第二百十五話
御伽学園戦闘病
第二百十五話「異常なタイミング」
「戦闘~?」
「そうだ。やるよ、準備しな」
どういう顛末かは分からないがとりあえず戦闘する事になったのは分かる。すぐさま戦闘体勢に入る、一足先に唱えて呼び出しておく。
『降霊術・神話霊・朱雀』
そして灼の目にほんの小さな火花が点く。だがそれはメラメラと燃える事は決してない、常にパチパチとしているだけだ。だが当人はそれが覚醒だと思い込んでいる、卓越した馬鹿さ加減と運よく重なった才能。その二つによって灼は持ち上げられているのだ。
「分かったよ…」
何とも言えぬ哀愁を漂わせながら立ち上がった。そしてゆっくりと戦闘体勢を取り相棒の霊を出して準備を完了した。佐須魔は狐を出さないのかと訊ねるが首を横に振るだけだった。
二人の準備が出来たらしいので佐須魔も準備する。第一形態で良い、こいつらと真面目にやっても楽しくない。そもそも虐殺なんて趣味じゃない。
手加減なんてレベルじゃない、使うのは自身の体、そして右手の小指だけだ。それで充分、危なくなったら能力を使用すれば無問題だ。
「さぁやろうか」
佐須魔は宙に浮いた、朱雀と対面するような状況だ。そして動き出す、三人同時に。まず一番最初に動いたのは須野昌だ、相棒に掴まって宙に浮いた。ひとまず攻撃できる範囲にいないと話にならないので朱雀に飛び乗る。
そして灼は朱雀に攻撃命令を出した。だが朱雀が動かない、普通に浮遊はしている。恐らくだが佐須魔に怯え恐怖で固まっているのだろう。困り果てるが何か出来るわけでは無い、とりあえず動ける様になるまで待つしかない。
佐須魔はただピタリと止まって動きを伺っている。
「どんなやり方でも良いさ、結局の所辿り着ければ全て同じだ。僕はその辿り着くまでのサポートを一瞬だけしてやるよ。さぁ来い、君は勝てない」
「分かってる」
朱雀の頭を踏み台にして跳び上がった。すぐ傍に霊がいるのだが何故か使わず、自身の身体能力だけで戦おうとしているように見える。だがあまりにも無謀だ、そもそも鍛えているとはいえども生身の人間が宙に浮いている者を殴るのは無茶がある。
頑張って攻撃を試みたが空振り、落下していく。すぐに相棒の霊が掴み上げ衝撃を受けることは無かった。再び朱雀の背中に飛び乗りどうするか考える。
「灼!こいつは動かないのか!」
「なんか怖がってるっぽい~ごめんね~」
「分かった!」
佐須魔は動く気は無さそうだ。ならば今はその距離で届く攻撃を使うしかない。と言っても須野昌は慣性が乗らないとろくな威力は出ない。それ故霊に連れて行ってもらっても意味が無い、むしろ反撃をくらって終わりだろう。
狐霊は使いたくないが、やむを得ず使うとしてもまだ後だ。須野昌の霊力は230前後、ここで焦って召喚して霊力が尽きるなんて事になったら洒落にならない。今はまだ殺気を見せていないがいつ牙を剥いて襲い掛かって来るか分からない、保険は必須だ。
「覚醒したら霊が使えなくなる…この状況で壁作った所で足場を作る程度の事しか出来ない……壊されたら終わりだ。やっぱもう一人一緒に戦ってくれないと…」
勝ちの目が全くと言っていい程見えない。二人共どちらかというとサポート寄りなので盤面的にも難しいのだろう。だがそれと同時に佐須魔はここをどう対処するかが見たいのだと察した。
急襲作戦の時にやった來花の馬との戦いは覚醒能力を使用して何とかなったが今回はそれすらも許されない、戦闘病を発症するのも難しい。何か劇的に強くなる方法は無いと言っても過言では無い。
だがそれで良いのだ、現状を変えなくては強くなれないだろう。このまま謎の病気や謎の覚醒などに身を任せてやっていけるはずがない。実際來花は戦闘病も覚醒も無い、佐須魔は戦闘病はあっても覚醒は一度も見せていない。そんな状態でここまで強いのだ、何か秘訣があるはずだ。
「…さぁ来なよ。僕もみんなの戦いが終わったらさっさと終わらせるよ?」
「分かってるから黙ってろ」
どのルートでも振り落とされる。届かない、絶妙な位置に居る。霊を使っても良いが威力が死んでしまう、それでは意味が無い。一定の威力を保ちつつ攻撃を行うのだ。
「まぁいいや。一旦やってみるか」
そう呟きながら走り出す。そして飛び立った瞬間霊に掴まり、勢いを殺してでも殴ってみる戦法を取った。だが拳が到達しそうになった所でいとも容易く小指で跳ね除けられてしまった。
物凄い衝撃、激痛、その二つを伴った成果。これは無理だ。
「…クッソいてぇ…折れてないよな」
腕を確認するが問題は無さそうだ。恐らく折ったりして戦えなくなるような事はしないつもりだ。正に絶好のチャンスなのだが、自身の不甲斐なさに打ちひしがれるしかなかった。
だがここで時間を食う訳にもいかない。急いで頭をフル回転させて考える。あくまで高い空間把握能力を基にした勘だが普通にやって殴る事は無理なのだろう。
「何か…何か無いのか…」
頭を抱えている間も灼は朱雀に呼びかけている。だが応答は無さそうだ。
今戦えるのは須野昌だけ、弱い攻撃では不可能、正直手が無い。もうやれることはやったつもりだ、それでも無理だった。やはり朱雀が動き出すまで待つのが先決だろう、一度尾の方まで寄り見つめ合う。
「逃げるかい?」
「いや、違う。待ってるだけだ、朱雀が動くのを」
「無理だよ。朱雀は動かない、こいつは臆病なんだ。フラッグ・フェリエンツが所有していた時だってそうだった、だからタンクなんだよこいつは」
「クソがよ…じゃあどうすれば…あぁ!!」
記憶を遡る。そして少し前、遠呂智と話した所から思考が広がって行く。その一端、遠呂智の戦法だ。遠呂智は基本刀だが一応降霊術も使える。
刀と降霊術しならば皆が一度は試す事がある、『降霊』だ。刀に霊を降ろし自我を持たせて本体と共に戦う、というもの。だがそれは別に刀に限定する必要は無い。
実際紫苑は急襲作戦時に自分に対して降霊をかけたと言っていた。そして宙を浮いた、とも述べていた。
「…なぁ相棒、ちょっと無理できるか?」
相棒は勿論頷いた。
「お、気付いたか」
佐須魔もようやく構えを取った。そして動き出すのを待つ。数秒後須野昌が唱えた。
『降霊・ラフレシア』
名前は今付けた、ラフレシア。非常に独特な見た目や臭いを放つラフレシアの花言葉は夢現、夢と現実の区別が付かないなどの意味を持っている。
この霊は急に透明になったりして姿を消す。それ故一瞬夢でも見たような感覚になる事がある、そこから取った。だが必要な時以外は今まで通り相棒と呼ぶ気でいるが。
「行くぜ相棒」
ラフレシアは須野昌と重なり、姿を消した。すると須野昌の霊力反応は変化した。一応須野昌だとは判断できるが少し変更があるように思える。
そしてそれ以上にスピードが増している。一気に朱雀の頭まで駆け、そのまま跳び上がった。
「飛べ…ないのかよっ!」
どうやら紫苑と違って飛べないらしい。だが思い切り飛ぼうとしたから何か足に変な感覚を覚えた。それは地に足を着けている感覚、足裏に何か板の様な物がついているような感覚。
完全に勘で思い切り踏み、跳んでみた。するとやはりと言うべきか二段ジャンプが叶った。ギリギリ届いていなかった距離だったが二段ジャンプが出来たら当然届くだろう。
「俺の勝ちだ!!」
余分な力を込めながらも思い切りぶん殴った。だが直後信じられない感覚が身を襲う、痛みが飛んで来た。そして地面に衝突していた。
何が起こったか理解できなかったが確かに数秒時間が飛んでいる様にも感じれた。焦って顔を上げると佐須魔が降りてきている、先程までとは違って本気で殺しに来ている目だ。
「やっべ!!」
降霊をしているので身体能力は高くなっていた。何とか避ける事は出来たがとんでもない勢いの土煙に巻かれた、灼も驚ているが一瞬で煙は晴れた。
そして煙の中心には地面に剣を突き刺している佐須魔の姿があった。だがその剣は剣と言い難い見た目をしている。クリーム色に近しい、古ぼけた骨のような色合いの双刃刀、明らかに鉄でも無いが凄まじい霊力を放っている。
「ギアル…武具か」
「そう、武具。智鷹が作った奴の一つ[悪食]、これに攻撃された人物の霊は力を失っていく。そしてその力はこの悪食に受け渡されるから、永久的に。まぁ残念だけど当たらなかったよ。
いやーやっぱ奉霊の骨から作った武具は強いねぇ」
今日はあまり見せていなかった気持ちの悪い笑みを堂々と浮かべながら剣を手に取った。そして一気に距離を詰めて来る。まずいと思った時には遅かった、既に刃が右眼球のすぐそこまで進んで来ている。
「だめ~」
すると須野昌は朱雀の羽に包まれ、安置に身を置くことが出来た。だがその代償として朱雀の力が吸われた。
「でもそれ力なんでしょ~?朱雀って元々力なんてないようなもんだし~変わらないでしょ~」
恐れ慄いていた朱雀が須野昌の覚悟に感化され動き出した。迷いがあったように見えた朱雀の目は変わっている、決意が固まった強い目をしている。
それを見た佐須魔は悪食をしまった。そして戦闘をやめる。
「その心意気を忘れない事だね。君達は今から地獄を見る事になる、精々頑張ると言い。僕はワガママ王子と決闘しなきゃいけないからここら辺でさよならだ」
次の瞬間佐須魔は姿を消した。二人は一気に力が抜けへたり込む。そして互いに無事を確認するとうな垂れ励まし合う。
「おつかれ~強かったね~」
「ほんっとにな…相棒にも無理させ過ぎた…でもまだ戦わなくちゃいけない。行くぞ、灼。まだ戦えるだろ?」
そう訊ねたが返答は無かった。おかしいと思い顔を上げると姿が無かった、何処に行ったのか探るため立ち上がろうとしたその時通知が入る。
《チーム〈生徒会〉[拓蓮 灼] 死亡 > 翔馬 來花》
一瞬思考が止まった。だが前方から三本の剣が飛んできていることに気付きすぐに回避を行った。すると飛んで来た方向から最悪な霊力反応がする。
逃げる事は出来ない、覚悟を決め構える。
「大丈夫だ。蘇生は出来るだろう。だがやるならば私は容赦しないぞ、前と違って本気で殺しにかかる」
出て来たのは当然、來花だ。冷や汗が流れ始める、どうにかして逃げ出したいが不可能だ。何故なら背後には自身像が立っている。一瞬でも動いたら刺されるだろう。
息も荒くなって来る。今ここで棄権すれば何とかなるはずだ。だがその考えは一瞬にして脳のゴミ箱へと葬られた。何故なら気分が上がってしまった。
先程の朱雀の視線、佐須魔の狂乱、自身の成長。予兆はあった、工場地帯での半疑似覚醒、そして黄泉の国での覚醒、急襲作戦時の覚醒。
既に覚醒はマスターしているようにも思えていた。だが能力者にはもう一つある、強くなる方法が。
「…分かった、やろうか」
「あぁ。これが戦闘病か…ほんっとに…心がワクワクする!!やろうぜ、來花!!」
明らかに異常なタイミングでの発症、何かカラクリがありそうな気配だったが突き止めるのは後でも良い。今は時間も無いので先に始末しておく。ラフレシアと狐霊、そしてその中に宿る[諏磨 香澄]の魂を。
第二百十五話「異常なタイミング」




