第二百十八話
御伽学園戦闘病
第二百十八話「足りぬ全身の力で」
[美玖視点]
ただの異変も無く、ただ敵を探す。周囲では既に戦闘が始まっているが自身の周りでは余っている霊力反応は無い。だからと言って戦わないのは無理があるので早めに移動する事にした。
誰と戦う事になっても厳しいのは事実だが決して勝てないわけでは無い。しっかりと相手の対策をして"あれ"を当てる事が出来れば勝てるはずだ。
「でもちょっと怖いなぁ。でも勝てるはず…託されたんだから、しっかりしなきゃいけないね」
気を張って進む。鳴り響く鉄の音や轟音、様々な霊が見える。ひとまず誰かがいたら乱入でも良いが、皆白熱した戦いを見せていて入る隙などない。今乱入したらむしろ邪魔になりそうな場面ばかりだ。
仕方無く別の場所へ行こうとしたその時、背後に気配を感じ振り向く。するとそこには狐霊が立っていた。同じ狐霊を持っている美玖だから即分かった、逃げるべきだ。
「やっば…」
再び背を向けた時声をかけられる。
「逃げるのか?この妾に恐れ戦き逃げるのか?」
煽られたが気にしている暇は無い、こいつには勝てない。どうにかして逃げる方法は無いか探るが強烈な目線を向けられている事を肌で感じる。
寒気がして今すぐにでも逃げ出したい気分になった。だが良く考える、今ここで逃げ出して何か変わるのだろうか。何ならここで音を出して誰か余っている人を連れて来るのが一番なのでは無いか、と。
「…というか私達のメンバー数おかしくない?」
時計には残り人数や残っている者を確認する機能もある。TISメンバーの誰が生存しているのか確認してみたら《生徒会 9人》《TIS 9人》と表示されてる。TISは裏切った二人がいるから分かるのだが、生徒会はおかしい。
人数調整は申請時の人数となっている。だから7対9になるのが正常だ。なのに何故か二人増えている。置いてきたのは漆と灼のはずだ。
「…?どう言う事じゃ?」
「そのままの意味、確認してみてよ」
そう言って叉儺に対して確認を求める。その間もジリジリと距離を取る。
そして時計を見た叉儺は不思議そうな顔をしてからすぐに視線を美玖の方へと戻す。その後口を開いた。
「別にいいじゃろう。どうせ勝てる、恐らくファストの個人的な恨みじゃろう。妾達もルールに則っているのにも関わらず馬鹿な奴じゃ」
「あっそ…じゃあ私は他の奴と…」
「もういないぞ。それか唯一残っておる蒿里とやりたいか?」
「…」
どうやら既に蒿里と叉儺以外は戦闘を始めているらしい。その事を聞いた美玖は非常に悩む、叉儺は無理矢理戦いを挑む気は無さそうだがかと言って蒿里と戦っても確実に勝ち目はない。
現重要幹部No.1を相手にするのは荷が重すぎる。となるとやはり、やるしかないだろう。まるで誘導されたようにも感じるし、何なら嫌気も差すが仕方の無い事だ。
「分かった。そんな言うならやってあげる」
再度振り向き叉儺の方を見る。正直勝てる気はしないが挑まず終わるよりはマシ、そもそも命をかけてここに来ているのだ。逃げる事など許されるはずが無いだろう。
「そうか。ではそちらが霊を出した瞬間に妾は攻撃する」
そう言って狐から飛び降り、少し後ろに下がる。事前情報では叉儺本体は戦わないとの事なので当然の動きだろう。だが美玖は最悪降霊をしなくてはならないのであまり距離を取る事も出来ない。
本当に相性が悪い。そして何より圧倒的な実力差があるはずだ。それを無視して勝つ方法は恐らく一つだろう、不意打ちで本体をやるしかない。
『降霊術・唱・狐』
半霊が飛び出すと共に狐神が動き出した。大きな口を開けて飛び掛かって来る、だがその程度なら問題はない。何故なら急襲作戦が終わってからは様々なメンバーと訓練をした。そこには黑焦狐と水葉の黒狐がいる、狐神は強いが大してデカくはない。
『妖術・遠天』
それは本来ただの霊力弾を撃つものだ。だが何か違う、装填している時点で分かってしまう。明らかに、違う。
「避けろ!!」
その指示は数秒遅かった。放たれたものはエネルギー弾なんかではない、完璧な剣だ。そしてその剣は前進し、狐神に刺さった。ただそこまで傷は深くないだろうと考え攻撃に転じようとしたその時、叉儺の体に痛みが走る。
感じたのは腹部だ。すぐに確認すると服に血が沁み込んできている。何が起こったのか理解できず傷をまさぐるようにして探すが何処にも無い、要因すらも分からない。
「既に進化しておるのか…」
能力が変化している。術を極めに極めるとごく稀に効果が多少変わったりする事があるのだ。だがあまりにも早い、その極めるとは本来大体一年はかかる。
だが美玖はその術を会得してから数ヶ月で変化している。凄い以前に異常だ。ひとまず今はその傷の原因を突き止めるのが先だ。
「まぁ良いだろう。やれ」
狐神は再び襲い掛かる。だが今度は違う術を唱えた。
『妖術・刃牙』
ただの基礎術式、牙を強力にするだけだ。だが今の叉儺には到底そうは思えなかった、たった数ヶ月での進化などTISでも見た事無い程だ。もし刃牙が進化して能力が多少変化している確率もそう低くは無いだろう。
むしろ変化している様にも思えてしまう。だが実際はそんな事は無い。ただの刃牙だ。
「やっぱね」
そう言って美玖は走り出した。背中を見せつけ、逃げる様に。当然何か策があるのだろうが正直分からない。ここで背後の安全を捨ててまで全力で距離を取る必要があるか不明なのだ。
だが追わなくて変な場所に誘いこまれても面倒だ。一撃ぐらいなら問題ないだろう、それに今は謎の出血を突き止めるべきだ。
「追いかけろ!」
狐神は無我夢中で追いかける、半霊は美玖に付いているので本体に攻撃される事は無いだろう。直後、再び激痛が襲う。今度は足だ、確認するとやはり血が出ている、袴をたくし上げ状態を見る。
すると何か変な事に気付いた。
「…?何故傷が無い?」
どこをどう見ても傷が無いのだ。血が出ているので多少切れたりはしているはずなのに、全くと言っていい程外傷が無い。綺麗な足のままだ。
その時ふとした考えが過ぎり、狐神を呼ぶ。
「戻ってこい!」
狐は従順にもとんぼ返りで戻って来た。するとやはりと言うべきか何と言うか、狐神の右足に剣が突き刺さった痕がある。そして叉儺の出血も右足、しかもほぼ同じ位置だ。
「そう言う事か…持ち霊がくらった傷は宿主もくらう…と。厄介じゃがこの程度で負けはせん、完全に指示を出す。従え」
ゆっくりと頷き、叉儺の隣でいつでも動けるように待機する。叉儺は状況を把握するため軽く霊力感知で何か無いか探したが半霊と美玖しか感じ取れなかった。絶好のチャンスだ。
今からは全て叉儺が指示を出す。そしてその戦法は、本気で殺す事を意味する。
「まず突っ込め、妾が動きを見て指示を出す。詳細を決めて"あれ"をする。恐らくあやつには奥義やら隠し玉がある、それを…分かるな?」
「…はい」
凛々しくも美しい声で返答した狐神は四本の足を動かして一気に距離を詰める。当然美玖は反撃の妖術を唱えた。
『妖術・遠天』
そしてチャージされ、放たれた。思っていたのは違う、元のエネルギー弾だ。だが別に問題は無い、避ければ良いのだ。追尾は無いだろう。
「右に一メートル!」
言われた通り、完璧に一メートル右側に移動した。驚異的な空間把握能力、これも神格と昇進した時の強化に含まれているのだろう。だが関係ない、追尾は無くともそもそも目的が違うからだ。
「よし」
向かって行ったのは狐神の先にいる、叉灘である。物凄い勢いでその弾は貫いた、叉儺の心臓を。的確な操作、互いに譲らない精度勝負、勝ったのは裏を突いた美玖だった。
「なに…」
当然痛みが伴う訳で、叉儺は片足を地面に付けた。だが指示は止めない。こういう動きもしてくると分かっただけ収穫はある。美玖は本体を狙って来るはずだ。
裏を突いて来るなら、その裏を付けばよい話だ。
『妖術・悪懸』
ここに来てようやく妖術を発動した。だがそれは聞いたの無い術名だった。恐らくだが自作のものだ。となると能力が分からない、ひとまず防御の姿勢に。そう思った時であった。
背後から一匹の魚霊が美玖に突撃した。そいつはダツという魚で非常に尖った口を持つ。ただ人を貫くレベルではない、だが叉儺はこいつを鍛えに鍛えた結果とんでもない速度で突っ込んで来る凶器と進化させた。
「鍛え方を間違えたようでな…この術を使っている最中しか呼び出せないのじゃが…強いぞ、強化ガラスなんて速度を落とす事も無く破壊できるレベルじゃ…どうやってこれを止める?狐もいる中で。楽しみじゃのう」
ダツが貫いたのは肝臓だ。一個だけだが相当痛いしあまりよろしくない、最悪降霊すればどうとでもなるがそれでは勝つことが出来ない。今は何とか耐えて、あるタイミングでぶっ放すしかない。
だが無駄に霊力は消費出来ない。
「…いや…もう駄目だ…諦めよう…」
俯きながらそう言った。叉儺はその言葉を聞いて一旦動きを止めた。そして訊ねる。
「賢明な判断じゃ、黄泉には行かせてやろう」
「何言ってんの、私が諦めたのは勝ち、戦いを諦めたなんて一言も言ってない」
「そうか。来るのか、だが妾達には…」
余裕をこいていた叉儺は次の瞬間蒼白になりながら必死に指示を出す事になった。
何が起こったか、島の霊力濃度が九割九分になった。息が苦しいがそんな事関係ない、安置を探す事もしない。それより先に、美玖を何とかしなくてはいけない。
「私は運を愛して来た。だから運も私を愛してくれた。相思相愛だね、嬉しいよ」
『妖術・彷徨衒』
美玖の霊力が全て半霊に注入されていく。普通なら霊力を0にした時点で負けのようなもの、こんなのおかしい。だが美玖は死ぬ気だ、ここで綺麗に死ぬ気なのだ。
計230の霊力が注入され、狐は変異していく。まるで干支神化のように体が大きくなり、牙も鋭く長く、最終的には妖怪の様な変貌に成った。
「狐!魚!動け!!!」
全力で指示を出す。両者全力で叉儺の前に立つ。今出来るのはこれぐらいだ。だがどうやら、足りないらしい。防御には。
「貴様の敗因は、妾を見くびり過ぎた事じゃ」
再び余裕一面、相手の奥義に対抗するためには当然、奥義を使うべきだ。そうしてようやく、この術は完成する。本当に長い道のりだった、八歳の頃から練りに練った完成しなかった術。
今も使える確証は無いが心の奥底で何かが叫んでいる、使えと。ならば使うほかあるまい。そして狐から放たれる全力の一撃、まるで波紋のような空気の揺れ。その揺れは一瞬にして叉儺に向き、勢いを付けて向かって来る。
そこだ。
『冒索衝翠』
すると黒狐とダツを吹き飛ばす強風が発生する。だが叉儺はビクともしない。そして現れた、小さなカワセミ。そのカワセミは大きく口を開け、向かって来る衝撃を全て飲み込んだ。
数秒後霊力が元に戻った。その瞬間ぶっ放すだけだ。
「やれ!!」
カワセミは再び口を開き、先程飲み込んだ衝撃を美玖に向けて放った。一瞬にして到達し、美玖の体を傷だらけにした。
「う…そ……」
痛みなんてレベルではない、死の感覚。だが膝は付けない、意地でも立つ。フラフラで今にも死んでしまいそうな中、立ち尽くす。叉儺もいい加減限界のようで息を切らし指示を忘れている。
するとそこに、一人の男が近付いて来ているのが分かる。美玖は気付いたが声が出なかった、言ってやりたいが駄目だ。体がもう動いていないのだ。ただ硬直しているだけ、死んでいるようなものなのだ。
「美玖!!!」
そう名前を呼んだのは拳だった。惨状を見て唖然としながらも声をかけた。だが返答は無い。何度も呼びかけるが何も返してくれない。半霊も既に姿を消していて叉儺の方に三匹の霊がいるだけである。
「死ね!!!」
何があったかは分からないが叉儺がやったのは分かる。思い切り殴り掛かったその時、カワセミが軽々と拳を受け止め、それどころか軽く羽を動かしただけで拳は吹っ飛ばされた。
その時拳は感覚で理解した。あのカワセミは霊なんかの域を越えている、言うなれば、神だ。
「クッソ!!」
既に原と戦い神経がやられている。何としてでも叉儺を殺そうと動き出す。
「やめ…て…」
美玖が呟くようにして言い聞かせた。すぐにそちらを向き助けに行こうとするが体が動かない、再び拳の体にも限界が来たのだ。すると美玖は遺言を残すため喋り始めた。たった一言だが。
「代わりに…学園を…守ってね…」
ゆっくりと体勢を崩し、倒れた。そして魂が抜ける瞬間、カワセミが飛び立ち喰う訳でもなく千切った。一刀両断、冒涜、無意味な死。
それを見た拳は叫ぶ。だが誰かに届く事は無い言葉、怒りに溢れ体が動く。何としてでも殺す、何があっても、絶対に殺す。
「ぶっ殺す!!!」
第二百十八話「足りぬ全身の力で」




