどことなく頭に残る顔立ち、中途半端なイケメンという表現が一番しっくりくる。
「だって実際身体強化とか殴る蹴るしかできないじゃない。私も同じようなもんだけど手数で言えばこっちの方が圧倒的、負ける要素が見当たらない。好きに来な、地下街といえどリーダーだからね、これぐらいじゃ負けないよ」
余裕綽々、もう完全に勝つ気でいる。その態度が逆鱗に触れたようで男はカチキレながら突っ込んで来た。最初の一撃は気合でかわすか防御するしかない、ララの能力は前提として少しでも触れなくてはいけないのだ。
避ける気を見せないララに不信感を抱いた男は一度攻撃の手を止め、触れられそうになると仰け反って避けた。
「あーそういうタイプか。お前戦闘経験ほぼ無いだろ?だったら一つ教えといてやるよ、能力者同士の戦闘ってのは基本全部短期決戦なんだぜ。今回も同じ様になぁ!!」
男は怒りを露わにして乱雑な攻撃を仕掛けて来る。だがそれと同時に楽しんでいるようにも見えた。髪がべらぼうに長いせいで全くと言っていい程顔が見えない。それでも分かる、笑っている。
明らかに狂人、関わってはいけない人間だ。それでも敵は敵、むしろ攻撃を仕掛けてくれるのならありがたい。全てかわさず体で受ける。
「それともう一つ、俺の能力は身体強化だが強くなる部分が普通の奴とは違う。まぁ簡潔に言えば爪だけが強化されるんだよ」
まだ気付いていなかった。髪がカーテンのようになっていて隠れていたのだ。男の爪は鋭く伸びている。そんな爪で何回もひっかかれたらどうなるか、明白である。
服は破け血が滲む。すぐに回避行動を取ろうとしたが手負いの女なんかに避けられるほど下手な訓練はしていない。
「てめぇは恐らく甘い気持ちでここに来た、俺には分かるんだよ。その"眼"でな。自分の力じゃないのに使いこなせるわけが無いだろうが」
「お前こそ甘いな。力は一人で発揮するものではなく、他人を精一杯利用して発揮されるものだ。その利用した者が私の場合"神"だった。それだけの事だ」
首根っこを掴まれ殴り飛ばされるが怯む事無く立ち上がる。ほんの少しの期間しか鍛えなかった人物とは思えない、実際男はララをそこそこ小さな頃から訓練だけを重ねている元[裏切り者]だと思い込んでいた。
だが実戦経験はほぼ無い。軍人が地下街に攻めて来ようとた際に追い返した二回だけである、その二回とも同じ戦法しか取っていない。ならば一番慣れている方法で戦うまでだ。
「そして済まないが私は説教をされるのが嫌いなんだ、するのは結構好きだがな。だから今お前に大してムカついている、それと同時に能力を使用している」
男はハッとし自身の心臓に手を当てる。すると普段の鼓動よりも二倍近く速くなっていた。驚きそれが能力だと認識した。
「…にしても弱いなぁ。その程度の能力でこの俺に勝てるとでも思ってるのよぉ」
「あぁ、出なければ全速力で逃げているさ。私はか弱い乙女だからね」
「…はっ」
鼻で笑い、飛び掛かる。ララは身体能力は低く怪我もしている状況だと回避が中々に難しいはずだ、適当に引っ掻きを試みるだけで勝ててしまうはずだ。
そう思ってひたすら、汚らしい攻撃を続ける。だが何故だが一撃も当たらない、おかしいと思いララの顔を見上げた。するとララは義眼である右眼しか開いていなかった。
「バレてしまったか。まぁ良い、この義眼には当然デメリットもある。これに関しては人それぞれ…といってもソウルと私しか持っていないがな。そしてそのデメリットとは視力のはく奪だ。
この義眼自体に視力は宿らない。あくまでも義眼だ。なので強制的に左眼を閉じて完全に真っ暗闇で戦っているのさ」
「はぁ!?訳分かんねぇだろ!!じゃあなんで当たらないんだ!!」
「ハンディキャップ、私は元々体が不自由だった。車椅子に乗っていないと移動すら出来ない様な体だった、時が解決してくれたがな。そしてその間に暇だったからとある技術を身に着けた、誰にも言う気は無い、お前以外の誰にもな。
技術、それは皆が無意識下でしか出来なかった探知行為。霊力探知、無能力者だろうが能力者だろうが多少の霊力は放たれる。それを感知し、空間を把握する。
車椅子でしか移動できなかったから人とぶつかる事が多くてな。これを覚えてからは衝突する事が少なくなったんだよ」
「なんだそれ…正義からも聞いた事無いぞ」
「無いだろうな。何故ならあいつは能力者ではないからだ」
男の動きが止まる。目をかっぴらき、詰め寄って問い詰める。するとララは半笑いで嘲笑しながら説明しはじめた。
「あれはあいつが造り出した術だ。能力ではない、日本には『呪』という能力へと昇華した術もあるようだが…あいつが使う『人術』とやらは違う。ただの術だ。
お前らが同族だと信じ付いて行った男は仲間なんかでは無く、お前らを利用しようと思っている……言うなれば悪、だ」
すると男はその現実が受け入れられないのかより一層強い怒りを放ちながら叫ぶ。
「俺が髪を伸ばしてる理由はもう一つの能力で使うからだ!!お前ら外国人は知らないだろうがな、俺はこの術覚えてアメリカ行ったんだよ!!」
そして手を狐の形にしながら唱える。
『降霊術・唱・狐』
その時降霊術はまだ日本でしか使われていなかったためにララは事前情報を手にしていなかった。それがバックラーに似通った性質を持つ能力であると言う情報も。
直後ララの首に噛みつきながら現れた一匹の小さな狐、ちょび髭のようなものを生やし、目元の毛がまるで仮面をしているように見える、よく見る紳士のような顔をしている。
「やるぞ!!」
「ふぁい!」
すると狐は更に強く牙をめり込まされる、流石にマズイと感じたララは引き剥がそうとするが到底力が及ばず不可能だ。やはり力は弱い、このまま噛みつかせながら攻撃を仕掛ければ勝ちだ。
一気にかかる。
「死ね!!クソ女ぁ!!」
飛び掛かったその瞬間、ララはにやりとほくそ笑んだ。
「私の勝ちだね」
その攻撃を受ける前に終わらせようとしたが間に合わなかった、男は吐き気を催しその場で吐いた。そして歩く事もままならず倒れた。
体力、霊力が無くなって行く本体のまま出ていられるわけもなく狐も戻って行った。そして男は息を吸う、多く、これでもかと、多く。
「運動後に急に止まったら駄目でしょ?あれって血液循環だったりするの、それで私の能力はその運動の部分を担っている。それを急に解いたらどうなるか、血液循環なんて当然間に合わず、酸欠一直線って事。まぁ私も学が無いから多少の知識で喋ってるけどね」
「お前ぇ……」
男はそれでも抵抗し、足を掴む。ララはその有志を称えた。それと同時に嫌悪感を抱いた。何故慕っている人物の詳細も調べずのこのこと付いて行けるのか、そして真実を伝えられると逆上出来るのか、あまりに頭が悪い。
そう言う人物が嫌だったから外に出なかった。あの軍事基地が破壊され、能力者撲滅作戦が始まった以上好きに動いても何ら問題は無い。だがリーダーであるララが無能力者と裏切り者との関りを拒否したためにあんな状態で留まっていたのだ。
「あんまり人を殺したいとは思わないけど今回ばかしは仕方無い。私達の命運がかかってる、それにアイトの人生も。元同じ仲間、形を変えても仲間は仲間。私はあいつを信じる、だからさよなら」
再度触れて呼吸を促進、解除で今度こそ殺す。という流れを遂行する為触れようとしたその時、男の首が跳んだ。本当に一瞬だった、まるで雷のような速度。
能力を使用する為左眼を閉じており何も見えず霊力感知で移動していた。そんな状態でも感知出来なかった、いや出来るはずがない。理由は一つ、一瞬にして移動して来たのだ。
「ダメだろお嬢ちゃん。殺したくないのなら他人に頼まなきゃ……例えば殺しを生業にしてるこの俺、とかな」
いつの間にか真横に立っていた。その男は和服で黒髪の短髪、一般的な霊力量とそれに見合わない謎の風格、そして鋭利で磨かれた刃を持つおっさん剣士だった。どうやら敵対心は無いようでこの殺しも善意でやったように伺える。
ララとしてもありがたいのだが唐突すぎて置いてけぼりになってしまっているのだ。反応を見てそれを理解し、名乗る。
「この俺の名前は[杉田 馬柄]、桜花ちゃんの護衛をしている。まぁ殺し屋的なあれだ」
とてもフランクにそう言った男は桜花を護る役目を持つ唯一の男である。そして手を貸す、立ち上がったララは一応名乗っておくことにした。
「私の名は…」
「[ララ]だろ?苗字は親がいないから分からない、名前は自分で付けた。そう魂が言ってるぜ」
衝撃を受ける。能力者なのは分かるのだが記憶を見る事でも出来るのだろうか、少し面白い。気になったララは少し深堀する事にした。
「記憶を見れるのか?」
「いやちょっと違うな。俺の能力の一つは『魂を視る』だ」
「魂…?」
「そうだ。魂にはそれぞれの思いが投影され、透ける。俺はそれが見えるんだよ。まぁ心が読めるとでも思っておけば充分だ、ちなみに複数持ちだが…もう一つは秘密だ!…にしてもドンパチやってんなぁ。佐嘉の奴」
「佐嘉!?既にやっているのか!?」
「多分な。同じような術だ」
そう言って港の方を眺めている。早急に霊力感知を行った結果判明する。
「いや、違う。あれを使っているのは[是羅 厳]、私達の仲間です」
「はぁ?でもあれは佐嘉が独りで完成させたって術と酷似してるぞ?」
「済まないが私も合流してから一時間程なんだ。詳しい事は後々聞き出そう」
「それもそうだな。とりあえず助けに入るか?」
「私は共に来ている同胞の元へ…」
「いや、それは大丈夫だ。俺の息子が行ってる、あいつに任せておけ。そんで…何か二人?魂が重なってるバケモンはアイトが行ってんのか、なら俺らが行くべきはその是羅って奴の所だが……こりゃ行く必要も無さそうだな」
馬柄は高笑いをしながらそう言った。
「さぁ俺らは一足先に帰るかな」
「待て、どう言う事だ」
「もうあいつらは勝手に終わらせる。俺らが入らなくともな、だから先に帰る。ここに大量の能力者いる方がマズいんだよ、さっさと行くぞ~どうせ全員来るさ」
楽観的だが言えている。仕方無く馬柄に付いて行く事にした。向かう先は一つ、桜花の住処である。理由は一つ、アイトと桜花の両者が会いたがっているからだ。
そんな時アメリカでも動き出していた。
「やっぱな、言った通りだったろ?」
「…うん。殺すの?二人だけど」
「殺す。構ってられねぇんだ、行くぞ。アーリア」
二人の青年と対峙するレジェストとアーリアも少し遅れながら戦闘を始めていた。
第二百四十七話「義眼のデメリット」




