第二百四十五話
御伽学園戦闘病
第二百四十五話「対策済み」
「俺達の所へ来い、お前の能力は不明だが太刀筋は悪くない。上手く階級を上げれば戦いなんてしなくても良くなるぞ。お前だってしたい訳では無いんだろ、殺しを」
「やりたくは無い、だがお前らに付くのはもっとやりたくない。話はそれだけか?帰れ」
「予想の反中だ。だがこちらが何の手も打たずにやって来たとでも思っているのか?俺はこの半年地下街の殲滅作戦には参加しなかった。その理由はある場所に配属されるためだ。
今俺はとある場所の実行権を握っている、日本だ。日本は小さい、俺一人で隊を動かしているんだ。そしてお前がこちらに付かないというのなら、今すぐ動かす。その準備は出来ているからな」
脅しの道具として石を取り出した。だがそれはただの石では無く霊力が込められているのは明白、言わずもがな理解できる。恐らくは通信機器か何かなのだろう。
アイトは悩んだ。今ここで日本の能力者を守るべきなのか、仲間を守るべきなのか、天秤にかけた。だが答えが出るはずもなく、ただ唸るだけだ。
すると痺れを切らしたのか条件を提示する。
「残り五秒で決めろ、さもなくば発令する。攻撃命令をな」
ソウルとララは完全に攻撃態勢に入り、あとはアイトの指示を待つだけだった。そして三秒後、アイトはゆっくりと口を開いた。口角を上げ、引きつった顔を無理矢理笑わせ、少しでも強がろうと。
「悪いが俺は桜花を信じてる。だからその程度の攻撃、何てことないだろうな」
「…そうか。それがお前の答えなら俺も従おう」
直後、石を口元に近付け命令する。
「総勢三十名、全員出動。目的は前述した通り、変更は無い。そのためにならどんな手も厭うな、これは命令だ」
そう言って石をしまった。そしてアイトに背を向け一言残して立ち去った。
「今三十名と行ったが正確には三十一名だと言う事を忘れるな」
遠回しだが意図は伝わる、佐嘉も出るのだ。一瞬にして姿を消したので人術か何かで移動したのだ、危機感を覚えたアイトは二人を連れて全速力で洞穴に戻る。
駆け込み声をかける。レジェストと絡新婦はお取込み中のようでいないがアーリアと厳はゆったりとしていた。そして二人も連れて帰って来た事に喜び、アイトの焦りように驚く。
ひとまず何があったかを聞き出す。
「あまり良くない展開でがんすね。にしても二人共仲間になってくれるとはありがたいでがんす」
「まぁな、俺達だって能力者は守りたいんだ」
「私も同じ。ただどうするの、あんたって日本に知り合いがいるんでしょ?」
「だから焦ってんだよ…桜花は強い、恐らく三十一人の内十人程度は直接殺すメンバーに割り振られているはずだ。そいつらの自力が分からない以上何とも言えないが……一応執事はいる、結構強い奴がな。だけど所詮は一人、能力自体が強い訳じゃないから…ねじ伏せられる気がするんだ…」
余程深刻な自体らしく、珍しく声が重い。するとそのタイミングでヘロヘロに疲れたレジェストが奥の部屋から出て来た。それと同時にララ、ソウルの二人が来ている事を確認し勧誘自体には成功したのだと分かった。
だが雰囲気がおかしい、もう少し喜んでも良いはずだが気まずすぎる。とりあえず椅子に座り話を聞く事にした。
「…そうか。そりゃヤバいな、でも行かせられない。前にも言ったがそもそも日本に行く手段が無いんだよ、どう足掻いてもな。全員で泳いでいく、なんてメルヘンピンク脳ミソしか思いつかない様な事言うならまだしもな」
「だけど…」
「なら俺とララでやってやるよ」
ソウルが自身気にそう言い放った。どう考えても場違いである、何故時を止める能力の奴なんかが日本へ移動させると豪語するのかが分からない。
するとララが大真面目に賛成し、やり方を説明し始めた。
「ソウルの能力は霊力がある限り何時間でも時を止められる。そして時を止めた世界で体を動かせる人物も指定できる、だから時を止めて皆を自由に動かせるようにする。時間はかかるけこ安全に渡ることが出来る。これでどう?」
「良い案ではあるがどうやって霊力を得るんだ?その男は俺よりも霊力が低いように感じるが」
「だから私がいる。見てないでしょ、私の能力」
そう言いながらアイトの体に触れる。するとアイトは苦しみだした、そしてすぐに慣れたのか大きく息を吸い込み、すぐ吐き出すようになった。
レジェストはそれがどんな能力で、どう対策するのか理解した。
「呼吸促進か。良く分かってるじゃないか、理屈は分からんが霊力は呼吸をすればする程早く生成されるからな。それなら行けるかもしれないな……だがもう一つ、どうやって移動するんだ?時が止まっていると言っても時間がかかり過ぎて限界が来るだろ」
「…こいつにやらせよう」
アーリアが言葉を発した。それと共に奥の部屋から出て来た絡新婦に指を差した。新しく入って来た二人は巨大な蜘蛛に驚き、鳥肌を立てている。
だが絡新婦が人語を喋ったことで少しだけその恐怖が緩和される。完全に無くなった訳でないが。
「なんじゃ?アーリアよ」
「ん」
今度はララの方に指を差す。それが説明しろと言う意味なのは分かったので何があったかを事細かに説明した。すると絡新婦は何をやって欲しいのかが分かり、怪訝な顔を浮かべた。
だが少し考え込んでから了承する事にする。ソウルによると水なども完全に停止し、溺れる事などは基本的に心配しなくても良いらしい。
「私に背中に乗って皆で行く、と言う事なのだな?」
「…うん」
「まぁ良いじゃろう。お主らが嫌でないのなら私は引き受けよう」
「良いのか?」
「そう心配するな、ラックよ。私だって神話霊の一角、その程度楽勝じゃ。それにあやつとも話をしたいしな」
「そうか。じゃあ今すぐ準備をしろ、だがアーリアは俺と共にここに残れ」
「なんで」
不服そうに訊ねる。レジェストは諭すように説明する。まずは先程のアイトの発現からだ。
「アイトは十人程度が殺害を任されているだろう、そう言った。その意見は俺も分かる、桜花自身に戦闘能力は無いからな。それよりもおびき出してぶん殴る方に人を割くだろう。
だがそれ以上に警戒しなくてはいけない事が合る、留守の時に地下街を制圧されたらどうする」
皆忘れていた。攻撃をするのは三十一名、小部隊だ。ならば皆で日本に突撃しているのだとばかり考えてしまっていた。普通に考えて隙が出来ていれば攻撃したがるだろう。何よりララとソウルという面倒くさいリーダーも不在なのだから。
「こっちは大人数を守りながら戦わなくてはいけなくなる。となるとアーリアと俺の方が良い、あとシャンプラーにララ、その二人にあまりアーリアを近付けたくないんだよ」
当事者の二人も言っていた、アーリアと近付きたくないと。何か理由があるのだろうが説明はしてくれそうにない、恐らく後々聞かせてくれるので今は放置しておくことにした。
そして日本へ向かうメンバーが決まった。アイト、厳、ララ、ソウル、絡新婦の五人だ。そしてアメリカにはアーリアとレジェストが残る事となった。
準備と言う準備は無い。数日分の食糧と金、武器を持つだけなのだから。そして三十分もしない間に出発する事になった。
「…」
見送るアーリアは少し寂しそうだった。それを見たアイトは近寄り、目線を合わせる。その後少しだけ会話をする事にした。
「大丈夫だ、安心しろよ」
「安心はしてる…でも寂しいから…」
「そうか…ならこれ預かっててくれ。今回は不要だからよ」
アイトは刀を抜き、鞘を手渡した。流石に危ないと厳が説得しようとしたが両者聞く耳を持たない。だが問題は無いだろう、何故なら日本に行ってからアイトは刀を納める気は無い。
十数人はいるはずだ、少なからず複数人と戦う事になる。そんな状態なのに呑気に刀をしまうなんて事したくない、連続で斬る。それだけなのだ。
「何かあったらレジェストの指示に従えよ、そんじゃ俺らはちょっくら行って来るからよ」
立ち上がり、絡新婦の背中に乗る。ここから海までは少々遠いが絡新婦の速力なら一分もしない内についてしまうだろう。そしてそこからがソウルとララの見せどころである。
問題は無い、何度も確認し安全が保証されたところで走り出した。四人を乗せた巨大蜘蛛が。
「でもさ~今回勝ったところで何になるの~?どうせ第二陣が送られるだけでしょ~」
いつの間にか出て来ていたレイチェルがそう言った。正直正論で何も言い返せない。だがアイトは最初から言い返す気などなく、肯定しながら自身の意見を添えた。
「そうだな。だから行くんだ、第二陣が送られるならそれでいい。その時はまた倒すだけだ、何より今回は桜花の命がかかってる。俺はそこまで善人じゃない、友達が死にそうって聞いて他人を優先してられる程出来上がってないんだよ」
「そっか~まぁ良いと思うんだけどさ、一つ聞いて良い?」
「何だ」
「佐嘉は誰が倒すの?少なくともあいつは絶対日本にいるでしょ?でもこの中で倒せるのロウちゃんしかいないと思うよ?けどけどロウちゃんは佐嘉を倒すの絶対嫌がるよ?」
「そうじゃな。私はあやつと殺し合いをするために向かう訳では無いからな」
確かにそうである。皆実力は劣っている。だがその中で唯一成長性が抜群の者がいるのだ。そいつに任せれば良い話である。
「それはアイトがやるでがんす。何か…覚醒?ってやつも出来るらしいでがんす」
「そうだな、俺がやる。あいつと敵対したのはそもそも俺が原因だ、今回で終わる気はしていないが…俺が討つ」
「…無茶はしないでね。私だって顔知ってる奴が死んだってなると気分悪いからさ~」
「大丈夫だ。そこまで心配する必要は無い」
何故か安心してしまう。先程までのアイトとは少し違う、覚悟を感じた。レイチェルは安心して体力を温存しておくことにした。そして再度四人に戻った所で海に到着した。
一度止まり、ソウルが息を整える。そしてララにアイコンタクトを送った。そして能力を発動する。一気に酸素が足りなくなった感覚に陥り、呼吸をする。
それと同時に能力を発動した。しっかりと四人も動けるよう指定してから。
「行け…蜘蛛…」
「了解じゃ」
絡新婦は今までの二倍程度の速度で走り出した。あまりに速いその移動に皆怖がる。体にしっかりと掴まり、振り落とされないように用心する。
潮風の匂いすらも無く、ただ切り抜かれたかのような空間を走る。四分が経った、未だに水平線は走り抜けるのみで何も見えてこない。小島はあっても大きな島は見当たらない。
まさかこのまま見つからず能力が解け、そのまま水没するのではと感じて来てしまう程だ。ソウルも少し焦り始めた。
「ソウルは長くても六分!本当に大丈夫!?」
「案ずるな、見えていないのか」
すると遠方に見えて来た、栄えている街が。日本ではまだ公になっていないのかもしれない。だがそんな事を配慮して力を抑えるなんてやってはいけない。
アイトも出来れば助けたいがどう足掻いても無理な者もいる事は分かっている。なので被害を最低限で抑える、それが目標となる。他の者もその思考にはぼんやりとだが勘付いていたので仕方無く意向に沿う戦術を取る事にした。
「さぁ、行くぞ」
更に加速する。残り十秒も持たない、着陸自体はそこまで問題ないだろうがそれより問題なのは急に現れる事だ。作戦が公にされていなくとも風当たりは強い、能力者だと判断されるとどんな目に会うか分からない。
それだけは対策しておきたい所である。そして絡新婦もそんな事ぐらい分かっている。なので思い切り足に力を入れて、水面を蹴った。
高く跳び上がる、それと同時に効果が切れた。時間が動き出し、盛況が息を吹き返す。
「うおおお!!」
そんな絶叫と共に五人は奥の山へと突っ込んだ。隕石でも落ちたの来たのかと住民たちはそちらに視線を向け、恐れる。だが五人はすぐさま目立たない場所へと移動して作戦を練る。
皆最近の日本には来ていなかった。なのでどんな状況なのかなど全く分からない。出来れば目立つ事だけは避けておきたい、だが動かないわけにはいかない。
まずは敵の位置を少しでも判明させる事が先決である。そう取り決めたアイトは早速動き出す事にした。絡新婦は美女の姿に成り代わり、他の皆は殺意や猜疑心を隠して、アイトは刀を絡新婦に預ける。
「それじゃあ何かあり次第連絡をよこせ。どんな手段でも良い、とりあえず集めよう」
それぞれが別れる事になった。どうせ敵の気配がしたら集まってくるはずだ、その楽観的な考えがどんな道へと繋がるのか。アイトは経験が少なく、それが分かっていなかったのだ。
探索を始めてから五分経った頃だった。五人それぞれに一人ずつ声がかかった。
「アイト・テレスタシア、ですね。私の名は[カカオ]、佐嘉さんの部下でありあなたを殺す為に配属された[裏切り者]です。数分間ですが、どうぞよろしくお願い致します」
その男は黒い肌に丸い頭、屈強な体には似合わない可愛らしい[うさぎさん]のパペットを身に着けている。そんな男の名は[カカオ・ゼン]、全てのステータスが均等な万能型、アイトが一番苦手な相手だ。
「それでは、さようなら」
第二百四十五話「対策済み」




