第二百四十一話
御伽学園戦闘病
第二百四十一話「化け蜘蛛と人霊」
「さぁ…説明は終わりだ…さっさと行くぞ。あいつは面倒だからな、早く行かなきゃ何が起こるか分からん…」
苦しそうに立ち上がる。だが顔面蒼白、到底移動できる容体とは思えない。厳とアイトが止めようとしたが全くと言っていい程聞こうとしない。
何がそれほどまでに駆り立てるのかは不明だが、どう考えても動くべきではないのだ。それでも歩こうとするレジェストに呆れながら諦め、支えながら行く事にようとしたその時、レジェストは強い霊力を感知した。
「なっ!?」
「…何かいるな」
アイトも感知出来た。そしてその人物は段々と近付いて来る、だが速度が異常であまりにも早い。先程戦ったベベロンの馬よりも何段も速い、明らかに人外の動きだ。
攻撃態勢に入った三人をレジェストが制止する。そして少し遠方の山を降りて来るその正体は。
「なんだあれ!?クッソデカい…蜘蛛!?」
「あれだ…俺が言っていた、レイチェル・フェリエンツ」
「どういう事でがんす!?何か明らかにこっちに来てるでがんす!!」
「安心しろ。俺目当てだ…まぁちょっとだけ後ろ入ってな」
レジェストが前に出る。そしてすぐそこまでやって来た巨大な蜘蛛はレジェストに飛び掛かる。アイトが斬りかかろうとしたがアーリアに止められた。敵では無い事はアーリアでも分かるらしい。
抵抗する事も無く受け入れる。ただ押し潰されそうになるのだけは辛いのでガラガラのさびれたような声で頼み込む。
「負傷してんだ…せめて退いてくれ…」
するとその蜘蛛は愉快に、高らかな声を上げながら少し離れる。
「久しぶりじゃのぅ、ラックよ」
「ん、久しぶり。というかなんでお前はこっちに来たんだよ、あっちの方が色々都合良いだろ」
「私のバックラーは妙に自我を持っていてな、ここら辺で生まれ育ったらしくての。どうしてもここに来たいと言うから来てみれば…戦争が始まりそうな予感がして留まっているのじゃ!」
何処か愛嬌のあるその姿からは想像も出来ない気持ち悪い足の動き、まんま蜘蛛だ。それがズームされたかのように大きくなっていて非常に気持ち悪い。鳥肌が止まらない。
厳は目を背け、アイトは苦笑、アーリアは俯いている。
「それで…お主も何故ここに?変なのも連れておるが…」
「日本は追い出された、色々あってな。でこいつらは仲間だ。お前も知っている通り戦争が始まる、その時に優秀な兵となってくれるであろう三人だ。もう一人良い男がいるんだが…今は別行動中だ」
それを聞いた蜘蛛はとても悲しんでいるとは思えない声量と声色で泣き叫ぶ。
「なんでー!良い男は連れて来てって言ったはずじゃー!!」
「しょうがないだろ!ロッドが…」
その苗字を口にした瞬間、蜘蛛の様子が一変する。それを察知したのかアイトが間に入って不可思議なその体について訊ねる。
「なんで蜘蛛なんだ?人語は喋っているし…それ、日本語だろ?」
「そうじゃが?そもそも私は神話霊の類だぞ?」
「…???……ちょっと待ってくれ、まだ霊がその辺をうろついているのは分からなくもない…が!なんでお前がバックラーなんだよ!それに関しては訳が分からないだろ!」
「教えておらんのか、まぁ良い。詳しい話は私の棲み処に帰ってからじゃ。乗れ、連れて行ってやろう」
乗れと言わんばかりに背中を落とす。レジェストが乗ったのであまり気乗りはしないが皆で飛び乗った。するとその瞬間、フルスピードで走り出した。
図体が大きいおかげかスピードも凄く、あっという間に棲み処とやらに着いてしまった。洞穴のような場所であるが、嫌な気もしないし森の奥底なので人に見つかる心配も無い安全な場所だ。
レジェストがここに来たがっていた理由も分かる。
「さて、適当に座れ。まずは私の事を説明しておこう」
「何も知らないから詳しく頼むな…」
「お主は横になっていろ」
一息ついてから口を開く。
「私は[レイチェル・フェリエンツ]、だがこれはあくまでも人として生きる場合だ。私は神話霊、日本の妖怪の一種[絡新婦]じゃ。
艶美な女の姿に成れるのじゃ。それで男を引き寄せ、精を吸い出してから、喰うのじゃ」
「…その精ってのは…」
「うむ、お主ら人間ならも繁殖に必要とするものじゃ。それ以上詳しく言う必要はあるのかのぅ」
そう言いながらアイトの頬に手を伸ばす。妙に色気がある様に感じたが所詮は蜘蛛の姿、全くと言っていい程刺激さてなかった。続きの説明を促す。
「すまぬすまぬ、続けよう。そして私は幾千数多の男を手にかけた、その結果……日本に渡航していた[ハールズソンラー・ロッド]というクソアマに殺されかけたんじゃ!!」
「あー…だから怒っていたでがんすね」
「そうじゃ!あやつはクソのクソじゃ!!自分がタイプの男に手を出されそうになったからと言って総力戦を仕掛けて来たのじゃ!!その時私は強くなかった…瞬殺だったのじゃ。だから身を隠し、生活していた。
するとある日、私はとある能力に目覚めていた。本当にただ起きて違和感があっただけなんじゃ。ふと横を見ると」
「私がいたのです!」
唐突に飛び出して来る一人の女、まだギリギリ子供に見える容姿と相反するようにつつましくも大胆な巫女服、長い黒髪に吸い込まれる様な黒い瞳、バックラーの霊だろう。
するとその女は独りでに語り出す。
「私の名前は[レイチェル・フェリエンツ]と言います。そして悲劇の乙女なのです…」
何か面倒くさそうな気配を感じた三人は肩の力を抜き、適当に聞き流す事にした。既に何回も聞かされているレジェストは渋い顔をしながら耳を塞いでいる。
そんな事には構わず、語る。
「この私は日本人の父親と…顔も血筋も見知らぬ母の子なのです……無能力者ながら一人で乞食をする事で生きながらえていました…ですが……ですが!とある男に殺されてしまったのです!!私はそれが誰なのかも分かりません!!ですが気付いたら…この大蜘蛛の真横で横たわっていたのです!!!
そして妙に変な気配を感じるわ、浮遊できるわで…怖くて怖くて……舞い上がっちゃったんです!」
「楽しい…のかな」
「お嬢ちゃん~空を飛ぶのは楽しいですよ~。まぁそんな話は置いておきましょう。そして私がバックラーという能力の霊に変化してしまった事を知った時…とても悲しく、とても嬉しかったのです。
実は私能力者ってのに憧れてたんですよ~」
楽観的な言葉、どうやらレジェストも初めて聞いたようでそこにいた人間四人の表情が一変して曇る。するとカバーするように絡新婦が被せる。
「だが結局は私の手駒、良いように使って今に至る訳じゃ。ただこやつの能力は非常に強力…『殺す』能力なんじゃ。私も少々暴発が怖くてな、戦争に参加する気は無い、というのが率直な答えじゃ。
ラックよ、お主はこれを聞きたかったのだろう?そしてレイチェルは戻れ」
「はーい。ロウちゃん!」
「その呼び名は気にくわんと言ったはずだろう」
馬鹿にするような笑みを浮かべつつレイチェルと名乗った女は消えた。まるで嵐の様な人物に驚きが隠せない、しかも一番気になってた神話霊が能力を使っている点に関しては何も語られなかった。
レジェストが何か言おうとしたが無理矢理先に訊ねる。
「俺が聞きたかったのは何故お前が霊を使役しているか何だが」
「すまないが私も分からない。そもそも私は能力を使う側では無く、使役される側。恐らく理解できないだろうな、体の構造的に」
「構造?」
「私達霊は体の九割九分が霊力じゃ。そこに微量な体力が編み込まれる事で体を保つ事が出来ている、といってもこれは私、神話霊のケースじゃからあまりアテには出来ないがな」
「そうか…まぁ分かった。ほんじゃレジェスト、何か言いたいんだろ」
「あぁ。お前、今戦争には参加しない、と言ったな?」
「そうじゃ。私も死ぬのは怖いからな、死にかける経験など一度で…」
「俺が頼みに来たのはそんな事じゃない」
「ほぅ…言ってみろ。場合によっては一晩過ごすだけで考えてやってもいいが…」
「二つ、ある。まず一つ目は俺達四人の回復。お前には少し強引だが完全回復させる方法があっただろう。そしてもう一つ、[佐嘉 正義]について訊ねたい」
しばしの沈黙を解き放ったのはレイチェルだった。飛び出しながら伝える。
「無理だよー!だってロウちゃんは…」
「やめろ、レイチェル」
絡新婦が口に手を突っ込み、無理矢理やめさせた。それと同時に戻らせる。
その時点で分かり切っていた。恐らく教えてはくれないだろう、と。だが以外にも発された言葉は有益な言葉であった。
「佐嘉 正義、何度も私を殺そうとして来た男だ。『人術』というなの術を使うようでな…見知らぬ技故苦戦した。そもそも私自身には戦闘能力が全く無い。
だから逃げ惑うしか出来ないのじゃ。だがあやつは強靭な精神の持ち主でな…どれだけ誘っても振り向かないどころか術を放ってくるのじゃ。
そのせいで私は何もできずただ逃げていた。それしか情報は無い。恐らく大した情報では無いだろうが、これしか無いのは事実だ」
「いや、それだけでも充分だ。ありがとう」
「役に立てたのならそれで良い。そしてもう片方の頼みについてだが…良いだろう。能力者がいなくなったら私の衣食住は困窮する事になる、無能力者には付けないのじゃ」
「そうか!助かる!」
「ただし四人分…弾むぞ、ラックよ」
「……」
少し考え込んだ後、三人に聞く。
「お前ら、ここに二泊していいか?環境自体は悪くないし…それに一日で済ませるってなると俺が、死ぬ」
「良いでがんすよ…」
「お、おう…」
「…別に…」
三人共少し引き気味である。だがこれで完全回復というものをする事が出来るそうだ。それは非常にありがたい、アイトなんて連戦だったので少し足が痛い。
今すぐにでも寝てしまいたい気分だ。だがその完全回復とやらは起きてない無いといけないようで眠気を吹っ飛ばされる。耳元でレイチェルが叫んで来る。
「起きろーーー!!!」
「うるっせぇなぁ!!」
半ギレでそう返すと目の前には見知らぬ美女が居た。日本に居た頃にも見た事が無い程の人物だ。だが心に決めた人物がいるのでそこまでなびかない、かといって全く気にならないわけでは無く全身を舐める様に見渡した。
「そんなに見るでない。さぁ行くぞ、少々痛いが、我慢するんじゃぞ」
手を引かれこの家の一番奥底に連れて行かれた。石で出来た自然製の壁とは裏腹に部屋の中央にはベッドが置いてある。まさか、そう思ったアイトは身動きが取れなくなった。
「ま…まじ?」
「何を思い浮かべているのだ。私はお主の様な子供には興味が無いのじゃ、せめてラックのように大人らしくなるんじゃな。それでは始めるぞ、一度死ぬからな」
あまりにも急な宣告、何かを言う前にアイトの意識は飛び、視界が真っ暗になった。最後の景色は前方に立っている女から出てくるレイチェルの姿だった。
第二百四十一話「化け蜘蛛と人霊」




