第二百三十五話
御伽学園戦闘病
第二百三十五話「託された青年、名を」
ラックが取り出した剣には全く霊力が感じ取れない。もしや燦然の攻撃のせいでおかしくなっているのかもしれない、そうとも感じたがすぐにそれは否定される。
狐神は本体が死んだらどうにもならないので叉儺を庇っている。そして叉儺に訊ねたが何も感じないというのだ。その時点ではただの剣にとしか感じられない。
「…持って一分か」
そう呟きながら斬りかかって来る。その太刀筋はあまりにも早く、綺麗だった。普段身体強化やただの生身で戦っている人物とは思えない。明らかに誰かに稽古をつけてもらっているはずだ、そこまでの腕で独学とは考え難いのだ。
だがそんな事どうでも良い、狐神は未だ続く燦然の攻撃のせいで身動きが取れず嫌々ながらも攻撃を受けた。するつと斬られた胴体が崩れていく。
それは霊力が崩壊していくなんてものではない、灰になって行くわけでも無い、消失するわけでも無い、ましてや腐り堕ちるようでも無い。言うなれば天に昇って行くようだ。
「なんだ、これは!?」
「分からないだろうな、これは神の力さ。僕も同じ反応をしたものだ。懐かしいね……まぁいいや、死んでくれ」
再度振り下ろす。だが今度は狐神が避けた、一か八かの賭け。ほんの一瞬光の攻撃が緩んだように感じた、もう終わりに近いのだろうと感じ叉儺を置いて逃げたのだ。叉儺は当たる位置にはいないので問題ない。ラックも殺したいのは狐神であって叉儺ではない、そして本体を殺して勝利なんて許されない。
狐神を殺すのだ。
「冷や汗をかいているぞ?まさか、賭け事でもしたのかい?この戦場で」
「…喋り方が戻っているようだな。そんなに恋しいか、あの五人が」
「……ここで変える必要は無い、今判断した。そして質問には答えてあげよう、一人は生存を確認している。大出世だったからな。他の三人は……いるはずがないさ、僕が"喰った"んだからね」
「……ふむ、だから身体強化と人術が使えるのか。それにしてはもう一人の能力は別の者が使っている様に記憶しているが」
「あいつの選んだ事だ。俺に文句を言う権利も、変えようとする権利も無い。従うだけだ」
「過去の囚人が」
険しい表情に豹変した狐神を見てラックはニヤリと笑いながら言い返す。
「違うな、僕は看守側さ」
振り下ろされる一撃、その斬撃は全く届いていない筈だった。だが先程と同じ様に狐神の後ろ足が一本昇って行った。その代わりという表現は違うかもしれないが、狐神の足が再生した。
先程の再生速度より明らかに速い。推測の域を越えないが恐らくは燦然によって多少霊力濃度が上がり、バフがかかってしまったのだろう。
「やっぱり神殺しの武器は使いにくいね。僕には合わないや」
そう言いながらも双剣の様に持って斬りかかる。ただ使っているのは基本利き手である右手で掴んでいる剣だ。かと言って燦然で全く攻撃していないわけでも無い。
何か法則があるのかと思わせような戦い方だ。だが狐神は見抜いていた、激動のあの時代を生き残った人物がそんな聡明で、狡猾なはずがないと。
「お前は常に女神がどちらかに微笑むとでも思っているのか」
「なんだい、急に」
回避行動を続けつつ、馬鹿にするような笑みを浮かべてそう訊ねた。
「神は大半が気まぐれだ、たまにはただの実力だけで戦いを見守りたいときもあるだろう。なのにお前と来たら神の力だの何だの、少しは恥ずべきだと思わないのか」
「少し僕と考え方が違うようだ。僕はこう考える、女神が微笑むのは勝利した後だと。神は常に見守っている、だが戦闘に手を出す事は少ない。決まって手を出すのは戦闘後、それか死にかけた時だ。その時点で勝敗は決まっているようなものだ。
結局僕らは敷かれた運命から外れることが出来ない、囚人なんだよ、狐」
「とことん考えが合わん。初めて会った時から、お前の戦術を見た時から、本当に気持ちが悪いと思っていた。思うにお前は自分の事を正義の味方、ましてや正義そのものだと思っている節があるのではないか」
「どうだろうね。そんな事考えた事も無かったや」
「…そう言う所だ」
すると狐神の速度が格段に上がる。それはとある事が起こった時だった、サンタマリアが消えたのだ。戦闘が終わっても長らく居座っていたサンタマリアの姿が遂に消えたのだ。
そのタイミングで一気に速くなった、まるで蛇から逃れた蛙のようだ。それを見たラックは微笑しながら指摘する。
「やっぱ、怖いんだね」
直後、狐神の霊力が増量する。約二倍、ようやく本気で来るようだ。その時ラックは、燦然を放り投げ、捨てた。
「今までありがとう、だけど不意打ちようだから…使いにくかったのが本音だよ。でも本当にありがとうね、さようなら」
その時のbrilliantからは寂しそうな雰囲気を感じ取った、ただの無機質な、武器のはずなのに。
「物には感情が宿る、始めて触れた者の感情は特に」
「そうか。私にはどうでも良い話だ、そもそもあれが触れたのはいつの話だ?誰が触れた?お前はそれすら理解していない、餓鬼だろうが」
「今は僕の話では無いよ、概念や思想の話をしているんだ。やはり駄目だね、あの忌まわしい時期に生まれた霊は」
「舐めるなよ、私は何人の能力者を喰らったと…」
「死者約二億人、端数は切り捨てだ。能力の使い方が分からなかったものや[佐嘉 正義]の人術によって殺された人物も沢山いた。そして俺は知っている、その内何人が喰われたかもな」
「ほう、言ってみろ」
「一億、八千万。当初はお前が産まれていなかった。だがその特殊な能力によって魂を集め喰らっていた、ただ見過ごしていただけなんだよ。力になってくれるかと思っていたらね」
ただ事実を語っただけだ。すると狐神は大きな笑いを見せながらな言い放った。
「私が喰ったのは三億人の魂だ!!!……いいや、違うな三億から、六を引いた数だ」
一気に霊力濃度が三割から六割へと移行した。そしてラックの顔つきが変わる、怒りですらない。もう怒り何て段階では無いのだ、諦め、呆れ、その他様々な無関心に近しい感情が入り乱れている眼。
だがその眼に炎が宿ることは無い、何故ならラックは既に能力者ではない。能力発動帯は、壊れている。本人はその事を自覚しているし、もう体が持たない事も分かっている。
だが魂だけは後世に繋ぎ、こいつを道連れにするのだ。
「その剣、敵を崩壊へと導くと共に、自身を崩壊に導くのだろう?」
「…どうでも良いだろう」
「既に限界だ。能力発動帯は消滅、既に使えなくなっているだろう。『血流透視』と『人術』が。どれだけ喰ったと言っても人術はその発動者の練度に依存する、能力発動帯に擦り付けるしかない。となると既にお前の能力は相当弱まっている。
剣も持って十数秒、後は逃げれば勝ちだ……だが私も因縁の終わりをそんな形では迎えたくない。趣が無いだろう、趣がな」
両者拘りが強い、それ故にこんな派手な戦いになっているのだ。ただそれで良い、それが良い。楽しいでは無いか、両者戦闘病は既に"克服済み"だ。それに加えて覚醒も"克服済み"の身、こうなっても何らおかしい話ではない。
だがそれ以上にバッドステータスと化す点が一つ、強すぎる。特にラック、あまりに強い力を手に入れ長い事使用してこなかった事である情報が抜け落ちているのだ。
「さていい加減、終わりにしようか」
「そうだな。私もそこだけは、同感だ」
一気に動き出す盤面、ラックは当然距離を詰める。一方狐神は迎え撃つ為万全の状態で堂々と胸を張り、待ち構える。それが異様だと感じならがらも斬りかかったその時、激痛が走る。
それでも何とか斬ることは出来た。狐神は苦しみ、悶える様に力を籠めるが両者その場で息を切らすのみ。そして勝ち誇った狐神が意気揚々と説明し始めた。
「霊力発動帯が無くなるのは霊力が練れなくなる事と同義。霊力は霊力発動帯を通った体力、生命の力が変換される事で生成されるのだ。そして消費も重なり今のお前の霊力は0、剣の自壊は遅くなるだろうが問題はそこではない、あの餓鬼の力だ。
あれは神殺しの武器と同じ、"反体力"のエネルギーが生じる、それは基本的に使い道はない。だが神殺しをする際にはとても有効だ、まるで神が創り出した神への挑戦状のような性質だ」
「まさか……」
「そうだ。反体力は霊力で中和される、お前は自身の性質と、バックラーへの解像度が低すぎた。それだけの事だ」
「やらかしたなぁ…皆……もう俺の体は反体力で一杯みたいだ……剣を握る力も……出ない……」
血を少しずつ吐きながら剣を地面に落とした。すると地面が崩壊していく。それほどに強い効力を持っているのだ。そんな攻撃をくらっても耐えている狐神も狐神だ。
ただまだ、戦えないわけでは無い。剣は握れなくとも、拳は握れる。
「最後の、一撃だ。力を貸してくれ!!アーリア!!!」
体は死んだ、だが三人が魂を繋ぎとめてくれている。その内に殺す、撃てるのはこの一回と、本当に最後、死ぬ間際に放出される一撃だけだ。
そこで決める事が出来なければラックの負けだ。
「死ね!!負の遺産がぁ!!!」
もう躊躇うことは無い、これで出来なければどうせ撃てないのだ。この後の事を心配する必要性などは全くないのだ。
「そんな攻撃…」
「当たるさ、当たらなくとも致命傷だ。お前も負けだよ、なんたってまがいなりにも神格なんだろ?」
不敵な笑み、理解してしまった意味。
「貴様あああ!!!」
その攻撃を止めようとするが既に遅かった。放たれた一撃、それは空振りだった。だが狐神には当たった、衝撃波が。反体力のエネルギーまとった軽い衝撃波が。
だがラックの時もそうだったように、激しい痛みにまみれる。既に勝者は決まっていた、勝者はいない。言うとすれば一人の男だ。その時はまだ確信していなかったが。
「な…うそ…だぁ!!」
勇敢に、猛獣の様な声色。それでも殺してやろうともがく、這いつくばってでも殺そうとする。人っ子一人相手ではない、その慢心がいけなかったのだ。今になってようやく後悔する事が出来た。
死ぬ間際で思う事、両者同じである。
「生まれて来るんじゃ…無かった…」
だがラックはその向こうに見えた人影で、思考が塗り替えられた。とても嬉しかった、こんなあっさり終わってしまうのかと言う恐怖もあったがそれ以上に強がりたかった。先にいる者に。
「ようやく、使い終わったからな。俺の番だ」
〈一斉放射だ〉
《サンタマリア》
放出される最後の攻撃。天高くそびえ立つ泥船、そして甲高い葬送曲を立てながら落ちて来る弾達。
「やめろ、やめろぉぉぉぉ!!!!!」
その悪魔の断末魔は誰にも届くことは無かった。ただ弾かれて行く体、死と言う恐怖、だが何人にも同じ事をしたのだ。然るべき報いであろう。
「さよならだ、俺の分身」
だが直後、ラックの心臓は飛んだ。
「後は妾が、やってやろう」
相棒を殺された叉儺は黙っていない、八つ当たりのように攻撃したのだ。だがそれはダツの霊による攻撃だった。距離は三十メートル程、勝った。
この戦いの目的、ラックの魂の入手、勝ち取れる。
「その力は、妾が引き継ぐ」
走り出す。昇り始めたラックの魂を掴もうと手を前に、進む。だが争奪戦なのだ、退避していた素戔嗚だって更に力を得てTISに貢献したい、防御術を使用して待機していた蒿里だってその力を得てTISを壊したい。
一気に動き出す。だがその三人だけではない、周囲で待っていた矢萩、そして來花が置いて行った自身像もだ。そこまでして欲する力、文字通り四方八方から手を伸ばされ、求められる。
「妾が!!」
「いや、俺が!!」
「私が取るんだ!!」
「あんたらには必要ない、これで師匠に!!」
鳴る鈴の音。
それぞれの想いの元始まった争奪戦、計三秒の激闘。それはあまりに衝撃的な結末を迎える事となった。
「勝った!!妾のものに…」
掴み取った、はずだった。手応えが無い。それは他の者も同様だった、皆空気を掴み、自覚した感覚の崩壊に焦り軌道修正をしようとする。遅い。
そんな事している内に、来る。
盲目になっていて感じ取れなかった。正確に言うと蒿里と素戔嗚は感じ取っていた、そこそこ長い仲だったおかげで。だが飛び込んで来るとは思ってもみなかったし、対処している余裕も無かった。
だがそれが敗因となるとは、思わまい。
「バカどもが。ラックは、俺のだ」
TISに変わり掴み取った一人の青年、名を[空十字 紫苑]
第二百三十五話「託された青年、名を」




