第二百十九話
御伽学園戦闘病
第二百十九話「教師」
体が動く、ゆっくりと目を開けるとそこには快晴が広がっていた。ゆっくりと動いて行く雲、目を潰してきそうなほど眩しい太陽、何故だか懐かしい気さえもする。涼し気な高台の元寝転がっているようだ。
少し横の方に視線を移すと綺麗な草花が広がっていた。見た事のある場所、来た事のある場所、そしてずっと話したかった人がいる。
「先生…」
「見ていた。よくやった」
ラッセルはそう言って美玖の頭に手を置いた。
「ここは…黄泉の国?私…」
「死ぬ時にはほんの少しの時間誰かと話す時間があるらしい、私も影とほんの少しだけ話してここに来た。にしてもここは綺麗だな」
そこは皆が始めてエンマと会った場所だ。アルデンテ王国の全てが見えている綺麗な場所、そよ風に当てられ泳ぐように揺れる花園、その横に轟轟として存在している渓谷地帯、そして島の中央にそびえ立つ魔境、全てが美しく見える。
始めて来た時はそうでもなかった。だが全てを出し切って心がすっきりしたのかもしれない。とても心地よい。
「流石に勝てませんでしたよ…」
「仕方無い事だ。叉儺は重要幹部の中でもトップレベルに強いんだ。だがそんな奴を追い詰めてあれを使わせた時点で充分凄いさ、後は他の奴らがやってくれるさ」
「そう…ですね」
何処か悲し気な顔だ。今まで戦闘で負けてもそんな顔は絶対にしてこなかった、恐らく戦闘に関しては無関心だったのだろう。変化はとは常に何かを得て、常に何かを失うものだ。力を得て、正常な思考を失ったのだろう。
戦闘病などではない、慣れてしまったのだ。人の慣れは強い、数ヶ月や数年同じ場所に居れば違う文化でもそれが正常だと感じるようになる。元本土暮らしだった美玖にとっては戦闘というものが奇妙だったのだろう。
「出来れば戦ってほしくは無かったがな」
「何でですか、弱いからですか?」
「違う。私は…お前らを本当に大切な生徒だと思っていた」
「そこで一瞬躊躇うのはおかしいですよ。だって先生は短い期間でも先生をしていたじゃないですか。裏切り者だと言う事はそこに変化を与える事では無いですよ」
「そうだな……半田と蒼には期待している、あの二人は強い。どうか自壊しない事を願うばかりだ」
「…今大会では勝てない、私はそう感じました。学園だけではあの怪物達には到底勝てない」
「そうだ。だから佐須魔は挑んだのだろう。だが勝てる手段はあった、それを伝える事が出来なかった事が非常に悔やまれるよ」
黄泉の国から現世に引きずり出す術は生涯で三回までしか使えない。そして佐須魔は一度來花を起こしているのであと二回、今回絶対に死ぬであろうあの人、そして革命の時のための保険として一回は取っておくだろう。
となるとラッセルを起す事なんて出来ない。仕方無い事ではあるが何処かむず痒い。だが全く力になれないわけでは無い、今はその力になる事を少しでもやろうと奮闘している時期なのだ。
「私は今ルーズの訓練をしている、他にも死んでここに集まって来た者達で重点的にな」
「確か戦争してた国も実質領地になったんでしたっけ?」
「そうだ。だが影は別の国の方に行っている。彼は凄い、一人で外交を担当しているよ。やはりどんな才能があるなんて分からないものだ」
「そうですね。もう二度と会えないと思うと…少し悲しいです」
そう言った美玖の体は少し無くなっていた。時間だ、もう少しこの空間にいたかったが仕方無い、美玖達がどうにか出来る問題では無いのだ。
ただ最後に一言交わす。
「ありがとうな、私を教師だと言ってくれて」
既に美玖の体はほぼすべてが壊れている、美玖は柄にもなく微笑みながら口を開いた。
「みんなにも言っておいてください、さようならって」
言い終わる頃には完全に消失していた。ラッセルは再び宮殿の方に目を向けただ一人で風に当てられる。大きくは無いが決して小さくも無い喪失感、涙は出ないが悲しいとは思う。だがそれよりも美玖自身が満足気にいなくなった事が、何よりも嬉しかった。
眼鏡を拭き、かけ直す。するとそのタイミングでルーズがやって来た。
「何してるんですか?」
「少ない生徒と話していたのさ。さぁ行こう、こちらは時の流れが速いんだ、そこまで時間は無いからな」
二人は宮殿の方へと歩いて行く、一人の生徒が散った跡を残して。
[拳視点]
再び殴り掛かろうとしたがカワセミが前に出て来る。本体はその間も固まっている、苦しそうに息を切らして空いた穴を抑えている。遂には崩れ落ち、地面に倒れた。
今一発でも殴る事が出来れば絶対に殺す事が出来るだろう。だがカワセミが邪魔すぎる、容易に跳ね飛ばされるのに前に出られたら動く事が出来ない。
幸い攻撃の意思を見せない限り行動は起こさないらしい。
「クソが!!どけ!!」
痺れを切らし殴り掛かるとカワセミを拳を受け止め、跳ね返した。岩に衝突した拳は一瞬気を失っていたがすぐに立ち上がり再び殴り掛かる。
だが結果は変わらず吹っ飛ばされるばかりだ。それでも何か弱点があって、倒せるに違いないと考えて勇敢にも立ち向かっている。
「無駄」
それは狐神から発された言葉だった。声色からしてメスの個体なのだろうが重厚感のある重苦しい声だ。だが、それでも動きは止めずカワセミに殴り掛かる。
すると寡黙だった狐神が話しかける。
「お前じゃ勝てない、やめておけ、死ぬぞ」
「うるせぇ!!!黙ってろ!!!」
血だらけでもう前も見えていない拳は霊力感知だけで殴りかかる。普通の人間ならとうのとっくに死んでいるダメージ量だ。だが拳は挫けず進み続けている。
ただ限界は近い。元々神経をやられているのに加えフルパワーのせいで霊力もほぼない、流石の拳でも霊力体力ともに底を尽きたら倒れるだろう。
その限界が来る前に一撃入れるだけでいいのだ、逃げられる前に、一撃だけ。
「無駄だと言っている。私も騙そうとしている訳では無い、お前は強い奴だ。だが未熟だ。ここで引いて力を付ければよいだろう、少なくとも私が生まれた頃に最強だった英雄はそうしていたぞ」
「今の話をしてんだよ!!」
「何故そこまでやる?私にはそれが到底理解できない」
すると拳は即答する。
「こいつは俺の姉ちゃんと仲間を殺したTISだからだ!!」
そして狐も即、言葉を返す。
「それは能力者だと括って差別をする本土の人間と同じでは無いか」
「ちげぇ!!!あいつらは姉ちゃんを殺さなかった!!!でもこいつらは、殺した!!!それの何がおかしいんだよ!!!」
思ってもみなかった返事であった。もう少し建設的で、何かの理論に基づいている返答でも来るものだと考えていたがそんな事は無かった。完全に私情で動いている、そして確信する。
「お前は弱い、引き際も考えず縦横無尽に駆けまわっては喧嘩を吹っ掛ける。よく考えたらそんな奴は強くないな、やはり私の目利きはアテにならないな」
そう言いながら距離を詰めて来る。拳は霊力感知で理解し、迎撃しようとしたが体動かない。既に限界は来ていたようだ。すると狐神は正面に立ち、霊力をふんだんに放ちながら言い放った。
「叉儺に近付くな」
振り上げたかぎ爪は切断された、あまりにも切れ味の良い刀によって。そしてその男は地面に着地すると共に拳に駆け寄り時計を操作、そして棄権させた。直後通知が来る。
《チーム〈生徒会〉[駕砕 拳] リタイア > 棄権》
男は構え、裏切りの言葉を口ずさむ。
「俺は御伽学園生徒会の一名、[山田 遠呂智]だ。今から素戔嗚の元に向かう、だがその前にこの島から出しておこう、貴様を」
唯刀 龍を携え、やって来た遠呂智はTISだった。だがこれも作戦、仮想世界で鍛えその後はTISに入った。裏切って少しでも不利にさせる為だ。
実際多少は有効な戦法だっただろうがそれよりも素戔嗚と蒿里の件が非常に衝撃的だった。だがその事さえも押し殺し、ここまでやって来た。
だがもう我慢する必要は無い、ウォーミングアップだ。
「さぁ行くぞ、オロチ、八岐大蛇」
一匹は身長された刀に、もう一匹は普通に。姿を現したのはオリジナルの方だ。
「時間も無い、やるぞ」
共に動き出す。遠呂智は前と全く違う機敏な動きで狐神の背後に回り込み斬りかかる。そして大蛇は八つもある頭を使役して噛もうとする。だが背後はカワセミ、正面はかぎ爪で払われてしまう。
「既に完成していたか、神。大蛇、そっちを頼む。俺はこいつを殺す」
『分かっている、貴様なんぞにそいつが殺せるかは甚だ疑問だがな』
そう高笑いをしながら煽っているがその間も分断させるために八つ頭を使用している。狐神はあまり離れたくなかった、降霊術の霊は本体との距離が離れる程力が減って行くのだ。
だが八つの鋭い牙を持った大蛇には叶わず、仕方無く移動した。そしてフリーになった叉儺を殺す為にカワセミに斬りかかる。当然受け止められる、拳のように跳ね返される、訳がない。
「オロチ」
するとオロチが刀から飛び出し、カワセミを口に含んだ。その瞬間全力で唱える。
『呪・封』
次の瞬間、その強力な封は誰かに妨害される事も無く叉儺にヒット、狐神、カワセミ、ダツ、その三匹は全て消滅した。
「思っていたよりやるではないか、小僧」
「まぁな。俺だって無駄に時間を消費していたわけじゃない。人術妖術よりは難しいが基礎的なものなら基本使えるレベルだからな、呪は」
「確かにな。にしても懐かしいな、呪とは」
「前の宿主も使っていたのか?」
「いいや、創っていた」
「は?」
「吾輩の前の宿主は[天仁 凱]だと。あいつは悪い意味でぶっ飛んでいるから!面白んだ!」
「…最初に言えよ…まぁいいわ。とりあえず行くぞ、戻ってくれ」
「分かっている」
オロチと大蛇は還って行った。軽く刀を拭いてから鞘に収める、TISの武具で戦うのは少し癪ではあるがある物は使った方が絶対的に良い、何より特注なので使い勝手が良い。
ひとまず向かう先は素戔嗚、昔からの因縁を果たすために、殺し合いだ。
「やはりそうだったか、山武 遠呂智」
鳥の半霊に意識を移し、見ていた。元々不信感はあった、あれだけ倒そうと息まいていた遠呂智が全く喧嘩を売って来ないのだ。絶対に裏があるはずだと、だが言いがかりでしかないので何も出来なかった。
ただもう関係ない、殺すだけだ。
「来い、犬神」
第二百十九話「教師」




