第二百四十四話
御伽学園戦闘病
第二百四十四話「ソウル」
走る。先日通った道を遡るようにして捨てた拠点、未だに更地のままのサンタマリアの被害を受けた地域。颯爽と駆け抜けたその先にあったのは洞窟とも呼べない通路に近しい道だった。
本来ならば数人の監視がいるが既にそこは捨てられている。だが在住者はそんな事も知る由が無いのだ。懐かしさを覚えながらも中に入る。
もう誰もいないであろうが念の為警戒は怠らない。するとギリギリ日が差し込んで来る程度の深さの場所である人物に声をかけられる。
「何処に行っていたんだい?アイト」
それは地下街のリーダー的な存在である。大したカリスマ性がある訳でも無いが仕方無く任されているのだ。そんな勤勉さが売りで会った人物のはずだ。
だがそんな奴がほぼ外に出て、アイトに声をかけてきている。年齢差を考えれば当然の事だが少し違和感があった。
「自分の家に帰って来るのがそんなにおかしいか?[ララ]」
緑の長い髪に特徴的な緑と赤がグラデーションのようになっている右眼、一見ただの人間だが少し雰囲気が違う。前までは良いように使われる可哀そうなポジションにいる女だった。
だがたった半年で言葉の節々から伝わって来る自身と力、あまりの変容振りに驚きを隠せない。そんな反応をしていると当然突っ込まれる。
「何がおかしいの?私はリーダー、あの日何が起こったのかぐらい目視で見たのよ。それからは心を入れ替えた。もう前の私じゃここは墜ちる、そう感じたからね」
「そうか。なら教えてくれ、ソウルは何処だ」
「あいつは渡せない。悪いけど帰ってくれない?今の私達にあんたを歓迎する気力は残ってないの」
少し言い方が気になり言及してみる事にした。
「何かあったのか?まるで疲労が溜まっているようじゃないか」
「半年、二度の襲撃があった。私達はどちらも跳ね除けた。その結果本当に昨日、残存兵は皆手を引いた。だから一週間は誰にも手出しされない休暇を与えたい、そう思っただけ」
「ならお前も休めば良いじゃないか、俺だって時間が無い。今俺が抱えようとしているのは数百人の能力者だけじゃなく、全ての能力者なんだよ。一兆は優に超えている、そんな命を抱えるつもりなんだ」
「…あんたさ、何か勘違いしてない?」
「は?」
「今から起こるのは戦争なのよ、お遊びじゃないの。ガキなんだからすっこんでなさいよ、あの日もそうしたんでしょ?だから私達を置いて厳と共に逃げた。なのに今更どの面下げて帰って来てんの」
強い口調、もう別人なのだろう。となれば仕方無い。言葉で説得しても分からない者に対して有効な手段はおおよそ二つ、一つが強行突破。だがこれは相当な痛手を追う事になるだろう、最悪の場合死す可能性もある。却下だ。
すると必然的にもう一つの選択へと迫って行く。その選択とは交渉である。だがただの交渉ではいけない、与えるは多く受けるは少なく、それが絶対条件だ。言い換えると物で釣るということだ。
「なら交渉だ」
「条件を言え、それからだ」
問われたアイトはこう即答する。その回答はララを非常に驚かせるものだった。
「何でも良い、どんな条件だろうが受けてやる。だが交渉ってのは互いに利が無いと交わされないものだ。俺の条件は一つ、力を貸せ」
あまりに無謀なやり口だ。下手したらここで死ねとも言われかねない。だが怖気づく事もせず、先に起こるであろうことを考えすらせずに言い放った。
それは一種の信頼なのだろう。ララの性格は百八十度変わっているが根本は変わっていない。アイトも地下街の住民だったのだ、密かに応援していたのは紛れも無い事実である。
「……ぶっちゃけると私も力を貸してやりたい。だけど無理なのよね、この"眼"のせいで」
右眼を指差しながら呟く。何やら理由があるようだ。
「これはお前が起こした『覚醒』を常に引き超す作用を持つ義眼だ。はめた眼の視力は失われるが…その分常に力を出すことが出来る。そして何より…カッコいい」
「は、はぁ…」
肩透かしをくらった気分だ、やはり根本は変わっていない。何処か抜けていて親近感を持つ、それがリーダーを任されこの半年間崩壊する事無く皆が付いて来てくれた理由の一つなのだろう。
そう思うと同時にいける、直感ではあるがそう思った。
「だがこの眼にもデメリットはある。霊力放出の問題だ」
「増えるんだろ、それぐらい俺も分かる」
「あっそう。なら良いや。だから行けないの」
「はぁ?どう言う事だよ、因果関係が訳分かんねぇぞ」
「あー知らないのね。アーリア・エント・セラピックのせいよ。あいつの能力は身体強化、だけど特殊で霊力を温存しておくことが出来る。だから使用時間の貯蓄が出来るのね、それであいつは他人の霊力も吸ってしまう。だから私は行けない、霊力放出は増えても霊力量は増えてないのよ」
完全では無いが納得は出来た。ただそれだと困ってしまう、ボスがララだとするとソウルを引き出す事すら難しい。理由は簡単、退きそうに無いからだ。
先程から何度か侵入を試みるために動こうとするのだが、その度に目を合わせられる、完全に見切っているのだ。ここで戦っても不利。それにアイトが知らない覚醒の事も知っている、知識でも負けてしまっているのだ。
「なら分かった。少し痛いが…我慢しろよ?」
柄に手をかけたその時だった。奥から足音が反響する。ララは大きな溜息をはき、アイトはとても喜んだ。何故なら来ている者は赤黒い髪でだらしなく微妙に長い髪、それだけも分かる、ソウル・シャンプラーだったからだ。
すぐさま話をしようと口を開いたその時、アイトの口の中全体に嫌悪が広がった。憎悪から来るものではない、恐怖や不快などの感情から来るものだ。
「バカか?お前」
ほんの数瞬前までは正面にいたはずのソウルが真横に立っている。動こうとしたがその都度背後に回り込んで来る。まるで全てが分かっているかの様な動きだ。
だがそんな事はあり得ない筈だ。ソウルの能力は『広域化』である、完全にサポートに特化した能力で戦闘能力は本体の身体能力程度だったはずだ。
そう思いながら敵の顔を確認する。
「そうよ、私と同じ」
ララが言ったようにソウルの右眼にも赤と緑のグラデーションが施されていた。アイトも覚醒を起こすと何か新しい能力を得ることが出来るのは分かっていた。
それ故に複雑な感情に陥る。何故なら負けが確定しているからだ。既にアイトは能力を悟っていた、完璧に判明したわけではないが推測を立てる事は容易だ。
「時間か…」
「良く分かったな。まぁもう死んでもらう」
刹那二人の間にララが入り込んだ。まるでソウルの能力に干渉している様に速かった。恐らくソウルの能力は時間に関する能力である。それ以上は分からないが、分かった所でどうしようもないだろう。
だがここで止まるわけにはいかない。まず一つ、条件を提示する。
「俺が勝ったら、力を貸せよ」
「出来ない約束はするもんじゃないぞ。首を絞めるだけだ。まぁ既に死んでいるも同じようなものだがな」
するとソウルは背後に回り込んで来た。だが対応できる。ソウルは常に背後に回り込む癖がある、そこを突くのみだ。振り返る事はせず、蹴り上げる。
だがつい最近死の間際を経験したソウルにとっては赤子の蹴りのように遅く見えてしまう。片手で充分だ、受け止め、捻る。明らかに能力は使われていない、それなにも関わらずいとも容易く流された事を察知したアイトの額には一滴の冷や汗が滴っていた。」
「焦るには早すぎるぞ、それともお前の半年はこんなものだったのかよ。俺らが血反吐吐く程鍛えていた時にお前は何もせずのうのうと暮らしてたのか?ふざけんじゃねぇぞ、クソ野郎がぁ!!」
どう考えても八つ当たりである。だが仕方ない事だ、ソウルも元々はそこまで凶暴な性格では無かった。だがあの日、アイトの単身突撃によって全てが変わってしまったのだ。
それも責任、重く受け止め変えていくしかない。軌道修正はしない、何故なら人の生き方に手を出すのはあまり好きでは無いからだ。あくまで尊重しながら進めていく、その第一段階が仲間に引き入れる事なのである。
「出来ない事?それはどうなんだろうな、俺だって弱くは無いぞ」
最悪半殺しにしても絡新婦の元へ連れて行けばレジェストの休息を代償にして回復できるだろう。心配する必要は無い、ただ斬る。刀に手をかけた。
だがその時、何か小さな爆発音がした。あまりに小さかったのでただの幻聴かとも思ったがその数秒後、違和感がある。相変わらずソウルは高速移動をしてくる。
ただアイトはそれに対抗するため刀を抜こうとしている。その状態のままなのだ。あまりに自然なので気付かなかったが体が動いていない。動かした感覚はあれども実際は全く動いていないのだ。
「何を言っているのか良く分からないな。お前は弱いさ、アイト」
今度は正面だ。先の蹴りを対策するためかはたまた別の要因か、動きを変えた。だが反応できる。腕が動く気配はしないが少し分かった気がする。
ソウルはあからさまな弱点がある。瞬間移動並みの速度で動いた後に一瞬の隙が出来る、それと同時にアイトでも分かる程強い霊力消費が起こっている。
「一点」
ララが遠方からそう言った。何か分からないが構っている余裕は無い。ひとまず出来る事は蹴る事だ。
「教えておくことがあったなアイト。俺がこの半年、何を鍛えていたかだ。身体能力は全く鍛えてない、元々カツアゲ用に人並みには鍛えてたからそれで充分だった。なら何を鍛えていたかって!?そりゃ"霊力操作"だ!!」
その当時能力者の中に霊力操作という言葉は生まれていなかったし、概念も無かった。中にはその核心に近付こうとした者もいたがことごとく敗北していた。
それでも諦めず、命の危機に晒されても努力をやめなかったソウルだけが会得できたのだ。体内に巡る霊力を操作するという特殊な技を。
「霊力操作?聞いた事も無いな」
「そうか、そりゃそうだ。俺しか使えないからな!!」
ドンドン力が増している。異常だ、絶対に何かおかしい。今すぐ逃げ出さなくてはいけないとも思ったが踏みとどまり刀を握る。すると今度は動いた。それと共にララが「二点」という。
やはり構ってはいられず、四方何処から来るか分からないソウルに警戒するので一杯だ。ゆっくりと刀を抜いた、今度はスッと抜けた。
「俺の覚醒時の能力はデメリットが強すぎる、だから克服した。お前と違って、何でもやる主義なんでな」
正面に移動してから拳を振りかざす。
「…大体分かった」
アイトの予備動作は真正面を斬りつけるものだった。だがその時既にソウルは姿を消している、背後に回ったのだ。これで終わりだと言わんばかりの馬鹿力で殴り掛かった。
直後アイトは姿を消し、ソウルと同じ様に背後に回った。そして一言伝えてから斬る。
「それぐらい分かるさ。どんな奴らと共同生活をしていたと思っているんだ」
吹き出す血、驚きながらも笑い、ソウルは倒れた。次はララを倒さなくてはいけないかと思い、目を向ける。すると思ってもみなかった反応を見せる。
「合格!満点!項目とかいらなかったわ!」
全く雰囲気が違う。何が起こったかのか分からず硬直する。ララは肩を叩き交渉を持ち掛ける。
「私とソウルはあんたに力を貸す、だからあんたは皆を救って。それが条件、良い?」
「あ…あぁ……良いけど…急にどうしたんだよ……」
「どうもこうもねぇよ。全部演技だよ演技、俺達があんな変な事言う訳ないだろ。それとも完全に忘れてしまったかい?」
完全に倒したはずのソウルが何事も無かったかのように立ち上がった。少々恐怖を覚えたがそれ以上に演技だというのが信じられない。半年は会っていなかったがそれにしても迫真だった。
恐らく所々本心は混ざっているのであろう、だが追及はせず次のステップに進む。
「にしても強いなソウルの能力は。時を止める能力だろ?」
「凄いな、良く分かったもんだ」
「まぁな。俺だって半年ただダラダラしていたわけじゃないんだ」
「まぁそこら辺はおいおい聞くとして…今するべきなのは…」
「能力者撲滅作戦、よ。あんたも聞いてはいるだろうけど数人の能力者は政府についている。となると厄介なのは対立、あんたらがいなくなってから私とソウルのツインリーダーでやって来たけどそろそろ限界なの。
もう精神疲労が限界なのよ。だからね、丁度良い所。あんたに指揮を執ってもらうわ」
「…え?」
「だからこの地下街にいる百十二人全員の魂をあんたの背中に乗せてあげるって言ったの。一兆以上の魂を背負うんでしょ、訓練よ訓練」
何だか楽しそうにそう言っている。やはり性格は変わってしまっているのだろう。ただ問題は無い、戦闘にかかった時間はたったの一分である。
今帰ってもレジェストはいないだろうが厳とアーリアには紹介しておくべきだ。その事を伝え、一度洞穴に帰る事にした。ララは外出する旨を仲間に伝えてから外に出た。
「私達は結局地下街で生きた。あそこにいると安全なの、防衛線が張りやすくてね」
「やっぱそうだよな。そもそも半年じゃ兵は育成出来ないよな」
「そうね。多少は良くなってきているけど所詮は市民、戦わせるのは酷だという事ぐらい理解した上での行動よ。やるかやられるか、どうせそのどっちかなんだからさ、最大限暴れて死ぬべきでしょ」
そんな話をしながらアイト達が住んでいた小屋に到着した。軽く紹介でもしようかと思った、無理なようだが。
「僕はそうは思わないね。君達能力者はまず前提として人として扱うべきでは無いんだよ。なぁアイト・テレスタシア、お前もそう思うだろう?」
聞いた事のある声色、一瞬にして凍り付いたように体が動かなくなる。その事を察したララとソウルが前に出るがその男は力では無く言葉で解決しようとする。
「悪いが今は殺害命令が出ていない、僕は軍人なんだ、命令違反はご法度なんだ。だからそこを退いてくれ、何殺そうってわけじゃない、話がしたいのさ話が」
だが二人はピクリとも動かない。仕掛けようとしたその時アイトが声を上げた。
「やめろ!!」
「だけど!」
「良いんだ。二人は下がっててくれ、これは俺の問題だ」
押しのけてでも前に出る。男は少し感心しながらも口を開く。
「まずは自己紹介から。[佐嘉 正義]、能力者撲滅作戦の提案者にして人術使いの……"元"能力者だ」
「[アイト・テレスタシア]、覚えてくれよ?なんせ俺はお前と争う事になったんだからな」
「そうか、覚悟が決まったか。なら良い、無駄な話を飛ばして本題だ。仲間にならないか?アイト」
第二百四十四話「ソウル」




