第二百四十話
御伽学園戦闘病
第二百四十話「瞬宵」
「何だよ、紫って」
「眼…」
アイトの右眼に指を差しながらそう言った。鏡なんて持っていないので刀の反射で確認する。そして本当に光っている事を知り驚く。するとそこを撃って来た。
すぐさまアーリアが弾き返したが血が出ている。
「お前身体強化だよな?」
「うん。もうあんまり残ってないけど…」
「おっけー分かった。そんじゃあお前にやって欲しい事がある」
「…何?」
一方その頃ベベロン・ロゼリアは弾の装填をしていた。持っているのはただのしがない狙撃銃、だがそれに生成した弾を組み込む事によって最強の銃へと変化する。
何度も撃ってはいたのだがロッドのサメにいつの間にかに食われていたり、サラサーテの封で消滅したり、雨竜に弾き返されたり、散々だった。
だがもう邪魔をする者はいない。所詮ただの子供二人、しかも片方は身体強化などという雑魚能力だ。負けるビジョンが見えてこない。
「さぁ、撃ち抜いてやろうか」
スコープに目を移し二人を補足した。まずやるべきはアーリアである、元は仲間だ。裏切った時点で即殺す許可が出ているので問題は無いが多少は心苦しい。
そう思った時、それよりも何十倍も衝撃的な映像が目に入る。紫の炎だ。ベベロンも多少は聞いた事があった、覚醒の事を。その当時はまだ覚醒などとは呼ばれていなかったがその脅威は一部の者にのみ伝わっていた。
「何!?紫だと!!あんなの聞いた事も無いぞ!!」
焦りながら急いで一発撃つ。だが作戦会議が終わった二人はそれぞれ動き出した。アーリアは右へ、アイトは左へと。当然狙うはアイトである。どんな手を使って来るか分からない奴を放っておくことは出来ないのだ。
と言っても追尾弾、持って来た愛馬のジョセフで逃げながら適当に乱発していれば消耗し、その内当たるはずだ。
「ジョセフ!行くぞ!!」
一発撃ってから飛び乗り、走らせながら弾を込める。するとある事に気付いた。ベベロンの弾は霊力で作成しているのである程度の位置や状況は分かる。
そしてその感知をしてみた所弾が移動してきているのだ。未だに当たっていないと言う事は恐らく何かに引っかかったか、アイトが全速力で逃げているかだ。
自身に近付いて来ているのに弾が当たらないなんてあるはずがない。
「さぁ、今度はセラピックだ」
今度はアーリアが走って行った右側に一発撃ち込んだ。悠長に弾を込めながらも感知は欠かさない。おかしい、異常な挙動をした。
「真っ二つにされた…だと」
そう、弾丸が見事に真っ二つにされたのだ。その瞬間反応は消えたが先に撃った方は消えていない。何が起こっているか段々分からなくなって来た。
ひとまず撃つだけだ。
「ジョセフ!フルスピードで爆走だ!」
相棒へ指示を出して全力で弾を込め反応が消えた右側へ発砲、だがその時一瞬にして反応が消えた。何かが近付いて来ている、そう感じ取った。
「ジョセフ!!!もっと速くしろ!!!」
だがジョセフにはそれが限界だった。それもそのはず、その時のジョセフは時速74kmは出ていた。だがそれを悠々と追い越してしまう方が悪いのだ、ジョセフに落ち度は全くなかった。
「悪いな」
それは男の声だった。だがその謝罪は本体であるベベロンでは無く、馬に向けられたものであった。直後体勢が崩れる。転倒し、銃を手放してしまった。
銃が無いと何もできないベベロンは急いで拾おうとするが刀が手の甲に突き刺され、動きが止められた。
「馬なんて殺した事無くてよ。ちょっと生きちまってるっぽいけど許してくれ。俺だってやりたくてやってるわけじゃないからな」
一度刀を引き抜き、今度は両足に刺した。
「何を…するんだぁ!!」
「尋問、それ以外に何がある?お前、政府からだろ」
「だとしたら…何か悪いのかな」
「そんな事思って…るな。無能力者に協力しているお前を見逃すことは出来ない。それにその能力は面倒だ、さっさと殺させてもらう。さぁ、言え」
グリグリと痛みを促進し、吐かせようとする。だがベベロンは何も言わない。もしや死んでしまったのではと顔を除いたその時、大きな銃声が鳴り響いた。
鼓膜が敗れそうな音だ。反射的に耳を塞いだがそれが間違いであった事にはすぐ気付いた、飛んで来る弾丸。眼前へと到達したその時、二発の弾丸が弾かれた。
「大丈夫?」
「…お、おう。サンキュー」
跳ね返したのはアーリアだった。一発は最初に撃たれてからずっと逃げていた一発、もう一発は今アイトに向けて撃たれた一発だ。だがベベロンは再度小銃の引き金を引こうとした。
「だめだよ」
その幼い声の後に続く鈍い音、骨が折れた。両腕折れている。もう銃はおろか手綱を手に取る事すら出来ない様だ。
「うそ…だろ…」
近付いてしまえばどうってことない、大して強くない敵だった。あとは情報を引き出すだけだ。その際アーリアに聞いたが何も情報は知らないらしい。
「でもこいつは知ってる」
ベベロンの頭蓋骨にヒビが入る程度の力で踏みつけて言い放った。するとアイトは少し嬉しそうな顔をした後、刀を引き抜いた。悲鳴を上げたがアーリア蹴られることによって強制的に口を封じられた。当然喋ることが出来る力加減だが。
そして引き抜いた刀はベベロンの左眼に突き立てて訊ねる。
「言え、そうすれば命までは奪わない。今言うのなら五体満足で返してやるよ、まぁ海の底とかだろうけどな」
「…」
「何も言う気は無いのか」
左眼を潰す。更に大きな悲鳴。
「うるせぇな。さっさと言えばこんな事にはならなかったのにな」
言う気は無い様なので右眼にも突き立てる。そしてそのまま突き刺そうとした、その時だった。鳴り響く銃声、誰も考慮していなかったその事に反応できない。
その弾丸は偶然にも正確に、アイトの心臓を貫いた。
「ジョセフ……グッド……」
死にかけの屍のような声でそう呟くベベロン。呼応するようにゾンビのような声で気高く吠えたジョセフ、その口には小銃が咥えられていた。
「…ふざけないで」
アーリアは容赦なくジョセフを蹴り殺した。すると小銃はその衝撃である人物の前へと転がる。正に天に味方されているようだ、その人物はベベロン・ロゼリアだ。
常日頃から共に居た親友を殺され、憎しみで一杯だが平常心を保つ。息を整え多少の痛みなど我慢する事にした。急いで小銃を拾い、リロードをする。
「動くんじゃないよ」
殴れないが逃げる事も出来ない距離、何よりアイトが苦しんでいる。紫の炎を燃やしながら。
「今から僕が言う事に答えてもらおう、君達は政府に敵対する能力者という事で良いんだな?」
「そう」
「お前は僕達を裏切ったんだな?」
「そう」
「その男に何を感じた?」
「魅力……心に刻まれる様な感覚」
「それは大層な事だ。ならば最後の質問さ、僕の愛馬を殺した時、何を思った」
既に半分以上引き金が引かれている。だがアーリアは大丈夫だと確信していた。そして率直な感想を答える。
「血がついて、不快」
「死ね!!バケモノが!!」
耳が張り裂けそうな音と共に放たれた弾丸はアーリアの脳天を直撃した。だが止まらなかった、血すら出ていない。その当時にはまだ無かったが、まるでホログラムのようである。
何が起こったか理解出来ていない脳天に突き刺さる一振りの刀。
「話さないのなら、仕方無いな」
背後に回った、アイト・テレスタシア。そいつの体には傷一つ無かった。信じられず相棒が撃ったはずのアイトがいた場所を見る。だがそこには、何もいなかった。当然血痕なども、全く何も残っていなかった。
信じがたい事実に直面した時人はおかしくなる。なり具合は人それぞれだがベベロンは泣き叫ぼうとした。だがそれすらも許されない。
「俺の新しい能力、名前は…『瞬宵』にしよう。謂わば幻覚、というよりもその人物が良いように思った事がそいつの眼だけで起こったように感じる。
アーリアは確かに左に行ったがお前の視界から外れた瞬間俺と交代した。そして弾をかわしてもらっていた、ここまではお前が知っている通りだろう。
だがアーリアはそのまま右側の弾も受け持って貰った。お前の敗因は自身の能力への解像度の低さ、だな。その弾はお前が思っている対象には飛んで行かない、残念賞のあの世行きだ」
音もなく切り裂かれた。その時アイトはとても楽しそうに笑っていた、声は出していなかったが、炎を強めながら確かに笑っていた。その表情がアーリアの心の奥底にはとてもとても、強くこびり付く事となるとは知る由もない。
血を吹き出し、悲痛な叫びをその場に残しながら死んでいった。完全に死んだ事を確認したアイトの炎はポっと消えてしまった。すぐにアーリアの状態を確認する。
「大丈夫か?」
「…うん。もう余力は無いけど…大丈夫。行こ」
手を引っ張って厳の方へと走り始めた。だが普通に考えて逆なのでアイトが抱きかかえ全速力で走り始めた。二人が戦っていた数分の間に厳達が奇襲されていたら面倒くさい。
だが心配は無用だったようで何事も無く待っていた。回復が終わったようでレジェストは体を起こしている。ただ今にも死ぬのかもしれないと思う程顔色が悪い。
「行くぞ…」
それでも進もうとする。
「駄目でがんす!冗談抜きに死ぬでがんすよ!!」
「行かなきゃダメなんだよ……あいつの所に……」
「あいつ?誰だ、それ」
アイトが聞くとレジェストは説明する間だけは休憩するようで再度体を倒し、天を仰ぎながら説明する。
「今から向かうのは俺の旧友の所だ。この付近に住んでるって噂は知ってるから…行く。あいつ滅茶苦茶強いから、そこまで行けば安心なんだ…」
「何処なんだよ、あと名前とか能力とか、色々教えてくれ」
「場所は知らん…ここら辺だ……能力は『バックラー』だ。霊の能力は『対象の死亡』だ。霊力消費は俺の超弩級戦艦雨竜よりも酷いがその分確定で殺せるとんでもない性能だ。
日本で一度会ってそこで仲良くなった。名前は[レイチェル・フェリエンツ]だ」
フェリエンツ、後にロッドの血と交わり、怪物を討つ為怪物を生み出す血筋。一応その血筋の者であるレイチェル・フェリエンツ、類まれにみる天才が一匹。
そしてバックラー史上誰もが越える事は無いだろうと思われていた、最強の"蜘蛛"である。
「またの名を[絡新婦]、怪物だ」
第二百四十話「瞬宵」




