第二百二十七話
御伽学園戦闘病
第二百二十七話「剣士」
「…碧眼……いや!違う!!」
素戔嗚は大層驚いている。それもそのはず、その時佐須魔は香奈美との戦闘に集中していたせいで気付いていなかったが、裏切り者なので当然來花は見ていたし、他の者も遠くから見ていた。
そんな中で発言した『碧眼』、当然驚くだろう。何故ならその炎は今までの青ではなく、青緑だったからだ。
「やはりそうか、佐須魔様も仮説を立てていた。碧は青緑に近しい色の事だ、赤眼や菫眼のように綺麗な表現では無かった。だからこう言っていたよ「碧眼には、更なる強さを持っている」と」
「…殺しは心でやる、そう教わった。俺は今、お前を殺そうと思っていない」
「何だと」
「俺は今、俺を殺そうとしている。自身が死ぬに相応しい場面を作るために、戦う。恐らく師匠も同じだったんだろう、だから死ぬことに何の抵抗も無く、死んだ。
俺は分かったぞ。お前は分かったのか?素戔嗚」
素戔嗚はただ睨みつけるだけだ。すると遠呂智は息を整え、刀を構える。青緑色の炎は燃え上がり、ユラユラと揺れている。呼応するように素戔嗚も構えを取った。
両者が息を吸ったタイミングで、動き出した。
「サンプルとなって死ね!遠呂智!!」
「悪いなオロチ、もう俺は無理かもしれない」
全くと言っていい程素戔嗚に興味を示していない。その事が妙に癇に障り、力任せになる。だがその力任せな斬撃は全てかわされてしまっている。決して速度は落としている訳では無い。
だがまるで流れに沿って水が流れる様に、当たり前の様に、かわしている。その時の視線を気持ちの悪い所に向いている、素戔嗚の眼球、それだけだ。
横目で刀を見ているとも思えない角度だ。本当に眼だけ見て完璧に回避しているのだ。その行為は訳が分からない、理由なんて無いのかもしれない。ただ勘なのかもしれない。
「分かった良いだろう。やってやる、お前の死に場所を作ってやる!!」
素戔嗚も見る位置を変えた。今までは手元を見ていたが遠呂智と同じ様に相手の目を見る。あまりにも異様な光景だった。両者がひたすらに見つめ合いながら刀で斬りつけようとしている。
だが二人共一回も当たる事は無く、ただ無為な時間が過ぎていくだけ。いや、違う。封じ込められているのだ。素戔嗚は攻撃に転ずることが出来ない、遠呂智は未だ刀を一度も振っていない。
気迫だけで振る事が躊躇われるのだ、蛇に睨まている蛙のように、怯んでしまっているのだ。
「面白くも無い、使えよ呪。これじゃここで死ぬ気にはならない」
すると遠呂智は刀を使った。だがそれは素戔嗚に対してではない、地面に対して突き刺した。その行動は降霊のためかと思われたが全く違かった。
突っ込んできているのだ。生身のまま、突っ込んできているのだ。刀と生身、どう考えても強いのは刀のはずだ。だがここでは逆で生身が強い。
碧眼のおかげか分からないが体術も底上げされているように感じる。本拠地で見た時とは全く違う、完全に別人。
「それは駄目だ、お前を殺すのは俺の力だけだ。呪は使わない」
プライドが邪魔する。ここで呪を使えば場合によっては殺せるはずだ。だが使わなかった、理由は単純で嫌だからだ。一応自身の努力とはいえども後天的な呪で戦って、勝利を掴み取っても何の意味も無い。ここで意味を肉付けるためには元々の自身の力、剣術だけで戦うのだ。
再度斬りかかろうとしたがやはり気迫に圧倒されてしまう。恐れている訳では無い、ただ呆れている眼を向けられて次に何の行動が襲い掛かって来るのかが予想できず、下手に出てしまうだけだ。
「なら終わらせよう、他の者に殺してもらおう。そうだな、刀迦なんかが良いな。彼女は俺の師匠だ、勝手に思っているだけだが別に問題は無いだろう。師匠に殺される弟子、良いじゃないか」
本心ではない、だが棒読みでも無い。ただ煽っている口調なのは伝わって来る一番ムカつく喋り口調、素戔嗚は刀迦が嫌いだ。自分にだけ唯刀をくれないし当たりが強い、嫌なチビだと思っている。それと同時に果てしない尊敬の念を向けていた、実際に実力は凄まじいのでコンプレックスにもなっている。滅茶苦茶な関係性なのだ。
そんな状態なのにも関わらず、侮辱と共に逆鱗を茶化しているように触れられたらどうなるか分かるだろう。
「いい加減にしろ!!!」
怒りを露わにしながら一気に攻め立てる。今までの弱気が嘘に見える力強く速い連撃。だが遠呂智は最後の一撃以外全てかわした。そして最後の一撃は頬に少し傷をつけた程度だった。
ほぼ不意打ちと行っても良い動きだったのにも関わらずそんな傷しかつけられなかった。だが相手は刀を手にしていない、攻めるなら今に違いないはずだ。
「殺してやるよ!!遠呂智!!!」
「そうだ、それでいい」
遠呂智は刀の方に手を伸ばす。だが届く距離では無い、問題は無いが。オロチが刀から現れ、刀を運んだ後刀の中に戻って行った。それを見た素戔嗚は再度後ろに引こうかと思ったが自制心が効かない。
最早自身の意思など関係ない。ただ苛立つから殺意を放ち、刀を振り下ろすだけだ。一瞬の躊躇いから生み出された隙は、傷を生む。
「さぁオロチ、最終局面だ」
舞の様に素早く、的確な動き。超至近距離まで近付き、腹部に突き刺す。ただ適当に刺したわけではない、ある場所を狙って突き刺した。そしてしっかりと直撃した。貫かれた場所は肺だ。
そのままではない、肉を斬り裂きながら刀を横にし、もう一方の肺を斬りつけた。鋭い刃によって穴が空き、二つの肺が破かれた事になる。
「クソ!」
もう霊を使っている余裕は無い、己の体を保つだけで精一杯だ。それと同時に、時間が無くなった。持って一分だ。ただそんなにはいらない、何故なら遠呂智は、終わらせに来た。
ここで素戔嗚も終わらせる覚悟が出来るように、肺を狙ったのだろう。その計算高さも嫌になる。殺したくなる。斬ってやりたくなった。
「これで終わりだ!!山田ぁぁ!!!!」
「共に死んでくれ、オロチ」
直後眼の炎の火種の小さな欠片がポトリと落ち、刀に燃え広がる。あまりにも一瞬の出来事だったがそれはたまたまではない、決定されていた運命なのだ。
手が燃える、体にも燃え移って来ている。だが関係ない、振り上げる。飛び出して来るオロチに青緑の炎が纏われ、炎を放つ龍の様になる。
それでも振り下ろす、最後の一撃。
そして対抗する、最初の一撃。
お疲れ様、さようなら。
眠そうな声が聞こえた気がした。だがそれも幻聴だったのかもしれない、静寂だ。その場に訪れたのはただの静寂だった。肉を斬る音も無かった。
村正と唯刀 龍、両者肉を断った。だが決定打はその炎だった。炎によってオロチが飛び出し、霊力が落ちた。本当に一桁レベルの霊力放出だった。
振り向きながら呟く。
「始まりだ……覚悟を……決めろよ」
音を立て、その場に倒れた。
天高く広がる空、そして見えて来るエンマの幻覚。それを遮ったのは素戔嗚の姿だった。冷酷だが、とても美しい。それもそのはず、菫色に見えるのも当然だ。少し遠い菫色の炎を通して、瞳を見たのだから。
「お前は本当の剣士だ、せめてこれで殺してやろう」
素戔嗚が手に持っていたのは唯刀 龍だった。高く持ち上げ、突き刺した。心臓に一突きだ。もう何かを考える時間も無かった、一瞬にして、視界が暗転した。
《チーム〈TIS〉[山武 遠呂智] 死亡 > 杉田 素戔嗚》
立っていたのは法廷だった、被告人席に立っている。だが弁護席にも、検事席にも誰もいない。傍聴者も誰一人としていない。立っているのは視線の先にいる一人の男だけだ。
普段見せる楽観的な顔では無く、稀に見せる真剣な表情を浮かべながら伝える。
『判決を言い渡そう。主文、被告人を初代地獄送りの刑に処す』
『無期限だ。永久に、償うと良い』
唐突に調子が悪くなる。だがまだ立っていられるレベルだ。ただ抵抗する気も起きない、言葉も出ないし大した抵抗でもできないだろう。大人しく受け入れよう、自身の終わりを。これから送られる地獄の日々を想像しながら。
「ごめんね。少しだけ話そうか。堅苦しい文言はいらない、僕もこんな事はしたくないんだ」
「仕方無い…事だ…快く死ねたのだから…満足だ…」
「そうか。それなら良かったよ。僕らがあの時、全てを終わらせていれば良い話だったのにな……だが安心してくれ、アイトが、繋いでくれるさ」
「信じているさ……あいつなら……俺は………あいつらを……信じているからな」
脂汗が噴き出し、言葉を口にするのも厳しい状況になって行く。もう限界なのだろう、それを察したエンマは最後の言葉を投げかけた。
「本当に、お疲れ様だった。若い剣士よ」
「……えぇ、そちらこそ」
その刹那、遠呂智は姿を消した。魔境に放り込まれたのだ。心が広いエンマでも更生の余地が無いと判断された者、初代ロッドが生前時送り込んだ超極悪人、それだけが放り込まれる場所だ。そんな場所に投げ込まれた遠呂智には、何も待ってはいないだろう。
ただ苦痛以外は。
《チーム〈生徒会〉 の 残り人数が 0 となったため 第二戦 生徒会 VS TIS の戦闘を 終了します》
《勝者 〈TIS〉》
会場に残っていたTISメンバーと、生徒会メンバーは全員もれなく待機室に送られた。そしてタルベと時子、兵助が急いで回復を始めた。
もう間に合わない者もいた、それでも大半の者は間に合った。そして皆の回復が終わった。それと共にエスケープチームに招集がかかった。兵助が部屋を出て行き、時子もエスケープチームの待機室の方へと向かう。
邪魔者がいなくなったその空間ではただ重い空気が流れるばかりだった。だがその静寂を包み込むようにして破壊したのは生徒会長だった。
常に身に着けていた〈生徒会長〉と書かれる腕章を外し、机に置いた。そして顔を上げ、皆に提案をする。
「学校を、やめよう。どうか私に、付いて来てくれ」
「…どう言う事ですか」
そう光輝が訊ねた。すると香奈美はやるべき事を説明する。
「皆で学校を自主退学する。その後本土に出る、非所属になるんだ。そして名を売る、あくまでも御伽学園の関係者では無く、能力者でも無く、一般の者として。
私達に必要なのは莫大な信頼だ。学園はエスケープチームと言う狂犬達が守ってくれるだろう。
次の大会はいつになるか分からない、もしかしたら革命が始まるかもしれない。
だがどちらにせよ、信頼が必要だ。このままではTISに思い通りになってしまう、突発的で、理想的で、幻想的な案だ。それでも……来てくれる者は、私の後ろに着いてくれ」
三年生の皆はそこに惹かれたのだ。突発的に見せる巧妙な提案と、頼ってしまいたくなる心強い声、そして誰もが憧れてしまう様な強い背中。
「私は行くよ」
水葉は立ち上がる。香奈美は既に、扉を開けていた。判断するのは、この数秒だ。すると連鎖するように立ち上がる。
「俺も行く、このままじゃ終われねぇよ。香澄のためにも」
須野昌も。
「僕も行く…あまりにも…弱かったから…」
灼も。
「俺も付いて行きますよ、会長」
光輝も。
「僕も…!行きます!」
漆も。
「私もお力になれるのなら」
待機していたレアリーも。
「俺も行きます」
半田も。
「俺だって、同じ気持ちですよ」
康太も。
「私は残ります。兵助の為にも、私は必要です。皆さん、ご達者で」
タルベは残る。今後動き出す後輩達の為に。
「私も残らせてもらう。お前らといると、あんまり良い事はなさそうだ。私のせいでな」
菊も残る。
「僕は残らせてもらいます。前に言った通り、抑止力なので。また会おう、みんな」
憂いを帯びた眼で蒼は言葉を送った。
「あ…お…俺は……」
拳はただ一人、戸惑っている。目の前で美玖が死んだ事が目頭から離れず、正常な思考が出来ていないのだ。すると皆の背中で見えなくなっている会長が言葉を伝えた。
「姉を守ってやれ、拳」
そうして皆、部屋を出て行った。残った者も何か言う気にはならなかった。だがただ、会えなくなるはずでも無いのに涙が溢れて来る。
楽しかった日々はもう戻って来ない。ここからは地獄だ、前借だったのだ。だからこそ皆、あの決断を取った、当然自分の意思で。残った者も同じだ、自身の意思で、決めたのだ。
だがまだ、希望はある。
「やれ、ラック…」
他人に始めて見せる涙声、そんな震えた菊の言葉は、ラックに届く。
「あぁ。繋ぐさ、お前と共に」
第二百二十七話「剣士」




