第二百十四話
御伽学園戦闘病
第二百十四話「苦肉の策」
光輝は再度霊力空間を展開した。だが今回は健吾を中心としているわけではない、自分自身を中心とした丸い空間だ。そしてそこに一気に霊力を流した、今出せるありったけを。
身体強化分はある程度残しておきそれ以外は全てをつぎ込んだ。すると透明だった霊力達は色付き始めた。ただの白、真っ白だった。だがそれは虫などの繭のような風貌へと成り代わった。
「あ?」
何が起こるか分からないので健吾は一旦引き、様子を伺う。だが何か変わる訳でもなく、静寂が続く。恐らくただの盾なのだろうと察した健吾は再び殴り掛かった。
当然光輝に策はある。
「ここだ」
そう言いながら繭が解けて行く。霊力たちは宙に舞い、光輝の元を離れた。そしてその場に立っていたのは物凄い殺気を放ちながら拳を構えている光輝の姿だった。
健吾の空間把握能力でこのままだと何処に当たるかは大体分かる、足だ。だが跳んでいる訳でもないので位置を変えてしまえば何ら問題ない、そう思い少し右側に寄った。
そしてそのまま殴り掛かる。だが光輝はまだ動かない、健吾は当然回避行動も込みの場所に殴り掛かっている。詳しく言うと後頭部辺りだ。
「やっぱりな」
拳はそのまま後頭部をかするだけで終わった。その時思い知る、強すぎる覚悟、据わり過ぎている肝、こいつは戦闘病なんかでもないし覚醒者でもないのだ。
「ただの狂人かよ」
呟いた健吾は宙に浮いていた。既に足を掬われ殴り飛ばされているのだ。すぐに体勢を変えようとしたがそんな事許されるはずがない丁寧かつ慎重な打撃が襲う。
一撃入れたら様子を見て、すぐに一撃を打ち込む。そんな動きだ。普通なら反撃やミスを恐れてそんな事出来いだろう、だが今の光輝にそんな恐怖はない。
ただしっくりと来たタイミングで殴り、宙に浮かせ続ける。絶対に地面に付かせない、常に宙に浮かせていれば何も問題は無いからだ。
「やっぱ性根からぶっ飛んでる奴が一番強いよなぁ。まぁでも手数が少なかったな、光輝」
視界が一変する。健吾が能力を使用して部屋を作ったのだろう。だが関係ない、まだ健吾は宙に浮かされている。と思った次の瞬間視界が再び一変、逆さになって戻って来た。
となると位置関係も変わる、健吾が下で、光輝が上。落ちて来るのは、光輝だ。
「終わりだ」
思い切りアッパーをかました。当然防御はしたが咄嗟に動いただけ、ろくな力も入れていなかった。そんな状態で本気のアッパーをくらったらどうなるかなんて分かり切っている。それに無茶は出来ない状況なのだ。
完全に意気消沈、吹っ飛ばされた先で動かなくなった。約二秒、動かないのを見た健吾は煙草を取り出しながら歩き出した。だがすぐに振り返り、煙草に火を付ける前に懐に戻した。
倒れてはいるが回収はされていない、と言う事はまだ戦えると言う事だ。あの状態でもろにアッパーをくらって意識を保っているとは到底思えないが。
「…まだ起きてんのか」
「…」
動きも無いし返答も無い。
「やっぱ駄目じゃねぇか。しゃあない、リタイアボタン押してやるか」
ゆっくりと近付き、しゃがんだその時ぶっ飛ばされる。本当に一瞬すぎて目で捉える事さえも不可能であった。正に光の速度、だが正体はただの身体強化使いだ。
光輝はボロボロの体でゆっくりと立ち上がり体を支える。健吾はすぐに受け身を取りほぼノーダメージだ。だが物凄い速度に心が踊る。
ようやく真剣な構えを取る。だが光輝はもう動けない、フラフラになってしまっている。それを見た健吾はもう無理だと判断し煙草を取り出しながら戦闘体勢を解いた。
「なんでだ…!早く戦闘…」
「無理だろ、もう。限界だ。これ以上やってもお前が壊れるだけだ。もしかしたら面白い相手になるかもしれない、だから取っておく、次戦う時までな」
「ふざ…けるなっ!」
殴り掛かったがやはり限界のようで途中で倒れてしまった。這いつくばって何とか近付こうとするが、健吾まで遠い、無常なほど遠い。届かない、手を伸ばしても到底届かない。
もう体を動かす気力も無い。
「ほんっとにしゃあねぇな」
するとゆっくりと体を起こして、呼吸をしやすいように仰向けにしてくれた。謎の気遣いに違和感を覚えながらもしっかりと呼吸して頭を整理する。
段々と暗くなり始め、寒い空気が漂う綺麗な空を仰ぎながら呟く。
「やるなら早くやれよ」
「話聞けよ、やらないって言ってんだろ。次合う時まで見逃しといてやる。早く棄権しろ、下手したら殺されるぞ」
「クソ!…みんな…ごめん」
光輝は今ここで死ぬよりも今後力を付けて、あるかも分からない次の機会へと託す決断を下した。そして拙い手付きで時計を弄り、棄権ボタンを押した。
その瞬間光輝の姿が消え、時計に通知がやって来た。
《チーム〈生徒会〉[穂鍋 光輝] リタイア > 棄権》
「よし、満足だし次がヤバいからな。休憩するか」
そして健吾も棄権した。
《チーム〈TIS〉[西条 健吾] リタイア > 棄権》
[須野昌]
「…よぉ。何してんだ」
声をかけたのは一人の剣士、遠呂智だ。すると遠呂智は無視して何処かに歩いて行こうとする。当然引き留め何か聞き出そうとするが跳ね除けられた。
今までとは比べ物にならない程のちから、須野昌でも吹っ飛ばされた。あまりの変わりように少し驚くが絶対に逃がさない。
「良いから話せよ、何があったんだよ。あれから」
須野昌は襲撃の件を口頭でしか聞いていない、だが遠呂智がどんな目にあったのかは知っている。一応だが仲間だ、何があったかぐらいは聞く権利があるだろうと思っている。
だが当の本人は全くと言っていい程話す気が無さそうで、どんどんと歩いてしまう。追いかける様な形で何度も何度も問いかけるが無駄の様だ。
「おい、逃げんなよ。俺がここまで本気でやってんのはお前が弱かったからだろ、香澄の事忘れたなんて言わねぇよな」
すると反応があった。遠呂智は目を見て、口を開いた。変わった声色、微妙に掠れ疲れ切った声で。
「そのためにここにいる、俺の罪を共に重ねてくれ。頑張れよ」
そして須野昌の胸を軽く叩き、そそくさと去っていた。それ以上聞き出す必要は無い、もう分かったからだ。遠呂智はTISに寝返った訳では無い、力を手に入れたかっただけだ。
自身の罪の償いと、最後の因縁を果たす為に。
それならば許せる。ただ自身の弱さから裏切った訳じゃ無いのなら、それは須野昌のやり方には反しない。
「行こうぜ香澄、俺らも進むぞ、遅れは取れないぜ」
須野昌もその場を離れる。周囲では戦闘音だらけ、だが介入できそうな場所は無い。須野昌はスロースタータ―だ、覚醒まで行くと一気に強くなるのだがそれ以前だと普通に弱い。
だから戦闘が終わっているか、まだ戦闘をしていない者と戦わなくてはいけない。生憎そんな奴は一人しかいなかったが。その時はまだ気付いていなかった。ひとまず二人以上で戦った方が有利になるので暇そうな奴を探しに行く。
「でもやばいな、フェアツも死んだし…急襲作戦以来最悪な展開ばっかだ。やっぱ移動役と三年生が二人も死んだのはデカかったな。胡桃が死んだ呪の件も調べなくちゃいけないし…結局の所人手が足りねぇんだよな。
薫達は大会には出ないし。サポートはしてくれるけど……何と言うか頼りねぇんだよなぁ……」
そんな愚痴を垂れながらブラブラと歩いていると付近で霊力反応を感じた。すぐに集中し、誰のものか特定する。灼だ、すぐさま近寄って話しかける。
「おい灼!」
「ん~?お!須野昌じゃん!」
「お前は戦ったのか?」
「まだだね~もう色んな所で戦ってて乱入出来ないよ~」
「それな。とりあえず一緒に行くか、まだ戦ってない奴を探して叩く。それで良いか?」
「うん。良いよ~」
常にヘラヘラとして話を聞いてい無さそうだが灼はいつもそんなものだ、気にする事では無い。ひとまず今は何処で誰が戦っているを特定するのが先決である。
二人で分担して霊力探知を始めた。すると二分ほどして軽い探知が終わり、情報共有を始める。
「こっちは駄目だな。全員戦ってる」
「こっちも~」
「……は?」
「え?」
「全員戦ってるって事か?……佐須魔は?」
「分からない~こっちでは反応無かったよ~」
「いやこっちでも…」
顔面蒼白、まさかと思ったその瞬間頭上から声がする。
「噂をしたら何とやら、だね」
見上げるとそこには佐須魔の姿があった。二人はすぐに戦闘体勢に入るが佐須魔はその気は無さそうで気楽に話しかけて来る。
「何?やるの?勝ち目無いよ?……まぁ別に良いけどさ、僕は暇だから話し相手が欲しかったんだ。どうだい?少し、話そうよ」
ゆっくりと降りて来て地に足を付けた。そしてしっかりと配慮して距離を取って、適当な岩に腰を掛けた。そして適当な話題を引っ張り出そうとするが何も出てこない様で困っている。
すると灼が警戒を解いて気になっていた事を訊ねる。
「なんでボスって今も隠れてるんでしょ~?なんで~?」
「頭悪い質問文だね……でも良い質問だ。答えてあげよう。まず問おう、二人はなんで隠してると思う?」
「う~ん。分かんない」
「そうだな…あいつヤバいからか?」
まるで何も考えていない様な答えに呆れながらも本当の答えを述べる。
「大きな組織には必ずトップが必要だ。これが無い横並び組織なんてすぐに壊滅する、それは能力者だからだ、戦闘病があるからだ。
そしてこのトップは必ずしも強くある必要は無いんだよ、所謂カリスマ性なんかもいらない。必要なのは『組織の象徴』としての自覚さ。
家のボスは完全に雲隠れ状態だった、君達が暴くまではね。と言っても今年の夏に本土のほうで滅茶苦茶しちゃったんだけど…まぁ話を戻すとさ、象徴ってのは士気に繋がるんだ」
「士気~?」
「そう、士気。君達に例えると理事長が頭や性格の悪い頑固ジジイだったらやる気が出るかい?もうTISに入ってしまいたいと思うはずだよ、命をかけているんだからね」
「そうだね~」
「うん、分かるなら百点だ。
そして智鷹は馬鹿だ、ホントに君らが思っている以上に馬鹿なんだよ。戦闘は出来るけど一般常識がなってなさすぎる、僕より一歳年上なんだけどね…でもその分表に出す、という方向性が潰れた。
TISは下と上の皆がお金を少額でも納めてくれるから成り立っているんだ。だけど現状の僕と來花が上に立つんじゃなくて、智鷹が上に立ってたら創設一年経たずで崩壊してた。
まぁこれが答えだね、智鷹じゃスペックが足りない、そう言う事さ」
「ほ~ん。ボスは馬鹿って事ね!」
「うん。そう言う事さ」
思っていた答えとは違ったがそれ以上に収穫があった。智鷹は馬鹿で、上に立てる様な人間ではないのだと。そして須野昌の頭に過ぎる一つの思考、それは瞬く間に言葉と変換され飛び出した。
「降霊術…その中で代償を捧げて霊を一時的にパワーアップさせる戦法…詳しく教えてくれ」
すると佐須魔は不敵な笑みを浮かべながら首を縦に振り、喋り始める。
「降霊術には様々な戦術がある。妖術を組み合わせたり、単純に霊を喰って強くしたり、霊を手放して霊ガチャをしたり、十人十色だ。そしてその中に『貢麟』と呼ばれるものがある。
君が言っていたやり方さ。自身の体の一部を持ち霊に捧げ、一時的に超バフをかける事が出来るというもの。語源は初代ロッドが奉霊の命を吸い取って生きながらえていたんだけど、その最初がメスのキリンだったかららしいよ。
それでね、その貢ぎは霊からも人間からも、どっちも行けるんだよね。そして香澄の場合は人間から捧げた、二匹の狐を合成するって言う訳の分からないやり方にね」
「おい」
「香澄を馬鹿にするわけじゃないさ。多分だけど彼は元々ああする気だったんだよ、だって貢ぐなら腕一本で充分だ。実際体を捧げたせいで短期の暴走、レアリーのお嬢さんを喰ったんだよ?」
「…俺が聞きたいのはそんな事じゃない。どうやれば引き戻せる、香澄を」
そう訊ねると佐須魔は少しだけ考えてから確認する。
「今から僕は残酷な事を言う、覚悟は」
「出来てるに決まってんだろ、馬鹿か」
強い言葉でそうは言っているが心を覗くと緊張で押しつぶされそうになっている。別に心配しているわけではないが可能性のある青年の心をここで潰したくはない。
少し遠回しに言う事に決めた。
「戻る方法、それは……諏磨 香澄、彼自身が戻りたいと願う事さ」
遠回しに言ったのは須野昌も感じ取れた。だが勘が鋭い故分かってしまう、真相に。訳したりはしなかった、ただただ絶望に打ちひしがれ、立ち尽くす事しか出来ない。
すると佐須魔は腰を上げ、訊ねる。
「そんなんじゃ香澄の心は傾かないよ?…さぁやろうか、戦闘を」
第二百十四話「苦肉の策」




