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【完結】御伽学園戦闘病  作者: はんぺソ。
第八章「大会」
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第二百二十五話

御伽学園戦闘病

第二百二十五話「仮想の寝巻男」


某年某月某日


「思うに人間が弱すぎると思うんだ」


「何だ急に」


ひたすら素振りをしている遠呂智に声をかける一人の男、黒髪で印象的な羊の角、眠そうなクマ、そして水色と白のチェック柄の寝巻を身に着けている。

そんな男は仮想世界の住人の一人、[仮想の寝巻男]だ。その男はとある病で常に眠気があるのだ。


「僕はこの世界で…約七時間寝ていなくてはいけない、君や僕が元居た世界で換算すると二十一時間だ。というか睡魔が凄くてね…だからこうして見守る役目さえも、無い命を削って遂行しているんだよ。

僕の世界ではこの奇病を治す術は無かった。だが僕は大切な人を守るために眠らず、戦い、死んだ。結局勝つことは出来なかったが、充分だったさ。

そこで思う、何故人はこんなに弱いのか、と。僕の場合は少し特殊なのは分かっている。だがあまりにも弱いと思うんだ、現に君だって霊?ってのと刀?っていう武器に頼るしかないんだろう?」


「そうだな。俺自身は大した戦闘力は無い。そもそも体術が苦手なのもあるがな」


そう言いながらも素振りはやめない。寝巻男は欠伸をかきながら目を擦り、話を続ける。


「この速い流れの中で長年暮らして来た。基本的には王に頼めば何でも作ってくれるから退屈はしなかったしほぼ全てを寝て過ごしている。ただやっぱり眠りってのは多すぎると次第に浅くなって来るんだよ、だからここ数年は良く夢を見るようになって来たんだ。

見るのはやっぱり最後まで護り抜きたかった人だ。でも無理だったんだ。僕も所詮は眠りたがりな一般人でしかない、その僕はいとも無様に死んでしまったよ?

もう少しカッコ良く死にたかったんだ。でも無理だったよ。どれもこれも力があれば出来た事だ、君はどう思っているんだい」


遠呂智は一分だけ休憩する。息を整え、返答した。


「どうもこうもない。俺は弱い、あいつに勝つには力が必要だ。皆を守るには力が必要だ。それだけの事であって、他に意味は無いし求めてもいない」


「嘘だね」


浅い眠りの中で人は何か、自身は何か、それを追及して来た寝巻男だから分かる。明らかに嘘だ。遠呂智にはそんな偽善で出来た薄っぺらい正義なんて似合わない、それに着地点としてはあまりにも酷い。

だから違う。何か別の答えがあるはずだ。少し無理矢理でも良い、言わせる。


「言ってくれ。何か減る物でもあるまいだろう?」


「……ここに来てからの自分の成長ぶりが怖かった。計三人、お前、青年の方の従者(ペット)、病人と触れ合った。お前含めて全員強かった。

まず眼が違うんだ、眼が。それに加え仮想の野郎が作り出した別の世界で俺らと同じ様に凄まじい戦闘や何らかの苦難を乗り越えた者達なんだ、技術が桁違いだった。

俺はそんな奴らに追いつきたかった。でも無理だと悟った。お前らは作り出された世界の中でも優秀な数人、俺なんかが行ける領域のニンゲンじゃ無いんだ。

だから少し視点を変えた、追いつくのではなく、常に数歩後ろに付いていようと」


「…?」


「俺は弱い。だから強い奴のやり方を真似するしか出来ないんだ。それでも誰かが発明した瞬間に食いつき、模倣すれば充分やっていける。それは現世にいる時から知っていた事だ。

だからこっちでも、戦闘でもそれをやってみる事にした。実際にお前らは成長し続けている、そして俺はその数歩後ろを引っ付いている。お前だってそう感じてるだろ」


「どうだろうね」


「そんな状態で俺は決意した。負けない」


「ほう」


「勝つのは不可能だ、TISに、素戔嗚に。だが負けなければいい、逃げても良いし最悪自爆すればよい。俺が嫌うのは敗北だけだ、それは俺の感性に則った上での敗北だ。だから負けなければよい。とても良い勝負が出来れば傍から見て敗北しても、それは勝利だ。

だが俺にはその美しく負ける事すらも出来ない。そのための力だ、これは。この刀は、この霊は。そのために持っているんだ」


再び素振りを始める。寝巻男は仰向けに寝転がり、今にもまぶたを下ろしてしまいそうな程重い眼を何とか持ち上げながら褒める。


「良いね。好きだよ、そういう考え。じゃあ少しだけ、稽古をつけてあげようか。一応僕も、精鋭の中の一人ではあるからね」


珍しく立ち上がり、準備体操を始めた。遠呂智は大体何をするかを察し、体を慣らす。両者の準備が整うと、寝巻男が説明する。それは自身の"力"や今回の目的についてだ。


「まず僕の"力"は恐らく君達のものとは全くの別物だろう。だからそっちの常識は通用しないと思ってくれると幸いだよ。そして今回の目的は一つ、『勝とう』」


「は?」


「勝利を収めよう、それだけだ。文句は受け付けない、この期間は僕が自由にして良いんだ。さぁ行くよ、遠呂智」


『夢へ誘おう』


直後変化する視界。あまりにも一瞬の出来事で対処は出来なかった。まるで別世界に瞬間移動したかのような感覚、だが意識がなくなるわけでも無く、特段変化があるわけでもない。

ただ一つ、周囲にはベッドが沢山ある。それだけだ。様々なベッドがある、家にありそうな平凡なベッド、ビジネスホテルにありそうな少し特別感のあるベッド、更にはラブホテルなどにありそうな派手なベッド、本当に古今東西全てのベッドがあるかと思ってしまう程だ。


「何だ?何と戦えば良いんだ?」


それ以外に何がある訳でも無い。地面も無いし壁も無い、ただ浮遊している様な感覚もあるし、歩いている感覚もある。不思議な世界に放り込まれたようだ。

寝巻男は勝利が必要だと言っていたが何に勝てば良いか全く分からない。何もいないし何も無い、もしやこのままずっとここに居て精神崩壊をしなければ勝利、などとでも言うのだろうか。


「…ひとまず邪魔だな」


刀をしまう。そして探索を始めた。近辺に点在しているベッドの隅々を探ったが何も無い、いい加減飽きて来た。ここで素振りでもしようかと思ったがまだ出来る事があるはずだと考え直す。

このままここにいても何も進展しないだろう。今は何かベッド以外の何かを、手に入れるたい。


「……本当に何も無いな」


数時間が経った気がする。本当に何も無い、疲れもない。完全に無だ。無しか広がっていない様子だ。


「…寝よう……もしかしたら寝たら終わるのかもしれない」


ふとそう考え真横に合った非常にデカいベッドに寝っ転がった。非常に寝心地が良さそうなマットレスと枕だ。だがどれだけ目を閉じても眠ることが出来ない。

頭の中で夏の夜の鈴虫のように今までの出来事が反芻しているのだ。あまりにもうるさく、眠る事が出来ない。元々そんなに眠るのに時間がかかる事はない、明らかに異常だ。


「何故眠れない……まさか、これが?」


だとしたらあまりにもショボい。あれだけ言っておいてこんな能力なのかと思うと少しガッカリするレベルだ。ただ思いつく限り実践しないとこの世界からは出る事が出来ないだろう。

これは眠る事が勝利なのかもしれない、そう考え再び目を閉じる。するとあの時の事がフラッシュバックして来る、自身の力が足りなかったせいで香澄を殺した時だ。


「あの時は最善策を取る事が出来なかった。あろうことか一番取ってはいけない硬直という手を取った……何故だ?何故あの時、俺は動かなかった?何かあるはずだろう、絶対に何かあるはずだ。力だけの問題ではない…必ずや、何か…」


その時、自然と目が開く。体は動かないかいつもとは違う場所にいた。草原の様な場所、そこでは沢山の動物たちが暮らしていた。当然肉食動物もいる草食動物もいる。

そうなると当然の如く食われる。摂理だ。その草原に似合わぬ白兎の体には鋭利な牙が刺さり、血が溢れ出して来ている。その光景を見ていると、分かった気がした。


「あれも…摂理だったのか…同種族でも争いはある、差はある。俺はラッセルよりも弱く、ただ殺される運命だった……だがそれを、香澄が変えてくれた、そしてレアリーも庇ってくれた…よく考えたらそうじゃないか、みんなリーダーである俺に託そうとしてくれたんだ、俺に足りなかったのは覚悟だ…ここの住人は全員覚悟を決めていたように見えた。そこだったんだ、俺とあいつらとの違いは」


直後寝っ転がっている感覚に見舞われる。ゆっくりと目を開き、心を落ち着かせる。覚悟を決めよう、ここで全てが終わっても良い。ここで幽閉されても良い、だがせめて、素戔嗚だけは引きずり込んでやる、と。

すると体が軽くなる。そして戻って来た、先程までの普通の仮想世界に。


「案外早かったね」


どうやら二時間が立っていたらしい、寝巻男はもう限界だ。それでも最後に少しだけ話しておきたいらしい、それもそのはず、これで最後なのだから。


「何があったかは全て見ていた。しっかりと見れたようだね、自然を。それなら良いさ…ただ注意してくれよ、君は弱い」


「分かっている。この俺は、負けない。感謝する、寝巻男」


「一応[レッサー]って名前があるんだけどね…まぁいいや。僕はもう限界だ、それに君はお呼ばれされているようだよ、二人に」


「誰だ」


「佐須魔とエンマだってさ」


その言葉を聞いた遠呂智は内心驚いていた。それと同時に喜んでいた、簡単になる。素戔嗚の元まで辿り着く事に何の手順もいらなくなる。

ひとまず先にTISだ。


「行く」


「分かった。お疲れ様、短い期間だったけど、楽しかったよ」


普段通り不愛想な顔でそう言って遠呂智の背中を押した。すると視界は変わり、TIS本拠地の入口にやって来た。綺麗な夜桜が舞うその道で、遠呂智は一人三人に感謝をしていた。

そして進む。刀は抜かない、敵意が無い事を見せつけなくてはいけない。それでも佐須魔は心を覗いて来るだろう、ならば細かい事を見られないように一つの感情で埋め尽くそう。


「俺は、あいつを殺す為だけに生まれて来た。[山武 遠呂智]だ」


偽りの名前、だがそれは有効だ。人の想いは、全てを塗り替える。


「入るぞ」


誰もいない扉に対して言葉を投げてからスライド式の扉を開いた。すると玄関には一人の男が立っていた、和服でしわの多い顔に白に染まり切った老いた髪。

TISの一員かと思い声をかけようとしたが何処かで見覚えがある。少なくともTISではない、何故なら教科書で見たからだ。日本史、その中で少ない欄に書かれていた、写真と共に。


「こいつをお前にやろう、きっと力になるだろうな。わしはこいつらが嫌いだ、絶対に追い込めよ。遠呂智よ」


その瞬間姿を消した。あまりにも一瞬の出来事だった。触れられて力が漲った気がする、それと同時に嫌な感じがする。まるで体の中で霊が喧嘩しているような感覚、だが今は放っておいて進むのだ。

あまりにも強大な霊力を放出しているので分かる。向かうは玉座の間、一択だ。そしてその道中でようやく思い出す事が出来た。能力者の中でも最低な人物と言い伝えられている男だった。写真は若かったが面影はあった。


「天仁 凱だ……」


呪の父、傍若無人の権化、天仁 凱。

その、オリジナルであった。


「来たね、遠呂智」



第二百二十五話「仮想の寝巻男」

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